(12)恋文は不幸を招く
陽射しが四角く切り取られたような明るい空間。高等部の校舎の裏側にあるその場所は、生徒たちから裏庭と呼ばれている。昼食場所として親しまれており、芝生が敷き詰められた地面の周囲に花壇が設置された華やかな庭だ。今もいろとりどりの花に囲まれていて、甘い優しい香りが充ちていた。
ルキはそこに到着すると、見通しのよいこの裏庭にネリアが立っているのに気付いて木陰に隠れる。
(あぁ、確かにいた)
廊下で出会った少年たちの話では、ネリアが用具入れに入っていた自分宛の手紙を読んで、楽しげな様子で出て行ったと言う。場所はわからないとのことだったが、やたら目立つネリアのことだ。話を聞いて回らずとも耳に入る噂話で充分に追う事ができた。
(見たところ、相手はまだのようだな)
話に尾びれ背びれがつくことはよくあるので、ネリアが楽しげにその手紙の差出人に会いに行ったわけではないことくらい、ルキにはすぐにわかった。現にここから見えるネリアは、両足を肩幅に広げ両手を組んで待ち構えている。まるで敵を迎え撃つような雰囲気だ。この様子ではどうせ説教が始まるに決まっている。こんなふうに確信してしまうのは非常に不本意なのだが、これも幼なじみという関係からくるものなのだろうかとルキは辟易した。
(相手には興味がないが、あれを延々と聞かされるのは不憫だしな。とりあえず、様子をみるか)
いきなり自分が登場するのもおかしいだろうと、ルキはそのまま木陰で待機することにした。ネリアが暴走したときのために来ただけなので、平和な放課後が続くようなら出番はない。
(――つーか、暇だな……。こっちに向かわずにカリスの様子を先に確認しておくべきだったか)
こうも手持ちぶさたであると、ほかのことが気になってくるものだ。ルキは視界の端にネリアをおさめつつ、なんとはなしに天を仰ぐ。
さわやかな青空。まばらに浮かぶ白い綿雲。
(――はぁ、なんて良い天気なんだ……)
バサッ。
(――って、オイ!)
空中に拡がる投網。明るかった庭を影が覆う。
それに気付くなり、ルキは駆けた。
「ネリアっ!」
校舎の屋上から投げられた網はネリアを狙っていたのだ。
「ル、ルキっ!?」
ズザザザザっ!
ネリアに抱き付くと、ルキは慣性に任せて庭を転がる。彼女の頭に手を添えてしっかり防護しながら。
ゴスッ。
大層な重りのついた網が芝生をうがつ。それは大型獣を相手にするときに使いそうな頑丈なものだった。
「いきなり何しやがるんだっ!」
ルキは素早く起き上がり、網が放たれた屋上を見やると叫ぶ。一瞬だけ影が動いたかと思うと、しかしすぐに見えなくなってしまった。次の攻撃の気配はない。
「逃がすかっ!」
犯人を捕まえるため駆けようとしたルキは、袖を引っ張られて留まる。
「放せ……?」
袖を掴むネリアの血の気の引いた顔。それが目に入ったルキは座ったまま立ち上がろうとしないネリアの前にしゃがむ。
「お前……大丈夫か?」
気の強いネリアが珍しく怯えている。
「……助けてくれてありがとう」
「あぁ、うん」
そんなことを言われてしまうと調子が狂う。ルキは照れを隠すために視線をそらし、そのまま屋上の様子を窺う。とても静かだ。
「――これじゃ完璧に犯人に逃げられてしまったな」
袖はしっかりと掴まれたまま。だから彼女の手の震えが伝わってくる。
「いいよ。ルキが危険な目に遭わないなら、それで充分だから」
「……立てるか?」
ルキは空いている手を差し出す。
「ははっ。らしくないよね。普段ならこのくらいで腰を抜かすようなあたしじゃないのに」
「不意をつかれたからだろ?」
「いや、それだけじゃない――こともないか」
ネリアは何かをごまかして、ルキの手を取る。
(――よっぽど驚いたんだな)
手を貸そうと出しても、それを素直に取るようなことは滅多にない。取るにしても、悪態をついてからがほとんどで、感謝を述べるようなことはほぼ無いに等しい。そんなネリアがこんな言動を取るとは、気が動転しているに違いない。
「もう大丈夫。ありがとう」
言って、ネリアは手を離す。
「どういたしまして」




