第四十三話『仕事をしよう』
翌日。エコ達、トレログ三日目の早朝。外はまだ暗い。
「タークが怪しい」
エコが部屋のベッドに一人腰掛け、独り言をつぶやく。
「ど~考えてもおかしい」
時刻は早朝。……というより、まだ深夜と言ったほうがいいほど早い時間だ。
『ミッグ・フォイル』の影響によって陽が延びたせいで、日の出の時間もまた夏並みに早くなっている。
それでもいまだ日が出ないほど早い時間だというのに、タークの布団はもぬけの空だった。
エコがシーツに触ってみると、布団はもうすっかり冷たくなっている。どうやら、エコが寝たのを確認してから割合すぐに宿を出ていったらしい。
「多分、今度は土じゃない」
タークはエコに発覚して以降、土を食べたい時にはエコに断ってから行くようになった。人目を避けるため夜に行くというのは判断としてはおかしくはないが、しかし、なにもこんな変な時間である必要はない。
「ふふふ、ふふふふふ」
エコが不敵に笑う。
頭の中には、土の一件を暴いたときのタークの間抜け面があった。
――あの顔。心底驚いたときのタークのあの顔がまた見られるかと思うと、エコの胸は密かに高鳴った。
――――
「タークターク」
「ん」
その日の夜。部屋に置いてある机に道具を広げて点検をしていたタークが、エコに呼ばれて振り向いた。
あの後、タークは日の出の時間帯に何食わぬ顔で帰宅し、エコが寝ているのをわざわざ確認してからベッドに入った。そして、何事も無かったかのようにいつもの時間に起きる。
エコは起きてからじっとタークの様子を伺っていたが、タークは何をしていたか話す気はないようだ。
――しかし、その間にエコの調査は順調に進んでいた。
「フリマッテって人知ってる?」
「いや、聞いたことがない」
「そう? でも無関係ではないよ」
二人の今日は、師匠探しで暮れていた。
炎天下を歩き回り、汗だくになりながらも師匠に関する地道な聞き込みと記憶陣術を使える魔導士探しをしたが、成果は梨のつぶて。話によると、トレログには記憶陣術を使える魔導士はひとりもいないそうだ。
「誰だって? 知らない名前だがなあ」
「そっか」
エコは内心ほくそ笑んだ。もう少しタークを追い詰めてみたくなり、少々意地悪い質問を思いつく。
「そういえばさ、今日、お金足りたの? ハロン湖で旅用品買い揃えた時点で、あんまりお金無かったよね」
「やりくりしたさ。エコが金の心配する必要はない」
「なんかしなくて平気なの? また薬草作って売ろっか」
タークは少し考えた後、答える。
「いや、こういうとこだと、勝手に商売しちゃあダメらしい。前に薬草を売った時は薬屋のおっちゃんに直接卸したし、都市部では無かったからセーフだったが」
「じゃ、やっぱりお金が」
「金はなんとかするよ。このまま師匠を探そう。早いほうがいいじゃないか」
タークがエコの言葉を的確に捌く。エコは自分がタークの思考から外されているような気がして、なんとなく気に入らない。そこで、切り込むことにした。
「さっきの」
エコが突然話題を変える。タークの眉がついっと上がった。
「フリマッテさんね。隣の部屋の人なの。昨日、困ったことがあったんだってさ」
「ほう?」
「昨日の晩遅くに、繁華街を歩いていたらスリにあったんだって。長身の男とすれ違ったのは覚えてるって。ターバン巻いてたってさ」
「ほう」
タークの表情に、わずかに緊張が走る。エコは確信した。
「ターク、スリやってない?」
「………………」
タークが、苦い顔になって黙り込んだ。
「やってるのね。はい、ちょっとこっち来て座ってホラ」
タークはエコに促される通りに、机を離れてエコが座っているベッドの隣に腰掛けた。表情は陰り、額に汗が浮かぶ。その様子はまるで、イタズラがバレた時の子どものようだった。
