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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅情編
29/67

第二十七話『ミモザの決意』

 タークとエコは、【ハロン湖】を旅立つ準備を少しずつ整えていた。もともとここには冬越しのための物資を買いに来ただけのはずなのに、気付けば3か月近くも滞在している。事情があったとはいえクイスやヨズ達にそれを伝える事も出来ておらず、タークが快復したからには出来るだけ早く【ハロン湖】を出たい二人だった。


 しかし、エコとタークがこの町に受けた恩は余りにも大きい。二人は世話になった人々にお礼を言って回り、その途中で頼まれた仕事の手伝いや薬作りをしていた。その内に時間はどんどんと過ぎて行ってしまい、季節はすっかり冬らしくなった。

 まだやり残したことは無いでもないが、いい加減出立しないとこのまま春を待つことになる。旅を始めたばかりで、いきなり足が鈍るのはまずい。二人はそう考え、気持ちが鈍らない内に素早く旅立つことにした。


 エコは今、漁師の子エハヤを始めとする少年少女たちと一緒に遊びに行っている。旅立つことをそこで告げるつもりだ。タークは午前中に大体の荷造りを済ませ、あと幾つかの用事を終えたら最後の買い出しをする予定だった。


 タークが一服がてら食堂で昼食を食べていると、ミモザが2階から降りてきた。

「あれ、エコちゃんはどうしたんですか?」

「友達と遊びに行ったんだよ。用事でもあったか?」

「いや、いつも一緒なのに珍しいなー、と思って……。あの、ここ座ってもいいですか?」 

「ああ」


 ミモザはタークの前にある椅子に座るとなんとなくそわそわして、頭の中必死に話題を探した。

「あの~、タークさん……えっと」

「ん? ところで、ミモザはなんで俺には敬語なんだ? エコにはそうでもないのに」

「え? あー、そうですね。……だってタークさんとあんまり話したことない……かな? あれ?」


 タークが今までの事を頭を捻って思い返した。

「そういえば……エコ抜きで話したためしがないな」

「あっ、あーー、そういえば一回も無い! だってタークさん、いつもエコちゃんと一緒じゃないですか」

「んーーーー、俺に言わせればミモザとエコがいつも一緒にいるイメージなんだが……」

「それでか~。ふふふ、なんだかおかしいですねぇ、よく考えたらもう始めて会ってから、2か月も経ってるのに」

「そうだな」

 それきり話が続かなくなった。やがて、沈黙に耐えられなくなったミモザが話し出す。

「あのー、エコちゃんのことなんですけど」

「エコがどうかしたのかっ」

 エコの名を出したとたん、タークが話に食らいついて来た。これにはミモザもびっくりした。『エコの事となると人が変わったようになる』とは常々思っていたが、これはいよいよ……ちょっとおかしい位だ。


「不思議な子ですねぇー。私、【ゲイス・ウェア】って聞いた時めまいがしたんですよ。学校でも『絶対に治せない』って叩き込まれてましたから。本心ではこれは無理だ、って思ったんですよ。諦めかけたんです。……でもエコちゃんは自信たっぷりに『治す!』って。それで、――本当に治しちゃった」


 そこまで言うとミモザは息を吐いて、少し間を置いた。心配そうに言う。

「タークさん。結局、副作用はなにも出ませんでしたか? 大丈夫ならいいんですけど、もし何かあったら……」

「ないよ。……強いて挙げれば、前よりもタバコが恋しくなったかな。食事も美味いし、身体の調子も以前より良くなったかな」

「煙草ですかー……。それもあんまり良くないんですけどね。ところで、1日何本くらい吸うんですか?」

「5本くらいかな。普通だろ」

「それならまあ。でもあまり増やさない方がいいですよ」

……そこでまた、会話が途切れてしまった。


「ところで、話しとかないといけない事があるんだが」

「はいっ? なんですか?」


 タークが話を切り出すと、ミモザは緊張気味に答えた。

「俺とエコは、明日ここを発つ事にしたんだ。午前中に世話になった人ん所に挨拶に行って、その足でハロンを出る。ミモザには言っとかないとと思ってな。ちょうどよかった」

「えっ、……明日ですか?」

「昨日決めたんだ。行動は早い方がいいと思って」

 ミモザも、二人の旅立ちを予想していなかったわけではない。だがいきなり明日、というのは青天の霹靂だった。季節はもう冬に入っている。よってエコ達もミモザを含む大多数の旅人と同様に、冬越しをしてから旅に出ると踏んでいたのだ。


「タークさん……私」

「ん?」

 タークが怪訝な顔をする。ミモザは内側からこみあげる何かに突き動かされて、気付いた時には叫んでいた。

「あ、あのっ!! ――私も一緒に行っちゃダメですか? エコちゃんとタークさんと、旅がしたいです!」


 ミモザは自分でも、どうしてこんなことが言えたのか分からなかった。タークが目を見開いてこちらを見ている。ミモザはその後のタークの反応が怖くなって、赤くした顔を下に向けた。


――こんなこといきなり言って、受け入れてもらえるはずがない!


