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エコ魔導士  作者: 中村 尽
唯一無二の四編
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第四十二話『枯れた森にて』


 落ち葉を踏みしめる軽い音と共に、四人が森の中を歩いていた。




「ここが森殿よ。やっと着いた~、暑かったね」




 陽が西に傾き始める頃、寄り道続きの一行は、ようやく目的地に辿り着いた。


 冬となって大部分の木が葉を落とした森の中に、強い日差しが横殴りに叩きつけられている。わずかに生える常緑の樹々だけは青々と茂っていたが、よくよくみれば葉先は日焼けして茶色く色づき、それでもなお照りつける日光が、丸裸の森をいたぶっていた。日差しで幹を焼かれた樹々は痛み、中には枯れてしまった巨木もある。

 酷暑と乾燥によって森林は困り果て、その中には季節を間違えて新芽を出してしまったものもあった。新芽は早すぎる夏の為に、やがて枯れるだろう。

 



 ハルナが先頭になって深い森を奥へと入っていくと、森殿の中には素朴ながらも木道が整備されており、植生を踏み荒らさないような配慮が為されていた。しかし、緑は『ミッグ・フォイル』の夏によって茶色く濁っている。空は晴れ、空気は乾き、気温はどうしようもなく高い。



「古代からの環境を残す土地だから、保存の為に、時々私みたいな活動家エコロジストが来て調査することになっているの。森の状態を観察したり、無断で植物を取っていく人を捕まえたりね。しっかしひどいもんだなあ。思ったより、被害が大きそう……」


 ハルナが顔を暗くして言う。見渡す森の景色は、惨憺たるものだ。かつて誰もが経験したことのないほどの異常気象。寝耳に水の大熱波が森殿にもたらしたものは、死を彷彿とさせる枯れた世界だった。

 フィズンも同様に顔を曇らせていたが、それはどちらかというと森の心配というよりも、これからの仕事の多さを予見してのことだった。



「ほんとに酷いね。種が芽吹いちゃってるし……。こんな状態で芽吹いたら、すぐ腐るだろうに」

 エコも面持ちを固くして同意する。これから先のことは分からないが、もしも気候が元に戻れば、芽吹いてしまった種はそのまま死んでいくだろう。もしそうなれば、森の生態系が保てなくなるかもしれない。







「ところで、森殿ってここみたく街にあるものなの?」

 エコの質問。


「ん? いいえ、逆よ。人が住むところには必ず森や水源が必要でしょ? だって森から出る資源は、人が生きていくのに必要なものばかりだからね。薪、木材、木の実とかの食料、場合によっちゃ、家畜とか。【森殿】ってわざわざ呼んでいるのは、保護の名目を立てやすくするためで、あくまで樹教の呼び方なの。もともとこういう森は自然と人の信仰を集めて、伐採されたりしないものだったんだけど……。人が増えてくると、そういう自然に対する畏敬の念が薄まっていくのよね」

 ハルナが言う。エコは納得した。


「皆が一斉に薪をとったら、森が死んじゃうもんね」


「そう。森っていうのは、あくまで全体でひとつの『森』なの。ただ単に木が沢山生えてるんじゃなくって、それぞれ相互に影響しあって生きているものなの。だから、もし伐採する時でも活動家エコロジストが立ち会って、ちゃんと切らないと大変なことになる。森が死ぬと、結局人が困っちゃうからね」


 ハルナははにかみながら、こう続ける。


「この森には、様々な魔法薬に使える薬草類も生き残っているの。特殊な薬草ハーブには環境の変化に弱い種が多いから、人の侵入によってすぐ生態系破壊エコサイドが起こるわ。トレログの森殿には、ウネ科の植物がよく生えるの。『ヒネリウネ』の野生種とか、『マンドラゴラ』の自生地もあるわ。……だから、魔導士もこの森を守るのに手を貸してくれてるの。ああいう人たちだから働いてはくれないけど……お金を出してくれたりとかね」


 そう言い終わってからエコが魔導士だという事を思い出したのか、ハルナが苦笑いした。


 エコはそれに対してなんとも思うこと無く、少し考え込みながら、

「ふーん、マンドラゴラね……マンドラゴラってそんなに価値が高いんだ」

 と言う。



「そりゃそうよ。『薬草の王』って呼ばれるだけあって、魔法薬の調合には無くてはならないものだから。有名な『ウネ・コード・ポーション』にはマンドラゴラの葉が必要不可欠だし、『光の霊薬』や『金色の水滴』『アラシアの唾液』……なんかの、万能薬と言われるほど強い薬にはマンドラゴラの根っこを必ず入れるし」


