第四十八話『それは賑やかな、対策会議』
冬の夏の夜。
空には欠けた月が浮かび、真綿で出来たようなきめ細かな雲を、細部までくっきりと光らせている。
影になった部分も、漆黒の闇よりはいくらか明るく夜空に映えている。月光の照り返しによるものだ。
人々を圧倒するかのような昼の暑さは、夜となればすっかり鳴りを潜めてしまう。上気して火照った頬を風が優しく撫で冷ますように、この温まった地表も夜の涼風がすっかり撫で払って、少し冷えるくらいまで気温を下げる。
エコ、コトホギ、社長の三人は、そんな月光の下を並んで歩いていた。
「社長、これから何が始まるの?」
「さっき言ったじゃないか。会議だよ会議」
「なんの会議?」
「何ってエコちゃん、“山”対策会議だ」
「それにしても、突然決まったねえ。……ゴーレム関連は、何でもかんでもそうだけど」
「コトホギ、そういやあお前、ゴーレム・ハレムのゴーレムたちには話し行ったのか」
「さっき行きましたよー。今日の会議にはそれで行くんです、私」
その夜――――緊急に開かれることになった会議に、エコと社長、コトホギの三人が出席することとなった。タークはすでに部屋に帰っている。ヒラの労働者であるタークは、魔導士のエコとは立場が違う。
ここはトレログ内壁の縁に作られた、鉱掘業組合の集落。その中で一番大きな普段食堂として使われている建物を、急遽会議場として使う事になった。食堂のおばちゃんが、せわしなく中を片付けている。
中はすでに、エコを含む鉱掘業関係者がごった返していた。
「おう、カララニニアの!」
「久しぶりだな! オジキよ」
「久しぶりだな。元気か? おお、コトホギちゃん! 元気か?」
「どうも~。社長がいつもお世話になってます~」
キョトン顔のエコの周りを、ごつい壮年の男達が挨拶を交わしつつ行き交う。総勢百名にもなるだろうか。その全てが、【カララニニア鉱掘業】と同様のジャイアント・ゴーレム関連会社の幹部や、熟練のマーカー達だ。
こうした企業ではやはり管理職といえど現場上がりの者が多いらしく、屈強な男性が揃っている。しかしその中に何人か、女性や老人、痩せた男性の姿も混じっている。
エコがきょろきょろと辺りを見回していると、コトホギに席に座るよう促される。社長の隣の席に座ると、エコの視界に小さな影が写った。
(ん?)
訝しんで目を凝らすと、小さな影が長机の反対側に入っていく。「おっ?」エコはその姿を追ってそのまま机の下を覗いた。
だが机の向こう側に動くのは人々の固そうな靴先だけで、先程の影はいなくなってしまっていた。
「エコちゃんっ」
周りの目を気にするコトホギがエコの肩を叩く。エコは下を気にしながら体を起こした。そして机の反対側に目を向けると、先程の小さい影の正体がわかった。
目の前に立っていたのは、小人族の屈強な男たちだった。
「わあっ!」
エコが驚いて、嬉しそうな声を出す。小人族の男たちはエコに目を向けると、ちょっと笑い、エコにふらふらと手を振ってきた。
エコも振り返す。
「エコちゃん!」
コトホギが肩を叩く。さっきより少し力が強い。エコがはっとして会場に意識を戻すと、並んだ長机の席が埋まっていた。いくつも並んだ長机の一番向こうに、黒板を背に一人の男が立っている。今日の司会をするらしい。どこからか、「議長」と彼を呼ぶ声がした。
「んではっ! 会議を始めるぞー……。今日集まってもらったのは他でもない、あのジャイアント・ゴーレム、通称“山”をどうするかという話を、皆でするためだ。手元のペラを」
議長はそう言って一度言葉を切り、手元の紙を取り上げてみせる。
「見てもらい、たいっ。えー……。全高83レーン、巨体に従って歩行は遅いものの、“山”は一度に数歩、まとめて歩く事がある。よって速度は通常のものと同じくらいあるわけだ。つまり、トレログに到達する時間も、二週間は切っていると思って間違いない」
議長が後ろの黒板に書きつけてある簡易的な地図を指した。
“山”の現在位置は、トレログの街から山岳方面に約60キロレーン。馬車で移動しても数時間かかる距離だ。
「すでに第一ラインは突破された。しかし山岳方面から来てた“山”は、どっちにしろ拠点からの距離が遠すぎ、手は出せなかった。採掘兵器を使わないとなかなか攻めにくいからな」
と議長、振り向きながら。
