第四十話『石の町トレログ』
木立の隙間から一瞬だけその姿が覗いた時、エコにはそれが何なのか理解できなかった。二度目に見た時にようやくそれが人の住む街だと認識し、タークが止めるのも聞かず駆け出す。開けた崖から全貌が見えた三度目、エコはたまらず大声で叫んだ。
「ぉぉぉぉおおおおおわあああぁぁぁーーーー!!!!!」
――【石の町トレログ】は、その名の通り鉱物資源による産業が盛んな街だ。標高1,000レーンを越える山岳を大きく削り取って形作られた街には、そこかしこに鍛冶や宝石細工師の家が立ち並び、生まれながらの職人たちが腕を競っている。
魔導士『ヒエラケイム・テン=ハ』が構築した境界魔法陣は、色とりどりの石がはめ込まれて出来た幾何学的なモザイク模様の『内壁』と、魔法陣を彫刻した石材によって構築された『外壁』によって構成されており、内壁の内側に居住区画『内市』が、外壁の内側には農業地帯『外市』が開かれている。
その範囲はとてつもなく広く、高台から街を見下ろしているエコの目にでさえ、霞に沈む街の反対側を伺うことはできなかった。
「わあ!! 広い!! わあ!! でっかい!! ターク、あれなあに!?」
「どれだ」
走って追いついてきたタークが、エコ越しに街を見る。エコの指差す先には、街に接近する巨大な人影……、のようなものがあった。
臼のような寸胴の胴体に太い手足のようなものを付けたその巨人は一見少しも動かない様子だったが、よく見ると緩慢な動作で街に向かって歩いているらしかった。
「なんじゃあありゃ……」
タークも意外そうに言った。
「行ってみようよー! とにかく!」
言うが早いか、エコがまた駆け出した。
「また走るのかよ……! まてコラおいっ」
タークは少しうんざりして、後を追いかけた。
エコは【石の町 トレログ】めがけて脇目もふらず走って行った。体を動かす興奮に身を任せたまま、目まぐるしく変わる景色を横目に、山道を駆け、急斜面の階段を下り、乾燥した平野に走る舗装された道をなおも走り続ける。
タークが息を切らして追いついた時には、全ての力を出し切ったらしいエコが、草原に大の字になってぶっ倒れていた。……気がつくと二人は、いつの間にか外壁の門番のもとに辿り着いていたのだった。
「ぜー、ぜー、ぜー、ぜー、げほ!! げほっ、ああぁ……」
「ゆ、夕方になるかと思ってたのに、日が高いうちに着いちまった……」
全身汗まみれになったタークが、息も絶え絶えになりながら言う。番人が心配して声をかけてきた。
「大丈夫ですか? こっちの日陰で休みなさいよ、いま水を汲んであげるから」
「あ、ありがとう……」話すのもやっとのタークが、なんとか返答した。エコを助け起こして、番人の詰め所で出来た日陰に移動する。
持ってきてもらった水を飲んでからも、二人は暫くの間、荒れた息を整えることに尽力しなければならなかった。
回復を見計らって、番人がまた声をかけてくる。
「街に入るよね? これに名前書いて。内壁のところでもう一回手続きがあるけど、その時にはこれを見せてね。……それにしても暑いな~、もう」
番人はそう言って、小さなタグをエコに手渡した。
「あの、あっちにいた大きな人……? みたいなものは誰ですか?」
エコが番人に尋ねると、番人はエコの指差す方を見もせずに答える。
「はいはい、あれね。『ジャイアント・ゴーレム』。タイミングが良かったねえ、数日後にお祭りがあると思うよ。あははは、あとは内壁の方の人が詳しく教えてくれると思うから。悪いけどそろそろ交代の時間なんだ。今日は叔母の家が出来上がるから、ちょっと急ぎで駆けつけなきゃいけないんで、これで帰らせてもらうね」
番人はそう言って、奥へ引っ込んでしまった。
「なんじゃーそりゃー」
結局何が何だかわからないまま、とにかく内壁に向かおうと、石畳の上を歩き出した。
よく整備された石畳の道の両脇には背の高い木が等間隔に植えられ、冬の夏の強烈な日差しを遮っていた。『リリコ・ラポイエット・フォイル』の日差しはあれから五日経った今も弱まること無く続いている。