「やっぱり~。ハロン湖でもやってたんじゃない? タークを運んだ時、タークが何故かお金いっぱい持ってたから不審に思ってたんだけど」
「あっ、あ~~~」
「あの時はわたしもお金のことがよくわかんなかったからなんとも思わなかったけど、あれは、まともな手で稼げる額じゃなかったもんね。思い返してみれば宿代とかを払って、手元には5000ベリルもあれば十分だったんだよ。いや、スカーレットが1700ベリル、宿代が一泊4000ベリルだから、3300ベリルかな」
しばしの沈黙。エコがタークの顔をまっすぐ見つめている。
タークは顔をこわばらせていたが、やがてためらいがちに唇を開いた。
「白状しよう……。その時も掏摸をやった。フィズンに会った時だ。エコは爆睡してたから、丁度いいと思って」
「やっぱり~。80000ベリルくらいあったもんね! おかしいと思った。今朝は?」
エコが手を打って納得した。
「エコの見てないタイミングがなかなかとれないから、寝てる間に行っておこうかと……。済まなかった。謝る。……じゃ、あの時起きてたのか?」
「ううん、タークが帰ってくるまでに目が醒めただけ。それじゃ、行こっかターク」
「? 行く?」
エコの発言の主語がつかめず、タークが首をかしげる。
「うん。隣の部屋。お金返して謝らなきゃ!」
「うげっ……」
タークは絶句した。バレた時点で観念したつもりだったが、まさか実際に謝りに行くことまでは考えなかった。しかし、エコにとってその考えは当然の様に浮かんでくるものらしい。
「あったりまえじゃん! タークも行くつもりだったでしょ? 他にも三人、タークがお金をスッた人探しといたから。明日謝りに行こう!」
「わざわざ探したのか!?」
タークが驚く。いつの間に探したのかと瞬時に頭を回転させたが、今日の昼、別行動をしたタイミングだったに違いない。
「もっちろん!」
エコが元気よく返事をする。多少のことでは動じない自信のあるタークだったが、この時ばかりは心臓が早鐘を打つのを抑えることが出来なかった。
――――
「さて、お疲れ様、ターク」
時は再び飛んで、タークのスリがバレた翌日。二人はようやく、タークが金をスリとった七名全員に金を返却し、深く謝罪し、捨てた財布代を弁償し終えた。
その結果――――
「すっからかんになっちゃったねえ。今晩の宿どうしよう?」
エコとタークは、全くの一文無しになっていた。
「……仕事を探そう」
「わたしにも出来る仕事あるかな?」
「いや、エコは……」
「わたしも働くよ?」
タークはエコの顔を心配そうに覗き込む。エコは、やっかんでそれを睨み返した。
「二人で旅してるのに、タークだけ働いてどうするの。やめてって、そういうのは」
「……そうだな。悪かったよ。とりあえず、仕事の斡旋してるとこに行くか。職の紹介所みたいなの、どっかにあんだろ」
「さんせーい」
タークの提案で、二人はトレログ内市にいくつかある、職業を斡旋してくれる施設に足を運んだ。タイルの貼ってある道路を浮足立って歩くエコは、心なしか嬉しそうだ。今の困窮した状況を、楽しんでいるらしい。
それから、数時間の間歩き回り、仕事の斡旋所を数か所回ってみた。しかし、どこもかしこも仕事がない。
今トレログに溢れている難民たちが一斉に仕事を欲しがるために、斡旋所はどこもかしこも雨の日のアリの巣のようにごった返していたのだ。
「ここもダメ?」
「ああ。そもそも、人が多すぎて中に入れない。参ったなあ……」
「まいったねえ」
「まいった」
困り果てて広場の木陰に座っている二人が、揃って弱音を吐く。
「とりあえず飯でも食うか?」
「確かにお腹空いたね~」
沈みかけた気持ちをもう一度浮き上がらせようと、タークが食事を提案し、エコもそれに同意した。
