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エコ魔導士  作者: 中村 尽
唯一無二の四編
52/67

第四十四話『これがトレログ十一年祭』



 ドア。


 人は、隔てる為に『壁』を作った。内と外を区切ることで、自と他が混ざらないようにした。


 接触と融合を阻むための壁。人は、その内部で安心を得た。



 しかし人は次第に内や個といったものに退屈し、刺激を求めて壁に小さな穴を空けることにした。それを『窓』という。


 内部からでも、外部の様子を伺うことが出来る窓。人は窓を通して、心の慰みを得た。



 やがて窓にも満足できなくなった人は遂に、通行するための『ドア』を作った。個と全はドアによって繋がり、内と外は連続した空間となる。



 内部と外部の限定的な融合を果たすドア。人はドアによって、自らと他者の間に、適切な距離感を得た。

 ドアの価値は、場合によっては開けることも閉じることも出来るということにある。そして、鍵をかけることも……。ドアによって人は、接触の機会を自ら操作することが出来るようになった。こうしてようやく、人は……。閉塞の安心と、開放の快感を選択することが出来るようになったのだった。




 そして今、一枚のドアが開いた。



【トレログ】の高級住宅地に建つ一軒の豪邸。紫色の髪の毛が、玄関口に揺れる。


 ドアノブには石英で出来た精巧な飾りが付いており、ドアはところどころ銀細工で装飾が為されていた。油の切れた蝶番が、低いうめき声を上げながら角度を増していった。




「ただいま、マスター」


 どうせ聞こえないとは分かっていながら、マコトリは長年の習慣に今日も従う。マコトリが本来持つ明るさは、その声にはわずかも含まれなかった。




 建物の内側は、外側と同様に豪華な作りだった。柱の一本一本、窓枠のひと角ひと角、階段のすべてのステップに凝った飾りが付けられており、全てデザインが異なる割に、全体として素晴らしく調和していた。

 しかしその調和も、今は部屋にたまったホコリやあちこちに張った蜘蛛の巣によって著しく乱され、本来あるはずの風格を失っていた。


(掃除しなきゃいられないよ)


 マコトリはそう思いながら、白っぽく汚らわしい階段を上がり、主のいる部屋に向かった。大理石の手すりは、汚すぎて触る気にもなれない。



 マコトリが再びドアを開ける。廊下と主の部屋をつなぐドアだ。





 ――屋敷の主、魔導士ギギル・シュターンは、卵のような楕円形の体をしていた。



 ぷりぷりと豚のように肥えた肉体が、ウォルナット材の執務机に肘をついてマコトリを見すくめている。

 その瞳の奥に覗く、じっとりと湿気を含んだ色調が、マコトリの神経を逆なでした。


 男の鼻の穴から常用している軽い麻薬の煙が薄くたなびき、薄暗い部屋中に立ち込めていた。



「げっほ……」

 マコトリが、さも不快そうにわざとらしくむせる。ギギルはそれになんの気も使うことなく、次の煙を盛大に吐き出した。



「なんだ、早いじゃないか……。今日はどうしたんだマコトリ」


「スフラギスはいつとってくれるんですか、マスター。あと、コトホギの手伝いをさせてください。アタシの生きがいを返してください」



 マコトリは、ギギルの厚ぼったい瞼をまっすぐ見て要求する。ギギルは二重だったはずだが、顔がむくれているせいか、見かけ上一重瞼に見える。


「お前の生きがいと言うのはだな、マスターに仕えることが一番なんじゃないのか? ……と、いつもいつも言っているじゃあないか。私の言うことに素直に従ってみせろ」




挿絵(By みてみん)