「詳しいな」


 ずっと横で話を聞いていたタークが突然口を入れてきたのは、エコが自分の事を話し出さないか不安になったからだった。エコは基本的に隠し事をすることが嫌いなので、マンドラゴラの話題になれば自分の正体を明かしてしまう恐れがある。


「ええ、私はずっと【樹教】で薬草学を学んでいて、……専門がウネ科だったものだから。マンドラゴラの栽培研究とか、ずっとやってたの」


「ふーん。……この間『マンドラゴラは栽培出来ない』って話を聞いたんですけど、そうなんですか?」

 エコが質問した。ちょっと不安だったタークが安心する。



「うん。私も、結局は栽培に成功しなかったわ。魔導士の研究チームに入れてもらって、恵まれた環境での実験ができたんだけどね。マンドラゴラは栄養の摂り方が普通の植物と全然違うみたいなの。自生地の土をそのまま持ってきて栽培しようとしてもきちんと生育しないし、種子を蒔いても育たないし。魔法薬に使う薬草でも、他のものはそんなに難しくないのに。不思議なことにね」


「じゃあ、マンドラゴラって一体……、どうやって生きてるの?」


「生き物である以上、マンドラゴラだって飲んで、食べて、ふつうに生きているはずなんだけどね。そうなると、やっぱりマナが関係してくるのかしら。『マンドラゴラはマナ深い土地にしか生えない』って言うんだもの」


 ハルナは困ったような顔になり、顎に手を当ててちょっと考え込む。


「こないだ、タークが毒飲んで死にそうになっちゃったんです。それで解毒用の薬にマンドラゴラを沢山使ったんですけど、薬効が不安定で扱いが難しかったです」


 エコがなんでもないことのように話す。よく思い出せばタークの命がかかった重い話だったが、エコもタークも、過ぎた事はいまさらなんとも思っていない。



「へえ、エコちゃん、薬をやるの? ……ふふ、そっか、ごめんね、魔導士さんなんだものね? エコちゃん見てると、魔導士のイメージと違いすぎて、つい忘れちゃうな。それ、なんて毒だったの?」


「【ゲイス・ウェア】です」

「えっ?」



 エコの言葉を耳にした途端、ハルナの動きが止まった。



挿絵(By みてみん)



 突然足を止めたハルナにフィズンがぶつかりそうになり、危ないところで踏ん張る。





「【ゲイス・ウェア】? ……タークさんが……?」



 ハルナはそんなフィズンにひとかけらの注意も払わず、驚愕の表情でタークの顔に目を凝らした。



「なん……、生きてるってことは……」

「それで、それを治す薬を作ろうとして、その時に随分マンドラゴラを使ったんですよ」

「じゃあもしかして、エコちゃん……【ゲイス・ウェア】を治す薬を?」


 ハルナが絞り出すようにその言葉を発した。対照的に、エコはあっけらかんとした調子のまま答える。


「作りました。おかげで、タークが助かったんです」

「【ゲイス・ウェア】を治した……?」


「……そんなに驚くことでした?」



「そりゃそうよ……、ゴメン、ちょっと落ち着かせて。衝撃的な話だったから」

 そう断ってから、ハルナは止めていた足を再び歩き出させた。エコがちょっと困った顔をして、目の前のフィズンに話しかける。


「フィズン、わたしとんでもないこと言った?」

「え? ……さあ。……【ハロン湖】でこの間……タークが倒れた時か? オレが運んだ時のあれか?」

「ああ、そう言えば運んでくれたよね? あの時はありがとう! そうそう、そん時」


「そんなことがあったのか、覚えてないな……フィズン、すまんな」

「えっ、? ああ……」

 フィズンはまさかタークにまで礼を言われるとは思っても見なかったらしく、あっけにとられている。




「【ゲイス・ウェア】は――」


 沈黙していたハルナが、唐突に話し出す。他の三人が耳をそばだてた。


「致死量を少し超えた量飲むだけで、致死率はほとんど100%。摂取からおよそ三ヶ月、激しい吐き気、発熱、皮膚からの出血といった悪夢のような症状に悶え苦しむ。そして、治療法はなにもない……。悪用する人にとって、【ゲイス・ウェア】の価値は治療できないということににあるのよ。そんなに多くないとしても、ただ死を恐れない人は闇の世界なら珍しくはない。でも、そんな人達でも……、目の前で【ゲイス・ウェア】の症状を見せられると、恐怖してしまう。【ゲイス・ウェア】には、人の恐怖を司る魔力があるの。逃れ得ぬ死と、そこまでの長い棘の道。そして狂気の世界に逃れることすら出来ないという恐怖。どういう作用か、【ゲイス・ウェア】は服用した者の意識が消えることを決して許さないのよ」


