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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅情編
21/67

第十九話『魔導士たちとの会見』

 一人目のナラシンハ・カートガヤーという人がいるのは、宿場から最も外れた、森の中にある宿だった。聞き込みで町中回ったエコも行くのは初めてだったが、宿の主衆から話を通しておいてくれたため、宿の主人には行く約束を取り付けてあった。ナラシンハにも話しておいてくれるらしい。


 エコとミモザが喋りながら、明るく開けた森の道を行く。

「カートガヤー家なんて聞いたことないな~。名前も聞いたことないし、最近出てきた人なのかも」

 ミモザが紙を見ながらエコに言った。魔導士界隈は、決して広くはない。魔導士達にとっては血と家系がなによりも重要なため、全体が近縁の者で固まる傾向にある。ミモザが知らない家名といえば、市民から出てきたばかりの無名魔導士ぐらいだ。

「そうなの? わたし、家名とかは全然分かんないな~。師匠は家名やら血筋やらの話が嫌いだったみたいだから」

 それを聞いたミモザが、不思議そうな顔をして言う。

「へぇ~、珍しい人だなー。魔導士は家名を重要視する人が多いのにね。実際、魔力もほとんど家名に比例するし」

「ふーん。……わたし、そういえばこの間『ソリャ・ネーゼ』っていう人と戦ったんだ。ミモザ知ってる?」


 途端にミモザの表情が固まり、足を止めてエコを見つめた。エコは訳が分からず、そんなミモザと目を合わせる。

「ソリャ、ネーゼさん……?? ネーゼ家の……? エコちゃん、その話本当なの? 戦ったって、なんでぇ??」

「んー。なんか、成り行きでね。向うは全然本気じゃなかったんだけど、全く歯が立たなくって、負けちゃった。あ、れ、は、くやしかったなぁぁああ~~~……!!」

 エコは思い出し怒りしていた。ミモザが変な声を出す。


「ふふぅぅええぇぇえ~~、戦ったって、本当にあの人と……! ――エコちゃん、ネーゼ家は三大導家のひとつで、魔導士界で知らない人はいない家だよ……。ソリャさんはそこの三女で、上にお兄さんとお姉さんがいるのよ。……そりゃ強いはずだよ、ソリャさんは同年期では最強の魔導士だと思うよ」

「へ~え。変な人だったなぁ~」




 世間話をしている内に、目的地に着いた。宿の入り口には隙間なく石畳が敷いてあり、高く立派な鉄の門が立っている。宿の周りを囲う鉄柵の向こうには、丁寧に整えられたウォーター・ガーデンが見える。そこにはダリアやシロツメギク、コリウス、エキザカムなどの花が沢のせせらぎに沿って彩りよく植えられ、その上をチャバネセセリやハロンアゲハといった秋の蝶が優雅に舞っていた。


 宿の主人から大きな宿だとは聞いていたが、どうやら湖畔に軒を並べる宿とはランクが違うらしい。二人で身なりを整えてからエコが馬を象ったノッカーを叩くと、硬い音が門と石畳に大きく反響した。

 つい何日か前までは正式な訪問のマナーなど知らなかったエコだが、聞き込みの途中仲良くなった親切な宿の主がエコに一般的な作法を叩き込んでくれたおかげで、今では一通りの礼儀を心得ていた。今回は他人のマナーに厳しい魔導士たち(「マナー」という語は、「正しいもの」という意味もある「マナ」が語源)が相手とあって、エコは特に気を付けている。



 やがて奥から、白いドレスを着た宿の女主人が現れた。決して若くはないが洗練された美しさを持った、気品漂う女性だ。歓迎の微笑みをエコ達に向けながら、落ち着いた歩調でゆったりと歩み寄ってくる。

「お早う御座います。ようこそいらっしゃいましたわねえ。遠かったでしょう?」

「おはようございます。このたびはお忙しい中ぶしつけなお願いを聞いていただいてありがとうございます、奥様」

 エコが深々と頭を下げると、ミモザもそれに合わせて頭を垂れた。二人が同じタイミングで頭を上げる。


「ええ。本当によくいらして下さいましたね。わたくしもエコさんのお噂は、皆さんから良く聞いています。……ところがねえ、実はナラシンハ・カートガヤー様に今朝そのお話をしようとお部屋に伺ったのだけれど――、どういったわけかお部屋にいらっしゃらないのよ……。だから残念ですけど、今日お引き合わせすることは出来なくなったみたいなの。申し訳ないわ」


