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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅情編
14/67

第十二話『その視線の先』

「あそこがいいな」


 そう言ってタークが指し示したのは、街道から少し外れた岩壁に、あんぐりと口を開けた洞穴だった。雲行きが怪しいので、タークとエコは今晩ここで夜を明かすことにしたのだ。まだ日は沈みきってはいないが、食事の準備や寝床作りのことを考えると早めに寝場所を確保した方がいい。

 タークは洞窟の入り口から中の様子を窺い、獣や魔物の住みかでないことを確かめると、エコを伴って中に入った。


 道々すこしずつ拾っておいた薪を組むと、エコが魔法で火を点ける。突然現れた高熱と明るさを怖がって、ヤスデや甲虫類が地を這って逃げていく。


 タークは旅を始めて以来、つくづく魔法の便利さに感心していた。火打石を使っても、こうすんなりと火は点かない。普通、まず乾いた草などの炊きつけに点火させてから小枝、皮を剥いた枝、太い枝や割った薪……といった順に火を大きくしていくのだが、エコの魔法にかかればいきなり薪に着火が出来る。これはぜひ使えるようになりたい、とタークは思ったが、なんの修行もしていない凡人であるタークには、詠唱しても火花すら起こせなかった。


「あー、これは……湿気すごいね、ここ」

 エコが地面をさすりながら言う。座り込むのもためらう様な、薄く土の積もった湿気た地面だ。 

「ああ、これは何か敷きたいところだな。枯れ草でも刈ってこよう」

「えーっと、わたしちょっと……アレ行ってくるね」

 エコは荷物から水の入った入れ物を出して、少しためらいがちに言った。家族のような存在のタークとはいえ、さすがに言いづらいものがある。

「わかった。俺はあっちの方に居るからな。ウルシには気をつけろよ」

 旅慣れたタークは、今はもう特に排泄に関して恥じらいはないが、エコの気持ちはよく理解していた。誰だって最初はそうだ。野外で無防備な姿を晒すのだから。





 エコは洞窟から陰になって見えない茂みに丁度よく開けた空き地を見つけると、木の枝を使って穴を掘り始めた。深さ10センチレーン、長さ30センチレーンほどの用便穴を掘り終えると、手ごろな大きさの葉をちぎって脇へ置いておいた。

 そして、一応周囲に誰も居ないことを確認し、ズボンと下着を脱いで近くの草にかけ、穴の上にしゃがみこむ。むきだしのお尻に草の葉が当たって、エコがちょっとびくつく。


「慣れないなあ~~、これ……。野宿とかはいいけど、さすがにトイレは家でしたいよ……」


 草陰からいつ何が来るか気が気でない。こんな街道外れの草むらに人がやってくることなどそうそうないのは分かっているが、何しろ、天井や壁といった、視線を遮るものが何もないのだ。

 エコはなんとなく足元にふわふわした焦りを覚えて、用を足している間も心が休まらない。つい昨日さくじつなど、最中にいきなりあぶが首筋に止まり、びっくりして危うくちびり・・・そうになった。別にちびっても問題はなかっただろうが……。



 即席トイレに用を足し終えると、エコは用意しておいた葉を使ってお尻を拭き、水で手と肛門を流して洗った。即席トイレの穴に掘った時に出た土をかぶせてなんとなくカモフラージュしたあと、エコは『グロウ』を唱えてトイレの痕跡を完全に消した。エコなりのたしなみだ。

「これでよしっと。はーすっきりした。もどろっと」

 独り言を言って先ほどの洞穴に戻ろうとすると、反対側からなにやら騒動じみた声が聞えてきた。なんとなく気にかかったエコは、そちらに足を向けることにする。


 日のかげってきた空には徐々に暗雲がたちこめ、エコの頭上を覆い始めていた。



――



「おーし、あそこの洞穴に居たやつは、これで全員捕らえたな。おい!!! こいつ等を縛っておけよ! しくじって逃がすなよ!!」

 顔に傷のある赤く日焼けした男が、周囲の仲間に大声で指図する。

 八人の男たちが、追い詰めた獲物を逃がさぬように輪になって人の檻を作っている。その中心にいるのは、ひとところに固まり、恐怖で顔を真っ青にして震えている、三人の『人間もどき』だった。


