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エコ魔導士  作者: 中村 尽
唯一無二の四編
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第五十九話『最終宿主』

「……暗いなあ…………」


【森殿】内部に足を踏み入れたエコは、圧倒的な暗闇の前に立ち尽くしていた。

 唯一の光源である朧げな月明りも、大部分は鬱蒼と茂る樹冠の壁に遮られて、僅かに残った残滓が闇に弱々しく吸い込まれている。


 漆黒の闇が広がる中、エコは目を暗闇に慣らすべく森の深奥を見つめる。無言の闇が次第に形をとり、エコに何事かを訴えるように歪んだ。

 夜目が効くようになってくるにつれ、暗がりに薄っすらと見える植物の影や土の盛り上がりが、命を持って立ち上がってくる様な錯覚を覚えた。そして、それらがエコに『ここに立ち入るな』とささやく。


 だがエコは、この闇の中にタークがいるならどんなことがあっても見つけ出そうと心を決めている。

 ようやく、目が暗闇を見破れるまでに順応した。――さて。

「行くか」

 そう呟いた瞬間、突然エコの肩に白い手が置かれた。

「エコ、」

「きぃゃぁぁーーーーーーっっ!!!」


 エコの金切り声が、【森殿】の中にけたたましく響き渡った。




――――



「……? なにか、音がしなかったか」

 光の射さない暗がりの中で、若い男が言った。

「いや、何も……」

 ぼおおぉぉ~~んんん…………。


 もうひとりの男の返答を、重低音がさえぎった。その音が鳴り止んでから、

「何も聞こえないよ。それより、早く帰ろう」

 と言い直す。


 二人の男は、息を潜めて再び森を奥へと進んでいく。


 すると、背後から枝葉を揺らしながら何かが近づいてくるような、激しい音が聞こえてきた。

「やはり、音がする! 隠れろ! 『ラブ・ゴーレム』かもしれない!」

 そう言って、二人は別々の茂みに姿を隠す。葉擦れの音は、急速に近づいていた。森の中を凄まじい勢いで疾走する何者かが、わずか数秒で数十レーンの距離を移動し、二人のいた位置で止まる。


 現れたのは、長い髪をたたえた一人の女性の影……マコトリというラブ・ゴーレムだった。



「ここにいるヤツ! 聞きたいことがある! 出てこい」



 よく通る声で、マコトリが叫ぶ。手には一本の長剣を握っていた。


挿絵(By みてみん)



 マコトリは長剣で手近な茂みをばさりと斬りつけると、隠者を脅すように再び怒鳴った。

「急いでるんだ! どうせ探せばすぐ見つかるんだ。危害は加えないから、早く出てこい! 聞きたいことがあるだけだ!」

 すると先程の男性のうちの一人が、茂みからゆっくりと姿を現した。


「ありがとね。それでいい……」

 マコトリが安心したように言う。

「なんなんだ……。俺たちは別に」

「事情はほとんどわかってる。アタシはあんたたちの行動に干渉はしないよ。ただ、アタシの大事なひとがあんたたちと同じ『病気』にかかってる。救いたいんだ。助ける方法を教えてくれないか」


 マコトリが優しい声でそう言うと、男は眉を寄せて言った。


「『病気』……。病気だと? ラブ・ゴーレムのあんたには分からないと思うが、我々は本気で思っているんだ。『故郷に帰りたい』と……」


「……でも、それは『虫』のせいでそうなってるんだろ……? お願いだよ。アタシはコトホギを助けたい……。せっかく探し出したのに、コトホギは『故郷に帰らせて』ってアタシに泣きつくばかりで、だから、アタシは脱走しないように、コトホギを閉じ込めるしか……。このままじゃアタシは、気が狂ってしまう……」


 マコトリは片手に長剣をぶら下げたまま、さめざめと泣き出した。右手で涙を拭う。男が、マコトリに同情して肩を落とした。


「俺も最初は、どうにかしようと思った。でも、無理だ。俺の中の『故郷に帰ろう』って声は、日に日に大きくなっていく。もう今では、この衝動が『キメリア・カルリ』のものではなくて、俺自身の考えだとしか思えない。その女の人もそうだろう……」