 エコは少なからず驚いたが、同時に心のどこかで安心していた。先ほどから、心臓が爆裂しそうなほど緊張していたのだ。

「あっ、そうなんですか! そういうことでしたら、また出直したいと思います。いつごろお戻りになるか、ご予定をお聞きしてもよろしいですか?」

 女主人が困り切った顔をして答える。


生憎あいにくそう言った事情の通じない方で……。ここからは世間話ですけれど、本当に変わった方よ。この間まで4カ月ほど部屋に籠っていてこの頃ようやくお食事をダイニングルームでお摂りになるようになった……と思ったら、突然これですものね。でも、お部屋を掃除するいい機会だわ。何かの研究をしているとかで、床が土まみれなのよ」

「そうでしたか……。では、このあとも予定がありますので、失礼ですがこれでおいとまさせて頂きます。今日は本当にありがとうございました。また立ち寄らせていただくかも知れませんが、その時はどうぞよろしくお願いします」


「ええ。ご足労おかけしてごめんなさいね。ナラシンハ様がお帰りになったら、また宿屋協会を通じてでもご連絡差し上げるわ。……お兄さん、よくなるといいわね。応援してるわ。きっと私だけじゃなくて、皆さんがそうよ。この間の宿屋の会議だって、エコちゃんの話で持ちきりですもの。うふふ、おかげで今年の会費の徴収に関する話をするはずだったのに、結局何も決まらなかったわ」


 女主人は口に手の甲を当てて、軽やかに笑った。エコは少し照れるような嬉しいような、申し訳ないようなかゆい気持ちになった。

「そうですか……、ありがとうございます。ごめんなさい、折角の会議だったのに」

「ふふ、いいのいいの。どうせ私のところはいつもなんだかんだ沢山出せって言われるんだから。エコちゃんのお蔭で大儲けしたのよ」

 女主人がそう冗談を言って、エコとミモザも和やかに笑う。

「じゃあ、引きとめちゃってごめんなさいね。心からお兄さんのご快方をお祈りするわ」



 エコは便宜上、タークを「兄」という事にして一連の話を通していた。これも、親身になって話を聞いてくれた闇商人のおじさんが教えてくれたことだ。ウソも方便。おじさんは世渡りに嘘は必要だと豪語していた。

「残念だったね」

 帰り道でミモザが言った。エコはうなずく。まさか、居なくて安心したとは言えない。

「次は……、『トンナム・カロヘッヤ』さんね」

 うすっぺらい名簿を開いて確認する。エコは変な名前だと思ったが、失礼なので黙っていた。

 だがミモザがあっさりと「『トンナム・カロヘッヤ』?? あははっ、変な名前だね~」と言ったので、エコはたまらず噴き出した。

「ぐふっ! ちょっと、言わないようにしてたのに! やめてよっ、くふふふはははっ」

「だってぇー。ふふ、面白い名前じゃない」


 二人は、談笑しつつさっき通ったばかりの道を戻る。次の魔導士は、宿に居るだろうか。さっきは安心したものの、この訪問には他ならぬタークの命がかかっている。何の収穫も無しで帰るわけには行かない……。エコはそう考え直すと、緩んでいた気持ちを締め直した。








「やあ、いらっしゃい! トンナムさんだよね? 部屋に通すように言われてます。こちらへどうぞ。……あ、……靴はこっちにね……。はいどうも。部屋まで一緒に行きますから!」

 宿屋街まで戻り、次の宿に到着すると、宿の人が明るく二人を出迎えた。よかった、ちゃんと居るようだ。今度こそ魔導士に会うことができる。もうエコに先ほどのような緊張はなかった。宿の人に付いて階段を上がり、部屋の扉を宿の人がノックする。