挿絵(By みてみん)



 命令を受けた何名かが威圧的に近づき、無理やり三人を引き剥がして縄で手首を縛り、更に縛った縄同士を繋いで、逃げにくいようにした。

「三匹だから60000ベリルにはなるな。若いメスもいるからもっと行くかも知れん」

「角の生えたのも高値が付くんじゃないか。肌の張りもよさそうだし、形がいい」

 男たちが口々に『人間もどき』の皮算用をする。若いメスと子どもは値段が高い。『人間もどき』は各地で増え続けているので、こうした『人間もどき』狩り業者は増えている。だが、ほとんどはこの集団のように行政魔導士の許可をとっていない、非合法組織である。

 しかし合法であろうと非合法であろうと三人の『人間もどき』達にとって彼らは恐怖の対象でしかなく、やせ細った身を寄せ合って体を震わせ、この後に続くであろう、わが身の不幸を嘆いていた。




「ねえ……。あなたたち、それって、一体何してるの……?」



 草陰からエコが突然現れると、そこに居た者全員がぎょっとしてそちらを向いた。だが子ども一人と分かると、男たちは安心してニタニタと笑い出す。

「なんだ? ……おじょーちゃん、俺たちは仕事をしてんだよ。見学かい?」

 顔に傷のある男が、からかい気味に答える。

「仕事……って? なんの」

「『人間もどき』には高値がつくんで、こうやって捕まえてるんだ。しかも、辺りの『人間もどき』を減らす、慈善事業でもある。いい仕事だろ」


 顔に傷のある男は、エコが子どもだと思って気軽に喋る。大体の男性は、機会があれば自分の仕事内容を誇りたくなるものだ。


「……売れるの? ……なに用に?」

「食用だよ。今、一部のグルメの間でもてはやされてるらしい」

「しょ…………っ!!」


 あまりの衝撃に、エコは言葉を詰まらせた。人が作った人間を、人間が食べる狂気……!!

 だが同時に陸海月おかくらげなどの魔法生物を食べている自分にも思い至り、エコは激しく葛藤した。


(つくって、捕まえて、食べる……。それは自分で育てた野菜を自分で食べたり、獣や魔物を狩って食べるのと同じってこと? いや、――でも、違う。そうだ。わたしもそうだ。この子達を『人間もどき』なんて呼ばせない。陸海月とこの子たちは違う――この子たちは、わたしと同じ仲間じゃないか! いくらなんでも、この子たちをこんな風に捕まえて食べるのはまともなことじゃない!!)


 乱れる思考を無理矢理ひとつに纏めると、エコはひとまず男たちに、三人を放してもらえないか頼んでみることにした。




 ――だめかも知れないけど、言ってみる価値はある。

 エコは男の傷のある顔をしっかりと見据え、全身から勇気を振り絞って口を開いた。


「あの、これはお願いなんだけど……。その子たち、放してあげてくれないかな……? わたし、こんなの見過ごせないよ」


 それを聞くと冷めた目でエコを見ていた男たちが一斉に表情を変え、怒りを孕んだ眼でエコをきつく睨みつけた。

「はあぁ……? このガキなに言ってんだ」

「聞いてりゃあ調子乗りやがって。逃がすわけ無いだろ」

 男たちが口々に悪態をつく。エコはたまらず視線を外した。


「やめろ。黙ってろ」

 顔に傷のある男は強い口調で男たちを諌めた。男には、エコの感情が少しだけ理解できるらしい。



 男たちに睨まれて、エコは心の底から怯えた。男たちに感じた怒りと嫌悪感、更にそれにもまさる強い恐怖感が、渦を巻いて胸中に立ち込めている。とても嫌な気分だった。


 男たちの射るような視線が、エコを苛む。

 怖くって頭が沸騰しそうだ。出来る事なら今すぐ立ち去りたい。タークの元に帰りたい。それでもなお強くエコをこの場に引き止めているのは、あの三人を守れるのは自分しかいないという、ひたむきな使命感だった。



「お願いだから。だ、だって、その子たちまだ子どもだよ。可哀そうだと思わない?」

「思わんよ。『人間もどき』は害獣なんだよ。ほっとけば勝手に増えて、悪さをする。俺達は、誰かがやらなきゃいけないことをやって、金を得てるんだ。頼まれたぐらいじゃ止められねえ」