「改めてになるが、知らない人もいるので解説しよう。マーカー諸君が調べてくれた“山”の構造図、二頁。こっからはマーカー協会の会長に話してもらいます。おい、カズナー・ケットセスくん」
議長が呼ぶと、脇から背の低い、ネズミのような印象を持つ男が現れた。
「カズナーです」
自己紹介した男は、ギラギラと光る黒目がちな瞳でもって会場を眺め回す。そしてすっかり眺め回さない内から、口を開いて話しだした。
「まず、“山”は脚が長いのです。そして、その脚には退避用のくぼみや登頂用のホール(穴)やクラック(裂け目)がほとんど無く、素で登るのはベテランのワーカーでもかなり厳しいですから、採掘兵器のひとつ、階段橋が必要になるのです」
採掘兵器。会話のそこここに出てくるこの用語は、ジャイアント・ゴーレムの採掘に使う大型重機を指す言葉だ。
採掘兵器は用途に合わせて様々な種類がある。いま出てきた『階段橋』というのは大量のワーカーをゴーレムに登らせるための、中が階段状になった高さ15レーン程の塔のような建造物だ。
その頂上には跳ね上げ式の橋が設置されており、これを使って高いところにあるゴーレムの核にワーカーを送り込むことが出来る。
「しかし階段橋は長距離移動が非常に難しく……いや難しくじゃないな、無理なんです。えー、さらに不整地では使用できないため、“山”が平野部に出てくるのを待つ必要がありました。“山”が平地に到達したら、選りすぐりのベテランを一気に“山”に向けて送り込みます。続いてワーカーによってある程度アタックを終えたら、巨弩や槌塔を使って叩いていきます。総力戦です。ありったけの採掘兵器を使うのです」
カズナー氏が口早に説明していく。次第に、集まった人々の頭上に疑問符が浮かび始めた。同時に会場がにわかにざわめき出す。
「え、では、話が込み入ってきましたので採掘兵器については一度やめまして、“山”の構造の話に移りましょう。……われわれの調査の結果、“山”は複数のジャイアント・ゴーレムが融合したものだと分かりました」
一部でどよめきの声が上がったが、カズナーは気にも留めない。
「核が複数個あるということは、そうとしか考えられません。シルエットをよく見ればそれは伺えますし、また、接合部らしき部分もいくつか見つかっております。当初はここから分離が出来ないかと思いましたが、却って難しいでしょう。しかし、この調査によって“山”攻略の糸口が見えてきました。三ページを見て下さいますか」
カズナーが促すと、部屋中から一斉に紙のページをめくる乾いた音が起こった。エコも社長がめくるのを横目で見ている。その紙には、小さな文字でびっしりと何か書かれていた。文字はかなりの走り書きで、会議が急遽決まったために写文する時間が殆どなかったという事情を伺わせる。
「三ページに載っているのは、“山”の接合部の調査結果をまとめたものです。ご覧の通り、沢山のジャイアント・ゴーレムがへばりついているような格好です。そして、足の部分を構成しているのは核七つ分のゴーレムだと判明しております。つまり、足の部分を構成している核を破壊することで、ゴーレムの進行速度を遅くすることが出来るのではないか、という仮説が立つわけなのです」
聴衆から納得の声が聞こえてきた。それを聞いてカズナーはひとまず安心し、次の説明に移る。
「では最後に、これからの作戦を簡単に。予測では、“山”は明日の昼にこのポイントに到達します。ここに階段橋が設置されていますので、選りすぐりのワーカー五十人を“山”に登頂させます。しかし“山”の核は頑丈であったり、また奥まった部分に存在することもありますので、これには数日かかりましょう。その後で、採掘兵器を用いたアタックとともに、魔導士によるアタックをかけます。うまくいけば、足部分の核は数日で全て破壊できるでしょう。……それでどうなるかまだわからないので、ともかく同時並行で全身の核もできるだけ破壊します」
カズナーがそこまで喋ると、議長が再び口を開く。
「ありがとう。カズナーくんの話でみんなもわかったと思うが、まずは脚を狙う。その為に道具を使うってわけだ。……なんか質問あるかー?」
議長は最後に大声で呼びかけた。すると、会場からつぎつぎ質問の声が上がる。
「ゴーレムの重さはいくらくらいなんだ!」「到達予想は、信用できる方法で求めたんだろうなー!!」
