研究者ハイジペーターの懐郷
遺伝子研究の第一人者ハイジペーター博士の過去
幼稚園から大学院まである私立八刃学園の青龍エリアにある遺伝子研究室。
夢無と似丹、そして和が指導の元、白風の遺伝子に関する実験を行っていた。
「結局の所、白風の技ってこの遺伝子に由来してるんだよね?」
似丹の言葉に夢無が頷く。
「そうだな、その証拠が僕達だ。僕達の母親は、血統的には、白風では、無いが、遺伝子操作で白風の技を使えるようになった」
すると和が手を上げて言う。
「そこがよく解らないのですが、白風の技は、初代白風さんが、白牙様の肉を食らい、それを媒介にする事で可能にする物で、それを継承していないでどうして可能なのですか?」
本人達の目の前で聞きづらいことを平然と聞ける和に苦笑しながら、三人を指導していた、八刃の遺伝子研究の第一人者、かなりの高齢の老人、ハイジペーター博士が答える。
「結局の所、白牙様の血肉を食べた最初の白風様だけが正規のパスを持っていて、それ以外の物は、そのコピーでしかない。だから、遺伝子でそれを真似ればコピーで行える事は、同じ様に可能になる」
「しかし、やはり正規のパスのコピーの方が宜しいのでは?」
夢無の言葉に苦笑するハイジペーター。
「今の白風やその分家の人間は、一部の例外を除き、コピーのコピーのそのまたコピーの様な物。それも人の血が混じりかなり粗悪なコピーと化しています。それならば、下手なコピーより、真似して書いた新品の方が有効なのですよ」
そんな会話をしながらも、白風の遺伝子を組み込んだ動物実験をしている一同だったが、そこに眠そうな曙を連れて華夏がやってくる。
「和、また白書の場所が解ったって」
「本当ですか! 直ぐに行きます!」
そう言う和に似丹が怒る。
「和、サボるつもり!」
それを聞いて困った顔をする和に夢無が優しく言う。
「気にしないで良いよ、八刃の仕事は、学業と同じ扱いをされる事に成っているんだか。良いですよね、ハイジペーター博士」
頷くハイジペーター博士。
そんなハイジペーター博士に華夏が近づき言う。
「そうだ、ハイジペーター博士、今度の白書は、八刃の長から聞いた話だと、ハイジペーター博士と勇様が出会った場所にあるらしいんですが、注意しておく事がありますか?」
それを聞いてハイジペーター博士が驚く。
「あそこに行くのか。確かにあそこなら、八刃の禁断の技術を欲する者も居るだろう」
遠い目をするハイジペーター博士だったが、少し寂しげな目で答える。
「服装は、気にしなくても良い。あの時代は、海外からの交流が始まったばかりで、様々な真新しい物が入って来て居た。それが不幸を呼ぶとも知らずに浮かれて居たものだ」
夢無が手を叩き言う。
「急いだ方が良い」
「そうでした!」
和が駆け出し、華夏も曙を連れて走り出す。
そんな三人を見送りながら夢無が言う。
「後悔をしているのですか?」
ハイジペーターが首を横に振る。
「あの時は、最善の事をしたつもりだ。本来の名を捨てる事になったのも、多くの民を救うために仕方ないことだった」
言葉と裏腹にかなり辛そうに語るハイジペーター博士に夢無は、声を掛けられなかったが、似丹が空気を読まず平然と言う。
「それだったら、良いじゃ無いですか、それより実験の続きしましょう」
苦笑する夢無とハイジペーター。
「そうだ。和が抜けた分は、私が手伝おう」
ハイジペーターがチェックシートを手に持つ。
夢無は、似丹の頭を撫でて言う。
「お前のその性格には、時々救われるよ」
首を傾げる似丹であった。
「高い山だね」
何時もの付き添い、幼女がアルプスの山脈を見て感心する。
「えーと、この時代、白風最強の使い手と言われて居る勇様がこの付近に居るらしいのですが」
華夏がどうしようと考えていると、一人の青年が声を掛けてきた。
「お前達、八刃だな?」
その言葉に頷く一同。
「俺は、白風勇だ。お前達は?」
「私は、白風和と言います、未来から来ました」
和の言葉に勇の隣に居た少年が驚く。
「未来からって、そんな事が可能なのか?」
勇は、幼女を視線で指して言う。
「あのお方は、多分、高位の神の使徒だから、不可能じゃないだろう」