「でも」

「これ以上何か言うなら、次は力づくになっちまうぞ」

 顔に傷のある男は、語調を強めてエコを威嚇した。どうあってもエコの要求は呑めないという態度をあえてあからさまにすることで、エコをよそへ追いやろうとしている。エコの手が強く握りしめられた。


「そうだね……。力づくしかないかもね……」

 エコが答える。顔に傷のある男は、ようやく分かったか、とでも言いたげにため息をついた。だがそれと同時に、エコの目が射るようにこちらを睨みつけたのに気付く。先ほどまでの、弱い目とは違う――戦う決意をした人間の目だ。


 エコは素早く視線を振って男たちの位置を確かめると、鋭く息を吸って口早にもんを紡いだ。


「クレイ・ルート!!!」


 エコが唱え、両手を顔の前で組み合わせると、エコの足元から突如として土の盛り上がりが起こり、地表を素早く走った。それは途中で枝分かれを繰り返して八本になり、中央に集まった『人間もどき』を避けて蛇行しながら、男たち一人ひとりに向かっていく。

「てめえ……っ!!」

「うおっ、気持ちわりい! 魔法か!!」

「なんだこいつ、魔導士なのか?」


 男たちは驚いて、身を引き、飛びのき、あるいは左右へ身を躱した。だがエコの操る土の盛り上がりは、大蛇のようにくねりながら逃げる男たちを正確に追尾していく。やがて男たちの足元に土の大蛇が辿り着くと、同時にエコが叫んだ。


「ここだっ!」


 組んだ両手を勢いよく振り上げ、そのままハンマーのように振り下ろす。すると男たちの足元で土の盛り上がりが急激に膨れ上がり、次の瞬間大きな音を立てて、無数の石と粘土の塊を爆散させた。

「うわあぁあっ!!」

「ぎゃあ!」

「ぐおああぁっ!!」



挿絵(By みてみん)



 高速で撃ち出された石と粘土の弾丸を体中に食らった男たちは、たまらず悲鳴を上げてのたうち回った。


 石が顔面に当たって鼻血を出している者、脛や肋骨を骨折した者、当たり所が悪く睾丸こうがんを破裂させて気絶した者など負傷の程度はまちまちだったが、全員が傷を負い、すでに戦える状態ではなくなっていた。


「てめえ、ふざけんなよ……」


 そんな中ただ一人、顔に傷のある男だけが全身傷だらけになりながらも立ち上がり、すさまじい形相でエコを睨みつけた。だがその直後に、エコの放った『ウォーターシュート』を顔面に受けて、その場に崩れ落ちた。




「ああ……。……こうなっちゃうのか……やりすぎたかな」


 エコはまたしても魔法の威力を計り違えていた。『クレイ・ルート』を生き物に向けて使ったのはこれが始めてだったが、怪我しない程度に倒せるよう、上手く手加減して使ったつもりだった。


 しかし眼前に広がっていたのは、八人の屈強な男達が血まみれで呻き苦しんでいる、凄惨な光景だった。エコは少し心を痛めたが、彼らの所業に思いを馳せ、同情を振り切る。


「でも、申し訳ないとまでは思わないよ。悪いけど」


 エコは考えるのを止めて、座り込む三人の『人間もどき』の方に歩み寄った。もうやってしまったことをいちいち悔いても仕方が無い。エコは後悔することが嫌いだ。

 当の『人間もどき』たちは何が起こったのかよくわかっていないらしく、すっかり気が動転している。エコは顔に傷のある男の腰から短剣を抜いてくると、三人を縛っている縄を切った。


「ねえ、平気? これでもう大丈夫だよ」

「ありがとう……どうしたらいいかわからない」若い女性の『人間もどき』が、長い髪を震わせながら答える。

「そうだね……。どうしたらいいんだろう」


 エコにもそれは分からなかった。人間が、嫌がる『人間もどき』を無理やり捕まえて、こともあろうにそれを食用として売る。追求すれば、それを駆除だといって正当化しさえする。憤慨して男達を倒し『人間もどき』を解放したエコだったが、この憤りがどこから起こったのか、そして何に対して向けられたのかがエコにははっきりと分からず、気が晴れないままだった。