さんさんと照る太陽は、憎らしいほど強烈だ。エコ達の左右には広大な農地があった。しかし、よくよく見れば作物は一つ残らず葉がしおれてくったりと地に横たわり、腐った苗の上に、盛んに羽虫がたかっていた。
「着いたら一面雪化粧……のはずが、こんなに暑いとはねえ」
タークがタバコに火を点けて吹かす。エコはそれを見てはっとする。
「そうだターク、タバコ最近作ってないけど、まだある?」
「え、あと……三本しかねえぞ。やっべえ……作れる?」
タークが情けない顔になる。
「うん。落ち着いたらすぐ作るね! ゴメン、色々あって忘れてた」
「最悪、普通のタバコ買って凌ぐよ。急がなくっても大丈夫だ」
言いながらも、タークは名残惜しそうに減っていくタバコの先端を眺めた。本来タバコは旅暮らしには相性の悪い嗜好品だが、一度味を知ってしまうとなかなか抜け出せない落とし穴でもある。悪癖だとは思いつつ、タークはもうタバコを手放せなくなっていた。
エコの作るタバコの味は特殊で、普通のタバコとは全く味わいが違う。タークはすっかりエコのタバコに慣れ、もう他のものに手を出すことが出来くなっていた。
何度か普通のタバコも買って吸ったのだが、吸うと気持ち悪くなってしまい、二本と続けて吸えない。それでもタバコが切れた時の手持ちぶさたと口寂しさを紛らわすためにその時は仕方なくそれを吸うが、できることなら避けたい事態だ。
外壁から内壁までは、結構な距離がある。市街地まで、歩いて二時間といったところだ。内壁に存在する六つの入り口の内ひとつに向かううち、支流が集まって大河となるように街道筋が集まって、やがて大きく太い一本の道路になる。
道々が束ねられる度人通りは増え、馬車や蝸牛車も通り出して、【石の町トレログ】を目指す人々は尚も増え続けた。
それにともなってエコの顔が次第に明るくなり、目をらんらんと輝かせながら、辺りを見回す。
「こんなに【トレログ】に入ろうって人がいるんだね」
「うん。ここまで大きな町は少ないからな。ここから一番近い【イルピア】にしても、一週間くらいはかかる距離だし」
「【イルピア】ってとこにも、確か寄るよね? それからタークの故郷に」
「道中、どうせ通り掛かるからな。でも、俺も一回しか行ったことはないな。フィズン達の追手がかかってたから」
「あ、そうだね。フィズン、どうしてるかな? 生きてればいいけど。…………ターク、【トレログ】は来たことあるんでしょ?」
「おんなじことだよ。来たけど、すぐ出た。どっちの町も追手を撒こうと思って入っただけだから、観光みたいなこともしてないし……」
目の前を人が横切ったという事もあって、タークは言葉を区切った。
「だから今回はエコと同様に、結構楽しみなんだ」
「ふふっ。師匠の手がかりも見つかったら、最高だね」
エコが満面の笑みで言った。
――――
「三列! 三列で整列お願いします! 右がー! 一般門! 左がー! 商業門! 魔導士様は通行事務所に直接おいでください! 各門三列でお願いします! 只今『リリコ・ラポイエット・フォイル』難民受け入れの為、非常~~な混雑をしております!! 三列整列にご協力お願いします!……」
ようやくたどり着いた内壁の通行門口前広場では、人がうずのように蠢いていた。
人々の噂話に耳をそばだてれば、『リリコ・ラポイエット・フォイル』によって各地で起こった大災害で家を失った人々の受け入れが始まったらしい。
「押すな押すな! お!? ケイモンさん! お元気でしたか」
「おかあさあぁぁぁぁあああん! どこおおぉぉぉぉおお」
「あっちに行かなきゃ間に合わないよ!」
「祭りの準備はどうなってんの? すごい喧騒!」
「あっちあっち! 大道芸人がいるんだってさあ!」
「双子の魔力って強いんだねえ」
「あーちょっと! その上にものを置かないでくださいよお!」
「勝手に日が沈んじゃうんだ」
昼過ぎの内壁通行門口前広場は、混沌の様相を呈していた。街に入る手続きは溜まりに溜まって、聞けば入街までの待ち時間は、およそ七時間。
とは言えエコとタークに急ぐ理由は全く無い。喧騒のはずれで二人並んで低い石垣に腰掛け、涼んでいた。
