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解石魔術と石の乙女  作者: 一花
* 0 * プロローグ
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(1)入学式の朝に

 じりじりと照らす陽射しから大地を守るように広がる緑の腕。白い岩が至る所に転がる起伏にとんだ茶色の肌。


 幼い少年はそんな周りの様子を気に留めることなく、森を突っ切るように延びる小路を必死に駆けていた。一人の小さな少女を背負って。


(くそっ……間に合え……!)


 少年は背中に背負った少女の身体から温もりが失われていくのを感じ取る。迫りくる永久の眠りへの誘いに負けじと、少年は駆ける足の一歩一歩に力を込める。


「ルキ……もういいよぉ……」


 背中に張り付いていた少女が弱々しい声で少年の名を呼ぶ。少年を制止させようと首に巻きつけていた手を動かそうとし、その瞬間少女の表情が強張った。少女の手は白い石に変化しつつあったのだ。


「諦めるな、ネリア! ぼくが必ず助けるからっ!」


「もう……無理だよ……。あたし……覚悟くらい……もう、できているんだから……」


 名を呼ばれた少女――ネリアは台詞では気丈に答えているが、完全に震えてしまっている。声の調子は正直だ。


「そんな覚悟なら捨ててしまえよ!」


 ルキの声にも感情が乗せられている。不安な気持ち、悲しい気持ち。そんな気持ちに押しつぶされそうになっていても、ルキは諦めたくなかった。ネリアを助けられる可能性があるのに、何もしないでいるなんてことはできなかった。


「いいよぉ……もう……。きっと、罰が当たったんだね……」


 どんどんと身体の自由が利かなくなっている。腕が、足が、白い石に置き換わってしまっているのだ。


「なんでネリアだけ罰が当たるんだよ! ぼくも一緒だったじゃないかっ!」


 入ってはならないと言われていた裏山の採石場。かつて地上に存在していた生物たちの成れの果てである化石がたくさん取れるその採石場への立ち入りは禁止されている。そこで働いていた人たちに、身体が次第に石に変わってしまう病気『石化症』を発症する者が多数現れたためだ。


 ネリアとルキはちょっとした好奇心から化石を取りにその採掘場に行った。その帰りにネリアだけが石化症に罹ってしまったのだ。


「仕方ないじゃない……下ろして、ルキ……どうせ間に合わないよ」


「間に合わせるよっ!」


 あと少しで森を抜ける。そこまで来られれば、きっとネリアを助けられる。今ならちょうど、石化症を治すことができる解石師が町にいるから。


「下ろしてよ、ルキっ!」


「下ろせるかよっ!」


 精一杯の気持ちを込めて叫ぶネリアに、ルキは同じだけの思いを込めて叫ぶ。


「なんで……? ――このままじゃ……ルキは石になったあたしを下ろせなくなっちゃうじゃん……」


「そんなの気にするなよ! お前をこのまま石にさせたりはしない」


 力強い台詞。しかしルキの声には涙が混じっている。完全に石に変わる前に治療が開始できなければ、元の身体に戻れる保証はない。だからこそ急いでいるのだが、間に合うかどうかは五分五分だろう。解石師が家にいてくれればよいが、出掛けてしまっている可能性もある。そうなったら、きっと――。


「励ましはもう充分だよ……ありがとう、ルキ……」


「ありがとうって言葉は、石化症が治ってから言えよ! それに――」






 ……――。






 意識の奥の方で響いている金属の音。


(ん……なんだ……?)


 閉じていた瞼をそっと開けて、ルキは辺りを見回す。視界がぼんやりとしているので、彼は目を擦った。


(くっそ……なんであの日の夢を見るかなぁ……)


 涙で袖が濡れている。幼なじみのネリアが石化症に罹ったときの夢を見ていたのを思い出し、ため息をつく。


(今日は待ちに待った入学式だと言うのに……って、あ!)


 ルキは慌てて部屋に差し込む日差しのほうに向かい、窓を開ける。外は真新しい制服に身を包んだ生徒たちが歩いていた。みなそろって嬉しそうで、それでいながらちょっぴり緊張した顔。これからの学園生活に期待と不安をにじませている表情だ。


「っつーことは、あの鐘の音はっ!」


 登校を促す予鈴――その事実に気付くと、ルキは急いで身支度を整え始める。このままでは遅刻だ。しかも人生で一度しかない憧れの高等部の入学式に。


(つーか、あいつ、今回も待っているのかな? いやぁ、まさか、今回は待っていないだろ)


 なんとなく見慣れた幼なじみの顔を思い出し、頭を切り替える。腐れ縁なのかどうなのか、同じ学院に入学することが決まっているのだ。


(ルームメイトがいたなら起こしてもらえたのに、とか、他人のせいにしてもしょうがないな)


 ここから入学式会場までは遠い。ルキが寝起きしている寮は会場から最も遠いのだ。


「走るか」


 寮を出た頃には外を歩く生徒の姿はすでになかった。みんな距離を考えて行動したのだろう。


 ルキは起床してからつきっぱなしのため息を再びつくと、会場に向けて一歩を踏み出した。



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