 マコトリはドアから一歩踏み出す。すると、ギギルの目が据わった。


「近づくな近づくな。ホコリが舞うから」


 ギギルが、マコトリに対して追い払うように手を動かし、マコトリを制止した。マコトリは、その指示に逆らわない。


「マスター。ならアタシの意思も尊重してください。このままじゃ、アタシは死にますよ……」

 マコトリが、次第に声調を落としながら言う。眉間には皺が寄っている。


「そんなわけ無いだろう、私はプロだぞ? 使役しているゴーレムのストレスマネジメントなんか、ちゃんとやってるんだから」

「アタシが死んだら、アンタも困るでしょ?」


 マコトリはギギルを睨みつけると、食って掛かるように言った。ギギルはそんなマコトリの目を見ることなく、視線を下にそらす。


「反抗的な発言に聞こえるな」

「事実そうですから」


 ギギルが舌打ちした。


「いつまでも反抗を続けられるものではない。痩せても枯れても私はお前のマスターだし、」

「はは!! デブが何言ってるの」

 マコトリが嘲るように笑う。ギギルの目が、マコトリを睨みつけた。



「うるさいな。――どうしたって私はお前のマスターだし、マコトリ、お前は私の……ゴーレムなんだ。さあ、地下牢に入っておとなしくしていろ! マスター権限」


 ギギルは苛立ちを露わにそうまくし立てると、最後のつぶやきに次いで短く呪文を唱えた。『マスター権限とその照合呪文』を使われた命令には、ゴーレムであるマコトリは逆らえない。


「はいはい。じゃ、行ってきま~す」



 マコトリはなんでもないことのように言うと、入ってきた時と同様に、ドアをくぐって部屋を出た。地下へと続く階段を降りて地下牢の鍵付きのドアを開くと、中に入ってそれを丁寧に閉じる。鍵は、中に入ると自動的に閉まるようになっている。歯車が動き、閂の落ちる重たい音がした。




 地下牢は、真四角でがらんどうの、湿った冷たい部屋だ。四方を壁に囲まれ、窓は一つも空いていない。唯一外界と繋がるドアには、鍵がかけられている……。

 前のマスターが死にギギル・シュターンが新たなマスターになってからというもの、マコトリはギギルの機嫌を損ねる度、ここで眠らぬ孤独な一夜を過ごす。


 そうしていると、マコトリは時々、ありとあらゆるものの時が止まる錯覚にとらわれて、底知れない恐怖を感じる事があった。

 

 時が止まるなんて、ありえない……。


 理性がいくらそれを錯覚だと主張しても、確かにその瞬間、マコトリは実感として時の止まる感覚を味わうのだ。


 この頃、マコトリにもなんとなく分かってきていた。


 その、『時が止まる感覚』――そして、それに囚われ、身動きがとれなくなること。それこそが、ゴーレムにとっての…………。




 ――死なのだと。




――――




「人の数、すごい」



 トレログの四角い町並みが、西側の面を紅く染める時間帯。エコは大きな賑わいを見せる大通りに、一人で立っていた。


 左右を覆う人混みでよく見えないが、通りの脇には軽食を振る舞う屋台が並び、祭りの中心では人々が興奮の渦に身を投げている。今日は【トレログ】の【十一年祭】というお祭りなのだ。

 通行人は珍しい緑髪のエコに好奇の視線を投げていたが、こういう人口の多い都市部では、話しかけることまではしてこない。



「なんかすごいなぁ~」



 エコはのんびりと人々の隙間を歩いていた。熱気と人いきれ、西日でも強烈な直射日光。


 うだるような暑さだったが、辺りが熱狂しているからか、不快感は無い。それにトレログの空気は乾燥しているため、汗もすぐに乾く。

 エコは乾いた喉を潤そうと、並んでいる屋台の一つに入って柑橘かんきつの果汁を求めた。





「――ターク君は明日っから研修だ。エコちゃんはこづか……ボーナスを出すから、明日は祭りにでも参加してこいよ」

「はあ……」


 社長がエコにこう言ったのは、まだエコが燃やした旧建屋の鎮火が済んでいなかった頃だ。コトホギとタークは消火活動に参加しており、エコと社長二人だけでの会話だった。


「いっや~~……君の魔法は、いままで俺が見た中でもトップクラスの威力だぞ。びっくりしたよ。熟練した魔導士とくらべても遜色ないくらいだ! ゴーレム狩りは期待してるぞ!」






「社長って人、すごかったな」

 ストローから果汁を吸い上げながら、エコが独りごちた。エコの直後に、一人の男性が同じものを買う。エコが横目でそれを見ながら、ストローに口をつけようとした、まさにその時。



「ききききききみ、一人?」



挿絵(By みてみん)



 エコのあとに同じものを買ったひょろりと背の高い男性が、なんの前置きもなくエコに話しかけてきた。エコがそちらに顔を向ける。


「うん。あなたは?」

 見ず知らずの男に話しかけられたところで、エコはなんの警戒心も抱かない。この場にタークがいればタークが間に入るだろうが、タークは研修の真っ只中だった。



「ぼぼぼぼ僕も一人なんだ。ななな名前は、ジェンキンス・クレメンスって言うんだ。ぱ、パパが付けてくれたんだ。偉大な人になれっていう意味なんだ。だからぼぼ、僕は今日もガンバっている」