「随分掛かりそうだね! すごいな~。ここだけでも、いままでわたしが見てきたのとおんなじくらいの数の人がいるや」
「ちょっとあっちの方見てくるわ。荷物よろしくな」
「おっけ~、行ってらっしゃい」
石垣に腰掛けていたタークが立ち上がり、そのまますたすたと歩いていく。エコは人々の服装の違いや、肌の色、声などを観察するのが楽しく、群衆をぼんやりと眺めて過ごした。
タークは、暇つぶしに内壁通行門口前広場近くの繁華街を歩くことにした。旅人や商人がひっきりなしに訪れる通用門の一角には、これを商機と見た者たちがこぞって軒を並べ、鎬を削っている。
タークは大股で歩きつつ、遂に最期の一本となってしまったエコのタバコに火を点け、吸い始めた。
(吸い終わったら戻るか)
煙を立てるタバコを咥えてそんなことを考えていると、石灰岩を彫刻して出来た伝統的な建物の影から一人の男が現れ、タークに向かって迷いなく歩み寄って来た。
「おおおお兄さん」
背後から急に声をかけられ、タークが驚く。危うく取り落としそうになったタバコを空中で受け止め、その拍子に人差し指を火傷してしまった。
「あづっ! ……なんだ手前ぇ」
まるで深い影のようなその男は、灰色がかった瞳でタークを見つめ、耳元でささやく様な声で話す。声を変えているのか、その声色は甲高かった。
「ねぇ、ねぇねぇ、いいのあるよ、かか買ってかないかい。ひひひッ! 100ミリパクト六万、バラ売りもするから」
「生憎そういうものには興味がない」
男は麻薬の売人だった。街の中枢ではこうした薬物の取締が厳しいために、この手の輩は少し外れで商売する。スラム生まれのタークには懐かしい手合だったが、タークは昔から麻薬を嫌悪していた。
「うう、嘘ばっかりひひっ! 口の匂いでわかるよ、すきすきすき好きでしょ」
「さあ、俺はあっちに行くぞ。これ以上ついてくるとまずいんじゃないか」
と言って、タークは街の治安維持局の方へ足を向けた。
「いつでも言って。ワタシいつもあの店の影で道見てるから」
影のような男は、そう言って音もなく消えていった。
「そんなに好き者に見えるか? …………まあ、ヤク中にはタバコ好きが多いって聞くしな」
タークはそう投げやりに言うと、吸いきったタバコを落として、靴の裏で踏みつぶした。
――――
「えっ」
エコは思わずそう呟いた。
トレログの通用門の前に集まる人間たちをぼんやり見ていると、その中にやけに見覚えある顔が見えた気がしたのだ。印象はかなり違うが、あれは……!
「フィズン…………ッ!」
相手も同じことを思っていたらしく、一度目の前を通り過ぎた後、振り返ってこちらを見た。
「あぁぁっ、やっぱりエコッ!! 久しぶりだ!」
フィズンの隣にいた女性も、訝しんでエコの方を向いた。長髪が揺らめく。
「フィズン、知り合いがいたの?」
「はい、師匠。エコと言って、この間話した娘です」
フィズンはやけに素直にそう言った。そのまま、エコに向かって歩み寄ってくる。エコは呆然としていた。
「フィズンどうしちゃったの……」
フィズンはいつもの仏頂面ではなく、憑き物の落ちたようなあっさりとした顔で、顔に笑顔すら浮かべている。
服装も前のようなセンスのない魔導士服ではなく、ゆったりした白いマントと丸帽子を被って清潔な印象になっていた。
「本当に久しぶりだなエコ。ここで会うとは思わなかった。元気だったか?」
「久しぶりだねえ……、フィズン……、ほんとにフィズン?」
「ほんとだよ! ……エコ」
フィズンはそこで一旦言葉を切ると、おもむろに頭を下げた。エコの目の前で頭を振り下ろしたので、危うくエコのおでこに頭がぶつかりそうになる。
「本当にすまなかった! 謝ってどうこうなるとは思っていない、だが謝らせてくれ」
「?? なにが?」
エコが顔をしかめる。フィズンは頭を下げたまま続けた。
「家を焼いたこと、タークを狙ったこと、草原を燃やしたこと、……色々あるが、全て本当に悪かったと思っている……!! 許されようとは決して思ってはいないが、ただ……」