「トンナムさん? お客さんですよ」

「どうぞ」

 落ち着いた低い声の主が部屋の中から答えると、宿の人が扉を開けた。

「すみませんねぇ~、トンナムさん。お忙しいところをどうも。こちらがエコさん、こちらがミモザさんです。じゃあ私はこれで外しますから……。はいどうも」

 宿の人がそう言ってドアを閉めると、「さあ、そこにかけて」と、トンナム・カロヘッヤがエコたちを椅子に促した。


「本日はお忙しい中お時間を頂いて申し訳ありません。わたしはエコといいます。トンナムさんにぜひお聞きしたいことがあって参りました」

「はい、こんにちは。僕はトンナム・カロヘッヤです。質問があるという話は聞いてますが、僕は占いが生業なりわいなのね。だから今日は、エコさんの質問に占いで答えるという形にしたいんだけどどうかな?」

「あっ、そうなんですか! はい、ぜひそれでお願いします!」

 エコが元気よく答えると、トンナムは屈託なく笑って、「はい、じゃあちょっと待っててね」と、後ろの棚からコマとお盆を出してきた。

「僕の占いでは、コマとお盆を使うのね。お盆に絵が描いてあって、コマは木と水晶で出来ています。で、このコマを回すと、絵の上をコマが回るよね。すると魔法陣が浮かび上がってくる……。まあ、やってみようか。じゃあエコさん、コマを回して」


 分かるような分からないような説明を聞いたエコは、とりあえず言われたとおりにコマをつまんで持ち、一気に回してお盆に放った。

 からからと快い音を出しながらコマがお盆の上を回ると、コマが通ったところに光の筋が描かれた。やがてにお盆一杯に光の渦巻模様が溢れて、部屋の中をまばゆく照らし出す。その美しい光のダンスを見て、エコとミモザは思わず感嘆の声を上げた。


「きれいでしょ? 色んな占い方があるけど、この方法が一番綺麗なんじゃないかな……、はい、そろそろだね」

 トンナムが言うと、その通りにコマの勢いが失われてきて、ついにバランスを崩してお盆の上に転がった。だが、ここからが光の本領だった。コマが転がったとたん、描かれた光の筋が生き物のようにうごめき出し、目にも留まらぬ速さで三人の前に複雑な六芒星魔法陣を現出させ、そしてあっという間に消える。部屋が一気に暗くなり、エコはつい目をしばたたかせた。少し間を置いて、トンナムが話し出す。



挿絵(By みてみん)



「実はね、ここまでは道具だけあれば誰でも出来るんだ。しかしながら、今の一瞬から情報を読み取るのが技術なんだよ。はい、今の一瞬でエコさんのことやタークさんの事情は大体分かりました。タークさんの病気は治りません」


――それを聞いた途端、エコの顔から血の気が失せた。なにか喋ろうとしたが、口からは呻くような声しか出すことが出来ない。それを見て、黙っていたミモザがエコの代わりに質問した。

「どうして――ですか?」

「んー、占いの結果だからね。もう一度回してみる?」


 トンナムがもう一度差し出したコマを細かく震えるエコの手が受け取り、たどたどしく回した。先ほどと同じ美しい渦巻模様がエコの前に描き出されても、その視線は光の渦を追うことなく、ただ宙を漂っていた。コマが倒れて魔法陣が一瞬現れ、すぐに消える。

「うーん、やっぱり変わらないね。変わることもあるんだけど…………。タークさんは二度と元気にならない、だね。ここで死んでしまうのかもしれない。でも、なんとなくみんなに看取られて亡くなるイメージだな」


 エコの頭の中はがんがんと唸り、衝撃の余震が耳を塞いでいた。ミモザが聞く。

「もう絶対良くならないんですか?」

「ならないと出たね。あと分かったことは他にもあるよ、えーっと、エコさんは早死にだということ、師匠は今、かなり遠くに居るということ。……あとは四人の影が洞窟で身を寄せ合って生活しているイメージがあったかな。どうだろう、これは当たってるかな」


――――当たっている……。エコの絶望は更に深くなった。1つでも外れていることがあれば、安心することも出来たのに……!