「とにかくさ、こっちにおいで。今日寝る家があるから。そこで一緒に考えよ」

 エコが『人間もどき』の手を引いて洞穴の方に促した。すると背後から、誰かが草を掻き分けて近づいてくる気配がした。エコが振り返る。

「あっ!!」

「や、やあ……。エコちゃん」

「クイス!! 何でこんなところに!?」

 草陰から現れたのは元・タークの追手の一人、鷲鼻の男クイスだった。その姿を見て、『人間もどき』たちの体が強張る。


「あのひと……おとこたち、なかま」

 角の生えた『人間もどき』の子がエコに耳打ちした。――エコは事情を察して呆れた。

「クイス……。なんていう仕事をしてるの! ぜんぜん反省してないじゃん」

「エコちゃん、かんにん! 堪忍してくれ。……他になんにも無かったんだよぉー、金もなくなるし……」

 哀れっぽく言ったクイスだが、エコは納得できない。きつい眼差しでクイスを見て言った。

「言い訳だよそれ。いいや、クイスも一緒に行こ。付いて来て」

「あ、エコちゃんその前にね、僕の仲間の……こいつらの武器を奪っておいた方がいいよ。多分、仕返ししようとする」

「そっか! それは気がつかなかったな。じゃあやっといて」

 そう言うと、エコは三人を連れて洞窟の方へ歩き出した。

「うそだろ、待ってくれよ!」

 クイスが信じられないといった面持ちでエコたちの背中を見ていたが、エコはまだちょっとクイスを許せない気持ちがあったので、無視して洞穴に向かった。雷が鳴り始める。こりゃあ濡れるな、とエコは思った。

 



――




 突然降り出した雨音の中、タークは気を揉んで、落ち着きなく洞穴内をうろつきまわっていた。

 エコがいつまで経っても帰ってこない。やはり探しに行くべきか。しかし、その間に帰ってきたら……。大声で叫んで探しても返事はなく、辺りを探ってもトイレの跡は見つからない。そもそもトイレではなかったのかとまでタークは疑った。

 そして最後に辿り着くのは、エコがトイレを済ますまでに何者かによって攫われたか、エコが好奇心に駆られてどこかへ行ってしまい、道に迷って戻れなくなったのではという、暗い想像だった。


 出来るだけエコのことを考えないようにして寝床の用意と食事作りをし、入り口に土の堰を作って雨の侵入を防いでいたタークだが、もはや我慢の限界だった。黒マントを厳重に羽織り、ターバンに蠟を塗って簡単に防水加工すると、焚き火を弱めて準備を整えた。


「よしっ、エコ、待ってろよ」


 そして歩き出す。外はもうすっかり暗い。雨の勢いは思った以上に強く、あっという間にターバンから水が滴り出す。こんな雨の中で、エコは凍えていないだろうか。もしかしたら、どこか洞窟で雨宿りしているかもしれない。崖沿いを行こう。そう思って崖側に進路を変えると、そぼ濡れた闇の向こうから幽かに人の声が聞こえた。

「エコ!! 居るのか!!」

 タークが叫ぶ。

「あっ、ターク!!」

 全身ずぶ濡れのエコが駆け寄ってくる。「――――ごめん、心配したでしょ!」


 よかった……。エコは無事だった……。が、……なんか多くないか?


 タークが思ったとおり、エコ以外にほぼ裸の人影が三つ、さらに後ろにもう一人、見覚えのある男――クイスが付いて来ていた。エコに何かあったのは間違いないが、何があったのかは全く分からない……。ともかく五人と合流して、洞穴に戻った。





「ぶひゃー、濡れたーっ!」

 すっかり濡れ鼠になったエコたち六人は、まず濡れた服を脱ぎ始めた。エコがその場で服を脱ぎ始めたので、タークが体拭きを渡して、やんわりと洞窟の奥まった部分で着替えるよう促す。

『人間もどき』たちにはタークとエコの服を貸した。クイスは脱いだ服が乾くまで、大きめの布をローブのように纏っている。そもそもクイスの服は樹液で防水加工を施してあったらしく、そこまで濡れてはいなかった。


