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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅情編
31/67

第二十九話『エゴ魔導士』

――気絶したエコが目を覚ますと、傍らでタークが眠っていた。エコはボーっと辺りの暗闇を見回し、さえない頭で今の状況を考えようとした。


挿絵(By みてみん)



 エコは今、タークが敷いたらしい敷き布の上にブランケットを掛けて寝ていたところだ。時間は深夜から早朝に変わるあたりらしく、遠くの方で空が白み始めている。山影から薄い雲が筋を引いて立ち上っており、朝光あさびかりを反射してうす紫色に輝いている。


「ぶるるああぁっ、さむいっ!」

 エコは全身を刺すかのような朝方の寒さに耐えかね、ブランケットを被ったまま脇に焚き火を起こした。そして、昨日の出来事を思い出そうとして、頭を捻る。

「んん?」



(……洞穴に来て、タークと焚き火をして……。あれ、だとしたら洞穴で寝てるはずだ! どうしてここで寝てるんだっけ)



 エコは急に不安になった。――寝る前のことを覚えてない!


「ターク!」

 エコがタークを叩いて起こす。


「んあ……、がっ! ――んー、なんだ、おはよう」

「タークターク、わたしね、昨日のこと覚えてないの!」


「ああ……、そうか。まあいいだろう……」

「よくないよっ! なんでこんなところに寝てんの? わたしたち」


「洞窟が崩れたから、しょうがないだろう」

「洞窟が崩れた? なんで? 地震?」

「違うよ、ほらあれ」


 タークが指し示した方には、巨大な肉塊があった。昨日タークが倒した魔獣だ。静謐せいひつな朝の空気の中にひっそりと横たわる魔獣の死体に魔法生物たちが群がり、屍肉を漁っている。――『オゾンゾ・プルーリー』と呼ばれる、大きな犬のような形をした種だ。




挿絵(By みてみん)




 エコはあまりに巨大なその肉塊を目にすると、びっくりして思考が止まった。少し考えないと、それがなんなのか理解できない。

 魔獣の死体には、タークによって切り裂かれた部分と魔物が食いちぎった部分、更にエコが焼いて黒焦げになった部分などがあり、原型を把握し辛くなっている。



「あ! あーーー!! そっか、あれはタークがやったんだね!?」

「思い出したか? よかったなあ」


 タークが目を半開きにして曇った声で言う。まだ頭の半分しか起きていないようだ。エコは、そんなタークを質問攻めにする。


「ねえ、あれから何があったの? 魔獣にどうやって勝ったの?」

「なんか良く分からんが……エコが気絶したあと俺が必死で戦って倒した」

「はあ?」



 エコは到底納得できなかった。あれだけの生命力を持った巨獣をタークが一人で倒したなどと、信じられる話ではない。タークがその後の一部始終を話し聞かせても、その疑いは晴れなかった。


「じゃあ、毒も使ってないの? うっそだー、無理でしょそんなの!」


「そうだよなー……。いや、夢でも見てた気分だ。現実的な力の出方じゃなかったからな……でももうダメだ。実は今、ものすごい筋肉痛で……。寝るまでが大変だったよ。エコをそこへ寝かしてから、すぐ両足ともこむら返りになって、同時に両腕が攣って、……最後には体中が痙攣してめちゃくちゃ痛かった。足は今でも肉離れみたいになってるし。――まあしばらく休めば大丈夫だろ」




「またまた、そんな――」

 あまりに大げさなタークの物言いに、エコがふざけてタークの体を触ろうとする。


「やめろアホッ!!! さわんな!!」

 タークが本気で怒った。体中が痛むというのは本当らしい。エコは一寸ちょっと驚いたが、タークがあまりに真面目な顔でエコを睨んでいるので、すぐにおなかを抱えて笑い出した。タークもつられて笑いそうになり、そのせいで筋肉が引きつるような痛みに、懸命に耐えなければならなかった。





 タークは、昼ごろになってからようやく体の痛みが治まって立つ事ができるようになった。二人でかいこの串焼きと【ハロン湖】で作って来たマコモ米のパルテ(米と小麦粉を水で練って薄く焼いたパンの一種)、それと少しのほうれん草と萌やしを食べ、それから魔獣の肉を切り出しにかかった。屍肉に群がって内臓をついばんでいた『グズリパッパ』という翼を持つ魔物達が、エコたちの姿を見てその場を飛び立つ。



「そおかあ……。いままでただ怖いだけだったけど、魔獣も死んだら食べ物になるんだね」


 タークが昨日血抜きした魔獣の肉を切り出して食糧の足しにするというので、エコは感心した。この恐ろしい魔獣の肉を食べようとは、考えてもみなかった。



「美味いか分からんが、魔物が食ってるぐらいだから平気だろ。……脂身は臭そうだから、肩とモモの赤味を切り出すとするか。とんでもない量の肉が取れるな……」


 タークが手際よく皮を剥ぎ、肉を厚く切り取ってゆく。単純に肉の量だけを見れば、二人で1ヵ月以上はゆうに食べてゆけるほどの量がある。エコはタークの切り出した肉を整理して荷物に入れる係りだったが、しばらく暇なので魔獣の死体を呆然と眺めていた。そして、ずっと考えていたことを洩らす。