「うーん、僕に分かるのはこの程度かなあ~」

 トンナムが気の抜けた声で言う。

「……エコちゃん、行こう。トンナムさん、ありがとうございました。今日はこれでお暇します」

 ミモザが隣で放心しているエコに呼びかけ、手を引いて立ち上がらせようとした。すると、トンナムが引き止める。

「あっ、代金は2回分で50,000ベリルだよ」

 突然の請求に、ミモザは耳を疑った。確かに占いはしたが、それは自分からやろうと言い出したのではなかったのか。ミモザはどうすべきか迷ったが、うつむいていたエコが椅子から弱々しく立ち上がって、金貨を5枚出してそっとお盆の上に置いた。

「どうもありがとう……ございました……。でもわたし、諦めません……」

 かすれた声でそう言って、おもむろに扉を開けて出て行く。ミモザがもう一度礼を言いながらエコの後を追った。トンナムはニコニコ無邪気に笑いながら、二人の後ろ姿を見送った。

「またいつでも来てねー」






「エコちゃん、1回帰ろうか~……? あとは明日にする? こんなじゃ持たないよ~……」

 ミモザが心配して、休憩用の椅子に座ってうなだれているエコに気遣う声を掛ける。だが、エコはきっぱりと言った。

「ダメ。……今日中に全員のところを回るって決めたんだ……。行こう」

 立ち上がったが、エコはまだ暗い顔のままだった。トンナムの言葉が、未だに耳にこびりついていて気分が晴れない。ミモザが紙を確認して言う。

「次はー……、『アグレッド・ドミ・レシュフ』さんね……。また知らない名前だなあ」

「とにかく行こう……。次は近いよ」

 エコはゆっくり歩き出した。次の宿は、本当に近いところにある。というか、1軒目の宿が特別だったのだ。普通の旅人向けの宿屋は、ある程度密集して建っている。エコは道々、いろんな人に声をかけられた。聞き込みの甲斐あって、町行く人のほとんどがエコとは顔見知りである。


「エコちゃん! 元気かい?」

「ううん、ちょっとね……。――あ、おばさんのところのネコはどう、見つかった?」

「ああ、いたよ! 高い木に登って一晩中鳴いてたのさ! きつく叱りすぎたかねぇ?」

 初老の女性と話していると、脇から子どもが走ってきた。

「あー、エコだ! こっちこい、いまからとーちゃんが舟乗せてくれるっていってるぞ!」

 まるで最初からエコが遊ぶことは決まっているような物言いでエコを遊びに誘う。事実、エコが遊びの提案を断ったことは今まで一度も無かった。ただし、今日だけはそういうわけには行かない。

「えー! いいなー! だけど、今日はダメだ! また今度ね」

「ぅえー、昨日も遊んでないじゃないかっ! いやーだぁー! 遊ぼう!」

 脇にいた初老の女性がその子の頭を叩く。

「ばぁーもんっ! エコちゃんはお病気の兄ちゃんがいるから忙しいんじゃ! わがまま言うな、けったれっっ!」

 子どもは叩かれたことなどものともせずに言った。

「わかったよー、おれたち湖で遊んでるからな、いつでも来いよー! 秘密基地にいるから! じゃね!」

 “おれ”の“お”にアクセントを置いた特有の一人称で自分を呼んだ子どもは、返事も待たずにそのまま湖の方へ降りていった。エコがちょっと名残惜しそうに後ろ姿を見送る。

「エコちゃんなんしとるところじゃえ?」

 今度は散歩しているおじいさんが話しかけてきた。キリが無いので、「ごめん、ちょっと用事があるから。じゃあね、種屋のおじーさん。おばさんもまたね」と挨拶して目的地に向かって歩き出した。



 次の宿へはすぐに着いた。エコが「すみませーん!」と宿の中へ声をかける。

「あれえー、エコちゃんじゃないか。どうしたの?」

 出てきたのは、髪を短く刈り込んだ宿の主だった。

「あ、魔導士の方にお会いしたくて来たんですけどー、アグレッドさんいらっしゃいますか?」

 エコはもう、先ほどの占いで受けた衝撃から立ち直っている。町の人との素朴な交流によって、エコはいつもの自分を取り戻していた。

「お、そっかそっか~、いやー、忘れてた。ちょっと待っててね」

 主は階段を軽快に駆け上がると、上でなにやら話しをしている。


「エコちゃんって、町の人と仲良いんだね~。あの人たちにも聞いたの?」

「うん。さっきのは魚屋のおばさんと種屋のご隠居さん。エハヤは漁師のセッカさんの子だよ」

「ふぅ~ん! エハヤくん可愛かったね~。秘密基地だって!」

「秘密って言っても、大人も大体知ってるんだけどね。湖にせり出してる木の上に板を渡して、座れるようにしてあるの。なかなか凄いんだよ」

「へー、よく一緒に遊ぶの?」

「うん、時々ね。釣りしたりかくれんぼしたり。あーあ。舟、乗りたかったなぁ~!」

 先ほどまでの緊張はどこへやら、二人で気の抜けた世間話をしていると、宿の主が降りてきた。だが、

「ごーめんごめん! アグレッドさんにお伝えするの忘れてたよ! 会うとは言ってたけど。……起きてすぐだから機嫌悪いかも」

 主のこの一言で、エコは再び固くなった。



 