「なんだそういうことか。いーよいーよ、大丈夫」
エコはなんでもないことのように笑った。しかし実際、エコはこれまでフィズンにされたことなど、すでになんとも思っていなかった。エコは、過去にはこだわらない。
それよりもエコにはフィズンが生きていたことの方が驚きだし、こうして変わったことにも感動している。
一方決して許されると思っていなかったフィズンは、戸惑いで何も言えず、頭を下げたきり固まっていた。
エコとは対照的に、フィズンにとって過去は何よりも重要な意味を持っている。
様々な罪悪感や敗北感がこびりついた、フィズンの過去。フィズンは長年それに囚われ、縛り付けられてきた。それだけに、フィズンにはエコがなぜ自分を許せてしまうのか分からなかい。フィズンの目から、涙が溢れてきた。
「フィズン、どうしたの?」
なぜフィズンが顔を上げないのか分からなくなってきて、エコが次第に焦りだす。とうとう二人は向かい合ったまま硬直してしまった。
「ふふふっ、まさかこんな風になるとはね、フィズン?」
口を開いたのは、フィズンと一緒にいた女性だった。微笑みながらただ二人の様子を見守っていた彼女が、豊かな髪を流れるままにしながら、フィズンの背中にそっと触れる。
「エコさんはあなたよりも、ずうっと人間が出来てるわね。――尊敬すべき人物だわ」
フィズンを諭しつつエコを褒める女性は、若々しい外見をしながらも、悠久の時を生きているかのような威厳を持っていた。しゃくりあげるフィズンの背中を優しくなでながら、澄んだ瞳をエコに向ける。優しい目線だったが、エコは射すくめられる印象を受けた。
「エコさん、あなたのことをフィズンに聞いてから、私、とっても会いたくって。樹にお祈りしてたんですよ。お会いすることが出来て、本当に嬉しいですわ」
女は優しげな声でそう言い、フィズンの背中に置いた手をエコに差し出して握手を求めてきた。エコもためらわずそれに応じる。暖かい手の平だった。
「どうかよろしくお願いします。私の名前は、テンクラ・ハルナって言うの」
「わたしはエコっていいます。よろしくお願いします」
柔らかい握手をしたまま、自己紹介をし合う。そこに、タークが帰ってきた。辺りはまだ騒然としており、薄暗くなってきた広場には人がごった返している。
「あっ、ターク」
「……ターク!? ……ああ! ターク……!」
目を腫らしたフィズンが、ようやく顔を上げてタークの顔を見る。
「……は? 誰だてめえは」
タークの感想は正直だった。
――――
「追放されたあと、つくづく自分の無力さを味わったよ。食い物も水も自分一人じゃあ何も得られなかったし、寝床の作りかたすら、クイスとベッチョに任せてたから全く知らないし。当然、一週間しないうちにカラカラで凍死寸前さ。挙句の果てに、生水に当たって凄まじい下痢になり、行き倒れた。死んだ、と思って、そのまま眠ってしまうことにしたんだ。そうしたら師匠が助けてくれたのさ」
フィズンがエコとタークに、これまでの顛末を語り聞かせる。エコとタークはうんうんと頷きながら聞いていたが、エコが質問を挟んだ。
「師匠って、なんで師匠なの?」
エコならではの質問だ。九死に一生を得たフィズンの話題よりも、師匠という言葉に反応するのがエコの性格だった。
「私がフィズンに誓いを立てさせたからよ。悠久なる樹々のもとに、心安らかにって」
「……?」
フィズンの師匠テンクラ・ハルナが答えたが、エコにはさっぱり意味が分からない。
「【樹教】の教えだ」
タークが解説し、エコにも多少事情が飲み込めた。
【樹教】とは、この世界で最も多くの信者がいる宗教だ。
東の果ての地、霊峰【ビネー雪山】の麓にそびえ立つ超巨大樹、【御樹】及びその眷属である一切の植物を信仰対象としており、巨木のある森を育て、守りゆくことを主な活動としている。
曰く、『樹々によって生かされている』というその題目の通り、【樹教】の徒は森とともに生き、草木とともに成長する。森に埋まり平穏のうちに死ぬことが理想とされ、植物を通して動物も愛す。積極的な布教活動こそしないものの、市民、魔導士を問わず大勢の人間が入信している大きな宗教であり、『人間が生まれた瞬間に発生した』と言われるほど、その起源は古い。