それから近隣にある食堂を探したが、通り際の安い飯場はどこも一杯で、しばらく、飲食店の並ぶ大通りを歩き回る。エコの腹の虫がなった。
「人が多いな……」
「色んな店があるね、ここはパンであっちはおかゆ? あれはなんだ? 平たいぞ」
エコがそう言って指差した店は、平打ち麺の店だった。トレログの郷土料理である「サッチプルケ」という料理だ。
「あそこだけ空いてるな」
「あそこにする?」
タークは顎に手を当てて少し考え、結局は首を振って、
「いやいや、客が居ないのには理由がある。多分あそこはまずいんだ。それなら昼過ぎまで待ってから、そのへんの店に入ったほうがいいと思うな。経験上」
と、失礼だが至極もっともなことをいう。
「なるほど」
エコはすんなり納得した。
二人は結局、そう言って「サッチプルケ」の店には入らなかった。しばらくは水を飲んで空腹をしのぎ、客が大方引けてから、別の食堂に入る。
「外観からしてここの店が美味いと思うんだよな」
「すごいね、外観だけで分かるんだ。こんにちは~」
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃい、ま~せ~」
二人が店内に入るやいなや、ウエイトレスのおばさんがへんてこな挨拶で出迎える。
店内は昼過ぎだと言うのにまだまだ混み合っており、客席に面した厨房内で三人の料理人が忙しく働いていた。
エコはカウンターに座ってメニューを一瞥した時点で「白身魚とウスブルのしょうが混ぜご飯!!」と叫び、エコの声で慌ててやってきた店員をタークがしばらく待たせて、「スープつけ麺」を注文する。
「食事代は?」
注文をとったおばさんに手を振って見送ってから、エコがタークの方を見て言う。
「それくらいは大丈夫さ」
タークが答えた。
「ちょっと見せてよ、所持金」
タークは頷いて財布を取り出し、中の硬貨を左掌の上に出した。この金は、スッたお金を返した後に不要な旅用品を売買した残りの金、つまり、正真正銘の全財産だ。
「これだけだ」
「三百、千、……えっ、1300ベリル?」
「そう」
「宿一泊」
エコがぱっと顔を上げて尋ねた。
「安宿で一人2500ベリル」
タークが頷く。
「おお?」
「ここで飲み食いしたら終わり」
「あああターク、わたしが頼んだ料理、値段見てなかったよ!」
エコが急に焦りだす。それをタークが嗜めた。
「平気、平気。気にせず食え」
「わかった。じゃ、気にせず食べるね」
実はタークはエコが想定していた食費をオーバーした分安いメニューを頼んでいたが、あえて喋る気は無かった。
その後大して経たないうちに、エコの料理が出される。
「きたきた。はい、じゃあ、ターク」
「ん?」
エコが自分の料理を取り皿に半分ほどとりわけ、タークに渡した。
「半分ずつにしよう。これなら間違いないでしょ?」
エコが笑い、タークにお皿を差し出す。つられてタークも微笑んだ。
「いいのに」
口では遠慮していたが、タークは素直に皿を受け取った。タークとて腹が減っている。
「いいから。タークのも半分ちょうだいね」
エコが言い、料理をスプーンで口に運ぶ。タークも同様に食べ、二人で「おいしい」とつぶやき合った。
「はあああぁ~」
その後タークの料理も出され、エコと二人で大方それらを食べ終わる頃のことだった。
エコの隣のカウンター席に腰掛け、今しがた注文を終えた銀髪ロングヘアーの女性が、盛大にため息を吐く。
タークが気になって、麺をすすりながら女性の方に注意を向ける。女性は、カウンターの中で働いているおばさんに話しかけた。
「ねえおばちゃん、聞いてくださいよ~。また人が足りなくなって昨日からスカウト始めたんですけど、昨日今日と全部空振り。よく考えたら、今年は多いんだからどこも人探してますよねえ~? なんで私、そこに気が付かなかったんだろ」