 アグレッド・ドミ・レシュフという男は、何から何まで黒くする男だった。着ている服はインナーも羽織物も靴下も全てが真っ黒で、爪にも隙間なく黒いニスを塗ってある。ここまでなら驚くには値しないが、エコは部屋の内装が全て漆黒で塗り上げられているのを見ると流石に唖然とした。

 黒い壁紙、黒光りする床材、黒い窓枠に黒硝子ガラス。更にコップやくしといった小物までもが黒一色に揃えてある。それに反して、アグレッドの素肌は病的なまでに白かった。そういう有様なので、エコには闇の中に座るアグレッドの不機嫌そうな横顔だけが、ぼうっと浮かんでいるかのように見えた。

「入って入って。明るすぎる」

 機嫌の悪さを隠そうともしない突き放した口調でそう言われ、エコとミモザは急いで部屋に入り扉を閉めた。

「お目覚めのところ申し訳ありません。わたしは――」

「いいから本題! 本題先言って」

 黒髪をかき上げながらアグレッドが言う。どうも本当に起き抜けらしい。エコはすっかり出鼻を挫かれ、泣きそうになって言った。

「え、えと、あの、タークの病気を治したくて……。方法をご存知でないかと思って伺ったんで――」

「うん。じゃ症状から話せよ」

 こちらの話が終わらないうちにアグレッドがかぶせる。エコは慌てて口を動かした。

「症状は、えっと、発熱、激しい嘔吐です。あと皮膚の発疹が出来て固くなってひび割れてしまって、体中傷だらけです。食欲が無いらしく1週間何も食べてません……」

 そこまで聞くとアグレッドが突然話に興味を示し、えらく興奮した様子でギラついた目をエコに向けてきた。


「なんだよそりゃ【ゲイス・ウェア】じゃないか! ふほほほほほ! 目が覚めた。ぜーんぶ話し給え!」

 アグレッドが、身を乗り出してエコに顔を近づける。エコは冷や汗が止まらなかった。







「――ふうぅうぅーん……薬を飲んだ様子がないのに症状だけは出たんだーへー」

 エコがターク自身に聞いた心当たりを全て話すと、アグレッドはもうほとんど興味を失ったらしく、急激にテンションが下がっていた。

「じゃあ【ゲイス・ウェア】じゃないかもしれないよね。なんだよ、【ゲイス・ウェア】だったら解剖させてもらおうと思ってたのに……」

 エコは最後の物騒な呟きは聞かなかったことにし、アグレッドに質問した。

「あの、【ゲイス・ウェア】じゃないとしたら、どういうことが考えられるんですか?」

「んー、魔法の呪いだろうね。ターク君は昔、【ゲイス・ウェア】で人殺しをして、その時の症状を見てるんだろ?そういう、その人にとって最悪の経験を体で思い出させる呪いがあんの。あーっ、つまんねーなあ。ありふれてるよ、そんなもん」

 ミモザはぜんぜんありふれてないよ、と思ったが、言いはしなかった。先ほどから聞いていれば、この男は完全に闇社会の人間だ。ネーゼ家ほどではないが、ミモレット家という十代続く名家に生まれ育ったミモザは、闇社会のことにはあまり詳しくない。ただ噂で、金次第で呪いをかける魔導士が居ることは知っていた。

