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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅立ち編
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第十話『頂のむこうに』

 エコたちはリング・クレーターの外周を取り巻く低い山に差し掛かった。ほとんど草原の延長線と言っていい、木のほとんど生えていない山。草は色づき、花や実を付けているものもある。

 原色の自然が彩るなだらかな斜面を、軽装のエコがうれしそうに、マントとバンダナを着けたタークは面持暗く考え込みながら、並んで歩いている。



「サングミの実が成ってんね、タークー。これ食べられるんだよ。……すっぱ!」

「ああ……」

「あ、ねえヘビがいるよ、 ターク、ヘビ! でっかいでっかい! ……逃げた!」

「本当だ、でかいな。……」


 興奮気味のエコの発言にも上の空のタークだったが、やがて決心して、はしゃいであちこち動き回るエコに話しかけた。


「ちょっといいかエコ。…………話さなきゃいけない事があるんだ。エコには俺が追っ手がかかってた理由、詳しくは話してなかっただろ? 女に恨みを買ったとは言ったよな。でも本当のところ、俺はその女を殺して来たんだ」


 突然の告白。タークの表情からして真剣な話だとなんとなく察したエコは、目を見開いて立ち止まった。そして話を聞きやすくするために、タークの横に付いて歩調を合わせる。




「その女の名前はミシエータって言うんだ。小さなときからの俺の友達だった。そして5年前、恋人になった。俺は【エレア・クレイ】のスラムの生まれだが、ミシエータの家は普通の市民だ。エコにはよく分からんかもしれないが、スラム出身と市民では立場が違うんだ。周りの人間が、付き合いを止めさせたがる。でも、だからこそ俺は、ミシエータと別れるものかと思っていた。まあ、意地だな。しかしそのうちにミシエータがだんだん変になったんだ。今思えば悪いことばっかりやってた俺のせいだったのかも知れないが、ミシエータの周りに悪い男が寄り付くようになってな。それで……」




 タークはそこでいったん言葉を切って、唾を飲んだ。そしてゆっくりと、また話し始めた。



「それでしばらくすると、ミシエータは会いに行くといきなり怒り出したり、泣き出したり、かと思えば夜中、親兄弟がいる家にいきなり来て無茶な要求をしてわめいたりして、俺を困らせることばかりするようになった。要求は突っぱねていた。一晩中一緒に居ろなんて言われてもできないんだよ、俺が稼ぎ頭だったから。忙しくてミシエータと過ごす時間はあまりなかったが、最初にそう断って、あいつもそれは理解してくれたはずだったんだけどな……。そんな日々が続いた後、あいつはぷっつり俺の前に姿を見せなくなった。でも、俺の周りでは噂になっていた。別の男と連れ立って歩いてるのを見たとか、夜な夜なスラムのバーで遊びまわっているとか……」


 目の前にちょっとした段差があり、そこを登るときに少し話が止まる。


「ねえ、ターク兄弟何人いるの?」エコが素朴な疑問をぶつけた。


「六人だ。弟が二人、妹が三人。一番下の弟はまだ赤ちゃんで、妹の一人は丁度エコぐらいの年だな」


 タークが答える。エコと同い年くらいというのは、六歳ということではなく、外見の年齢、十四歳ぐらいということだ。タークが話を続ける。




「ミシエータが俺に何の断りもなく別の男と付き合っているのは明白だった。目撃情報が多すぎたんだ。当然俺は怒った。許しがたいことだ。それも、相手は一人じゃなくて何人も同時に付き合ってたからな。……それでもある日、近所の酒場でミシエータが襲われているという話を聞いた時、俺はすぐに助けに行った。酒場に着くと、店中のらんちき騒ぎの真っ最中にあいつがいた。酔っ払って、男たちに服を脱がされかけているところだった。俺はたまらなくなって、なにも考えずに怒鳴り込んで周りの奴らを殴り倒し、ミシエータを抱き上げて逃げた。それで、昔よく遊んだ橋の下で説教したんだ。悪い男と遊ぶのは止めろって。なかなか聞き分けなかったが、納得させた」