 しかしそんなミモザの心配をよそに、頭上から「いいよ」という、いつも通りのタークの声。驚いたミモザが、耳にかけたメガネが危うく飛びそうになるほど勢いよく顔を上げる。


「いいんですか、本当にいいんですか!!?」

「ああ、もちろんだ。断るわけがないだろ、昨日今日の縁じゃないんだし。……明日中に準備できるといいんだが、無理そうなら1日くらい伸ばしてもいい。どうしようか?」

「ありがとうございます! すぐ荷物まとめます! 本当にいいんですか?」

「うん。エコも喜ぶと思うよ。まずはちょっと立ち寄る所があるんだが……、いや、とにかく旅程について説明しよう。俺とエコは、これから【トレログ】に行くんだ。一応最終的には【エレア・クレイ】を目指している。方向は、それで大丈夫か?」

「あ、はい。【石の町トレログ】と【学術都市エレア・クレイ】ですね。じゃ、ずいぶん寒いトコに行くんだ」

「そうなるな。じゃあ、これから改めてよろしくな、ミモザ」

「はいっ! よろしくお願いします!!」

 タークが差し出した大きな手を、ミモザの白い手が握った。



 ミモザの気分は浮かれた。タークに受け入れてもらえたということが、エコと旅が出来ることが嬉しかった。それからエコが帰ってくるまでタークと旅の話をして、三人での食事を終えた後自室に戻ると、身体を包む高揚感に浸りながら旅立ちの準備を始めた。


 旅用の大きな背嚢リュックに薬草採取の道具や、ランプ、衣類、ナイフ、ハサミ、ロープと寝袋などを丁寧に詰めていく。また定宿を引き払うため、散らかり気味の部屋を片付け、不要のものを処分しなければならなかった。

 その作業は深夜にまで及び、浮かれていたミモザの気持ちは、次第に下火になってきた。すると今度は、言いようのない不安感がミモザの胸に立ち込めだした。

 そんな気持ちに気付かないふりをしたまま使い慣れた薬品用具をサブバッグに詰めていると、ミモザの足元に1枚の紙が落ちてきた。ミモザは何の気なく、その紙に目を走らせた。それには、幾つもの薬草の名前が書いてある…………。


《ローレルジンチョウゲの根》

《麦の角》

《マンドラゴラの蕾》

《竜の血》

《3レーン草》

《腐臭草の花蜜》

《夏虫冬草》

《竹の花》……






――わずかに残っていたミモザの浮かれ気分は吹き飛んだ。このリストにはまだ続きがある。だというのに“入手済み”を示す斜線は、まだほとんど引かれていなかった。

「何やってるんだろ……私」

 ミモザが師匠に言われて薬草探しの旅に出てから、既に1年以上の時が経っている。



挿絵(By みてみん)



 ミモザはまず半年かけて全ての薬草の入手時期と分布を丹念に調べてから、自信を持って旅の一歩を踏み出した。しかし蓋を開けてみれば、この半年で手に入れる事の出来た薬草はたったの6種類。リストの3分の1にも届かない数だ。しかも、リストのうち10個もある赤字の薬草・・・・・は、まだ1つとして入手できていない。

――ミモザは下調べや検証実験といった記述研究は得意で、研究者仲間からも一目置かれている。だが一転フィールドワークとなると、自分が嫌になるほど不得手だった。学生時分から研究室に籠りきりだった根っからのデスクワーカーであるミモザは、そんな自分の欠点に気付いていなかったのだ。――部屋を出て、旅に出るまでは。


 大自然に生える草花たちは決して文献の記述に従おうとはせず、身勝手な時期、思うままの場所に、予想も出来ない姿で息づいている。そんな当たり前の事を、ミモザは全く分かっていなかった。頭では理解していても、実感したことがなかったのだ。


 ミモザはそれまで過去の記録に頼っての研究しかしたことがなかった。そのため、そうした自然の気まぐれについて行くことが出来なかった。実はエコとタークを置いてまでして探しに行った《洞窟きのこ》も、到着が遅れてしまったせいで1つも手に入れられなかったのだ。


――このままでは、修行が完成しないかもしれない……。ミモザの脳裏を、暗影がよぎった。ターク達と一緒に旅をする……。それは確かに楽しいだろう。でもこれでは、あまりにも中途半端ではないか。なぜ私は、衝動的にあんなことを言ってしまったのだろう。………………。


 ミモザの頭がその原因を考え始めた時にはもう、心がその答えを知っていた。広大な自然の中で、自由に自らの生命を謳歌する薬草たち。大空を快活に飛び回る鳥や、野山を駆ける獣たち。そして、――エコとターク。


 ミモザの胸の内には、気付かぬうちに彼ら“自由”への憧憬しょうけいが渦巻いていた。ミモザの旅は義務と試練による旅だ。だがエコたちのしている旅は、もっと自由なものに見えた。