「はい、あのお方は、白老杖様の使徒、幼女様です」
華夏が説明すると勇の隣の少年が驚く。
「幼女とは、凄い名前ですね」
曙がやる気なさげに言う。
「でも、本人が言うには、幼女という言葉自体が、自分を元にして生まれたっていう話ですよ」
首を傾げる少年に勇が解説する。
「自動車の事を馬なし車と言うのと一緒だ。最初にあの御方が居て、その人に似ている状態だから、小さな少女の事を幼女と言うのだろう」
「そんなとこ」
偉い割には、フレンドリーな幼女。
「それでどうして、過去に? 過去を変えるなんて真似がどれだけ無意味かなんて八刃だったら知ってると思うが?」
勇の言葉に和が辛そうに説明すると、勇の顔がどんどん引き攣っていく。
「大変だったんだね」
勇のここで知り合った、親友で、スイスの傍にある小さな王国、アルプの王子、ジャン=アルプがしみじみ言う中、勇が沈痛な表情で呟く。
「どこかで後進教育を間違えたのか?」
「そんなに大変な物なのか?」
ジャンの質問に勇が頷く。
「白書の内容が全部流出したら、少なくともオカルト世界の勢力図が一変し、下手をすれば世界が無くなる。それ程の一大事だ」
「やっぱ私は、首をくくった方が……」
落ち込む和をほっておいて華夏が話を続ける。
「そういう事情なので、協力をお願いします」
勇は、頷く。
「解った。それで、ここには、どんなのが流出したんだ」
曙が資料を見ながら答える。
「肉体と魂を入れ替える術だそうですよ」
それを聞いて、勇とジャンの顔が強張る。
「何か心当りがあるのでしょうか?」
ジャンが言いづらそうに答える。
「その技術を必要としている人間に心当りがあるんだよ」
「誰ですか!」
食いつく和に黙るジャン。
華夏が視線を向けると勇が苦虫を噛んだ様な顔で答える。
「ジャンの義理の母親だ」
流石に言葉を無くす一向だった。
ジャンの客人として、王宮に潜入した曙達であったが、客室に入りベッドに倒れる曙。
「それにしても、王家のお家騒動に巻き込まれるとは、思わなかったね」
和も頷く。
「まさか、継母さんが、王位を狙って、ジャンさんの命を狙っているなんて」
肩を竦める華夏。
「その襲撃からジャンさんを救ったのが勇様だって言うんだから、変な巡り会わせだよ」
そして幼女が言う。
「結局、王位を奪うためにジャンの体を狙うその継母とその愛人の大臣が怪しいんでしょ? 何時もみたいに襲撃しちゃえば?」
「ここが日本だったらそうしてたかも。でもここだと十分なバックアップが期待できないから、万が一にも逃げられたら百時間のタイムリミットに間に合いそうもないから、慎重に動くことになったの」
その夜、勇とジャンが曙達の部屋に来る。
「ところで、そこ二人は、寝かせたままで良いのかい?」
ジャンは、そういって、ベッドに寝ている幼女と曙を指差す。
「良いんだ、どうせ働かないんだ。それより、華夏、手順は、解っているな?」
勇の言葉に華夏が頷く。
「はい。あたしが、影走で侵入して、大臣の部屋を探すんですね?」
「そうだ。ただし、大臣は、魔法結社の幹部。例の技術もそっちから手に入れた可能性もあるのだが、そこそこの使い手だ。気をつけろ」
勇の言葉に頷く華夏。
「私は、何をすれば?」
和が質問すると勇が答えてくれる。
「俺と一緒に近くに待機していて、いざって時のバックアップだ」
「了解しました」
そして、華夏達が動き出す。
影を伝って、華夏が大臣の部屋に侵入する。
「そこそこの結界は、あったけど、谷走の技を防げる程じゃ無いわね」
華夏は、気付かれないように、問題の技術を探す。
そんな時、魔法の明かりが部屋を照らす。
「待っていたよ、八刃の手先」
華夏が声のする方を向くと、そこには、呪文が刻み込まれたローブを羽織った大臣が居た。
「来るのが解っていたみたいですね?」
頷く大臣。
「その技術が、八刃の物だという事は、直ぐに解った。そんな外道な技術を保有してる組織などそうそう無いからな」
苦笑する華夏。
「そうですね。でもそれが解っていて持っている事が何を意味するか位は、日本でないここでも解っていると思うのですがね?」
