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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅立ち編
2/67

第一話『出会い』

挿絵(By みてみん)







 緑の世界がある。







 空渡る鳥の視点を持ってしても、見渡すかぎりの大草原。緑の地平線を挟んで西側には海が広がり、東側は山脈が続いていた。




挿絵(By みてみん)





 海の名は【ルリ海】。沿岸各地で漁業が盛んに行われ、人々の命を育んでいる。


 東側に連なる【ビネー山脈】は、4000レーン級の山岳が形作る大山脈だ。最高峰【ビネー雪山】は「神の住む山」とも呼ばれ、人々の信仰を集めている。




 空渡る鳥は、【ルリ海】と【ビネー山脈】を俯瞰しながらゆっくりと北上して行く。すると、しばらく並行して進んでいた海と山の境界線はあたかもラッパの先のような曲線を描いて左右に広がりだし、やがて地平線の彼方まで緑一色に染まってしまった。




 世界最大の草原地帯、【ヒカズラ平原】。




 野生息づくその中心部には、一様に盛り上がった低山が直径2000レーンほどのリング状になった特徴的な地形が点在していた。



 この特徴的な地形――――通称【リング・クレーター】とその盆地は、かつてここが戦場だった時の名残だ。

 遠い過去を今に伝える歴史的な地形だが、それも草原を行き交う旅人たちにとっては単なる障害物に過ぎなかった。リングの外縁がいくら低い山であろうと、横切ろうとすれば必ず二回は峠を越えなければならないのだ。


 そのため主要な街道は全てクレーターの間を縫うように曲がりくねって走っており、クレーターの中の盆地になど、滅多に人は入らない。



 



 そんな中でも特に小さな、直径600レーンほどの【リング・クレーター】の外縁部。そのいただきに、一人の男が立っていた。




挿絵(By みてみん)




 まだ若い男だった。



 年齢は二十台中盤だろうか。背の高いがっしりとした体は日に焼けて浅黒く、身にまとった漆黒の外套からは逞しい腕が覗く。

 黒髪を無造作に生やした頭にこげ茶色のターバンを巻いたその顔貌は凛々しく、深く落ち窪んだ眼窩には、青空を思わせる水色の光芒を湛えていた。


 そしてその水色の視線は、眼下にある予想外の光景を注視している。




 滅多に人が入らないはずのリング・クレーターの中……へこんだ草原の中心近くに、壁に塗られた白い漆喰が眩しい、赤い屋根の小さな家が建っていた。


 まじまじと眺めれば家の脇には手入れの行き届いた畑があり、色とりどりの花と野菜が畝に沿ってきれいに植えられている。そこへつい先ほど使ったような形跡のある農具の数々が、まばらに散らかっていた。




 旅人さえ避けて通るこんな僻地に、まともな人間が住んでいるはずはない……。



 男は怪しいとは思いながらも、その家から目を離すことが出来なかった。その光景に吸い込まれるようにしてなだらかな山の斜面を下り、家に続く草原の獣道を歩く。


 やがて男が狭い畑の横にさしかかった時、山すそから起こった暖かい春風が、男の背中を後押しするかのように吹き抜けて行った。それは波立つ草原を伴って家の脇に佇むオークの木を揺らし、緑色の葉をざわめかせる。




 春風に外套をなびかせながら、男はぼんやり考えた。



 こんなところに、果たして人が住んでいるのだろうか。――――少なくとも、追手ではない。あの女の追手は愚鈍な連中だから、まさかこんなに大がかりな罠を張りはすまい。……だが、こんなところにわざわざ住む奴がいるのか……?



 このクレーターは、狭いが深い。中心部は【ルリ海】よりも海抜が低く、そのせいで中心部が湿地になっている。

 いや、そうでなくとも、【リング・クレーター】の中に人が住むなどという話は聞いたことがない。行くべきか、行かないべきか、どうするべきか……。



 男がそんな事を考えながら歩いていると、すぐに畑が途切れて玄関前に着いてしまった。


 ――なんて狭い畑だ!


 心の中で悪態をつき、男は小さな家の扉の前で足を止めた。扉を見つめてノックするかどうかを迷っていると、いきなり誰かに声を掛けられた。



「あれっ? 誰?」



 男の心臓が跳ね上がる。



 どう考えても若い娘の声。素早く振り返ると、背後に少女が立っていた。





挿絵(By みてみん)




 背の低い娘だ。幼さが残る顔だちを見るに、年齢は十代前半だろうか。


 体つきはやや貧相だが健やかそうで、つややかな濃緑色の髪の毛を後頭部で纏め、丁髷ちょんまげ状に結った髪型が特徴的だ。

 結い上げた髷が後頭部からちょこんと飛び出すその格好が、頭に被った銀杏いちょう色のバンダナと合わせて、まるで三つ葉のクローバーのような形状をしている。



 どうやらオークの蔭に居たせいで、男の歩いてきた畑側からは姿が見えなかったらしい。


 身に着けたエプロンと右手に提げた木桶を見るに、娘は掃除か何かの途中だったようだ。桶からは、ひっきりなしに水滴が滴っている。留め具か何かが、壊れているのだろうか。




 ――こういう場合は、親に疑われると厄介だ。まずはこの少女に警戒心をもたれないようにしなくては。



 咄嗟にそう判断すると、男は少女に向き直った。



「こんにちは。――私は旅の者です。こんなところに家が建っているのが信じられなくて……、立ち寄ってお話でもと」


 男が出来るだけ丁寧に挨拶する。娘は大きく息を吸うと、感動を抑えきれないといった調子で一気に言う。


「こんにちは! ここに人が来るなんて初めてだよ、びっっっ、くりしちゃった」


 声が大きかったので男は少し驚いたが、娘では埒が明かないと思い、さっきより少し砕けた口調で尋ねた。


「えー、ところでお父さんか……お母さんは居るか? なんでここに住んでいるのか聞いてみたいんだ」



「いないよ。こないだまで師匠が居たんだけど、どこかへ行っちゃって今はいないの。ねえ、そんなことならわたしに聞いてよ、いくらでも話すから! さあ中へ入って。今お茶を沸かすね。ハーブティーがいい? さっき摘んだばっかりのミントがあるんだよ。あ、ちょっとそこどいてくれる? テーブル片付けなきゃ!」



 ずいぶん久しぶりに人に会うのだろう。すっかり興奮した様子の娘は男の脇を通り抜けて家に入り、桶の水を水壺に入れ、かまどに薪をくべはじめた。

 その爽やかな動きは、先ほど男の背中を押した、あの春風を思わせた。



(なんてうるささだ……よくしゃべる娘だな)



 男はちょっと閉口したが、ふと故郷の兄弟たちの事を思い出して微笑み、娘に言われるままに小さな家へと入っていった。

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