おばさんは忙しそうにしながらも、女性の話に愛想よく頷き、相槌を打った。見たところ初対面では無さそうな二人だが、かと言って馴染みでもないらしい、とタークは思う。会話に漂う微妙な距離感がそれを示している。
「そうかそうか、でも、アンタんとこにはゴーレムの手伝いがいるからだいじょぶなんじゃなかったか?」
「それがね~、だめになっちゃってて……。それもあって、なおさら人がいるってときに」
「そうかい……、難しいね~、困ったねぇぇ」
「ねえお姉さん、わたし達にその仕事紹介してくれない?」
「んん~~、有り難いけどお嬢ちゃんには厳しいなー」
タークは咀嚼している麺を思わず吐き出しそうになった。
エコがいきなり会話に入っていった! しかも相手も、それに一瞬で対応している……。
タークは急いで麺を飲み下すと、横目でエコの方を見た。同時に女性も視界に入る。
「わたしたち急ぎで仕事を探してるんだけど。どんな仕事か聞いてもいい?」
「えーっとねえ、これよこれ」
女性はエコに驚きもせず、足元に置いていたバッグから一枚のチラシを取り出してエコに手渡した。
チラシには、「カララニニア鉱掘業臨時鉱夫募集! 屈強な男性、経験者優遇! 初心者には研修(無給)があります」と乱暴な字で書きつけてある。エコがへー、と頷く。タークもチラシを覗き込んだ。このチラシを見て仕事がしたいとはなかなか思わない、と感じさせる紙面だ。
「このとおり、私の会社はゴーレムの採掘業だから……、悪いけどあなたじゃ難しいかな」
「じゃ、タークには?」
エコはそう言ってタークを示す。食事に戻っていたタークは面食らって、麺をすすりかけた状態で思わず会釈した。女性が笑顔で会釈を返す。
「お兄さんならいけるかな。でも、経験者じゃないと研修してもらわなきゃ……」
「わたしにも出来る仕事は? やっぱりない?」
「手が足りてないのはゴーレムを倒す人だからな~、女の子には出来ないよ」
「ゴーレムを倒す? どういう仕事なの?」
エコが身を乗り出して質問すると、女性は長い銀髪を揺らしながらエコに真剣な顔を向け返した。
「『ジャイアント・ゴーレム』を引き倒して動きを止めてから、鉱物を採掘するのよ。今探してるのは、『ジャイアント・ゴーレム』を倒す人。それも、とっても強くて命知らずの……、お兄さんでもどうかな~……。『ジャイアント・ゴーレム』を魔法なしで倒すのは大変なんだよ。30レーン以上もある岩の塊だから、倒れるときもとても危ないし。死ぬ人もよくいる……」
女性は最後の言葉でエコを脅したが、魔法と聞いてエコの顔がほころんだ。
「え、魔法なら倒せるの? わたし、魔法使えるよ」
女性は訝しみ、それをそのまま言葉にする。
「魔導士さまなの? えぇえぇ~、本当かい?」
「本当だよ。魔導士だったらいい?」
「そりゃーもちろん。う~ん……」
女性は、髪を揺らしながら唸った。手の平を白い頬にあてて、う~んと唸りこむ。
「どうしたの?」
エコが尋ねる。
「揺れてるトコ。本物の魔導士さまなの? 偽物じゃなくて? でも、本当だったら疑うと失礼だから……。ああ、どうしよう! ……ってさ。あ、とにかく名乗っておくね。私はコトホギ。株式会社『カララニニア鉱掘業』の事務員兼人事部長を、」
一度呼吸を切る。
「やらせてもらっているの……一応」
コトホギはそのまま、エコに向かって右手を差し出した。エコの右手がそれを受け取る。
「よろしく!」
「よろしく!」
二人はそうして、固く握手を交わした。
「ああ、っと……、これこれ、これがマナ板」
エコが荷物からマナ板を取り出して手渡すと、
「ひゃおおおおおおおうううううう!!!!! 本物だ!!!!!!」
狭い店内にコトホギの絶叫が轟いた。
――――
これ、本物?