「ふーん、ミシエータさん浮気してたのに、タークは助けに行ったんだ」

 エコはタークが話す男と女の話を聞いても、いつだったか読んだ小説にもそういう話があったな、と漠然と思う程度だった。理解はするが、実感は伴わない。



「ああ。その時は俺も、まだミシエータに情が残っていたからな。夢中だったよ……よ、っと」

「それで?」

 少し急になっている坂を登ると、目の前に木の茂っている箇所があった。迂回せず、そのまま茂みに向かって進む。タークが話を続ける。



「俺は、そのあとミシエータを家まで帰して、酒場にいた連中に見つかってボコボコに殴られた。……俺はミシエータに更正してほしかったんだ。しかし一週間経つと、あいつはまた同じように夜遊びを始めた。しかも、その前の襲われたって話は、騙りだったって言うんだ。ミシエータが周りの男をけしかけて、俺の家に使いを走らせたらしい……。あいつの狂言芝居だったんだ」



 タークは腰から小刀を抜き、目の前の茂みを無造作に払う。



「俺はもう我慢できなくなっちまって。ふんっ、今思うと、酷いことしたよ。あいつの家に押しかけて向こうの家族に全部話したんだ。ミシエータはその晩もっ、家に帰ってなかった。あいつの親の話だと、あいつ、嘘ついて外出してたらしい。おりゃっ、びっくりして父親なんか怒ってたな。……その後俺は、『あいつもこれで懲りるだろう』なんて気軽に考えてた。でもそうじゃなかった。むっ、」


 話しながら調子よく枝を払っていたタークだが、思わず太目の枝に手を出してしまい、小刀が枝に食い込んで抜けなくなる。

「ふんっ」

 タークは短い気合と共に、小刀を引き抜いて枝を叩き折る。激しい葉ずれの音とともに、太い枝が地面に落ちた。



「あいつは、それで懲りるどころかますます酷くなったんだ。家から追い出されたらしくて、なっ。昼間っから悪い男のとこに入り浸りさ。俺は呆れてた。でも、悪い噂ばっかり聞くもんだから流石にやばいと思って。幼馴染の腐れ縁で、――もう一回だけミシエータの周りの男どもと大立ち回りを演じて、ミシエータを取り返した。ふんっ、それで、一応けりをつけなくちゃいけないと思ってミシエータに別れ話をしたんだよ」



 エコが唾を飲んだ。真剣そうに眉根を潜めながらも、エコはどこか物語りを聞いている子供のようなぽかんとした表情をしている。だがその方が、タークも却って話しやすい。茂みを抜けた。頂上までもう少しだ。

「それからどうなったの?」


 エコが尋ねた。小刀を軽く拭いて鞘に収めると、タークが話を続ける。



「それからが最悪だったんだ……。自分から裏切っておいて、別れ話をすると泣いて縋り付いてくるし、それでもダメだって言っても一向に分かっちゃくれない。あいつは多分、俺が自分から離れないと思ってたんだろうな。俺の気持ちは、そのころにはもう冷め切ってたんだが。……結局納得しないままその日は別れた。――それから、あいつの情夫どもにいろんな嫌がらせを受けるようになってな。多分ミシエータの指図だろう。――汚物を家の前にばら撒いてあったり、町で喧嘩ふっかけてきたり、仕事を減らされたりな。家族中に迷惑をかけるから俺もブチ切れてて、しょっちゅう喧嘩したよ。――その嫌がらせも、ある日からぷっつり絶えた。諦めたらしい。それが一年前だ。丁度その時俺は働いてた工房の上司の娘と仲良くなって、そのうち恋仲になった。彼女の名前は…………」




 そこで、タークは言葉に詰まった。足が止まり、拳が強く握り締められる。エコがタークの横に来て、心配そうに尋ねる。


「ターク……、大丈夫? 泣いてるの?」

 


「大丈夫だ……。名前はシェマ。いい娘だった……。俺たちは半年付き合って、婚約した。婚約して何日か後、二人で散歩してる時に……。いきなり目の前にあの女が現れた」


 タークは硬く握った拳を、更に硬く握り締めた。また歩き出し、段々歩調が速くなる。エコはタークに置いていかれまいと、小走りでついていった。既に道の傾斜はなくなっている。



「あいつはまた興奮して意味の分からないことを喚き――、シェマに詰め寄った。完全におかしくなっていて、もう鬼みたいだった。シェマはただでさえ大人しい性格だったから、ミシエータに口汚く罵られて完全にパニックになってしまった。俺は怒って、ミシエータを殴り倒した。喚き散らすミシエータを振り切って、シェマを家の前まで送り返し、俺も家に帰った。次の日、家にシェマの親父さんが来て……。シェマが帰って来てない、って――――」


