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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅立ち編
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第八話『ひとつの戦い、ふたつの恐怖』

「――だからっ! それならなんで家を壊したのかって言ってるんでしょ! わたし怒ってんだよ! それに畑も踏み荒らして、これじゃここに住めないじゃない! 見てごらん、野菜も台無しだよ! ねえフィズン、警告も宣告もなくいきなりあんな魔法使って、ずるいと思わなかった? 卑怯でしょ! タークをやっつけたいんだったらさ、ちゃんと一人ずつ正面から戦えばいいんだよ! 不意打ちなんかせずに!」


 エコの声で、タークは目覚めた。誰かに説教をしているらしい。


――頭痛がする。体も痛い。タークは混濁した記憶の中、追手に見つかったこと、家が爆発したこと、木の幹に叩きつけられたこと等を少しずつ思い出し、今の状況を把握しようと痛みを堪えてなんとか起き上がった。

「あっ、タークが起きた! ちょっと待ってて」

 それに気付いたエコが駆け寄る。

「大丈夫? 傷薬塗っといたけど……」

「大丈夫だ。まだ少し痛むが……」


 タークはエコを心配させまいと明るく言ったつもりだったが、乾いたのどからはまともに声が出ず、笑顔も引きつっていた。

「まて、追手はどうした!?」

 朦朧としていた意識がだんだんと晴れ、気を失う前の状況を思い出してくると、タークは慌てて辺りを見回した。すると、エコが走ってきた方に、植物の蔓で縛られた二人の追手――長身の魔導士フィズンと鷲鼻の暴漢クイス――がいた。正座したまま、卑屈で情けない眼差しをこちらに向けている。クイスがおずおずとエコに尋ねた。


「脚を崩しても、いいですか」

「ダメ」エコが要求をぴしゃっとはねつける。タークは事情がまるで飲み込めなかった。

 その後エコがタークの看病をしている間も、二人は乾いた土の上に正座させられ続けた。もう一人の追手ベッチョはというと、忙しそうに辺りの瓦礫や燃えカスを集めている。


「エコさん、魔導書の燃え残りは全部集めたです。木はまとめてあっちで、焼け残った物は、あそこに集めて布をかぶせたです」

 変な敬語で話しつつにこやかに働くベッチョを見て、エコも「ありがとう! 気が利くね」と親しみを持った笑顔で返している。ベッチョの働きのお陰か、瓦礫ははずいぶん片付いていた。



(いったい何があったんだ……)

 不思議な光景だった。彼ら三人は、ある時は夜襲をかけ、ある時は罠を張って攻撃を繰り返してきた、タークの仇敵だ。

 それが今は、エコの言うままに正座させられ、そのうち一人は慣れない敬語まで使って、まんざらでもなさそうに働いている。タークが抱いていた追手のイメージとはかけ離れた三人の実像を見て、もしかしたら追手とは別人なのかとまで疑ってみたタークだが、そういうわけではなさそうだった。


 エコ曰く、全員を魔法で拘束してからタークの治療をし、三人を叱りつけたらしい。中でも聞き分けが良かったベッチョはすぐに反省して謝り、自分から言い出して働いているのだとか。あとの二人は口で謝りはするものの本心から反省している様子は無く、エコは憤慨していた。


「フィズンとクイスはひねくれてるんだよ! 特にフィズンなんかいきなり魔法で攻撃してきてさ、家はなくなるしタークも怪我するし!」

 そう言ってエコが目をやると、フィズンは怖がって体をひきつらせた。可哀そうなことにそれがしびれた脚を刺激したらしく、静かに悶える。横に座るクイスは、そんなフィズンに憐憫の眼差しを向ける。

「もー。いいよ、脚伸ばしなよ」

 エコは手に持った杖をかざすと、フィズンたちを縛っていた蔓植物が瞬時に枯れ、二人は自由になった。疲れ切ったフィズンたちが辛そうに脚を伸ばして、身体をほぐしている。


「とにかく、あの三人を大人しくさせたのはいいけど、タークは気を失ってるし家は吹っ飛んじゃったし、わたしもう困っちゃって。どうしよう、こんなの師匠が見たらどう思うだろう? …………」

