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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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近江動乱の始まり

 夜が明けた。

それがこの近江国の命運を左右する長い長い一日の始まりだとは、まだ誰も気付かなかった。


 北近江の曙の空を一羽の鷹が舞っていた。

大空を自由に我が物顔で飛び回る鷹を見ると、久政は目に見えぬ檻に閉じ込められたかのように、心が押しつぶされそうになる。


 父上の時代とは違うのだ。


久政は拳を強く握り締め、優雅に空を舞う鷹から目を逸らした。

自由に空を飛ぶ鷹を見るたび、気が押し潰されそうになるのは、きっと父が湖北の鷹と讃え称されたからだろう。


 父上には敵わぬ。

 

 そんな事はとうの昔に知っていた。

しかし家臣たちは浅井家のため久政に父亮政の姿を重ねたのだった。

それはまるで牢獄のようだった。


「牢獄か。言えて妙だな。」

 久政が振り返れば、背後には小谷山が迫る。頂には、父の築いた小谷城。

そこから両腕のように突き出た山の尾根が浅井屋敷のある清水谷を取り囲む。

難攻不落の小谷城に守られた鉄壁の清水谷。

しかし久政にはそこは、抜け出すことのできない、父の作った牢獄の様な気がした。


「儂は、儂にできることをやっとるだけじゃ。」

 久政は鷹に背を向けて歩き出す。向かう先には小谷城。

「昔と今では時代が違う。」

「今、六角と戦して勝ち目があるか。」

「儂は、儂なりのやり方で浅井家を守っておるのじゃ。」

 山城の頂に向かう階段を久政は恨み辛みと共に踏みしめ、後ろでは鷹が一声鳴き声をあげた。


 

 北近江にある小谷城は、南近江の観音寺城と共に日本五大名城に数えられる大きなお城だった。


 小谷山を丸々一つ城塞にした小谷城は、麓の山林をわずかに残し、そこから小谷山の頂まで全ての木々が伐り尽くされていた。

 そしてその剥き出しとなった山肌には段々畑のようにいくつもの曲輪が設けられ、見張り台や旗幟がひしめいていた。

 そこから山上へと至る階段は、外敵を迷わせるために迷路のように右に左に枝分かれして、曲輪の合間を上がったり下がったりしていた。

 いくつもの曲輪の傍らを抜け、山上へと上がるとその先にようやく小谷城の本丸御殿が見えた。


「ようやく着いたか。」

 急な階段を登り続けた久政の吐く息は白く、額には汗が噴いて流れていた。

「さて」と大きく息を吸えば胸に冬の冷気が渦巻く。

これから向かう先、言う事、する事、企みを思えば、全てに蓋をして逃げ出したくなる。

しかし、どんなに蔑まれ罵られようとも、コレは避けては通れぬのだ。

忌み嫌うなら嫌えばよい。

それでも儂は、儂のやり方でこの浅井家を守っておるのだ。


 雪の降り積もった小谷山の山上。

一歩一歩を踏み出す度に、ザクリザクリと足音が鳴る。

その真っ白な新雪の上に足跡を残す度に、久政は犯してはならない過ちを犯そうとしているのではないかと不安になった。

「いや、そうではない。そうではない。

浅井家が生き延びるためにはこうするしかないのじゃ。」

 久政は本丸御殿の脇を通り抜けるとその裏手に建てられたもう一つの御殿、京極御殿へと足を向けた。


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