俯向くタークが言葉を振り絞るように言ったところで、急にエコが走り出した。


「うわっ、……………………っ!!!」

 エコは走ってタークの前に出ると、いきなり立ち止まった。タークがエコにぶつかりそうになり、ギリギリのところで踏みとどまる。エコ越しに眩しい光が見えた。



「うわーーーーっ!! すごい!!」


 茂みを抜け、緑の覆いが途切れて景色が一気に開けると、そこは頂上だった。真上に昇った日の光が、目の前の世界をつまびらかに照らし出す。




 見渡す限りの緑の波。


クレーターの中とは比べ物にならないほど強い風が、堂々たる音を立てて秋の【ヒカズラ平原】を悠々と吹き渡る。

 幾条かの川が緑の草原に影色の線を走らせて緑に恵みを与え、そうしていよいよ青く茂る草原からは、どくどくと逞しい命の鼓動が聞えてくるかのようだった。

 山の麓近くでは、大型の草食動物が群れをなしてゆったりと草を食んでいる。遠くの方には別のリング・クレーターや遊牧民の牧草地がぽつぽつと存在し、草原に大きな水玉模様を作っていた。


 エコはしばらくその景色に見とれ、右を見、左を見、また右を見、次は左を……それを繰り返していた。

「広い……。広いなあ……、でっかいなあ。こんな所まで来たんだ……。ねえねえターク、どっちの方向に行くの?

 タークはふっと息をついて、微笑みを浮かべた。暗い話のせいでナイーブになっていたのに、子どものようにはしゃぐエコを見ていると、なんだか明るい気分になる。


「あっち。俺の家はそっち。」

 タークの指が、北と北西を順に指差す。

「草原を突っ切るのね?」

「そう。まずは街道に抜けて、それから宿場に入る。長旅だから、装備を整えないとな」

「宿場?」

「泊まるところだ。でも今日中には着かないだろうから、今日は野営だな」

「その辺で寝るのか……楽しそうだね。あ、ごめん。それで、どうなったの? 話の続き」


 調子を狂わされた。タークはそう思いながら、少し気が楽になった自分にも気づく。重たい話をしていたせいで気分が悪くなっていたが、エコの邪気のない笑顔を見るとどうでもよくなってしまった。


「ああ、結局シェマは帰ってこなかった。俺は一日中行方を捜し続けて――、やっと見つけたのはシェマの死体だった………………。シェマはミシエータに殺されたんだ 」

「え! ええぇ……そっかあ……」



挿絵(By みてみん)



 エコがなんといったら分からない、というような顔をしている。タークはそのまま話を接いだ。


「俺はミシエータも殺してやろうと思った。それも、普通にじゃなく、できるだけ苦しませて。シェマの報いを受けさせようと……。怒りでどうにかなっちまってたんだ。どうすればミシエータにとって一番辛い死を与えられるか、夢中になって考えた。……恐ろしいことに、あっさりと閃いたんだ。自分でも呆れるよ。――――【ゲイス・ウェア】という毒物を使うことにした」



 ――言いながら、タークの思考にこの間読んだばかりの魔導書、『魔導草本学特論まどうそうほんがくとくろんⅠ』の『魔導薬の章』にあった一説が浮かんでいた。


――――――――――――――――――――――――

【ゲイス・ウェア】――――魔導薬物の中でも闇にしか流通していないという劇薬。原料はマンドラゴラ、ガマ油、エレアドクベニタケ、クラックベール、ヨモギ、ヤモリの胆嚢など。服用すると全身の皮膚がただれ、内臓に炎症を起こす。やがて皮膚は壊死して出血が起こり、内臓がずたずたになって免疫力が低下、無差別感染を受けて死亡する。比較的新しい薬で、解毒法はいまだ発見されていない。別名『処刑人の拷問薬』

――――――――――――――――――――――――





「【ゲイス・ウェア】――――!?」

 エコは驚いた。まさかタークの口からその名前が出るとは……。師匠は毒物に詳しかった。中でも【ゲイス・ウェア】はお気に入りで、エコにもよくその調合方法や毒性のすさまじさを語ったものだ。