 背の高い男が、赤面してそうまくし立てた。


 頭頂部に一房だけ生えた、まるでとうもろこしの髭のような金髪をしきりに右手の細い指で掻きむしりつつ、何度も言葉を躓かせながらも、エコにまっすぐ目を向ける。


 その瞳孔はクリアに透き通って、まるで透き通って深さの分からない池のように、奥の奥まですっきりと見えるような気がした。それが、エコの目にはとても興味深く写る。


「そうなの! いい名前だね。わたしはエコって言うの」


「よよ、よかったら一緒にこれを飲んで、そそそそそそそ、それから一緒にお祭りを回ろうよ」


 男、ジェンキンスはそう続けた。非常に杜撰な手口のナンパだったが、エコにそんな認識はない。


「本当に? わたし、これが何のお祭りかも分かってないんだよね。教えてくれない?」


 エコが何の疑いもなくそう言うと、ジェンキンスはますます顔を赤くして、視線をあちこちにやりながら、二三度「あう、あう」といったうめき声を上げた。空気に不思議な緊張感が生まれる。


「ぼぼぼぼ僕のことは、『ジェンキンス君』とこう呼んでくれたまえ。皆がそう呼ぶ。ぼぼぼ僕は、いつもこうやって答えるんだ。『そうです、ハイ』。このおま、お祭りのことだけども、ぼぼ僕はこれで三回目に来る。一回目は、ぼ、僕が四歳の頃でよく覚えていないけど、とっても賑わって、テン=ハ様も来て、それで今回も来るらしい。祭りの本番は、もうちょっと夜だ」



「『ジェンキンス君』? あはは、了解! じゃあわたしのことは『エコ』って呼んで! お祭りのこと、もうちょっと噛み砕いて教えてよ」

 エコの笑顔が花開くとジェンキンスはいよいよもって顔面を紅潮させてしまい、口をまともに開くことすら難しくなる。



「エエエエエエエエエ、エコ………………ちゃん」

「そうそう! よろしくね、ジェンキンス君! ……で、これは何のお祭り?」


「じゅじゅじゅ、十一年祭の、ぜん、ぜん、前夜祭だ。十一年祭っていうのは十一年に一度だけ開かれるお祭りで、……ある生き物がたくさん現れる。それを皆でお祝いするんだ。とと、とても楽しくって、幸せなお祭りだ。ぼ、僕はお母さんと参加することが多かったけど、友達はっ、ががが、がががっっ」

「おいおいっ! だいじょうぶかっ? ジェンキンス君!!」


 ジェンキンスは話の途中で突然どもりこみ、そのまま膝を折った。エコが心配して手を差し伸べ、背中をさすってやる。


「あ……、ががががっ、ががっ、」

「どうしたのっ、何が言いたいの!?」

「ががが……ガールフレンド」


「ガールフレンド? ああ、友達はガールフレンドと一緒に来るって事か~」

 エコが納得した。


「エエエエエエコちゃんには……いっ、……いるの?」

「ガールフレンドが?」


「ぼぼっ、ボーイフレンド!!」


 ジェンキンスが両手を振って、必死にエコの言葉を訂正しようとする。エコはようやく話を理解して、ああ、と手を打つ。傍目から見ればバカみたいな二人だったが、当人たちは至って真剣だ。