「呪いなんですか? どうしたら」

「術者を殺せば解けるね。解呪の法も無くはないが――、まあ普通無理だ。それ用の魔法を使わなきゃならん」

 殺せば解ける……。エコは溜まった唾を飲み下した。

「術者を殺す……。どうやったら見つかるでしょうか?」

「んー、知らないよ。そういう魔導士の心当たりないの?」

 にべもない返答。エコの脳裏を一瞬フィズンの顔が掠めたが、すぐに消え去った。

「ありません……」

「じゃあそれをターク君に聞いてみればー? ところで他の魔導士にも声かけてるって聞いたけど、他に誰がいんの?この町」

 伝えていいか迷ったが、これだけいろいろなことを教えてもらったので何も言わないのは割に合わないとエコは思い、名簿を読み上げた。

「えー、全部で五人居て、ナラシンハさん、トンナムさん、」

「トンナムか! ふっはっはっ、あいつが居るのかー! じゃあ占ってもらった?」

 アグレッドはまた遮って笑う。

「ええ……。その方によると、タークの病気は治らないらしくて……」

「ふはっ! そうかぁ、残念だったな。アイツの占いはクセがあるからな、ふほほほ」

 アグレッドはよほど愉快らしく、奇抜な笑い声を上げている。エコは少々釈然としない気分になったが、そのまま読み上げを続行する。

「で次がアグレッドさん、ネママ・ネメルリムさん、ゼイゼリリ・コッツェさん、この五人です」

「ゼイゼリリ・コッツェか……。大物だな。知っているか?」

「全然知りません」

 エコがはっきり言うと、ミモザが口を開いた。

「ポピロ・コッツェさんの息子さんだよ」

「誰?」

 それを聞いてアグレッドはまた笑う。

「ふほほほっ!! 馬鹿な娘だな、イルピア市の長だぞ!! はははは!」


 エコはやっぱり分からない。興味もないので話を戻すことにした。

「あの、もしかしたらこの中にタークを呪った人がいるでしょうか?」

「そうとは限らないだろうな。もう結構前だろ? パッと呪ってサッとどっか行っちゃうかもしれないし。なんか意味が無きゃ、呪った相手と同じ町に留まろうとはしなかろうよ」

「そうか……。じゃあ難しいかな、やっぱり……」

「よし、話は終わった。さあ帰ってくれ」

「はい、どうもありがとうございました。失礼します」

「ありがとうございましたー」

 エコとミモザがお礼を言って黒い部屋から出ようとすると、アグレッドがエコたちの背中に明るい声をかけた。

「あっそうだ! なあ、ターク君がもし本当に【ゲイス・ウェア】で死んだら、死体を解剖させてくれよな!」


――二人は返答せず、呆れ顔で部屋を出た。



――――――


 ネママ・ネメルリムは、このごろ退屈していた。【ハロン湖】で出来る遊びはこの1週間あまりでやり尽くしてしまい、もう本を読むぐらいしかやることがない。しかも手持ちの魔導書や英雄譚はとっくの昔に読み終わっていたので、それも大して暇つぶしにはならなかった。

 そんな状況だから、数日前、宿の女将に『ネママさんに聞きたいことがあるという女の子が居るのですが、お会いになってくださいませんか?』という話をされると、ネママは快く了承した。

 そして今日も果たしてどういう人物なのか、一体何を聞かれるのかなどと、それをネタにいろいろと想像を膨らませて楽しんでいたのだが――――、やってきたエコたちを見て、ネママは凍りついた。――こいつは、ターゲットといつも一緒にいた娘じゃないか!!


(きっと、私がしたことに気づいたんだ。まずい、こいつには多分勝てない……!)

 ネママは焦った。洞穴でタークを見張っていた時、エコとソリャ・ネーゼの激戦を目撃していたのだ。あの戦いぶりを見る限り、魔導士として致命的な弱点を抱えるネママに勝ち目はない。まして2対1だ。ともかく発覚した以上は逃げなくてはならない。だが、どこに逃げれば? エコとミモザは入り口にいる。あとの逃走経路は後ろの窓だけだ。



 ネママが必死に考えを巡らせているうちに、エコとミモザの挨拶が終わっていた。二人は表向き平静を装っていたが、実際はネママの姿を見て驚いていた。二人の目の前に座って冷や汗を流している人物は、思ってもみない姿をしていたのだ。


 低い座卓の上に人形用の椅子を置いてちょこんと座っているネママは、頭から足先まで全てが冗談のように小さく、身の丈はどう見ても30センチレーン程しかない。丸い顔を強張らせて左目を全力で見開き、エコとミモザを注視している姿は、まるでよく出来たビスクドールのようだ。



 彼女の名はネママ・ネメルリム。――――世にも稀な、小人族出身の魔導士であった。

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