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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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京極高延の昔語りー京極家の興衰ー

 夜が明けて、空が明るくなっても京極御殿の雨戸は閉め切られたままだった。

その雨戸の閉じられた京極御殿の寝所は、いまだに薄暗いままで雨戸の隙間からの光が布団の中で横たわる年老いた老人の姿を照らし出していた。


 その老人、京極御殿の主、京極高延はわずかに差し込む朝日に気が付いてうっすらと瞼を開けた。

「また夜が明けたか。」

 高延は枯れ木のように痩せ細った腕に目一杯力を込めて布団をめくり上げると、トントンと力無く床を打ち鳴らした。

「誰か。誰か居らぬか。」

 高延の寝所には不寝ねずの番も共寝の番もいない。

高延のかすれた声は、誰にも届かず擦り消えてしまった。

京極御殿に主である高延を気遣う者は誰もおらず、人知れず目を覚ました高延は、人を呼び寄せる事すらできなかった。

 目を覚ましても雨戸は閉まり放し、冷える冬の朝に火鉢もなく、水の一杯を飲むのにも難儀する。

そんな高延を、本丸御殿のお城番を兼ねたお世話番が様子を伺いに来るのは、日が高く昇りきった頃の事だった。


 京極家の当主がなんとも無様なものよのぅ。


 高延は雨戸の隙間から差し込む生気溢れる日の光に手を伸ばした。

手のひらに広がる太陽の温もり。

それを感じる度に高延は、一度でも多く朝日を拝み、一日でも長く生き抜けるように神仏に祈った。


 まだ死ぬわけにはいかん。

 今、死ぬわけにはいかんのだ。


 京極高延には死ぬまでに一つ、せねばならぬと心に決めた事があった。

それは、かつて袂を分かち刃を交えた弟、高吉に家督を譲る事だった。

 最後に顔を合わせたのは、もう二十年以上も前の事。

最後には戦敵いくさがたきになった弟だったが、もしこの京極家を立て直すことができるとすれば、それは高吉しかいないと思えた。


 かつては、幕府の要職をも担っていた京極家。

その京極家をどうにかして蘇らせて欲しい。

高延は瞼を閉じて物思いに沈んでいった。



 京極家は、鎌倉時代より続く佐々木源氏の流れを汲む名家である。


 曾祖父の代には、北近江国、飛騨国、出雲国、隠岐国の四つの守護職を兼任して、幕府の中でも有力な大名だったという。

その京極家が没落の坂道を転げ落ちたのは父の代の事。

なにも父上が不出来だったのではない、不運だったのだ。

 京の都での将軍の跡継ぎ争いから始まった応仁の乱。

その戦乱の中で、わずか二年の間に京極家の当主は祖父、曾祖父と相次いで戦場で命を失った。

後に残されたのは三歳になったばかりの父上と二歳になった叔父上だった。


「どちらが当主に相応しいか」そんな言葉は、「誰が京極家の実権を握るか」という事の建て前でしかなかった。

欲にまみれ野心に燃える家臣たちは各々に父上方、叔父上方に別れて戦が始まった。

その戦は五年経ち十年経っても収まらず、その間に隠岐国も出雲国も飛騨国も家臣に乗っ取られてしまった。

 父上方と叔父上方との争いが終わったのは三十四年も後の事。

とうに叔父上は亡くなり、その子を推す叔父子方の家臣たちと父上が和睦して、ようやく父上が京極家の当主となったのだ。


 しかしその間に京極の威光は地に落ちた。

領地は北近江一国だけとなり、それも地元の豪族たちと変わらない勢力となってしまった。

 父上はそれが許せなかったのだろう。

そもそも三十四年も続いた相続争いも領地の横領もみな家臣たちの私利私欲が招いた事。

だから、父上は家臣たちを信用することができなくなっていたのだ。

 家の事、領地の事、何をするにも父上は、家臣や豪族の意見など耳も貸さずに全て一人で決めてしまっていた。

 

 家臣や豪族の不平不満は溜まり続けた。

儂が元服して政議に口を挟めるようになっても、父上の専横は改まらずに、両者の溝は益々深まるばかりだった。



 昔の事を思い出し、高延の目尻から薄っすらと涙が流れた。

あの時、儂がもっと上手くやっておけば、このような事にはならなかったかも知れぬ。

もはや守護職としての力を失った京極家に止めを刺してしまったのは、間違いなく儂なのだから。



 儂が元服して年を重ねても父上の専横は改まらなかった。

それがかつての強大な京極家であれば問題はなかったかも知れぬ。

しかし、その時の京極家にはもう家臣や豪族の不平不満を抑え込むだけの力はなかった。

父上に不満を抱く豪族の中には密かに戦の支度を整えるなど不穏な動きを見せる者さえいた。

儂は父上に幾度となく苦言をていした。

「もはや京極家は家臣、豪族の協力無くして領地を維持する事はできませぬ。」

「家臣には家臣の、豪族には豪族の理がございます。

どうか皆の者の声にも耳をお傾けくだされ。」


 儂は、父上の為、京極家の為にと苦言を呈しておったが、しかし儂が苦言を呈す度、儂と父上の間には溝が広がっていった。

そして、いつしか儂の下には父上に不満を持つ家臣や豪族たちが集まるようになっていたのだ。


 その二人の溝が広がり切って、父上と儂との親子の縁がプツリと切れたのは、それから十年ほど経った頃だった。

その頃にはもう儂と父上は顔も合わさず言葉も交わさない間柄となっていた。


 あの日。

父上と、儂とは十八も歳の離れた弟の高吉は、先祖の墓参りに行くと屋敷を出た。

その後を続々と家臣たちが付いて行くのを不審に思っていると、その夜、信じられない知らせが舞い込んだ。


「高吉様が御元服。

高清様はその場で高吉様を嫡子と定め、高延様を廃嫡されました。」

 その知らせに儂は愕然とした。

なんと父上は儂のおらぬ席で弟の元服を行い。

その場で儂を京極家から追放して、弟を京極家の跡取りとして認めたというのだ。

 これで京極家は二つに割れる。

この時儂は、由緒ある京極家がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく、その音を聞いたような気がした。


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