死者の宮殿Ⅰ
――――階層だ。
生と死というものは、いわば階層に分かれている。
――生と死に上下はない。
それは確実だ。ただ、存在の『階層』が違うだけだ。そして、生きている状態から離れた階層に行けば行くほど、生前の自我から意識が遠ざかり……、原初の存在、例えば人が『魂』と呼ぶような状態に移っていくのだろう。
その二人が存在するのは、生きている状態からひとつだけ離れた階層の、何もない空間。ただ延々と、何もない空間だった。
――――――
カイラン「父上? あれ、父上も死んだのですか?」
キュザ「おおよ、親子ともどもやられたな」
カイラン「死を覚悟はしてましたが、参りましたね……。アナメクは無事でしょうか?」
キュザ「あやつは逃げてもらったよ。私怨の戦いに巻き込まれちゃあ堪らんだろうからな」
カイラン「トレアラングルは?」
キュザ「さあ? あいつも深手を負ったはずだがなあ。……生きて健康でいてくれるといいな、せっかくだから! がっはははは!」
カイラン「そうですね父上! 強い者は生きていたほうが良い! その方が面白みがある! あははは!!」
キュザ「ははは……。カイランよ、ところであそこに誰かおらんか? ――おーい、そこの男!」
男「……俺か?」
キュザ「他に誰がいる。お前は誰だ? 無礼だが、ここがなんだかご存じないか」
男「…………俺は、アイデンティティを無くしてしまった男……。名前は覚えてない。ここのことは知っている。ここは、死んだ者の来るところだ」
キュザ「何を言っとるんだ? 死んだ者の来るところなんてことは分かっている。でも、それだったらもっと色んなやつがいるはずだろう。俺が殺したハーピィたちも含め」
男「俺もそう思った。これが答えっぽいな。ほれ」
キュザ「む、なんだこの紙束は…………、『エコ魔導士』と書いてあるな」
男「たまーーーーーーっにここに現れる紙束だ。ここは他に何もすることがないから、仕方なく読んでいる。さっき落ちてきた新しい紙束に、あんた達が死んだところが出てきたよ。俺の死んだところも書いてあった。ここに死んだことが書かれると、この場所に閉じ込められるんじゃないか、多分」
カイラン「それは興味深い。父上、読んでみましょう」
キュザ「うむ、そうするか」
――――――――キュザとカイランが読み終わった…………。
キュザ「おい、お前が死んだところなんか出てこなかったじゃないか。誰だお前は」
男「だからアイデンティティが無くなったと言ったじゃないか。おっさん、キュザだろ。ハーピィの。お前は体が真っ二つになって死んだろ。でも今、傷は何も無くなってるよな。ここに来ると傷とか怪我は無くなるんだよ……。俺も、傷口が無くなったんだ……、顔に、こう、こーーーやって傷が入ってたんだがね」
カイラン「あ、父上。これじゃあないでしょうか? 洞穴でタークに殺された――」
キュザ「どれどれ、おぼえてねーなそんなやつ……。ああこれか、『顔中に傷のある男』」
カイラン「くっ、……ははは! 傑作ですね!」
男「そうなんだよ……。俺は自分の名前を必死に思い出そうとしたよ。でも忘れちゃってて……。これを読んでも書いてないし。エコとかに名乗っときゃよかったのになぁ俺。全然思い出せないんだよ……。なあ、何か付けてくれないか?」
キュザ「ん~、『ただの男』とかどうだ?」
カイラン「ははっ、『顔に傷のない男』でしょう、やっぱり」
男「……勘弁してくれよ~~……。お」
キュザ「ん?」
男(以後は傷なしと表記)「新しい紙束が現れたぞ……。また誰か死んだかな? なんか楽しみになってきたな」
キュザ「俺はこの『ヒカズラ平原の人喰い魔獣』が出てこないのが気に食わんな。戦ってみたいのに……。それを倒した男、タークとも戦ってみたい……。めっちゃ強くないかこいつ」
カイラン「父上の戦闘狂は尊敬しますよ」
キュザ「それより傷無しの、早く読めよ。俺らは後で読むから」
傷なし「そ、そうか? 悪いなあ。唯一の娯楽を」
キュザ「気にするな、カイランと組打ちでもやってる方が楽しいよ。――――また死者が出たら教えてくれ」
――――――――それから暫く経って…………。
傷なし「新入りだ」
キュザ「新入りだな」
カイラン「そうですね。なんて呼びます? 『アホ』とか?」
傷なし&キュザ「『クズ』」
へんなおじさん「わひょ!?? だれ、だれだれ誰だあお前たちは!!!?? ついでにどこだここはあ!!? ん? そもそも…………おっちゃん死んだはずだぞ」