「畜生!! でもアタシは――!!」


 マコトリがたまらずに叫ぶと、マコトリの背後に潜んでいたもうひとりの男がいきなり立ち上がった。


「我々の帰郷は誰にも邪魔させない!!!『ブレイズ・ウィスパー』!!」


 男が叫ぶと、詠唱された炎の魔法が掌から打ち出され、マコトリの体に直撃した。マコトリの体が爆発し、その衝撃で左腕が千切れ飛んだ。



「ごふッ!」

 マコトリの正面に立っていた話していた男の体に、なにか重いものがぶつかる。マコトリの前腕だった。


 マコトリの体が燃え上がり、そのまま膝を折って倒れ込む。


「お、お前は魔導士だったのか!?」

 先程までマコトリと話していた男が、驚いて言う。魔導士は答えた。

「ああ、そうだよ! いつまでそんなゴーレムと話してるんだ! 早く、早く帰るんだよ! 洞窟はすぐそこなんだから……!」

「いくらなんでも、人に向かっていきなり魔法を打つなんて――!」

 昂ぶった男が、魔導士に掴みかかる。

「うるさい! 市の委託を受けてるラブ・ゴーレムが、我々をこのまま見逃すと思ってんのか!」

「だが、卑怯にもほどがある! 今の人は話せば分かってくれそうだったのに――」

 口論する二人は、すぐにまた誰かが近づいてくる音を捉えた。


「どけっ!! ほら見ろ、また見つかったじゃないかよ!」

 魔導士は男を無理やり振りほどくと、もう一度詠唱を始めた。

「ばっ、何をするつもりだ……!!」

 男が止めに入る前に、魔導士は詠唱が終え、手のひらを突き出す。

「邪魔はさせん!『ブレイズ・ウィスパー』!!」


 再び男から放たれた魔法の炎弾が、音のした方向に射出された。爆発音とともに、爆着の火花が爆ぜ、木々の陰影を浮かび上がらせる。


「何をしてるんだ! まだ誰かも分からない! 今度は人間かもしれないのに……!」

「だとしても、私は打つ。もう行こう! もう無駄な時間は――」

 その時だった。魔導士の胸に、人の頭ほどの大きさの水弾が直撃した。

「ごぼぁっ!」

 魔導士がたまらず悲鳴を上げた。すると、エコの放ったもう一発の『ウォーターシュート』が、魔導士の頭部に直撃した。魔導士が昏倒する。

 もうひとりの男が驚いて振り返ると、喉元になにか鋭いものが押し当てられていた。

「動くな。喋ろうとしても殺す……」


 男は、一瞬で制圧された。





 しばらくして、茂みの奥からエコが姿を現した。

「トア! 大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ。魔法を使ってきたやつはおとなしくなった」

 男の喉元にその角を押し当てていたトアが、振り向かず言った。


 ――森の入口でエコを驚かせたのは、一本角の『人間もどき』トアだった。エコが気にかかって仕方のないトアは、人目につかないように一日中エコを監視しており、森に入った瞬間エコに接触してきたのだ。そして二人で行動することになったのだった。



 エコが辺りを見回し、倒れている女性を見つける。

「大丈夫!? 生きてる!?」

 とっさに助け起こそうとして、ためらう。痛々しく焼け焦げた肌に燃えた服が張り付き、しかも右腕は肘から先がない。あまりにも痛々しいその姿を見てつい身を引いた、その時。


「エコ、久しぶり~」

 凄まじい大怪我をしているはずの女性から、なんの危機感もない声がする。エコが絶句して様子を見ていると、女性が普通に立ち上がった。

「あ~、油断した。まさか魔導士がいたとは……。お肌が汚れちゃったじゃない、服もぼろぼろだし……」

「マ、マコトリ?」

 エコはようやくそれだけ言ったが、開いた口が閉じない。


「あ~あー、腕が……」

 マコトリはそう言って持っていた長剣を鞘にしまい、もげた前腕を拾い上げる。それを何事もなかったかのように持ってくると、

「エコ。悪いけど、これ持っててくれない?」

 とエコに頼んだ。エコはついつい受け取ってしまう。


「おい……女性。大丈夫なのか?」

 先程の男をそのへんのツタで縛り終えたトアが、服が焼け、右腕の肘から先がなくなっているマコトリを見て、思わずそう言った。


「うわあぁ……、キレイな角! ねえ、よく見せて、見せて……」

 マコトリは質問に答える代わりにトアの頭に生えた一本角を見てうっとりと言い、長剣をほっぽりだしてトアの角を掴もうとする。


挿絵(By みてみん)