いや、これ間違いなく本物。
うん、本物だな。
本物だ。
『エコ』だって、これがあの子の名前かい? しかも行政魔導士発行のマナ板だよこりゃ……。
行政魔導士からじきじきにマナ板を取るとは、只者じゃないねあの子。
数人の男たちが、エコをちらちらと見ながら話し合う。エコはそちらには目もくれず、夢中でコトホギの話を聞いていた。
エコとタークの二人は今、トレログ市内の事務所でコトホギから仕事の説明を受けているところだった。コトホギは机にゴーレムの標準身体構造図を広げて、時々それを指差しながら話す。
「だからこうやってね、ジャイアントゴーレムが山から歩いてくるから、まずはこれを殺す必要があるの」
「うんうん」
脳天気にエコが頷く。傍らでタークがまじまじと構造図を見つめている。こちらは、エコと違って真剣そのものという顔だ。
「ゴーレムを殺すにはね、核を壊せばいいの。いま、ウチの会社の調査班がゴーレムの体に登って調べてるけど、大抵は体の上の方にある」
そう言いつつ、コトホギの細い指が図面の上を滑る。大きく円を描いて、ゴーレムの上半身を大まかに示した。
「今も歩いてるんでしょ? どうやって登るの」
エコがコトホギに質問を投げた。コトホギが答える。
「歩くったって、遅いのよ。一時間に一歩とか、それくらいだもん。段々速くなるんだけど、まだ街から遠い所にいるからそんな程度」
「ふう~ん」
エコはイマイチ納得できない様子だが、コトホギは気にせず続けた。
「壊す方法はなんでもいいんだけど、核を壊すのが大変なのよ、硬い岩で出来てるから。とにかく登ってからハンマーで叩いたり、場合によってはゴーレム用の採掘兵器を使ったりしてなんとか壊してから、ゴーレムの体を『開いて』体内の鉱物を採掘するのよ」
「なるほど……」
「……ねえ。全然わからないんだけど、ジャイアント・ゴ―レムって結局なんなの? なんで山から街に向かって歩いてくるの? 生き物でもないし、魔法で出来たわけでも無いんでしょ」
タークが相槌を打ち、エコは根本的な質問をした。しかし、コトホギは困ってしまう。誰もそんなことは知らないからだ。
「私に聞かれても……。昔っからそういうことになってるとしか」
コトホギは眉間に皺をよせて言った。お手上げ、という感じで両手を肩と同じ高さに上げる。
「自然現象みたいなものなんだよ。私は、ゴーレムがなんで産まれるのかより、私がお母さんのお腹の中でどうやって出来たのかが不思議だわ」
コトホギが難題を投げ出す。仕方がないので、エコもこれで話題を終わらせることにした。タークは黙ってゴーレムの構造図を睨みつけている。この仕事がうまくいくかに生活がかかっているのだ。
「そっかそっか。わかんないものはわかんないでいいか。――で、要はゴーレムを倒せばいいんだよね?」
「そう。何人かがひとチームになって、ゴーレムによじ登って核を叩き壊す。核が壊れるとゴーレムは動きが止まるから、そのままどんどん壊していって、全部のゴーレムを倒してから採掘するのよ」
「ゴーレムはいまも近づいてきてるの?」
再びエコの質問。
「ええ、もちろん。ゆっくりゆっくりね。ふ~……」
コトホギが一息ついてから、こう続ける。
「今年は多くてね。昨日セリをやって、担当のゴーレムを決めて……そして、会社ごとに競り落としたゴーレムを狩るのよ。会社は競り落としたゴーレムに対して、採掘する権利と倒す責任を持つことになるわけ」
「ふう~ん、よく分からない」
エコが唸ると、奥から現れた入道の様な大男が、コトホギに声をかけてきた。
「おおう、コトホギ、やっとるなあ。話の嬢ちゃんってこの嬢ちゃんか?」