「グロベの費用はアバラトルル持ちか協会もちか教えてくれ!」「ワーカーの供出はどこからどれくらい、ウチは三人でいいのか!??」「弁当はどこのが出るんだ」「“山”の核の硬度についてもっと詳しく!」
「明日からちょっと用事があって俺はでれねぇーー!!」「小人の仕事はなんだ!」「保険はかかってんのか!?」
「だあぁーーーーい!! 挙手、挙手!!」
あまりにも喚くので、議長が怒鳴る。
やかましく陽気な質疑応答が続く中、エコはふと、社長に尋ねてみた。
「ねえ社長。“山”の採掘は雑な仕事をする会社が請け負ってたんじゃなかった? 昼間はそう言ってなかったっけ?」
エコが素朴な疑問をぶつける。すると、社長の顔がほころんだ。
「……ダメだ。あいつ、投げ出したわ。ぶははっ」
社長が言うと、話を聞いていた別の会社の社長が参加してくる。
「あいつな!! ダメだって分かってよ、泣きが入ったのよ! 頼むからみんなで協力して、“山”の討伐をなんとか手伝ってくれって! ははは! ざまーみろ!」
「いつもでかいからって威張ってやがって、でも思い切りよく頭を下げたところは流石だな! アイツ昔からいっつも無茶やるけど、どうしようもなくなると決まって泣くんだ。変わらねえなああの馬鹿!」
ひとしきり笑ったあと、社長がエコに向かって笑顔でこう話す。
「はっはははは、いまではなぁ、エコ。アバラトルルの野郎のフォローなんざ、みんな慣れっこなんだよ。始めっからアイツの仕事が無茶なのは分かってた。だから全員、出来る限りの手は打ってたんだ。必要以上にゴーレムを狩ったり、こういう会議が開けるように根回ししたりな。でも、野郎から泣きが入るまではそう見せないようにしてるのさ。……今回は、完璧に非常事態だしな……」
最後は真面目な顔つきになる。社長の胸を他の男がドンと叩き、「なんとかなるさ、いつものように」と、同様に真剣な顔つきで言った。
大の大人が一斉に黙り込み、辺りに神妙な空気が流れる。
「仲いいんだね、ほんとに」
エコが笑って感想を述べた。
――――
「……では次に、顔合わせ会をやる。ちなみに、酒は出ねえぞ」
質問の嵐が収まった後、休憩を挟んで議長がそう話すと、会場に活気が出てきた。みんなで机の配置換えをしたり椅子を並べたりと会場のセッティングを変更し、会食の準備をすすめる。
食事をテーブル上に並べ終えると、さっそく会食が始まった。しばらく後、議長がまた全員に呼びかける。
「じゃー、食事中すまんが助っ人の紹介だ。魔導士の皆様! 前にお願いします」
すると集団から拍手が起こり、数人の男女が立ち上がって、前に移動する。
「エコちゃんも行っといで」
「うん? うん!」
コトホギに促され、エコもとりあえず立ち上がって列の最後尾に加わった。観衆の目が、エコたちに注がれる。
前に並んだ魔導士は、エコを含めて八人。最後尾にいるエコには、反対側にいる数名の顔が伺えない。なんとか見ようとしてみるが、そちらに意識がとられすぎたせいで、魔導士達が自己紹介していることに、最後の三人になるまで気が付かなかった。
エコの二つ隣りにいる太めの男性が、ずっしりとした体を半歩前に進めて、気の篭った声を上げた。
「私は、ギザヴェー・タカモゥという魔導士です。『フスコプサロの会』所属です。以後宜しくお願いします」
エコはそれをぼーっと眺める。すると半歩下がって元の位置に戻った男性の隣りにいた男気のある女が、エコの視線に気がついてウインクしてきた。エコはちょっと驚き、思わず首をすくめる。
女は前を向き、「あたしは『フスコプサロの会』所属の魔導士! フリズンバイナ・ニップタールだよろしく!!!!」
と威勢よく叫ぶ。会場から拍手。
…………常識で考えて次はエコの番だが、エコはそのことに数秒気付かず、「おい、つぎは嬢ちゃんの名乗りじゃあないか?」とフリズンバイナに言われてようやく気がついた。
「えーーーっと、わたしはエコです! うーんと……、えーっと……よろしく」
会場が一瞬固まり、次の瞬間わっと沸き返って、拍手が送られる。
「……お前、名字は?」
隣で聞いていたフリズンバイナが怪訝そうな顔をした。
エコは「はい?」と一瞬だけわけの分からない表情になったが、思い出したように「あ、名字はないです! エコです」と観衆に向けて叫んだ。観衆から笑いとともに再び拍手が送られる。