大臣が笑みを浮かべて言う。
「当然。だが、ここは、正念場なのだよ。その為には、多少の博打は、しないといけない。君には、我等の結社の力の一つになってもらう」
大臣が指を鳴らすと床が光りだす。
「その魔方陣からは、逃れられないぞ!」
大臣が力いっぱい宣言するが華夏が肩を竦める。
「残念ですけど解って居ない。八刃を敵に回す怖さを」
その時、壁を粉砕して和が突入して来た。
「華夏さん、無事ですか?」
「こっちは、平気だけど、そっちにも来たんでしょ?」
華夏の質問に和が頷く。
「はい。今は、勇様が相手して下さっています」
「それじゃあ、こっちもさっさと終らせて、援護に向かいますか」
それに対して大臣が杖を和に向けて言う。
「小娘が一人増えたくらい大した違いも無いわ」
和は、華夏を見て言う。
「どうしますか?」
華夏は、笑みを浮かべて言う。
「あたしがやらせて貰うわ。『影小円』」
華夏が放った影の小円は、大臣を襲う。
「この程度の術ぐらい、防げるわ!」
大臣は、杖を媒介にした防御魔法で防ぐが肩で息をする。
「どうだ、あとは、魔方陣でお前の自由を……」
大臣の言葉が途中で止まる。
華夏が魔方陣から外に出ていたからだ。
「さっきのは、貴方の集中を魔方陣から外し、魔方陣の一時的に弱体化させる為にやったの」
顔を引き攣らせる大臣。
「二対一とは、卑怯だぞ!」
和が手を横に振り言う。
「私は、手を出しません」
華夏も頷く。
「あたし一人で十分だからね。『影断』」
華夏から伸びた影が大臣を一撃で打ちのめした。
無事回収も完了した為、夜中であったが帰る事になった。
「もう少し寝る」
我侭を言う幼女を和がなだめる中、華夏が言う。
「今回は、ありがとうございました」
勇は、苦笑する。
「自分の子孫の不始末、当然の事をしたまでだ」
そして、ジャンが言う。
「私も身内のゴタゴタですから」
「帰るよ!」
そう宣言し幼女が呪文を開始する。
『全ての過去を司る存在、白老杖様の使徒、幼女の承認にて、この世界の過去を戻さん!』
そうして、華夏達は、元の時間に戻っていった。
そして、元の時間に戻った華夏がヤヤに問題の記述を手渡す。
「ご苦労様」
「そういえば、結局ハイジペーター博士には、会えなかったね」
曙の言葉に和の持つ蒼牙が答える。
『気付かなかったの? あのジャンと言う男がハイジペーター博士の過去の姿だ』
「「「えーーーー」」」
驚く三人。
そして幼女が欠伸をしながら言う。
「彼は、正史でも、継母に狙われるけど、勇によって助けられた。でも、それが切掛けでお家騒動が激しくなって、国民を争いから救う為に彼は、勇と共に国を出て、本当の名前を捨ててハイジペーターと名乗る事になったんだよ」
意外な顛末に言葉も無い三人にヤヤが悲しそうに告げる。
「それでも、アルプ王国は、今の世界地図にその名前が無いわ。結局の所、民の事を考えられない王族は、断絶して、今生き残っているのは、名前を捨てたハイジペーター博士だけ」
「皮肉な話ですね」
華夏の言葉にヤヤが頷く。
翌日、和が研究室に行くとハイジペーター博士が居た。
「過去の私は、どうだったかね?」
「えーと、その……かっこよかったです」
和の答えにかつてジャンと言う名前の王子だったハイジペーター博士が苦笑する。
「あの頃も色んな研究をしていた。少しでも国の役に立ちたいと思ってたのだ。でも、それが叶うことは、無かった」
寂しそうにするハイジペーター博士。
「でも、国民は、助けられたんだからいいんじゃ無いんですか?」
和から事前に話を聞いていた似丹のストレートの物言いに夢無が溜息を吐く。
「ハイジペーター博士の気持ちも考えろ」
夢無の言葉にハイジペーター博士が首を横に振る。
「良いのだ、この子が言うとおり、王族は、絶えたが、国民は、助かった。それが真実なんだよ。さあ、一昨日の続きだ」
「「「はい」」」
和達は、返事をして実験の準備を開始する中、ハイジペーターは、たった一枚だけ残った、ジャンとして勇と撮ったモノクロ写真を見る。
「これで良かったんだよな、勇」
曙と華夏と和の八刃白書を回収する過去への旅は、まだまだ続くらしい。