 ハルナはそこまで一息に話すと、息継ぎのため、言葉を切った。ゆっくりと立ち止まり、踵を返して振り返る。エコのオレンジ色の目と、ハルナの灰色がかった瞳が向き合った。ハルナの瞳の奥には、エコの知らない感情が渦を巻いていた。


「エコちゃんがしたことは、――いわば【ゲイス・ウェア】神話の崩壊だよ」


 ハルナはそう告げた後、波立った水面が再び収まっていくかのように表情を和らげ、そのままいつもの笑顔に戻った。


「本当に……本当にすごいことだわ。驚いちゃった……ねえ、それって、もう学会を通して発表したりした?」


「はい?」


「してないの? すごい発見なのに」

 ハルナが不思議そうな顔をしている。エコはきっぱり言った。

「してないです」

「……あ、そっか……。たしかに、しないほうがいいかもしれないわ。それは、危ないかもしれないな。賢明かも」


 ハルナが一人合点する。エコには訳がわからない。

「どういうことだ? エコに累が及ぶ可能性でもあるのか?」

 心配してタークが聞く。


「……あるね。【ゲイス・ウェア】治療薬の研究なんか、いろんな研究機関がずーっとやってることだもの。行政魔導士の純粋さを集めたみたいなお硬い人たちが、途方もない額のお金を使って魔法生物実験を繰り返してるはずよ。それをエコちゃんみたいな子がたった一人で作ったとなっては……ただでは済まないでしょうね」

「そうか……。じゃあ、極力知られないようにしないとな。人に話したことはないが、広まっていてもおかしくはない話だし」

「【ゲイス・ウェア】の解毒に成功したなんて、魔導士にとったら大ニュースよ。旅をするどころじゃなくなるかもしれないね」



 タークとハルナが深刻な顔で相談していると、エコが眉に皺を寄せて言った。

「……よくわかんないんだけど、その人達はなんで治療薬が出来たら嫌がるの?」

「え?」

 ハルナが意外そうな声を出す。

「【ゲイス・ウェア】を治したいから、研究をしてるんでしょ。じゃあ、もしわたしの作った薬でそれが治ったら、喜ぶはずじゃないの?」


 

「――本当は、その通りよね。でも違うわ、彼らは自分たちの名誉とプライドの為に研究をしているのよ。自分がいかに優れているかを示すために、【ゲイス・ウェア】という不治の薬に勝とうとしてやってるの。エコちゃんみたいに、純粋に治したいという気持ちがあるんじゃないと思うな」


「そっか」


「研究者たちは、あらゆる手を尽くして事実を握りつぶそうとするでしょうね。自分たちで発見しない限り、彼らは満足しないでしょうし。――それも嫌なんだけど、本当に怖いのは闇の人たちよ。今言ったみたいに、【ゲイス・ウェア】は闇の人間が信頼してる唯一の薬だから……、それが破られる事態が起これば、エコちゃんを殺めようとするかもしれない」



「なるほどな。……気をつけよう、エコ」

「なんか、納得できないけどな~~~?」


「納得はできないけどねえ」



 ハルナは、いつもどおり微笑んで言った。


挿絵(By みてみん)


――――――



「【スフラギス】を貼られたって……。マコトリ姐さん……」


 ゴーレム宿【ゴーレムハレム】。地平線が次第に赤みを帯び始める黄昏の時間帯に入ると、ゴーレム宿の繁忙期が始まる。控室にいたラブ・ゴーレムたちもぱらぱらと仕事に戻り始め、部屋の片隅で話すヒキウスとマコトリ以外にはほとんど誰も居なくなった。




「【スフラギス】を貼られたって……。マコトリ姐さん……」


 ヒキウスが、同じ言葉を同じ調子で繰り返す。マコトリの眉根に、一筋の疑問の皺が寄った。



「……【スフラギス】ってなに? マコトリ姐さん」

「えっ、ぅそおっ! あんたそんなことも知らないの?」

 マコトリは思わず大声を出した。【スフラギス】(貞操帯ていそうたい)は、ラブ・ゴーレムたちにとっては常識中の常識だ。なにしろそんなものを着けられてしまっては、唯一の生きがいである仕事が出来なくなるのだから。