 焚き火を強めて暖を取り、エコがタークに事情を説明する。タークは黙って聞いていた。

 それから、タークの作った二人分の食事を全員で分けた。内容は、茹でたジャガイモと家から持ってきたベーナもどき、干し肉、ドライフルーツ、コバネイナゴの串焼き。


「ターク、ジャガイモ茹ですぎだよこれ」

「茹で加減が難しくて……」

「ジャガイモはちょっと粉を吹いて甘みが出てくるあたりが一番おいしいの。これ、もう表面が崩れてるでしょ? 四分くらい遅かったね。あと、イナゴは処理の段階でちゃんと翅を取って。口に残るから」

 エコがタークに真剣に料理の指導をしている。クイスはそれ見てばれないように笑っていた。

『人間もどき』たちはそれぞれ料理に強い関心を示し、おそるおそる口に運んでは感心しながら噛み締めていた。


「キミたちは、おいしそうに食べるねえ。ほい、これも食べな」

 食事が足りないので、荷物から焼きしめたパンを出して配っていたエコが『人間もどき』に話しかける。

「これ、ほんとうにおいしい。なあに? これは肉? なんの肉? どうして作るの?」


 角の生えた『人間もどき』は三人の中で一番言葉を知っているらしく、エコを質問攻めにしていた。エコがひとつひとつ丁寧に応える。

 若い女性の『人間もどき』と一番小さな子どもの『人間もどき』は、ほとんど言葉が分からないらしく、コミュニケーションに戸惑う。ただ、『人間もどき』同士の符号があるらしく、角の生えた『人間もどき』が二人に伝えると、事情は飲み込めるようだった。


「……ぼくたち、どうすればいいか?」

 角の生えた『人間もどき』が、突然エコに尋ねた。どうすればいいんだろう? エコは思わず、困り顔でタークの方を見た。

「連れてくわけには行かんぞ……。それは分かるよな? エコ。もしこの先もこうしてこういう奴らを助けて連れてくってんなら、旅の目的が変わっちまう」

「うん。……それは、分かってるよ……。ごめんね、わたし達にもキミ達を何とかしてあげることは出来ないみたい」

 エコが申し訳なさそうに言ったが、角の生えた『人間もどき』は悲しい顔をするでもなく平然と答えた。

「それ、あたりまえ。ぼくたちじぶんで生きていける。でも、ぼくたちなにもお礼できない。どうやってお礼すればいいか?」


 その言葉を聞いて、タークとクイスの表情が変わる。一般的な『人間もどき』のイメージと言えば、もっと物事に受動的で、気弱で、卑屈というものだった。ターク達は、魔導士の勝手で生み出され、捨てられ、迫害されれば、そういう性格になるものなのだと思いこんでいた。


 しかし、いま真っ直ぐこちらを見据える彼等の目には、二人が見た事も無いほど強い光が宿っていた。それはこの世界に生きているという誇りと、どこまでも生き抜くという決意に溢れた、こころざしの光のように見えた

 言葉は通じずとも、彼等の目の輝きがはっきりと語っている。生きる者はすべからく尊く、故にどんな時でも誇り高く生きねばならないのだと。よって人間と我らは対等なのだと。



挿絵(By みてみん)



「お礼なんかいいよ。わたしは、キミ達に人間がしたことを思うと悪くて、それで助けただけなんだからさ。わたしがしたくてしただけなの、本当は」

 エコがすこし悪そうに言う。

「そうか……ありがとう」


 角の生えた『人間もどき』が礼を言うと、後の二人も「ありがとう」とはっきり言った。会話から、それがお礼の言葉だと知っているのかは分からない。ただ、言葉が分からないからといって心が通じないわけではないんだな、とエコは思った。