挨拶と自己紹介が終わり、八人の魔導士たちがぞろぞろと席に戻りだした。その途中で、フリズンバイナがエコに話しかけてきた。
「エコちゃんってのかい? あたしはフリズンバイナ、こっちはギザヴェー、こいつがアラストロだ。あんた面白い子だねえ」
フリズンバイナの後ろにいるギザヴェー・タカモゥと、アラストロと呼ばれたエコと同じくらいの子が頭を下げる。
「そう? ありがとう! アラストロ……くん?」
エコが半信半疑で、アラストロの名を呼んだ。ツヤのある黒髪を下ろし、前髪はぱっつんにしているアラストロ。服装は可愛らしいが、エコにはなんとなく男性だという確信があった。
すると、アラストロがむっとしてこう言う。
「あらぁ、エコちゃんったら~。『くん』なんか、やめてよ。アタシはオ・ン・ナ・よ! オトコなんてものと一緒にしないでちょうだい」
「なんだぁ?」エコが抜けた声を上げる。理解が及ばない様子だ。
するとその掛け合いを見ていたギザヴェーが、突然高笑いを始めた。
「あはははははは!! エコちゃん、ごめんね。アラストロはちょっと面白い子でね?」
「なによぉ、ギザヴェーまで! アタシを馬鹿にしてんの?」
「おかまなんです。若干12歳だというのに……うふふはは」
「アタシはオカマじゃないわよ、女子よ!! ねぇフリズンバイナ?」
ギザヴェーの発言に対して、アラストロが声を荒らげて反論した。そしてフリズンバイナに話を振った瞬間、フリズンバイナの隕石の如きゲンコツがアラストロの頭に叩き落される。岩と岩がぶつかるような、冗談ではない音が響く。音を聞くだけでエコの頭が痛むほどだ。
「呼び捨てすんじゃないよ」
理由は後から続く。
「だっっ、、、がががが、、、がが」
アラストロは悶絶している。エコは気の毒そうに、その姿を見ていた。
「あのね、実はねえ、ハルナさんからエコちゃんの事を聞いていたんですぅー」
「え? ギザヴェー・タカモゥさん、ハルナさんの友達なの?」
思わぬ名前が出て、エコがびっくりする。
「友達というか、活動に協力させてもらっている立場なんですよ。ハルナさんは森林保護の活動をしてるでしょ? たまぁ~にそれの手伝いをウチの施設でやってるんですう。それで、知っているという訳で」
「そうなんだ? ハルナさんの活動はうまく行ってそうなの? この間あった時、いまいちだって言っていたけど」
「それに関しては……、ああ、そうだ! エコちゃん、ウチの施設に見学に来ない? 直接聞いたらいいよ、ハルナさんもまた話したいって言っていたし……今、ウチの施設に泊まっているんです」
「ええーーっ! そうなの? 施設って……」
「おおおおおーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」
その瞬間、会場が一気に湧いた。
「何が起こった?」
「わあああーーー!!! ヒキウスちゃああーーーん!!」
「ウブスナーー!!」
「クシガリィーーッ!」
「ヒキウスー!」
太い声援とともに、拍手と口笛の嵐が飛び交う大歓声。間違いなく、ここが今日イチの盛り上がりだった。
「何が起こったんだ……??」
エコの口が塞がらない。
「みんな!!! 静かにしろ!!! コンパニオンじゃねえんだ、彼女ら『ラブ・ゴーレム』にも“山”討伐に協力して……、静かに!! 静かに!! 営業じゃねえ!!」
「ごああ~~~!!」
「ヒキウスちゃああーーーん!!」
「カムラルーー!!」
「クシガリーー!! ウブスナ!!」
ラブ・ゴーレムたちはそれぞれ声援に応え、観衆に向かって手を振り返している。それにともなって、ますます声援が大きくなった。トレログの男性は、みんな彼女らの世話になっていると言っても過言ではない。
ロリコンはヒキウス。
巨乳好きはカムラル。
Mはクシガリ。
母性を求める者はウブスナ。
そう言った具合に、かなり多彩な性的嗜好をこの四人でカヴァーしているのだ。
「うるせえんだよ、静かにしろォッ!!!!」
ついに、しびれを切らした議長の怒号が飛ぶ。
それを聞いてラブ・ゴーレム達がしゅんとおとなしくなり、さすがの聴衆も黙りこんだ。議長は全体をじろりと睨みつけ、エコたちもビビって席に戻る。