「うん、初めて聞いた!」

 ヒキウスは当然の様に頷く。マコトリは呆れた。


「マジかよ……、よく生きてんなマジで……。【スフラギス】っていうのは、《パファティア》を使えなくするために貼る、魔法陣付きのシールよ。貼り付けた魔導士にしか剥がせないってヤツ」

「えっ! 《パファティア》にシールなんか貼っちゃったら、《ヨページュ》出来ないんじゃないの? 口があるから《タリッブ》は出来るかもしれないけど……なんでそんなことしたの?」


「だから、自分で貼ったんじゃないよ……マスターに貼られたの。恥ずかしくって仕事なんか出来やしないよ、《ヨページュ》なしでお客さん帰らせられない。そんな悪いことしたくないよ、アタシ」



 マコトリがきっぱりと言い放つ。固い意思の篭ったその言葉を聞いて、ヒキウスが感心する。


「マコトリ姐さん、仕事熱心だよね~。あたしはそういうこともたまにあるよ」

「アンタとアタシじゃ客層が違うんだよ。アンタの相手は、大概ロリコンかS男か攻撃専門のビアンでしょ」

 マコトリが言うと、ヒキウスがこっくりと頷いた。

「そうだよ! 姐さんはガチ派?」


「うん、たまに母性求めてくる子はいるけどね。そういう子だって、最後には《ヨページュ》で《ロッチェ》させて帰すし。《タリッブ》で終わらせるなんてのは、本人の希望でもなきゃしないよ。きっちり《ヨページュ》してあげるのが一番いい…………。は~~~~。だから、【スフラギス】貼られてからストレス溜まりっぱなしでさ。常連さんを断る毎に、悪くて悪くて」




挿絵(By みてみん)





「そっかあ~、話してくれれば、よかったのに。……ところで、【スフラギス】ってどんなものなの? ちょっと見せてよ」

「ん? いいよ」


 マコトリはそう言うと、椅子から立ち上がって穿いているスカートをたくし上げ、内ももの曲線に沿ってためらいなくショーツを下ろした。

 そうしてマコトリの美しい腰部が顕わになると、《パファティア》に貼られている魔法陣の描かれた長方形のシールが、くろぐろとその姿を表す。

 マコトリの白い肌に邪念の篭った漆黒のシールが無造作に貼られている様は、さながら上質の食器に付いた、一点の拭えぬ汚れのようだ。


「うっわぁ、まァがまがしい~」

「だろ? 本当、サイアクだよ……。ギギルの奴……!」


 マコトリが唸る。


「………………………………」


ヒキウスが急に黙り込んだ。「?」不審に思ったマコトリがヒキウスの顔色を伺うと、


「ええええええ!!!!!!!!」



 勢い良く立ち上がったヒキウスが、急に爆発のような大声を上げ、マコトリを仰天させる。


「いきなり大きな声出してっ……!」

 耳を抑えながら、マコトリが叫ぶ。ヒキウスはマコトリの言葉にはなにも反応せず、


「ギギルさまに貼られたの!!???」


 とわめいた。





――――




「ただいま~っ」

「遅くなっちまったな」



 エコとタークは、地陰に太陽が隠れきる頃、宿屋に帰り着いた。太陽光線は相変わらず強烈だったが、最初の日のような貫くような苛烈さはなく……、夜になると、一気に涼しくなる。



 森殿でしばらくの時間を過ごした後、泊りがけで森林保護の仕事をするというハルナとフィズンを残して、エコとタークは宿への帰途へ着いた。日も暮れ始め、帰りは随分遅くなるだろうと心配していた二人だった。しかし……。