大男は不躾にエコを指差し、コトホギに豪胆な笑顔を向けて言う。
「社長~、そう、話題のエコちゃん」
コトホギが身を捻って背後の社長に答える。エコはお辞儀をした。タークも図から目を離し、顔を上げる。
「エコです。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします……」
「魔導士さんだってな……。期待してるぜ。お兄さん、あんたは研修だな? 散々しごくから宜しくな」
大男は、笑顔のままタークを脅した。しかしタークは顔色を変えず、ゆっくりと立ち上がって会釈する。
「はい。食事と寝るところをお貸しいただけるそうで……。感謝します」
「なんのなんの、嬢ちゃんと待遇が違うのは勘弁しろよ」
「え? タークとわたし、別な所に泊まるの?」
意外そうな顔をしたエコに対して、社長は顎を掻きながら言った。
「そりゃまあそうだな。ふたりともホテルを世話は出来ないんで、兄ちゃんはこっちの長屋に寝泊まりしてもらわなきゃ」
「なんで?」
エコは素朴な疑問符を浮かべる。
「かたや魔導士様、かたや未経験者の普通の兄ちゃんだからな。言っとくけど、給料も違うよ」
「社長、どれくらい違うもの?」
コトホギが尋ねる。社長はにやっと笑った。
「聞くか? 兄ちゃんが、四日研修して仕事始まってから一日当たり差し引き14000ベリル。嬢ちゃんは……」
「わたしは?」
「何をしてても一日46000ベリル、プラス手当。魔導士待遇だからね」
「そんなに違うの!」
魔導士待遇について知らなかったコトホギが驚く。魔導士は何をしていても金に困ることはないため、こういった仕事はほとんどしない。
この額も、多分社長がいま適当に決めたのだろう。その証拠に、社長は抜け目なくエコの反応を見定めている。
「えー、わたしタークと一緒でいいよ。お給料も、寝るところも」
「へっへっへ、そういうわけにはいかないんだな~……しかし嬢ちゃん、まったく魔導士らしくねえな。魔導士ってもっと偉ぶってるもんだと思ってたよ。というか、偉ぶってるもんだよ普通は」
社長が目を細めて呆れる。笑みは絶やさない。
「ふうん。ところで。お仕事は、具体的にはどうすればいいの?」
「よし。コトホギからも説明あっただろうが、ジャイアント・ゴーレムはいま、街を横断する軌道で歩行している。このまま来れば、外壁をアッサリ崩して【内市】を踏み潰し、トレログは壊滅だ。まずはこれを止める。嬢ちゃんは、四日後から現場に来てくれ。それと魔法のことも聞きたい。どういう魔法が使える?」
社長は値踏みするような目でエコを認めた。エコはその意図には気づいていない。杖をひょいと取り上げると、こう提案した。
「やってみせようか?」
「それがいいな。そろそろ暗くなってきたが、まだ夜じゃない。ちょっとこっち来てくれるか?」
そう言って社長が他の三人を外に促した。エコとターク、社長とコトホギの四人は、部屋の扉をくぐって建物の庭に出た。
【カララニニア鉱掘業】の広い庭には、小さな競技場や射的場、ベンチスペース等、ささやかな憩いの場がある。
庭の真ん中には無骨な作りの建物に似合わしくない大きな花壇があったが、異常気象の影響か、見ればそこでは変なふうに育った植物が枯れて腐っていた。
昼間こそ何人かの社員がここでのんびりと昼寝をしたり運動したりする人気スポットな庭だが、夕方になってからの利用者は、流石にいなかった。
「エコちゃんの魔法ってのを確かめておかないと、こっちとしても色々な組み立てが出来ないからな。できれば、風か水の魔法が使えるといいんだが」
「風か水? わたしは、水の魔法なら持ってるけど風は使えません。あとは、火と土」