カイラン「はい、あなたは死にました。ここは死後の世界です。――――この紙束が現れてから本人が来るまで、ちょっと時間が空くようですね、父上」
キュザ「うんそうだな。お前、説明はともかくこれを読んでみろ」
へんなおじさん「はあ……?」
――――――――それから暫く経って…………。
へんなおじさん「エコちゃんたちも苦労したんだなあ…………。うううう」
カイラン「我々は直接会ったことがないから、ぜんぜん分かりませんね~」
キュザ「関係ないもんなあ。まず人種が違うしよう」
へんなおじさん「エコちゃんはほんと~~にいい子なんだぜえ? ほんと~に。タークも……まあわりと良い奴だ」
傷なし「俺はあの野郎にひでえ目に合わされたけどな」
へんなおじさん「自業自得だろう、あんな家業じゃあよ」
傷なし「……でもああするしか無かったからしょうがねえよ」
カイラン「傷なしさんはなんであの仕事をしてたんです?」
傷なし「簡単には言えないけども、まー結局のところ成り行きかな。スラムで威張ってて子分が出来ると、たとえ悪事と知っててもなんか仕事しなきゃ生きていけないからさ」
カイラン「へー、人間も大変ですねぇ」
キュザ「それより、さっき出てきた紙束で、今度は北の国のばーちゃんが死んだろ。まだ出てこないのか? ……若い娘が死んでくれると言うこと無いんだがな」
傷なし「全くだ」
カイラン「物騒なこと言わないで下さい。若い娘は死なないでしょ、若いんだから」
へんなおじさん「おっちゃんはよ、できればミモザちゃんかカナリヤちゃんに会ってみてえなあ。もしかして死んでここに来ないかな~、と…………少々期待して読んじゃったよ」
キュザ「そうだよ、女が死なねえから嫌んなるよな。そう言えば、発見した」
カイラン「何をです?」
キュザ「あのなあ、ここで自分の若い頃をイメージすると外見が変わるんだよ。やってみるぞ、おりゃ!!!!!!」
カイラン「えっ」
傷なし「おっ」
へんなおじさん「うおうっ」
キュザ「どうだ、これが若い頃の俺……、ぜっ、はあはあはあ……。ああ疲れた……集中力が大事だ、俺には5秒が限度だな」
カイラン「そっくりですね…………俺と……。母上の言うとおりだな」
傷なし「親子ってすごいんだなぁ」
へんなおじさん「よーしよーしよーしじゃ、ここらでおっちゃんもひとつ、モテモテだった頃に戻って見るとするか!」
キュザ「おっ。いいぞ、やれやれ~!」
傷なし「やんややんや!」
――――――割愛――――――
キュザ「そろそろかな……、おっ」
カイラン「来た、来た」
傷なし「おっ…………?」
へんなおじさん「ありゃあぁ?」
リリコ「……ここは……? …………ああ、実在したのか……。ふぅん、ほんとに伝説通りの場所ねえ。真っ白」
キュザ「おいっ、カイラン、行けよ」
カイラン「はいっ! …………あのうー、リリコ・ラポイエットさんでしょうか?」
リリコ「……あなた達はハーピィ? へぇ、生きてるのは初めて見たわ……」
カイラン「いえ、生きてません。失礼ですが……随分お若いのですね」
リリコ「へえ? ……ああ、本当だ。ほんとに伝説通りねえ。イメージ次第で若さも思いのままっていう」
傷なし「あんた、聞いてると詳しそうだな。ここがどういうところか説明出来るなら、我々に聞かせてもらいたいな」
リリコ「いいでしょう。私も半信半疑だけれど。あなた達は――全部で四人? 少ないのね。まあ楽にして」
リリコ「……ここは『死者の宮殿』と呼ばれているところよ。魔導士の間では生命がその肉体を失った時に移動する部屋のようなものと認識されているわ。伝承によると、そこは我々の世界よりも広くて、甘く重たい空気が立ち込め、認識でしか存在出来ない世界だと言われるわ」
カイラン「認識でしか存在できないということは、実体は無いのですか」
リリコ「そうね……、実体の存在は、生の世界ですら危ういものだけどね。全ては認識だけかもしれない……、そう考えたことってない? 人間には五官があるから、私たちはお互いの存在を実感を持って認識出来はするけど、それすらも虚構、イメージかもしれない。疑うとキリがないわ。…………ここの空間では、ちょっと実感が薄いようね。こうして話していても喋っているという実感がなくて、互いの頭のなかに言葉だけが存在しているかのような感じがする」
カイラン「なるほど、そう言われれば……。興味深い話です。失礼しました、続けて下さい」