 エコの面持ちが急に暗くなった。タークは、それを見て自分を責めた。

「……こうなったのも全部俺のせいだ。家が燃えてしまったのも、畑が荒らされたのも、俺がここに居なければ……」

 そうタークが言うと、エコはすぐさま否定した。

「そういう事言わないでよ。タークがいてくれなきゃダメだよ。大体、家を壊したのはタークじゃないんだから。――さて、タークも起きた事だし、時間もお昼だ。みんなでごはんにしよ!」


 エコはそう言うと一気に立ち上がり、気持ちよく伸びをした。フィズンたちはあまりに予想外なその発言に、耳を疑った。

「ごはん? 食糧が残っていたのか?」別の意味で驚いたタークが尋ねる。

「冬用にとっておいたのがあるの。地下室は無事だったから」


 エコは当たり前のようにそう言ったが、タークにとっては意外だった。地下室なんてあったのか。

 エコは台所があった辺りにしゃがむと、口早に呪文を唱えた。すると土が盛り上がって火山の噴火口のようになり、中心にぽっかり穴が空く。


「うわ、扉が壊れてる。よかった、開いて」

 エコはそう言って地下に降りると、すぐに保存食を両手に抱えて戻ってきた。固焼きパン、ドライフルーツ、ナッツ類。それに塩と干し肉、野菜の塩漬け。


 ベッチョがエコを手伝って石で簡単な竈を組み、エコは火を起こして、ドライフルーツとナッツを加えて塩で味付けしたパン粥を作った。それと干し肉、野菜の塩漬けという内容の食事を五人で食べていると、タークは次第に三人の追手との因縁を忘れてしまい、互いに談笑しながらの愉快な食卓となった。

 もともとタークと追手の間には個人的な確執は無い。旅の間の出来事を話してみると、妙な事に互いにおかしな親近感が産まれ、旧知の友のような気分になってくる。



「全くタークの兄貴にはてこずったよ。いきなり消えるんだから! どっこ探しても、居ねえんだ」

「そうだよね、ベッチョの言う通りさ。この3か月間、どこにいたんだい?兄貴は」

 朗らかにそう言うベッチョとクイスは、タークをすっかり『兄貴』にしてしまった。タークは照れた。

「兄貴はよせよ……。この3か月はずっとエコの家に住んでいたよ。それよりクイス、俺が殴ったところは痛くないか? 俺は切れてたから結構本気で殴っただろ?」

「痛い痛い。このスープも口ン中切ってるから痛いよ。でも、旨いなあ! エコちゃん、僕はこんな旨いもん食ったことないよ」

 クイスの顔は真っ青に腫れ上がり、ところどころ切れて血が出ている。酷い顔だったが、笑っていることは分かる。


「そ? ありがとう。どうターク、美味しい?」少し照れながら、エコが聞く。

「当然旨い。ドライフルーツの甘味にパンの塩気がよく合っている。またこのナッツの食感に変化をもたらしてくれるお陰で一口一口味わいが違い、食べ飽きることがない」

 目を閉じてよく味わいながら、タークが答えた。

「本当に旨いよな。なあフィズン。どうだ?」

 ベッチョがフィズンの方を向いて言った。五人で談笑していても、さっきからフィズンだけはろくに喋ろうとしない。

「……うまい」

「元気がないなあ! どうしたんだい」見かねて、クイスが聞く。

「ほっといてくれ……」この世の終わりのような顔をしたフィズンは、それきり口を開こうとしなかった。

「すまねえな、エコちゃん、兄貴、こいつも色々とあるみたいだ。ところで、クイスと俺はこの後何をすればいいんだ?」

 ベッチョが話題を変えた。クイスもそれにつられてエコの方を向く。



挿絵(By みてみん)