「居ないよ」


 人間の色恋ごとに全く関心のないエコは、ジェンキンスの意図に気づきようはずもない。ジェンキンスは目を大きく見開き、エコの顔をまじまじと見つめた。


「そそそ、そうかい……。じゃあ、おま、おま、お祭り、楽しもう」

「うん! わたしあっちが気になるんだけど」


 エコはそう言って、森の方を指差した。








 鬱蒼とした茂みが深い陰を落とす森のはずれに、人溜まりが出来ている。どうやら、芸人が見世物をやっているらしい。周囲を分厚く取り巻く群衆から、時々驚嘆の声が上がる。


「ジェンキンス君明日も来るの? じゃあ、あしたどっかで待ち合わせしよっか」

「ほほほほ、本当に? う、う、う、嬉しいな」

「お仕事が始まるまで暇なんだよね~。……あ、また光った」


 群衆の中心部から、強烈な発光があった。純白で冷ややかな光は、見た感じ火ではなさそうだ。エコはそれが気になり、人混みに走り寄る。賑やかな音楽が聞こえてきた。

「まって……」

 ジェンキンスが頼りない声を上げてエコの後を追った。



「なになに? 光ったよ?」


 人垣の外からエコが必死に中を伺おうとしたが、人垣は高く、とてもエコの背丈では中の様子が伺えない。


「みえない。ジェンキンス君、中見える?」

 数秒遅れて、エコの隣にジェンキンスが立った。ジェンキンスの目の位置はエコよりも三十センチレーンほど高く、タークに匹敵するほどだ。


「ぼぼぼぼ僕にもダメだ、なんといっても人が多い。でも、中で何をしてるのかは分かるんだ。何故かと言うと、僕は何度もこのお祭りに参加したから」

「流石ジェンキンス君だ! 何してんの?」


 エコが感動してジェンキンスを褒めちぎると、ジェンキンスは素直に照れた。



 「ななな、中でやっているのは、『ヒカリシリゲムシ』を使った芸だ。『ヒカリシリゲムシ』は危険を感じると強く発光して捕食者の目を眩ませ、そのスキに飛んで逃げる習性を持っている。あの芸人は、多分あ、あ、光を強めるために脚と翅を切り落とした『ヒカリシリゲムシ』を何匹か体に仕込んで、それを光らせる遊びをややややや、やっている。ぼぼ、僕はちょっと怒っている。どうしてかというと、虫がかわいそうだからだ」


 ジェンキンスの言葉を理解した途端、エコの顔が暗く沈む。

「脚と、翅を……。それは嫌だね。命を弄んでるみたいだ。いいや、行こ」


「あああ、次はあっちにい、い、いこう。た、た、楽しいことがある。おま、お祭りの、今日のメーンイベントが始まってるよ」


 ジェンキンスがエコを促す。エコは頷いて、ジェンキンスの後をついて歩く。


 やがて背後でひと際大きい光の爆発が起こり、わあっという歓声が上がった。先ほどとは比べ物にならない光は、一瞬世界から色を奪ってしまうほど激しい。それはエコとジェンキンスの前に影の巨人を顕現させて、消えた。



 歓声に続いて、芸人に拍手喝采が送られる。……エコにはなんとなく、その光が虫の死を意味していると分かった。


 きっとあの光は、虫にとっての魔法なのだ。翅と脚を切断すると光が強くなるというのは、忌み落としを意味している。そして、最後の発光は……。



「虫の『ミッグ・フォイル』だね、きっと……」



 エコのつぶやきは誰にも聞こえなかった。





――





「そそそ、そう。掃除なんだけど、場所が場所だから、とても楽しく働いている。じ、じ、上司も、皆優しい。い、いい人ばかりだ、みんな」

「ああ、ジェンキンス君の仕事が?」



 ジェンキンスの道案内に従い、夕暮れから宵へと入ってゆく時間帯にエコが辿り着いた場所は、深い森の外れだった。舗装された道から、中へと続く木道が覗いている。


「んー……なんっか既視感あるとこだな~」

「もももも、もう始まってるね」

「何が?」


 エコが尋ねると、ジェンキンスは暗がりに示指をぴんと伸ばして、質問への解答とした。


「あそこ?」


 エコが、ジェンキンスの指す空間にじいっと目を凝らす。暗闇の中に、人の群がりが出来ていた。


 人々は木の脇や茂みのそばに座り込み、焚き火の明かりを頼りに何かを熱心に探しては、枝や幹から毟って籠に放り込む。目を凝らせば、兄弟で、親子で、友人同士で、それは楽しそうに木の幹や葉の裏を探っている。


「前夜祭のしゅ、しゅ、主役さ」


「なになに? 何してるの?」

「ふふふ、ふひっ! くひっ! くひっ、えっへへへへへへへぇ」

 エコが再び尋ねると、ジェンキンスは引きつったような笑い声を上げた。同時に足元で何かを見つけ、それをつまみ上げる。


 ジェンキンスにつまみ上げられたその生物は、六本の脚を必死にばたつかせる。


「虫だね?」

「そ、そう。【十一年祭】の主役、」

 ジェンキンスはもったいぶってそこで一度言葉を止め、虫を焚き火の光が当たるところへかざした。


「『十一年蝉ジュウイチネンゼミ』だ」




挿絵(By みてみん)