「テンクラ・ハルナ師匠は【樹教】の活動家なんだ。各地で森助けや、砂漠の緑化を行っている。オレは師匠を師と仰ぎ、その活動を手伝わせて頂いている」
「フィズンは魔導士だったのに、植物がマナを作ることも知らなかったんだから。おかしいよね? ふふっ」
ハルナがからかうと、フィズンは恥じ入って、帽子越しに頭を掻いた。
「そうか、フィズン、もう魔法が使えなくなっちゃったんだ……」
“行政魔導士はフィズン君に、『魔封じの焼き印』を押して追放したんだ”…………
エコは【ハロン湖】の長に聞いたことを思い出す。フィズンはあのあと脱獄に失敗して拘束され、行政魔導士に『魔封じの焼き印』を押された。そして、【ハロン湖】を追放されたのだ。
「ああ、これがその焼き印だよ」
フィズンが右の袖をまくって見せる。上腕の背面辺りに、深く痛々しい火傷の痕が残っていた。
「表面はこうだが、どうも骨まで届いているらしい。これがマナの流れを乱して、魔法を暴発させるんだってよ」
「痛かったでしょ?」
エコが言うと、フィズンは大きく頷いた。
「一週間ばかり腕が利かなかったよ」
「じゃあ困ったね」…………
しばらくの雑談の後、黙って話を聞いていたテンクラ・ハルナが口を開き、三人を現実的な話へと引き戻した。
「皆さん、今夜はどうしましょうか? この分だと街に入るだけでも何日かかかってしまうよ」
【石の町トレログ】に流れ込む人の列は全く衰えを見せず、溜まった行列は、むしろ先ほどよりも長いほどだった。日は地平に隠れつつあり、すでに夜をどう迎えるかを考えなくてはならない時間になっていた。
「あ、そうか……。ターク、どうするの?」
「今日はその辺で泊まって、明日入るか。この人だかりじゃ、仕方ないだろ」
「オレが魔導学院をちゃんと出てれば、あっちの門から入れたんだけどな。エコも魔導学院には行ってないんだろう?」
フィズンが大きなふたつの門の横にある、小さな事務所を指差した。そこには、馬車がやっと通れるほどの小さな門がぽっかりと口を開けている。
「ああ、あれ? あそこは何用の門なの? 一般門と商業門は分かるけど」
エコが疑問を呈すると、フィズンがあっさりと答えた。
「もちろん、魔導士のための門だ。魔導士特権だよ」
「わたしも魔法使えるけど、あれって通れないのかな?」
エコがぽつりと漏らす。
「きちんとした証明書がないとダメだな。魔導士証明は、魔導学院を出てないともらえないんだよ。魔法が使えるだけじゃなく、資格がないと」
エコはふと思いつき、荷物を探る。フィズンとハルナは、その様子を興味深そうに見ていた。
「これじゃダメなの?」
エコが取り出したのは、ソリャからもらった『マナ板』だった。それを見たフィズンが目を剥く。
「『マナ板』だ……。本物かぁっ……!?」
「すごいわねえ、エコさん。魔導学院を卒業したんだ」
二人が驚いた。エコがなんてことないかのように答える。
「してないよ。……タークが椅子を作ったお礼に貰ったの」
「いや、エコが修行したからだろ。ちゃんと勉強もしたんだろうが」
「ちょっとまてっ、そんな程度のことでもらえる物じゃ……、」
「ふふっ。いいじゃない、そんなことは。じゃあ、もしかして一緒に入ってくれる? 魔導士が一緒なら、優先的に受け付けてくれるでしょうから」
納得いかない様子のフィズンの発言を断ち切り、テンクラ・ハルナが微笑む。エコは快く了承した。
そしてその通り、通行門の脇にある事務所でそれを見せると、四人は大行列を尻目にしてあっさりと【石の町トレログ】の中枢である【内市】に入ることが出来た。
――――こうしてエコたちは、遂に最初の目的地、【石の町トレログ】に辿り着いた。この後繰り広げられる事件のことなど知る由もなく、新たなる出会いがあることなど想像もしていない。
エコは希望に胸を膨らませつつ歩んでいく。たとえどんな困難が待ち受けようと、その歩みを止める気は無かった。
世界編・完