 変な話だが、エコは少し懐かしい気持ちを味わった。そんなこと知る由もないタークは、そのまま続ける。



「知ってるか。流石だな――。【ゲイス・ウェア】を使うと、二ヶ月ほどで死に至る。俺はすぐに入手し、人を雇ってミシエータに毒を盛った。そしてまた人をやって効果を確かめた。――あっさり成功した。【ゲイス・ウェア】はあいつの顔をグチャグチャにただれさせ、体中から体液をあふれさせた。ミシエータは耐え難い痛みとかゆみにのたうち回り、始終ゲーゲーやりながら――――絶望しきっていたそうだ。死神に余命を宣告されたようなもんだ。俺は復讐を遂げたが、妙に空しかった。悲しみは晴れない。しかも、家族に合わせる顔がなくなっちまった。…………俺に追っ手がかかったのはこういう理由だ。その後すぐに町を出て、その後少し経ってから俺を追ってきたのがフィズンたちだ。いくら逃げても追ってきやがるもんだから、人気の無いところに行って煙に捲こうと、このクレーターに入ったんだ」



 二人は話をしながら、頂上から反対側の麓の道へと下りはじめる。先ほどより傾斜はきついが木立や茂みはあまり無く、代わりに背の高い草が密集している。エコよりも背の高い草を、タークが掻き分けながら進む。



「そうだったんだ。でも、それにしては楽しそうに話してたね」

「ん? なにを?」

「ベッチョやクイスと。フィズンはなんだかつまらなさそうだったけど」

「ああ、それまでは魔法で襲われてすぐ逃げることの繰り返しから、俺はあの三人の顔ぐらいしか知らなかったんだよ。――まさかあそこまで気のいい奴等だなんて思わなかったなあ」

「ふふふふ、ほんっとだよねー。わたし、家を壊されたのには本当に怒ったんだよ。さっきわたしが吹っ飛ばされた時にタークが怒ってたのと同じくらい。――――でもさあ、三人を叱ったら、ベッチョなんかぼろぼろ泣いちゃったんだよ」

「あいつが? 泣いたのか! ははっ」

「そうそう。『悪い、こんなお嬢ちゃんが一緒に居るなんて思わなかった、すまんすまん』って」

「それで手伝いか! なんであんな奴が殺し屋なんてやろうと思うかね」

「だよねえ。でも、お店屋さんやるんだって張り切ってたよベッチョ。フィズンを誘ってたぐらいだもん」


 ベッチョが店。強面に似合わない、にこやかな笑顔で接客をするベッチョの顔が目に浮かぶようだ。


「似合うな……。」

「ねっ! わたしもそう思う!」


 話しながらどんどん坂を下る。下りきったところには小川がある。二人はそれを飛び越えて、幅は狭いが草が生えていない、むき出しの地面に立った。このクレーターを迂回する人々の足跡が作った獣道だ。この道の先に、大勢の人間が住む町々へと続く、太い街道があるはずだ。


「――――なあエコ。俺はミシエータを弔ってやらないといけないと思うんだ。毒を盛ってからもう六ヶ月だ。ミシエータはとっくに死んでるだろう。苦しみながら……。本心を言えば、俺は殺した事を悪いと思っていない。でも」

「うん」


「今考えると、何で俺はもうちょっと冷静にならなかったのかなあ……。後悔してもしょうがないが、【ゲイス・ウェア】まで使うことは無かったと思う。殺すにしてももうちょっと楽な方法でやってやればよかったのに、と思うんだよ。……エコ、フィズンを殺さなくて良かったな。人を殺すと、残るのは恨みだけだ。人は殺さん方がいいぞ。殺人の後悔は、それに尽きる」


「うん……。わかった。わかるよ……」

 エコが顔を沈めて言う。フィズンを殺すかもしれないと思った時の恐怖が、脳裏にまざまざと浮かんでいた。

「さあ、もうすぐ街道に出るぞ! もう一息だ」

「楽しみだな! どんなとこなんだろう!」




 ――こうしてエコとタークは、狭いクレーターを出て、広い世界へと降り立った。これから二人は師匠を探しながら、タークの故郷【エレア・クレイ】を目指す。




 もはやエコの頭には、置いてきた生活への未練は無い。ただ目の前の世界を見逃すまいと、目をいっぱいに開いていた。

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