「死ぬことには価値がないって、前言ったけどさ。主観的にはそうだけど、こうやって食べられるなら他の人にとっては意味があるのかな?」


 タークは手を止めずに返した。


「死の観点か。俺たちもこうして、他者を殺さずには生きてゆけない存在だからな。食べるために殺すのと、生きるために殺すのと、ムカついたから殺すのと……。そういえば何が違うんだろうな」


「そうだね……。わたし、この間薬を作るときに実験動物を沢山殺したじゃない? タークを助けるためにって思って必死だったけど、最後の人間型だけはどうしてもダメだった。……考えてみれば、同じ生き物だし、ネズミも人間も変わらないのにねえ……。タークはなんでだと思う? わたしにはわかんないよ」


 タークは少し肉を切る手を止めて考え、そして口を開いた。


「あくまでも俺の意見だが、……罪悪感があるかないかだと思うな。俺は故郷でミシエータを殺したとき、凄まじい罪悪感に襲われた。エコも『人間もどき』で実験をするには、ヨズたちと仲が良すぎたんだろう。俺も獣はこうして何も考えずに捌けるが、人型だったらサルでも嫌だ」


「う~ん。でも、それってエゴだよね。殺される側にとっては、そんなことどうでもいいもんね。死にたくないって一心で、抵抗するだけでさ」


「結局エゴでしかないんじゃないか? 命を殺めずに生きていくことが出来ない以上は、自分の納得できる方法で命をとらないと、しこり・・・になっていつまでも残るだろう。ミシエータの話をもう1回するとな、あいつを恨んでぶっ殺してやろうと思ったのは間違いないし、殺したことそれ自体はいいとしても……、方法がよくなかった。俺も食らって分かったんだが、あの毒はキツすぎる……。いわば使う側にとっても毒なんだ。実はな……いまさら仕方が無いことだけども、俺がアイツをこの手でちゃんと殺してたらその方が罪悪感は少なかったかな、と思うことがある――事実ミシエータは、シェマをそうやって殺した」


「そうだね。わたしも要るだけ作って片っ端から殺したってことでは、『イポパカ』に対して罪悪感はあったんだけどね。名前も付けてたんだよ、ビノル、ガノレ、オトドシ、カルメンノ、ロビビン、タノ、チオ……。でね、最後に生き残ったやつには、タークって名前付けてたの」


 笑顔でそう言ったエコの顔を見て、タークは呆れた。


「ネズミに俺の名前付けてたのかよ……。まあなんだ、生きるために殺すこと自体はいいんじゃないか? そんなこといちいち考えてられるほど、この旅路、っていうか浮世だな。それは甘くないと俺は思う。ミモザが言っていた『忌み落とし』の集団もそうだし、殺し屋を放ってくるやつもそうだし、まあ悪人というか、人を傷つけたり殺しになんの感慨も持たないやつだっていっぱい居る。この魔獣だって罪はないが、それでも俺やエコを殺して食おうとするんなら、抵抗するまでだ。それはしょうがないだろう」


「罪か……。罪と罰、どっちが重くてもダメだよね……。はかりみたいに平衡じゃなきゃ」

「その平衡を逸脱した時、人は罪悪感を感じるんだろうな」


 タークはそう言ってから、少し手を止めて何かを考えていた。エコもなんとなく遠慮して、口を利かない。やがて、タークが言った。


「俺が助かったって事はさ――」

「ミシエータさんも、ってことでしょ? 普通は無理だろうけどね」

「なぜ?」

「だってわたし、それはそれはものっすごい量のマンドラゴラを使ったんだよ。買ったら高いよ? 聞いた話じゃあ、エキスの相場が10ミリパクトで30000ベリルもするんだって。わたし、多分エキスだけでも4パクトは使ったもん」

「じゃあ12000000ベリル分も使ったのか!!? せんにひゃくまん!??」

 タークが叫ぶと、エコは必死に指を折って数えた。

「暗算すごい! 一瞬なのにあってるよ!」

「じゃあエコのエキス売ったら金には困んないな……」

 タークが一瞬右上を見て考え、ぽつりと呟く。

「タークがばらすなっていったんじゃん……」

「ああ~……しまったな……肉、切り出せたぞ」

「うわぉっ、こりゃすごい」


 それきり二人は手を動かすことに没頭して、話をやめた。




 その日は昼から暖かくなり、すばらしい晴れ間が全天に広がっていた。エコ達は魔獣の肉を持っていた塩とハーブで加工して簡易携帯食にし、『グロウ』で野菜を少量作ってから、荷物をまとめた。