「ところで、キミたち名前は? 何て呼べばいいの?」

エコが尋ね、角の生えた『人間もどき』が答える。

「ぼくはヨズ。お姉さんのラゾ。妹のチノ」

 紹介されたラゾがうなずく。チノはあわててつぶらな目を伏せ、怖気づいてヨズとエコの顔を交互に見ている。

「そっかヨズ……。と、ラゾ、チノね。キミたち兄弟なの。そうだ、――この人がターク、この人がクイスね。そんでもってわたしはエコっていうの」

「エコ、ターク、クイス……わかった」

 ヨズはそれを、ラゾとチノにも伝えた。

「エコ、ちょっとこっち来い」

 真剣な面持ちでタークが言い、エコを洞穴の少し奥に連れて行った。



「エコ、あいつらを助けて連れてきたのはいい。でも、どうするんだ? 俺だってかわいそうだとは思うよ。だが、出来る事ってのはそんなにないだろう。師匠探しはどうする?」

 タークがエコに問うと、エコは沈痛な面持ちになった。すこし間を置いて答える。


「うん……。わたしも夢中で、ヨズたちを囲んでいた奴等を倒して……。どうしようかなんて……どうしようか考えたんだけど、分かんないの。ターク、どうしたらいいと思う?」

「……難しいな。ここで別れたら、彼らはまた追われる生活だ。元の木阿弥。助けた意味もほとんどない……。でもな、俺はさっき彼らの目に、強い光を見た。ほんの少し手助けをしてやれば、彼らは立派に生きて行けると思う。思う、が……」

「わたしもそう思う。ヨズたちはこの前のフィズンとかクイスみたいに、死んだ目をしてない。タークみたいな目だよ。手助けか……。何か……」


 エコは考え込み、タークもまた考えた。考えても考えても、上手い手は考え付かない。それでもとにかく考え続けた。



 二人が考えに詰まって知恵熱を上げていると、荷物の陰で存在を忘れられていたスカーレットが、透き通る声を上げて鳴き始めた。


 はしゃいだヨズとチノが籠のところに行き、スカーレットと一緒に声を合わせて歌い始める。するとラゾが立ち上がって、焚火の前でおもむろに踊りだした。


 白く滑らかな美しいラゾの肢体が、笛の旋律に似たスカーレットの鳴き声に合わせて優雅に動く。豊かな白い髪が焚き火の寂しげな照明に映え、つややかに光っている。クイスは思わずラゾに見とれた。


 エコとタークが考えるのをいったん止めて焚き火のところに戻り、踊りに合わせて手をたたく。そこにクイスがこっそり持っていた果物酒が加われば、洞穴の中はすっかり賑やかな宴の席となった。



 スカーレットの歌とともにラゾの踊りが終わるとクイスから順に拍手が起こり、次に酒の入ったタークが【エレア・クレイ】で流行っていた明るい歌を大声で歌い始めると、クイスも声を合わせて歌いだした。



〽朝の酒はうまいもの 

 起きてすぐの寝床酒

 昨日は宴会 二日酔い

 今夜も宴会 ヤーヤイラッソ


 昼間の酒はうまいもの

 飯を食い食いつまみ酒

 つまみはおかずの焼いた鮭

 今夜も宴会 ヤーヤイラッソ


 夜飲む酒はうまいもの

 悪友集めて栄え酒

 賑やか尽くしの祝い席

 あの娘とおいらの 結婚式

 ヤーヤイラッソ ヤーヤイラッソ

 ヤーヤイラッソ ヤーヤイラッソ ハエ



 見かけによらずクイスは歌が上手い。タークに合わせてのびやかに歌う。

 二人の歌声に合わせ、ラゾがなおさら踊る。エコもつられて踊る。ヨズが跳ねる。チノが笑う。タークが笑って手をたたく。

 二人の歌が終わると、今度はラゾが歌い出した。ヨズも一緒になって歌いはじめ、チノが踊って、エコが笑った。クイスとタークはビンの酒を交互に飲みかわし、歌と踊りに合いの手を打った。


 ラゾの歌は聞いたことも無いほど明るいメロディで、聞いた者の体が自然と動いてしまう魅力がある。その歌詞の意味は分からなかったが、柔らかなヴィブラートのかかったハリのあるラゾの歌声には、聞いたものを笑わせずにおかない不思議な力があった。


 それからも次々と誰ともなく歌い、誰ともなく笑った。踊り、笑い、そしてまた歌った。最後には歌いながら焚火を囲んで、皆で輪になって踊った。



 止まない笑い声の中で、急にエコが叫んだ。

「そうか!! 伝わればいいんだ!!!」


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