リリコ「――――『死者の宮殿』の存在は、死を体験した多くの人たちの口から語られてきたわ。死の縁から戻ってきた人や死の世界との交信を試みた人、死の世界を覗こうと毒薬を薄めて飲んだ人――――、色々な人がいるけど、みな口を揃えて『途方もなく広く、白くて何もない』空間が存在する、という内容の話をするの。でも『死者の宮殿』については、魔導士『ミルフルール・アルデノーレ』の残した論文が特に有名ね」
へんなおじさん「おっちゃんですら聞いたことあるぜ、魔法で『死』を作ろうとした人だよな? そうだろ、なあ。俺も昔はいろいろ勉強してよ、あんたくらいの時には、そりゃ、………………、ああ…………そうだ……、生前、俺は……この悪い喋りグセでいろいろ損したんだった。悪かった、話の続きを」
リリコ「……ああ。お詳しいのね。正確には、魔法によって死の世界と生の世界を混ぜようとしたのよ。…………二世代前の『百年に一度の魔導士』であった彼は、自分を認めない生き物の世界に対して復讐しようとして、その行為に及んだと言うわ。しかし、研究は遂に実を結ばなかった。そして彼は、なんの痕跡も残さずに消えてしまった……。まあ、そもそもアルデノーレ自体よく分からない人物でねぇ。死の研究をしていたというのはアルデノーレが消えてすぐに発見された研究資料から判明したことで、本当は別の研究をしていたって話もあるわ。それが本当の研究を隠すためのものだったのか、それともこの話自体が『ミルフルール家』の名を失墜させる為に他家が仕組んだ陰謀だったのかは、未だに謎よ」
キュザ「ふーん……」
リリコ「興味深いことに、『死者の宮殿』についての具体的な記述は、もとをたどれば全てアルデノーレの遺稿から始まったという説もあってね。――――要するに、どれもこれも信憑性に欠けるってことなんだけど。……200年以上も前となると、もう正確な年代が分かるような資料がほとんどないのよ。――――もしアルデノーレの記述から『死者の宮殿』という存在が信じられていったとしたら、ほとんどすべての説が……、まあ後乗せっていうのかしらね? こじ付け話になるでしょ? …………だから普通、『死者の宮殿』説は全くの嘘だって言われてるんだけど……」
「こうして、あったのねえ」
キュザ「……リリコはなんでそんなに詳しいのだ? 魔導学院の教授を長いことしてたそうだが、専門は魔法陣のデザインとかだって話ではないのか」
リリコ「?? なに? ……あなた、どこかで会ったことある方? なぜ異常に馴れ馴れしい上に私の経歴と名前を知っているの? 私、ハーピィに知り合いは居なかったはずよ」
キュザ「おおおお、すまんすまん、馴れ馴れしいのは生まれつきでな。非礼を詫びるとともに、名乗らせてくれ。俺の名はキュザ=ハクリン。ハーピィ族【青の谷】の長だった」
カイラン「横から失礼します。私は息子のカイランと申します。あなたの経歴と名前を私たちが知っているのは、この紙束にそれらのことが載っていたからです。よかったらどうぞ」
リリコ「話が見えないわねえ……。まあ、死の世界で生の世界の理屈を持ち出しても無駄だわね。読ませてもらうわ」
――――――
傷なし「…………。ひとつ思ったんだが、いいか? どうしたらここでの存在が終わる? もう我々は死んでいるんだ。いくら時間が経っても、もう死なないんじゃあないか……? だとすれば、ここで永遠に生き続ける……、いや、存在し続けなければいけないのか? …………俺はもう、ここに長いこといる。しかもその時間の大半は一人きりだった…………。これ以上ここに居たくないよ。もうここを離れたい」
キュザ「そうだなあ。お前はここでずうっと一人だったんだものな。俺にも分からない……。リリコなら知ってるかもしれないな……」
傷なし「はあ。……まあ、ここんとこはみんな来てくれたから楽しくやっているが……。俺はもう、疲れてしまった」
へんなおじさん「それを言うならおっちゃんも、自分に愛想が尽きてるよ。もうこんな自我はどうだっていいや。死が消滅なら、消えたって別に……」
リリコ「うそーーーー!!!」
キュザ「なんだぁ!?」
リリコ「ここ、ここ!! これの記述は本当に事実なの!?? いや、だって、この、へえええ」
カイラン「リリコさん、どうしたんですか? 変な声いきなり叫んで……」
傷なし「自分が死ぬ回を読んだんじゃないか? カイランもひどいことするな、んなショッキングな文章いきなり読ませて」