「あ~~、てめえらいい加減にしろよ。真面目な会なんだよこっちは……。…………さて、彼女ら『ゴーレム・ハレム』の誇り高いラブ・ゴーレムたちには、コトホギ・シュターンさんを通じて手伝ってもらうことになった。……はっきり言って、ええ~、彼女らには一応ワーカーとして頑張ってもらうわけだけども……、めちゃくちゃスゴイ。みんなも、マコトリちゃんのことは知ってんだろう?」
会場から同意の声が上がる。エコが隣のコトホギを見上げると、真剣な顔つきになっている。
「マコトリちゃんはトクベツだが、彼女らも負けない程の活躍を期待できる。じゃ、ちょっと挨拶」
議長がラブ・ゴーレムたちに話をふる。
「みなさんこんばんはーー! えっと、『ゴーレム・ハレム』のヒキウスですっ。よ~ろしくお願いし、ますっ! えっと、こっちからクシガリ、カムラル、ウブスナの四人がジャイアント狩りに参加させてもらいます~っ!」
会場から拍手が起こる。先程の怒号の効果もあって、浮ついた様子はない、が……。
「今日も営業やってるから、遊びに来てね~」
ヒキウスが愛想よく言うと、会場が再び沸き返った。
「なに? ラブ・ゴーレムって。わたし、泥人形とジャイアント・ゴーレムしか知らないんだけど」
「あーー……えーーー、私の口からはちょっと言えない……」
コトホギが話題を避けようとする。ラブ・ゴーレムたちによって性に関する話題を恥ずかしがる風習は大分無くなってきてはいるけれども、コトホギの様な慎ましい女性にとっては、避けるべき話題に違いはない。
「いいにくい話題?」
「なんだよ、コトホギ。カマトトぶってんの? エコちゃん、ラブ・ゴーレムっちゅーのは、売春婦を保護するために作られた人間そっくりのゴーレムでな。世の男女が仕方なしに貯めとる性的欲求ってやつを、発散させてくれるものなんだわ。俺も時々、夫婦で行く」
「ええっ~、社長も行ってるの!!?? やだぁ、やめてよそんな話!」
コトホギが露骨に嫌な声を出す。だが、社長は却っていやらしくニヤついた。
「いいかぁ~、君も、ご両親がまぐわって産まれてきたんだ。コトホギ、君はなあ、お兄さんと二人兄妹だが、もしラブ・ゴーレムがなかったらもっと兄弟が増えていたかもしれないんだよ~」
「やぁぁ~…………、やめてやめて、やめてやめてやめてぇ」
コトホギが両手で頭を抱え込む。それ見て、社長が大笑いした。周りで盗み聞きしていた男数名も、声を潜めて笑っている。
「あははは! 社長がこんなに楽しそうにしてるの始めてみた~!」
エコも笑う。コトホギが裏切ったな、という顔で、エコを見た。
「エコちゃん~~っっ……」
「いやでも、要するに性欲の処理をしてるゴーレムってことでしょ? 男女がふつうにヨページュしてたら子どもが出来過ぎちゃうもんね。避妊の方法としては上手いと思うけどな~。……なんでそんなに恥ずかしがるの?」
エコがさらりと言ってのける。場が一瞬、固まった。
植物の魔法生物であるエコが、人間の繁殖行動について恥ずかしがる了見はない。人間で例えれば、植物の受粉について話しているようなものだからだ。
第一、かつて【ハロン湖】で聞き込みをした際、エコは売春宿の娼婦たちとそういう話題で盛り上がったし、娼館が【ハロン湖】のような田舎以外では絶滅しかかっているという話も聞いていた。
しかし少女にしか見えないエコが『ヨページュ』などという直接的な単語まであっさりと口にすると、コトホギは信じられない、という視線をエコに投げ、社長はぷるぷると震え出した。
「エコっ……はぁっ……! ははははは!! はっはははははは!! 正論だコトホギ! 割り切れ!」
「むうっ……! うるさい、変態おやじ! ってあれ? ……お酒出てない……? あっち」
「なんだと!? 遅いぞ!!」
『酒』という単語に稲妻のように反応した社長が、あっという間に酒宴に加わった。
ラブ・ゴーレムをコンパニオンにして、どこからか呼び出した音楽家まで参加しての大宴会。
「酒は出ない」と豪語していた張本人の議長までもが楽しそうに大酒を飲んでいる。
二人はその光景を見て、色々と諦めた。
「エコちゃん、帰ろっか~。社長嬉しそう~~……、これじゃあ明日また二日酔いかな~……」
青ざめたコトホギがため息のように言う。エコも同様に青ざめて、頷いた。
「うん……たぶんね……」
エコとコトホギは、世間話をしながら並んで夜道を歩いた。月は高く、まるで明るい星空がゆっくりと降りてくるような夜であった。