「ジュウイチネンゼミ?」


 エコがオウム返しをすると、ジェンキンスはニコニコしながら、エコとセミを交互に見る。


「へへへへ。これは、トレログにしかいないセミなんだ。とと、とっても素晴らしいだろ? この脚の形といい」

「へえ~。セミって実物ははじめて見るよ。わたしの住んでた家の近くには、いなかったから。でもさー……」


 エコが辺りを見回す。


「……やけに沢山いない?」


 暗がりに目を凝らせば、木という木の木膚こはだや道の脇に立つ看板、更には家の壁などに、セミの幼虫が無数に蠢いている。あまりに多いので、エコはそれらの表面が波打っているのかと錯覚してしまった。



「明日になれば、これがみーんな羽化してお祭りはほほほ、本番さ」


 ジェンキンスが、幼虫を近くの茂みに戻して言う。


「じゃあ、なんでみんな捕っちゃってんの?」


 エコが辺りを見回すと、森辺のあちらこちらで、人々が旺盛に虫捕りに勤しんでいる姿が見えた。本番前に、主役となる虫を捕る理由が、エコには推察出来ない。


「にに煮たり、焼いたりして食べるのさ」

 ジェンキンスがこともなげに言う。エコもああ、と納得した。


「美味しいんだ?」

「とと、とっても美味しい。身が詰まっているというか、昆虫ってたいてい長くて数年しか生きないけれど、このセミに関しては十一年生きているわけだから、その分味が濃くて、ナッツの様な食感がする」

「へえ~」


 エコは感心しながら、地面を歩いていた一匹をつまみ上げた。

「じゃあ、ちょっと捕って帰ろうかな~。是非食べとかないと」

「食べられるとと、ところがここここここにあるよ。あ、あ、あっちで、食べられるところがあるから」


 ジェンキンスはそう言って、ちょっと遠くにある、焚き火の明かりを指差した。

「ほんと? よし、じゃあ行こうジェンキンス君!」






 焚き火の周りを大勢の人が取り囲み、宴を開いていた。歌い、踊り、笑いまくっている。近づく毎に次第と気分が盛り上がってきたエコとジェンキンスも、大声で談笑しながら祭りの輪に加わる。


 輪の中心にある大きな火の隣には、そこから分火した焚き火が幾つかある。そのいずれもが『ジュウイチネンゼミ』の調理用だった。

 火の番をしている調理人に、周りから輪に加わる人々が次々と幼虫を手渡している。


 エコはまっすぐその焚き火に向かって歩いていくと、調理人に話しかけた。


「これって素揚げ?」


 汗塗れになってセミを揚げ続けていた調理人は、揚げ網を操る体は据え置き、顔だけをエコに向ける。

「わっはーー! そうだ塩だけ!」


「あっちの蒸籠せいろも同じ?」

「そーだ! あっちの蒸しも茹でも、基本塩だけ! 味の変化はあっちでつけダレを用意してるわ!」

「なるほど~!」

「ほれっ! 揚げたて!」


 セミ揚げ人が、エコに揚げ網を差し出した。「やった!」エコが嬉しそうに手を伸ばし、アツアツのそれを取り上げてお手玉しながらちょっと冷まし、頃合いを見てぽんと口へ放り込む。


 噛むと、ほのかに甘い香りと蛋白だがうまみの強い肉の味が口中にあふれ、エコは考える間もなく「美味しい!!」と叫んだ。


「だろ! 揚げ人の腕かな!!??」

 エコに素揚げを渡した調理人がおどけて言うと、すぐに「素材だろ馬鹿!」と隣から笑顔の野次が飛ぶ。


「そんな予感はしてた!」

 笑いつつ、セミ揚げ人がわざとらしく頭を掻く。そして休まぬもう一方の手で、新しい幼虫がまた揚げ油に投入されていく。


 セミの幼虫は一瞬だけビクリと身をのけぞらせた後、高熱で即死して食べ物になった。エコは隣のセミ蒸し人から蒸しゼミ、セミ茹で人から塩ゆでを受け取って、それぞれ美味しそうに平らげる。



 ジェンキンスはといえば、輪に参加して踊っていた。



 ――――高原の町トレログの、鈴虫さえ鳴く 暑い暑い冬の夜。







 その異常さを、このひとときだけ皆忘れていた。

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