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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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浅井憎し

 痛い。痛い。痛い。

一歩、歩くごとに血が吹き出る。

藤吉郎は大二郎の肩を借りて、痛みに歯を食いしばって、一路、観音寺城を目指していた。

傷を負ったのは藤吉郎だけではない。

藤吉郎の周りには、腕や背中に矢の刺さった者、腕や脚があらぬ方向に折れ曲がった者が呻き声を上げて、這々の体で足を前へ運んでいた。

「何人あるか!」

 先頭を歩く足軽頭が後ろに問えば、大二郎がグルリと周囲を見渡して「三十と余り!」と声を返した。


なんと、三十と余り。たったそれだけか。

藤吉郎の口元が歪んだ。

昼間には葛籠の城には百人、二百人の人が居たのだ。

それが、ほんの数刻で三十と余人。

皆、殺された。浅井に殺された。

火達磨になって見張り櫓から転げ落ちた者。

弓矢に首を射貫かれて、血を吹き出して倒れた者。

槍で突き殺された者、太刀で斬り殺された者。

皆浅井に殺されたのだ。


 もう誰も何も言わない。

ただ黙々と観音寺城を目指す足軽たちの目には、浅井憎しと、憎しみの炎が宿っていた。




 それから更に四半刻。よろめき、うめき声を上げながら歩き続けた藤吉郎たちはようやく観音寺城にたどり着いた。

血に塗れた藤吉郎たちを見た門番は、お化けか幽霊を見たかのように「ひゃぁい」と驚嘆の声を上げると、「儂は葛籠の城の足軽頭、木川左右衛門じゃ!早う、葛籠の者が帰ったと城の者に知らせい!」と腰を抜かした門番を足軽頭の左右衛門が一喝した。

 葛籠の兵が帰ったとの知らせは、瞬く間に観音寺城中に知れ渡った。




「重蔵、重蔵は無事か!!」

「草太!!!草太!!!草太はどこじゃ!!誰か、草太は知らんか!!!」

 葛籠の城から兵が帰ったと聞いて、観音寺城の城下は騒然となった。

肩を寄せ合い無事を喜び合う兄弟。声を涸らし、子の名前を呼び続ける母親。

そんな喧騒の中、「おっとう!」との大声に驚いて振り返れば、子供が一人、大二郎の首根っこに飛び付いて来た。

「大丈夫じゃ。大丈夫。おっとうは怪我をしとらん。」

 いつもの事とばかりに子供を抱えると、大二郎は嫌がる子供に頬ずりをした。

「だ、大二郎殿。お主、子がおるのか!?」

 目を白黒させている藤吉郎に、大二郎は大きく頷いて「そうじゃ。言っておらんかったかのぅ。」などと暢気に答えた。

そして「嫁も心配しとるから、先に家に帰るわ。」と、子供に手を引かれた大二郎は、藤吉郎を置いてそそくさと家へ帰っていた。




「なんじゃあ、大二郎が妻子持ちとは驚きじゃ。」

 突然のことにポカンと放心していた藤吉郎に「何をしておる。早うこっちへ来い。傷の手当てをするぞ。」と足軽長屋の長屋頭が声をかけた。

 怪我人が集められた長家の広場には、戦場さながらに苦痛に喘ぐ足軽たちの呻き声が上がっていた。

「こりゃいかん。そんな添え木じゃ骨が曲がってしまうわい。痛いが辛抱せいよ。添え木を当て直す。」

 長屋頭は足を折った足軽の前にしゃがみ込んで、乱暴にあらぬ方向に曲がった脚を掴むと、そのまま脚を引っ張って伸ばす。

「!!!!」

 声にもならない悲鳴を上げて脂汗を流す足軽。

そんな事など意にも介さず慣れた手つきで新しく添え木を縛り直すと「次はお主じゃ。」と藤吉郎を招き呼んだ。


「まずは傷口を洗う。それから血止めの薬じゃ。これを塗って布で巻いておけ。」

 長屋頭が桶に水を汲んで来ると藤吉郎の傷口に水を流し当てると、泥と共に固まった傷口の血糊をグリグリと剥いで洗い流す。

「痛い、しみる、しみる。」

「それぐらい辛抱せい。」

 長屋頭はうむを言わさず藤吉郎の傷口を洗い流すと、練った薬草を布で巻き付け「良し」と一つ頷いた。

「これで手当ては終いじゃ。

それから、その傷なら動くのには支障なかろう。

屋敷の方の手が足らん。

悪いが今すぐ屋敷へ行け。」

 傷の手当てと同様に粗雑に言い渡すと、長屋頭はもう次の怪我人の手当てを始めていた。


 戦場の戦火は観音寺城にまで燃え広がっていた。

周辺の村々から集められた足軽たちは明日の出陣に備え足軽長屋に集結し、それでも兵の数が足りないと瀬田や蒲生の村々へと早馬が駆け出して行った。

怪我を負った藤吉郎でさえ、休む暇も与えられずに屋敷へと駆り出されると、六角家は領民総動員の臨戦態勢を整えていった。

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