カイラン「へえ? …………あ~……」
リリコ「えー、じゃ、私を殺したのってイラだったの!? しかもうわ、うわぁぁぁ、あの子、うわあ」
カイラン「忘れてました、自分を殺した人のことが書いてあったんだ……。それにしても読むのが早い。渡してから、まだちょっとしか目を離してないのに」
キュザ「そう考えると、我々はみんな自分で死因がよく分かってたからなぁ。魔導士は大変だ」
へんなおじさん「いやあ、おっちゃんの予想だとすぐに気を取り直すぞ」
傷なし「なんで?」
リリコ「あれ? ………………私ってミッグ・フォイル起こしたんだ……。――――えへへへ」
へんなおじさん「あんな理由さ」
傷なし「なるほど」
――――――――
キュザ「おっ、やっぱ死んだかこいつら」
カイラン「あ、読み終えましたか? ていうか先に言わないで下さいよ、楽しみにしてるのに」
へんなおじさん「ここに住民が増えるとた~のしいもんなぁ~。みんなの身の上話は聞き飽きたし、そろそろ新しい風が吹いて欲しいやい」
傷なし「……名前がないやつって、死んでもこっち来ないよな。何故か俺だけ……、なんでなんだろう」
リリコ「ちょっとちょっと、早く回しなさいよ。あんた達読むのが遅いのよ! そんな文、一瞥でひとページくらい読めちゃうじゃない」
キュザ「うるせーな、最後に入ってきたくせに文句を言うな!」
カイラン「リリコさん、本当に読むのが早いですよね。内容もきちんと理解してるし」
リリコ「魔導士はね、沢山本を読まなきゃいけないのよ。仕事でも山ほどの文章を読まされるし、書かされる。早くて当たり前です、そうじゃなきゃ街の長なんか務まりゃしないわ」
カイラン「それに、案外リリコさんが一番楽しみにしてますよね。エコとタークに実際に会ってるわけじゃないのに」
リリコ「でもね、昔懐かしい知り合いがいっぱい出てくるのよ。ゼイゼリリなんて魔導学院の後輩だし、ソリャも魔導士界隈では有名な子だわ。イラの姉だとまでは思わなかったけど!」
へんなおじさん「それでか~」
リリコ「エコちゃんという存在も、魔導士からすると興味深いことだらけだわ。エコちゃんの師匠が一体誰なのか、候補の魔導士は沢山名前が上がるけどねえ……、植物の魔法生物なんて革新的なもの作る人はいないな」
カイラン「そうですか……ちなみに、どんな人が候補です?」
リリコ「例えばね、――――――――――――――
――――――危険な話題のため割愛――――――
へんなおじさん「きたきた!」
傷なし「やっぱり、なにもなくなってないな」
カイラン「『な』が多いですねそれ」
リリコ「あまり好ましく思わないな私。魔導士の恥知らずなのよね、……まあ死んじゃったら関係ないけど」
クラン=ブルージュ「どこだここ……」
アジジカント「クラン……」
キュザ「お目覚めかい」
クラン=ブルージュ「あんただれ?」
アジジカント「どこだここ?」
カイラン「じゃあ、一通り説明しましょうか?」
クラン=ブルージュ「あっ、わかった! 私達死んだんだね?」
カイラン「そうです。ご愁傷様です」
アジジカント「なるほど、ここは死者の宮殿か……実在したんだな」
カイラン「そうです。よくご存知で」
クラン=ブルージュ「ん~~~~……。ごめん、やっぱり説明してくれる? わけわかんないや。あんたハーピィ?」
アジジカント「……うおわっ! クランの脚! クランの脚だ! 俺の腕もある! 久しぶりに見たな!」
カイラン「では、そのへんも含めてご説明しましょう」
――――――
クラン=ブルージュ「完全に分かったよ」
アジジカント「不思議なことがあるもんだな」
リリコ「質問してもいい? あんたたちはどうして『忌み落とし』なんかしたの?」
クラン=ブルージュ「リリコ・ラポイエット・フォイル様なんて魔導士の憧れみたいな人には一生わからない理由だと思うけど、聞く?」
リリコ「一生わからないことも、一生が終わった今なら分かるような気がするわ。聞かせてちょうだい。前からとても興味があったの」
アジジカント「一言で言うと愛のためさ」
リリコ「…………はあ。――――――どぅぇ?」
へんなおじさん「ああ、やっぱ二人ってそうなのか?」
クラン=ブルージュ「愛し合ってるんだよね~、近親相姦だけど」
アジジカント「まあ好きなもんはしょうがないよな、クラン=ブルージュ」