「言い忘れてた。ターク、昨日はありがとうね。助けてくれたんでしょ?」

 荷作りしながらエコが礼を言うと、何故かタークは神妙な顔つきになった。

「ん、ああ……。そうだ、言っとかないとな。エコよ、それは違うんだ。全く逆だ」

「……??」

 エコがゆっくり首をかしげ、顔中に疑問符を浮かべてタークに向ける。

「俺が礼を言われる筋合いはない。……俺は、【ハロン湖】でエコに絶大な恩を受けた。それを少し返すことが出来ただけだ。そうだろ」

「はあー?」


 タークの予想に反して、エコの顔に張り付いた疑問符はますます多くなった。タークは構わずにそのまま続ける。


「俺は決めたよ。これからはエコに恩を返す為、どういう事でもしようってな。これからは恩返しの旅だ。……だから昨日のことだってある意味当り前だし、そもそも俺がもっと周辺警戒をしておくべきだったと反省している。そうしたらアイツの接近にもっと早い段階で気づいたかも知れないしな。全くすまん。悪かった」

 最後にタークが頭を下げてエコに詫びると、しかめっ面をしたエコは腕を組み、曲がった口を開いた。

「ターク、何を言うかと思ったら……」


 エコは一度ため息を吐いた。

「変に思いつめるタークの事だから、しまいにはわたしの命が危なくなったら死んででも助けようなんてこと考えてるんでしょ?」


「――まさにそうだ。図星だ」タークはぎくりとしながらも、表面上は平静を装って言った。



「ちょっと聞いて? ターク。わたしはタークが必要だから助けたの。言ってしまえば自分のためだよ。それを恩に感じるならそれはそれでいいけど、タークがわたしを助けるのに捨て身になったら助けた甲斐がないよ。そしたら『わたしのしたことは何だったのさ!』って話じゃない? だからタークの考え方はお門違い。……わたしはタークが健康なまま生きててくれればそれでいーんだよ」


「……うぬぅ、なるほど。確かに二人とも息災なら、それに越したことはない。でもなあ……。それじゃあ俺はどうすりゃいいんだ? エコに恩を受けたから、借りがあるのは間違いないんだ。これじゃ貸し借りのバランスがおかしい。これを返さないでは俺の気が済まん」


「えー? そうー……? ――――じゃあ、タークは人助けしたら? わたしに貰った恩だからって、別にわたしに返さなきゃいけないとは限らないんじゃないの? 例えばタークが命を助けた誰かさんが、その後わたしを助けてくれるかもしれないし。それにタークが助かったのは、わたしだけじゃなくて【ハロン湖】の人達とかミモザのおかげもあるしさ。あー、……わたしだって師匠に良くしてもらったから人に優しくできるのかもね、考えてみれば」

「そうか、確かに【ハロン湖】の人にも色々と世話になって……。そうか、そういう恩もあるし――――いや、それを言ったらそもそもエコを作った師匠にもその恩が及ぶのか? いや、流石にそこまで行くと……ちょっと、いや、しかし……」


 タークはそれっきり考え込んでしまった。

「まあ、あんまり気にしないで……。いーって、ほんとに」





 エコとタークは、その日の昼過ぎにそこを発った。


 ヨズ達の動向は気になったが、今はどうしようもない。いつかまた出会えることを祈るばかりだった。


 降り注ぐ日差しは弱く、大地から放射される冷気に逆らえなくなっている。高層の雲がうろこ状にたなびいて、日光を弱めるのに一役買っていた。

 エコ達が発ってから3日も経つと、あれだけあった魔獣の肉塊は神経の端っこまですっかり食べつくされ、後には骨だけが残った。その骨を旅人達が交易品として持ち去ってしまうと、魔獣の痕跡はついに何もなくなり、湿った草地をただ風が吹き抜けるばかりになる。






――その時クイス達は、『人間もどき狩り』から逃れ、遠く南の地を歩いていた。目指す地は遠い。しかし眼前に聳える【御樹おんじゅ】の姿は、先の見えない四人を常に勇気づけてくれていた。


 あれからミモザは初心に帰り、身近な薬草から採取を始めていた。そうしている内に自然と、リストに8本目の斜線が引かれた。迷いを捨てたミモザの心に、以前のような焦る気持ちは無くなっていた。


 フィズンは寒空の下、死にかけていた。魔法が使えない今、フィズン一人では火起こしすらできない。自らの悲運と不幸を嘆きながら、空腹に耐えきれず水たまりの水をすすっていた。




 

 この世界に生きる全ての人々に陽は等しく射し、風は平等に吹いている。そして、誰もが自らの命を精一杯生きていた。この広い空の下ひたすら広がる、緑の大地の上に立って。



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