「うわっ、おい、やめろ」

 トアはとっさにそれを避けると、二三歩後ずさってマコトリを払いのけようとした。だが、マコトリは強すぎて払いのけられない。

「いいからいいから。見せてよ~、恥ずかしがらずにさぁ」

 逃げ回るトアに、しつこく角を見せろとせびるマコトリ。

 その様子があまりにもおかしく、エコは思わず笑い声を立てる。

「おいエコ、笑ってないで助けてくれ……」

「ん~? ……ふふっ。あははは!」


 それを見て、トアとマコトリも笑った。



――――




「そうか……タークも『神隠し』にあったんだね」

「やっぱりコトホギもなのね……。それに社長や、他にも沢山の人が『神隠し』にあってる……」


 エコとマコトリがそれぞれ事情を説明し合った。


 マコトリはコトホギの失踪に気が付き、主であるギギルの元から抜け出して、ここ数日『神隠し』の調査を進めていたらしい。

【森殿】に来た未遂者たちを時に脅し、時に説得して聞きこんだ情報を、マコトリがまとめてエコに話してくれた。



「……でもなんで? なんで原因が分かったのに……それにもうコトホギは見つけて、マコトリの家にいるんでしょう?」


「うん。……でも、コトホギはまだ救えていない……。『神隠し』の原因は厄災生物『キメリア・カルリ』って魔法生物だよ」

「『キメリア・カルリ』……聞いたことがない」

「説明するね」


 そう言うとマコトリは大きく息を吸い込んだ。


「『キメリア・カルリ』は、大型の哺乳類を中間宿主とする寄生虫の名前。人体に寄生するとお腹から頭に登ってきてそこに住み着き、宿主の思考に、ある感情を植え付ける」

「ある感情……」

 エコが相槌を打つ。マコトリはうなずき、答えた。

「……それは、【懐かしさ】という感情。『ふるさとを思う気持ち』だそうだ」

「ふるさとを思う気持ちを植え付ける……?」


 懐かしさ。そう聞いて、エコの頭に忘れられない光景――リング・クレーターにひっそりと建つ師匠と、タークと一緒に暮らした家――が思い浮かんだ。今はもう燃えて無くなってしまったが、エコの中にははっきりとその姿が残っている。

 思い出すと同時に、胸に温かいお湯を流し込まれたような、ひだまりの中で昼寝をしたときのような感覚が沸き上がり、胸が詰まりそうになる。


「なつかしさか……」

「そう。……でも、寄生生物『キメリア・カルリ』にとっての故郷というのは、人間にとっての故郷とは少し違う。寄生生物である彼らが産まれたところは、『最終宿主』である生物の体の中なのさ」

「……『最終宿主』っていうのは?」


 聞き慣れない単語に、エコが聞き返す。


「寄生生物は、『最終宿主』の体内でないと繁殖ができないの。例えばブタにも【回虫カイチュウ】という寄生生物がいるけど、【回虫カイチュウ】はブタの体内に入らなければ成虫にはなれない。ブタの体内で繁殖して卵を産み、それが糞に混ざって体外へ出て、その卵をまた別のブタが食べることで、その体内で産まれて繁殖する……そういう命の循環のカタチがあるんだよ」

 マコトリが説明する。


「そして一部の寄生生物には、さらに『中間宿主』といって別の生き物の体を経由する必要があるものもいる。例えば人間を『最終宿主』とする『サナダムシ』という寄生虫は、一度『中間宿主』である魚の中で孵化してから、人間がそれを生で食べることによってようやく『最終宿主』である人の体に入り、成虫になって繁殖出来るようになる」