傷なし「はははははは!!!! センシティブ!!!! 超センシティブだなこいつら!!!!」
キュザ「人間てこえーなカイラン」
カイラン「?? よく意味がわからんのですが。この二人は義兄弟のはずでは?」
アジジカント「ううん、本当の兄妹さ。馬鹿みたいに年が離れちゃいるが。愛し合ってるんだけど、まあほらやっぱ表社会では排斥されちゃうじゃん? となると裏で生きてくしか愛の道は無いわけ。素性隠して義兄弟ってことにすれば」
クラン=ブルージュ「疑う人はあんま居なかったね。裏で生きていくには、なんか特技がないとダメだからさ。忌み落としぐらいしないと、ついていけないの。ついでにコンビだってことにして、どんな依頼も二人で受けるようにすれば、いつも一緒にいられるでしょ?」
アジジカント「一緒に死ねて良かったよな」
リリコ「目がくらんできた……もうやめて」
クラン=ブルージュ「出会いはあたしが7歳で、アジジカントが25の時だっけ?」
アジジカント「違う違う違うよ、五年前だから俺は27歳」
傷なし「あはははははは!! 超ウケるあははははははあははははあはっははは!!」
クラン=ブルージュ「兄妹っつっても異母兄妹なんだよね~」
アジジカント「クラン=ブルージュの片親だった母が死んで、俺の家に来たんだよな、懐かしい」
クラン=ブルージュ「…………で、一目惚れってわけ。お互いに」
リリコ「もう止めない? この話題……。カイラン達なんか、もうしゃべんないわよ」
カイラン「あ、いえいえ、気になさらず」
リリコ「ごめん、私よ、私がやめてほしいの。変えましょう話題を」
クラン=ブルージュ「う~ん、あ、じゃあこないだの『リリコ・ラポイエット・フォイル』の話聞かせてよ? なんであんな『ミッグ・フォイル』なの? リリコ様」
リリコ「いや~~な話題選ぶわね~……。ホントは砂漠の緑化とかが良かったんだけどな、すんごい迷惑かけてるじゃない、私って世界中に」
アジジカント「いやあ、良いと思うよリリコ様。自分に嘘はつけないって。聞けば南の国の生まれなんだって?」
リリコ「そうそう。戦争の後は王都に居たりして里帰りするチャンスがなくて、その後は王立魔法学院の教師、シャンターラの設立、長の就任とどんどん自由が効かなくなったからねえ。たしかにいつも故郷の日差しを思い出していたわ……。迂闊だったわね」
アジジカント「やっぱり、死に際には本心が出ちゃうんだな」
リリコ「そうらしいわね……忘れたつもりだったんだけど。そう思うとたしかに、死に際に少し思い出したわ。そして強烈に、故郷に帰りたくなった……。私が殺めた、北の人たちと同じ……。結局、生きてる限りそういうことから逃れられないのね」
アジジカント「そうだなぁ。俺たちも色々と苦しんだが、もう解放されたんだな、そういうしがらみから」
――――――
傷なし「あ……」
キュザ「ん? どうした傷なしの」
傷なし「分かるんだ……、終わった」
カイラン「どうしたんです?」
傷なし「終わったんだよ。おーい、みんなーー! 俺は先に行くぞ!」
キュザ「……そうか。ここの時間にも終りがあるんだな」
へんなおじさん「俺もだ。傷なしのあんちゃん、俺もらしいや」
傷なし「やはり『名無し』は早いのかもな。この先になにがあるのか……もう時間がない――じゃあなみんな」
リリコ「さようならね」
クラン=ブルージュ「おっ、いくの? 元気でね~」
アジジカント「色々と楽しかったよ」
へんなおじさん「最後に名乗らせてくれ――、俺の名前は……っ――――」
傷なし「どうせ間に合わないよ……じゃあ――――」
――――――
――――階層だ。
生と死というものは、いわば階層に分かれている。
二人は、更に生から死の方向へ一階層離れたところへと向かった。二人はそこで生きてきた意味を知り、今までの全てを納得するのだろう。
そして原初の状態に戻るとやがて二人は二人でなくなり、大きなものと溶け合ってひとつになるのだろう。
その先は――知っても無意味なことだろう。
私が今いるのは、階層と階層の間だ。
自我と呼べるものは意識と溶け合ってしまい、完全な形では残っていない。
自己の境界線は極めてあやふやで、どこからどこまでが自分がいささかはっきりせぬ。
もはや思考の手綱すら我が手を離れたがっているが、私は……。私はまだ、自分の名前を思い出すことが出来た……。先ほどやっと思い出すことができた……。
…………私は『アルデノーレ』という名前だったはずだ。