「そういえば私って、言われるままに生きてきたんだなあー……」

 そう呟くと、ミモザの頭は後悔で一杯になった。今まで、自分だけで何かを考え、行動を起こしたことなどない。いつも誰かの指示に従って、その寄る辺を換えながら生きる――。それがこれまでのミモザの生き方だった。最初は母。次に魔導学院の先生達、更に、勧められるままに師事した老魔導士、ダイドロ・パシェイル。


 そして次に見つけたのが、エコとターク……というわけだ。









 約束は昼食後。


 昨日の話では、エコとタークが一通り挨拶回りに行ってから一度宿に寄り、ミモザはそれまでに準備を終えて二人と合流する手筈になっていた。だが大荷物のエコとタークが帰って来ても、ミモザは一向に部屋から出て来なかった。


「あれ、ミモザが居ない。どうしたんだろう、寝てんのかな? 昨日は大分遅かったみたいだから……」

「少し待ってみよう。きっと荷造りに手間取ってるんだろう」

 そんな調子で少し待っていると、ミモザが普段通りの格好で二人の前に姿を現した。荷物は無く手ぶらで、旅立つ気配はない。エコが心配して駆け寄る。

「どうしたの、大丈夫? 出発、待とうか」

「ううん、大丈夫。……タークさん!」

 ミモザが、引き締まった表情でタークの顔を真っ直ぐに見つめる。


「ん、なんだ? ダメそうなら明日でも構わないんだぞ」

「いえ!……ごめんなさい、私やっぱり行けません……!! ごめんなさい!!」

 ミモザははっきりそう言うと、思いっきり頭を下げた。掛けていたメガネが地面に落ちてもミモザはそれを拾おうとはせず、そのまま頭を下げ続けた。

「ええっ!?」

「なんでだ? 昨日あんなに行きたがってたじゃないか。何かあったのか」

「一時の気の迷いだったんです。ごめんなさい!! ……私はまだ師匠に言われた課題を終わらせてもいないのに、中途半端なままで他の事をしようとして……。自分から逃げてたんですよ、私はまだ修行中なんです」

 顔を上げてミモザが言い切ると、エコが泣きそうな声を出す。

「え~……、ミモザ、一緒に行こうよう~……。お別れなんて寂しいじゃん~……。薬草だって一緒に探せばいいじゃん、『グロウ』があった方がはかどるしさー……」


「ううん、エコちゃん、私もっとしっかりしなきゃいけないと思うの。今エコちゃんたちと一緒に行っちゃいけない気がするんだよ。薬草も自分の力で集める。エコちゃんの魔法で手に入れたら、自分に嘘を吐いたことになっちゃうもん。ここで踏ん張らないと、私はこの先ずっと人に頼っちゃうことになると思うの。それじゃあダメなんだよ」

 ミモザは申し訳なさそうな顔をしながら、エコを見て言った。だがエコは納得できなかった。ミモザとの旅を、楽しみにしていたのだ。

「でもぉ~……」

「エコ、聞き分けな。ミモザがこうして前言を撤回して言うくらいだ、悩み抜いた果ての答えに違いない。それならしょうがないよな。元気でな、ミモザ」

「はい! タークさんも!」

 タークが笑みを浮かべてそう言うと、ミモザも笑って返事した。エコは泣いてミモザに抱き着いたまましばらく泣きついていたが、やがてゆっくりミモザから離れ、自分の荷物から布の包みを取り出した。泣き声のまま言う。

「ミモザ……これ、あげる。ミモザにあげようと思って、とっといたの」

「? ありがと、エコちゃん。元気でね」

「うぅ~~~~……」

 エコはミモザから離れ、荷物を持ってタークの隣につく。そして振り返った時には、エコは笑顔になっていた。


「じゃあまたね!! また会おうね、ミモザ!!」

「うんっ、その時はもう、私は修行が終わってるはずだから! そしたら一緒に旅をしようね、またね!」

 エコが大きく手を振り、ミモザも振り返した。ミモザは二人の背中が見えなくなるまで、その場から動かなかった。







――――二人の影が全く見えなくなってから、部屋に上がったミモザは、いつもと変わらない様子のままエコに貰った包みを開いてみた。中から出てきたのは、濃緑色の丸い物体。

「?? なんだ、これは」

 一緒に紙の切れ端が入っており、エコの字で『ミモザへ。ありがとう』と書かれている。


 メガネをかけなおしてその物体を見たミモザは、一瞬我が目を疑った。慌てて傍らにあった『世界生薬大図鑑 第六版』という分厚い本を開き、マンドラゴラの項を確かめる。図にある特徴と、全て一致している。――リストの中でも最も入手が難しいと思っていた、『マンドラゴラの蕾』に間違いなかった。


「……ほんものだ……!! エコちゃん」

 顔を上げてエコの歩き去った方を見る。

「エコちゃん、やっぱり――」




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