「え? うーん、どうしよっか……」

 エコは口ごもった。タークにも特に妙案は浮かばず、自然と伏せ目がちになる。それを見てベッチョが言った。

「よしじゃあ、とにかくここの瓦礫を片付けちまうか。……しかし、本当に悪い事をした。フィズンだけじゃなく、俺とクイスも一緒になってやった事だ。償いをさせてくれ」

 そう言ってベッチョは頭を下げ、続いてクイスも深く頭を下げた。フィズンはもともと下ろしていた頭を、更に少し下げた。


「もうやってしまったことは仕方ないでしょ。今手伝ってくれてるんだから、それでいいよ」

「俺も別に気にしていない。お前たちは依頼されてやってただけだもんな」

 タークとエコは、当たり前のことのように許した。過ぎたことはもういいという寛大な二人の態度に、ベッチョは感銘を受けた。


「ありがとう。……エコちゃん、兄貴。俺、精一杯働くぞ」


 明るい会食が終わると三人はいよいよエコ達に協力的になり、家の片づけに寝床の準備にとくるくる働いた。その働きのお蔭で、大体の片づけが済んだのはそれから1時間くらい後のことだった。

 家の残骸は爆発によって広範囲に飛び散っていたので全てを集めることは出来なかったが、大きなものだけは焼け跡に集めて積んだ。焼け残った本や家財道具には、まだ使えそうなものもかなりある。このことはエコとタークを大いに喜ばせた。そこまでの仕事が終わると、別れの時が来た。


「これだけでいいのか? エコちゃん、本当に?」

 まだ働き足りないとでも言いたげにベッチョが言う。脇に立つクイスも、心配そうに首をかしげている。フィズンはというと、すっかり疲れ切ってしゃがみこんでいた。魔導士には魔力を磨くために体力を付けないようにする習慣がある。


「いい、いい。かなりキレイにしてくれたよ。あなたたちは、これからどうするの? もうわたしたちを襲ったりなんかしないでしょ?」

「絶対しねえよそんなこと! 俺たちは殺されてたって文句言えないっての」

 ベッチョが全力で否定する。心にもない、といった様子だ。

「ははは、俺は兄貴に殺されかけて初めて、自分って人間が分かった気がするよ。でもまた殴られるのはいやだねえ」

 未だ腫れの引かない顔に笑顔を浮かべながらクイスが言う。フィズンは座り込んで、黙ったままだった。


「行っちまうのか。妙な縁だからまたどっかで会うかもしれないな。のたれ死ぬのはよせよ」

 タークが素っ気ない挨拶を言って、それでお別れになった。ベッチョとクイスの後を、漸く立ち上がったフィズンがひいひい言いながらついて行く。それを見ていると、エコは少し寂しくなった。

 人というのは不思議なものだ。

 朝襲われた時は、彼らを殺してしまいたいほど憎いと思った。なのに、一度食卓を共にして話をしただけで、別れを惜しむほどの仲になった。

「妙な縁」とタークが言ったが、その通りだとエコは思った。そしてふと振り返って焼け跡に積まれた瓦礫を見ると、少しだけ気持ちが沈んだ。

 これじゃいけない。暗い気持ちを振り切ろう。もう一度元に振り向くと、三人はもう、遠く小さな点になっていた。



――


「フィズン、なんで震えてるんだい? そんなに疲れたのかよ。まさかなあ」

 クイスがフィズンを気遣って声をかける。もう日暮れ近い。いくら三人の中で最も体力が無いフィズンとはいえ、先ほどから様子がおかしい。目は虚ろで体は震えているし、歩くのが遅すぎる。ベッチョとクイスは歩調を合わせているが、予定ではもう昨日の夜使ったキャンプサイトに着いているはずだった。


「死の恐怖を味わったか……?」

「な~に? 死の恐怖」

「多分、家を壊したからだろうが……。あの娘の殺意が……、まとめてオレに向かってきた」

 あの瞬間。熱波とともに炎の塊が襲ってきた、あの瞬間。死を悟ってフィズンは叫んだ。

 あれが今朝の出来事だとは、未だに信じられない。もう、だいぶ昔の出来事のように感じられる。その時の光景は鮮明に思い出せる。――全ての魔力を使って向う側が見えないほど厚く張ったはずの魔導盾を――――

「あの娘の魔法は、紙きれみたいに焼き飛ばして――――」


「いやいい、思い出したくないんならいいよ。フィズンは死ぬ直前まで行ったんだから、怖いのは当り前さ」

 フィズンの呼吸が荒くなり、言葉が断片的になったのを見て取ると、クイスはフィズンの言葉を遮って止めさせようとした。しかしフィズンは続けさせてくれ、と言って、更に話しを続ける。