「そうかそうか。よっしゃ、じゃあとりあえず水からいいか?」
満足そうにうんうんと頷き、笑いながらそう社長。口の端から白い歯が覗いた。モノにもよるがゴーレムは水で溶ける場合が多いし、いざというとき消火も出来るので、水の魔法はなにかと重宝する。
「おっけー! じゃあ行きま~す」
エコは元気よく返事をすると、さっそく杖をかざして『ウォーターシュート』の詠唱を始めた。
社長はもはや笑わず、コトホギは少し心配そうに、タークはすこし緊張しながらエコの詠唱姿を見守る。
集中する三人の視線を気にも留めないエコは、詠唱を結ぶ最後の声を出した。
「『ウォーターシュート』!」
エコが叫んだ途端、エコの前方に直径50センチレーンほどの水塊が現れた。波紋を立てながら渦巻くそれが真円に近い形にまとまった瞬間、前触れ無く一気に撃ち出される。
水弾は空気抵抗によってわずかに楕円形になりながら空を切り、中庭の壁に激突すると、凄まじい衝撃音を立ててレンガ作りの壁をバラバラに吹き飛ばした。
破片の一つがタークの肩に勢い良くぶつかる。
「いってえ!」
「わーーーっ、壁が!!」
タークとコトホギが思わず大声を出す。社長は黙って立ち尽くしていた。
エコが恐る恐る社長の方を向き、ゆっくりと頭を下げる。
「ごめんなさい……、あんな風に壊すつもりじゃあ」
エコが申し訳なさそうに社長の顔を見た。が、社長の視線は着弾点に止まったまま、じっと動かない。そしてこうつぶやく。
「……期待以上だ」
「えっ?」
社長の太い両腕が素早く伸びてきて、エコの肩をがっしりと掴んだ。エコは流石に驚き、体を硬直させる。怒られるかと思ったのだ。
しかし――、社長の反応は真逆だった。
「期待以上だあああああ! すごい魔導士じゃないかエコちゃん! うはははは! 壁のことなど気にするな! それより次の魔法行け! これが一番の魔法なんだな!?」
「えっ? えっ? 火の魔法が一番わたしは得意ですけど」
「なななななんと! これ以上の魔法が!!! じゃあさっそくやってくれい!!」
「はい!」
エコが嬉しそうに返答する。
「え? ちょっとまってよ社長! これ以上やったら建物が壊れちゃうよ!」
「知らんしらん! やれエコちゃん! あっちの建屋は古いからもういい!」
「『フレイム・ロゼット』!!」
エコが詠唱し、杖の先に作った小さな火の種を社長が指差した方向に放り投げる。
それは着弾した途端大爆発し、以前タークも見た灼熱する蕾を芽吹かせて、半木造の古い建屋を炎上させた。凄まじい熱波が、わずかに遅れて押し寄せる。
立ち昇った火柱が周囲に莫大な光と熱を発散し、暗闇を灼灼と照らす。【カララニニア鉱掘業】の広い庭は巨大な光源を得て、まるで昼間のように明るくなった。
「はははははははははははは!!!! 愉快! 痛快!」
「火事だーーっ! 消火消火!!」
「え、こんなに燃えるもん……!!?」
その爆炎のあまりの激しさに、『フレイム・ロゼット』を投げた張本人が驚いた。エコはまだ、第二段階のこの魔法を使い慣れていない。正直、エコ自身この魔法の破壊力に誤解を持っているところがある。ソリャによる的確な指導は、エコの能力を思った以上に引き上げてくれていたのだ。
建物は激しく燃え上がり、窓にはめられたガラスが高熱で溶け落ちる。そして、開いた窓から大きく息を吸い込むと、炎はますます勢いを増した。同時に、中にある何かが爆発を繰り返す。
その爆音に負けないほどの大声で狂ったように笑い続ける社長を尻目にコトホギや他の社員が大騒ぎで消火活動にあたる中、エコはくるりとタークに振り向き、
「本当にやってよかったのかな……?」
と尋ねた。