「……意外と近くない? 森殿」

「……行きは、たしか倍の時間かかったよな」


 思いがけず、夕食前に宿に着いてしまった。二人は顔を合わせて訝しむ。


 先ほど帰り道で迷った二人は、通りがかりのおばさんに宿の名前を告げ、道を聞いた。

 親切なおばさんは、わざわざ家にあった地図をもってきて、二人に宿の場所を説明してくれた。――その時から、二人の中にある違和感が生まれた。


「ちょっとさあ、地図、借りてみようか」

「ああ、気になって仕方がない」


 違和感の正体を確かめようと、エコが宿のカウンターからトレログ内市の全域地図を借りてくる。さっそくベッドの上に広げ、二人一緒に覗き込んだ。


「ここが、」


 エコの指が、宿を指す。「現在地」


「こっちが、」


 エコの指が森を指す。「森殿」



「あとは、えーっとえーっと……」

「あっ、これ、あの豚牧場じゃないか。ほら、トイレらしい建物もあるだろ」

「ええっ!!?」


 タークが地図を指差して言い、エコが驚く。

「すっごい遠回りじゃん!」

「テンクラ・ハルナの道案内……」

 エコの指が、今日の道程を辿りつつ、地図の上を滑ってゆく。その軌道が、複雑にうねる。


「なんでわざわざこっちをこう行ったの? 魚模様のブロックとか、ほとんど街の反対側だよ??」


「それもそうだけど、この道を確かこっちに入ったよな。これ、方角がまるきりおかしい」

「ああ、ここの道通ったね。――左に曲がるとこ、右に曲がったよね、たしか」

「途中、三回連続で同じ方向に曲がったりしたろ。あれはおかしいと思ってたんだが、こっちが近道だって言うから……」

「おんなじところ二回通ったことなかった? ――ああほら、ここ、ここ。この像、やっぱり一個しか無いよね。前からと後ろからで二回通ってるよ多分」



 次々と暴かれる驚愕の事実。一時間ほど地図とにらめっこして最終的に二人が達した結論は、



「あの人、酷い方向音痴だ」



 だった。




――――




「ギギルさまがっ、ギギルさまがっ」

「とりあえず座りなっ、うろたえ過ぎだよ!」


 ヒキウスが、わめきながら部屋の中をぴょんぴょんと跳ね回る。

「ギギルさまがっ!! ギギルさまがっ!!」



「マスターに貼られたって言ったんだから、話の流れで気づいてると思ったのに! 大丈夫かヒキウス!」

 マコトリが必死になってヒキウスを大人しくさせようとしたが、ヒキウスは止まらなかった。気が違ったかのように同じ言葉を繰り返し、両手を丸めて部屋をノミのように跳ね回る。

「ギギルさまがっ!」



「どうしたの? どうしたのヒキウス!?」

「なになに? ギギル様がどうした!?」



 ラブ・ゴーレム控室に不安の波が広がり、どよめきが起こる。


(まずいな……っ! ヒキウスがこうも取り乱すなんて! こうならないために黙ってたってのに、つい喋ってしまった)


 止まらないヒキウスを抑えようとマコトリが取り乱していると、一体のラブ・ゴーレムがマコトリに詰め寄って来た。

「マコトリさん、ヒキウスになにを言ったのよ? マスターがどうしたっていうの」

 それは先ほどヒキウスと話していた背の高い女性……、クシガリという名のゴーレムだった。


「クシガリ……。悪いけど、アンタはどっか行っててくれない? アンタも聞かないほうがいい話だよ」

「もう聞いちゃった。いまさら無理だよ。ギギル様になにかしたら絶対許さない。マスターの命令には逆らわないでよ、マコトリさん」

「はー、はー、はあはあはあはあ」


 クシガリがマコトリの顔を睨む。ヒキウスはようやく騒ぐのをやめ、呼吸を整えて必死に落ち着こうとしている。


「マコトリさんはいつもいつも、ギギル様のご厚意やお言葉に逆らうんだから」

 クシガリの棘の生えた言葉のひとつひとつには、嫉妬の色がまざまざと浮かんでいる。


「嫌だね。ギギルの言うことにいちいち従っていたら、」




「ギギル様と呼べ!!」




「ひゃあっ!」


 クシガリの恫喝。ヒキウスらゴーレムたちが縮み上がる中、マコトリだけはただ悲しそうな顔をしていた。


「――ギギルの言うことにいちいち従ってたら、アタシはストレスで死ぬよ」

「マコトリッ、訂正しろ!!」

 クシガリは美しく整った顔を歪めて、マコトリを威圧する。

 マコトリは平然とした顔のままで、ただそれを眺めた。



「つかれた。――帰るわ……。じゃね、クシガリ、ヒキウス。皆も悪かったね。お客さんたちをどうかよろしくね」

「マコトリ……!! ギギル様に逆らう度、あたしはアンタを恨むからね!」


 クシガリの罵声を背中に浴びながら、マコトリはドアを開いて部屋から出ていった。


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