「あの娘は――魔導士の常識破りなんだ。魔法を使うと息が切れる。呼吸が続いてないと魔法は発動しないばかりか、窒息して死ぬことすらあるんだ。オレは、死ぬことも怖かったが、何よりあの娘が怖い」

「エコちゃん、とってもいい子だったじゃないか。やさしいし、料理も上手だ」クイスが弁護する。

「子どもっぽいけど、しっかりしてるしな。怒ってるときだって、別に怖くはなかったぜ」ベッチョも、エコが気に入ったらしい。


「あの娘は」

 フィズンは二人の言葉を遮って続ける。

「あの娘はそれほどまでに強力な魔法を寸止めしたんだ。オレに当たる直前に消しやがった!……」

「それって凄いことなのか?」何気なくベッチョが尋ねる。

「魔法は、一度術者を離れたら自然現象と同じなんだ。コントロールはできず、成り行きに任せるだけだ。つまりな、あの魔法を消したのはまた別の魔法なんだよ」

「ほう。俄然興味がわいてきたな。……それで?」

 クイスが聞く。全部聞いてやったほうがフィズンが落ち着くと判断したらしい。


「どんな魔法を使ったかは知らねえが、魔法を消しちまうってことは少なくともその魔法以上のマナを使うはずだろう。つまり……奴はオレが全力で作った魔導盾をあっけなく消し飛ばす程の魔法を使った直後、更にそれを消し飛ばす魔法を連続で使ったんだ。わかるか?」

「盾を消し飛ばす魔法を消し飛ばす魔法か……。つまり、エコちゃんはフィズンの三倍すごいってことかな?」

「そういうことか! クイス、おめえさんは頭の回転が速いな!」

 二人が笑う。フィズンは馬鹿にされた気がしてムッとした。

「息切れの話がしたいんだよ! あの娘は強力な魔法を二回連続で使った。にも関わらず、オレが放心して必死で息を整えてるところに、ケロッと近づいてきたんだ……。ちょっとだけ息が弾んではいたようだが、…………どう考えてもありえねえ。あれほどの魔法を使って――オレはそれが怖くってしかたがないんだ」



――


「怖かったんだよね……」

 夜。エコとタークはクイスが作ってくれた簡単なシェルターに潜り込んで、眠ろうとしていた。冷えるのでありったけの布をかけて、二人で床を並べていた。

「なにが?」

 タークが尋ねる。働いて多少疲れたとはいっても、まだまだ眠れそうにない。辺りが暗く寒いので眠る以外仕方がないというだけのことだ。


「フィズンと戦ってね、わたしは最後に『フレイム・ロゼット』っていう火の魔法を使ったの。フィズンの盾が強力だったから。…………」

 しばらくの沈黙。とはいえ、辺り中盛んに虫がそぞろ鳴き、静寂とは縁遠い夜だった。

「それで?」

「わたし、よく分かってなかった。自分が本気で魔法を使ったら、どれだけの威力なのか。使われた相手がどうなるのか。……フィズンの『死にたくない、いやだ……』って声が聞こえたの。……それだけ、やけにはっきりと。…………ねえ」

 エコの呼吸が乱れる。声が不安定になる。

「……わたし、もうちょっとでフィズンを殺すところだったんだよ…………!」


 エコは自分の心を搾り出すようにそう言うと、身を縮めて少しずつ泣き出した。ゆっくりと静かに水量が増え、知らぬ間に溢れだす。まるで川の氾濫のような、エコの怖れと悲しみの感情。それを止めようとは、タークは思わなかった。


 人の生き死にに関わることへの恐怖。タークにも経験がある。スラムでの日々。殺したいほど憎んだ人間。そしてタークは、今日エコが越えなかった一線を越えたのだ。その結果が、追手からの逃亡生活である。


(回りまわって、エコが同じ経験をした。何の因果か……。エコがフィズンを殺さなくて本当によかった)

 どうあってもそれは、いい結果を生みそうにない。殺人は不幸を呼ぶ。タークは今、【エレア・クレイ】のスラムを出る前にしたことを後悔していた。やがて隣でエコが穏やかな寝息を立て始めると、タークは微笑んで寝返りを打ち、エコの方を向いて、眠った。


 いつの間にか虫の声も止み、クレーターの暗闇は、いつもの静寂を取り戻していた。

 

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