「なるほど。一度、『最終宿主』から出なきゃだめなんだね。それで、故郷……」



「そう。魔導士が乗ってる『蝸牛車』ってあるだろ? あのカタツムリに寄生させている『ロイコクロリディウム』は『最終宿主』は鳥で『中間宿主』がカタツムリなんだけど、……カタツムリが鳥に食べられない限り、『最終宿主』の体内に入れないだろ。だから、鳥にカタツムリを食べさせるためにある【努力】をする」

マコトリが指を立ててエコに言う。エコは思わず尋ねた。


「【努力】って……カタツムリを鳥に食べさせるってこと? 体内にいるのに、どうやって……」


「そこさ。なんと、『ロイコクロリディウム』はカタツムリの角の部分に入ってカタツムリの視界を奪い、更に角の中でモゾモゾとうごめいて鳥にアピールするのさ。『美味しそうでしょ? 食べてください』って」


「へえ……」

 エコは感心せずにはいられなかった。そんな生物がいることに。そして、生きるためにそんな面倒な手順を踏む必要があることにだ。

 ただ、話を理解するにつれ、だんだんと分かってくる。タークやコトホギがどんな状態にあるかが……。

 マコトリの話は続いた。エコは必死に聞く。トアも神妙な面持ちで耳をそばだてていた。


挿絵(By みてみん)


「ウシガエルに寄生する『リベイロイア』はカエルを奇形にすることで動きを制限し、『最終宿主』の水鳥に食べさせるし、アリに寄生する『ディクロコエリウム』は『最終宿主』であるヤギに移るため、草の先端にアリを誘導して草と一緒にヤギに食べさせる。そうやって、宿主の行動を体内から操る生き物ってのがいるのさ……そして……」


「『キメリア・カルリ』もそう……」


 全てを悟り、エコが呟いた。マコトリが大きくうなずく。


「『キメリア・カルリ』も同じなんだね。『中間宿主』である人間に【懐かしさ】を植え付け、彼らにとっての故郷。――『最終宿主』の体内に帰ろうとしている……!!」

「なんと……! そういうことなのか……?」


 エコの話で、トアも驚く。エコは背筋が凍りそうだった。

「ではなにか? 寄生された『中間宿主』は寄生生物の乗り物にされて、何れにせよ、死ぬだけというわけか」

「でもまって、マコトリ。タークたちが『中間宿主』にすぎないなら、『最終宿主』は一体なんなの?」


 『キメリア・カルリ』の『最終宿主』。それも恐らく生物のはずだ。どんな生命体かは分からないが、その生き物がどこにいるのか分からなければ、タークがどこに向かっているかも分からない。


「それが……わからないんだ。アタシもいろいろ資料をあたったんだが、『キメリア・カルリ』の生態ついてだってほとんど資料が無くて……ただ、ひとつだけそれらしい記述のある文献があった」

「なんて書いてあった?」

「それは『キメリア・カルリ』の帰巣本能に関する論文で、『キメリア・カルリ』を寄生させた犬を使って行き先を調査した、という内容だった。残念ながら犬が途中で死んでしまって実験は失敗に終わったけど、国の色々なところで行った実験では、全ての検体が“ある一点”を目指して進んでいたらしい」

 マコトリが慎重に言う。



「“ある一点”……その向かう方向を線で結ぶと、その行き先は『トレログ市』に集中したそうよ」

 エコはそれを聞いて納得した。

「要するに、ここにいるってことだね。その“キメリア・カルリの最終宿主”が……」

 マコトリがうなずく。そして、何気なくこう付け加えた。

「そう。この論文を書いたアルクンセランって人も、そうまとめて――」

「アルクンセラン!?」


 マコトリの発言を、エコが遮る。マコトリが驚く。

「知ってる人なの?」

「その人、さっき『ゴーレムハレム』で会ったばっかりなの……」


 エコが少し考え、うん、とうなずいて納得した。

 マコトリとトアには事態が飲み込めない。

「分かった。分かったよ」

「なにが?」

 マコトリが聞いた。エコはマコトリの方に向き直り、はっきりと言った。


「全部分かったよ、わたし。最終宿主がなんなのかも――タークのいる場所も」










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