ミラクル名探偵ローラちゃん☆
(問題編)
「ハーイ☆ みんなおはよー☆ ウフフ☆ 今日も元気ー? ローラはとっても元気だよー!」
ローラちゃんはいつものように元気良く教室にやって来た。正確な名前は『田中・クリステル・花子』という名前なのだが、金髪美人で読者モデルをやっているローラちゃんは、とにかくローラちゃんと呼ぶことを周囲に強要している。
「た、田中さん……」
「ダメだよー。ローラちゃんって呼んで☆ てへぺろ☆」
なんて微笑んで舌をぺろりと出したら、大体の男は、
「でへへ……わ、わかった……。ぐひひ」
と媚びた笑みしか浮かべることができない。高校一年生のローラちゃんは、とにかくフランスと日本の超絶ハーフ美人、八頭身のスレンダーなモデル体型で、小顔には二重の瞳に常にブルーのカラコンを入れており、その輝きがまた魅力を醸しだしている。鼻の高さも平均的な女子高生の倍はあり、綺麗に整っている。頬から顎のラインもシャープだ。
「カワイイは正義だ」
誰もがローラちゃんを見て、そう思っていた。
「ハーイ! ともちーん! 元気? ウフフ☆」
ローラちゃんはその日も絶好調で、自分の隣の席の女友達に話しかけた。
「ロ、ローラちゃん、おはよう……」
「あっれぇー? どうしたの? ウフフ☆ 元気なーい! やだー☆ ともちんの顔がゾンビみたーい! テンションあげなよ! テンアゲ! テンアゲ! テンコジ!」
「う、うん。わかってるんだけど、ちょっと困っちゃって……」
ローラちゃんの友達、橋野友美は困ったように俯いた。こちらは100点中50点の平凡な女子だ。まだメイクなんて覚えてないし、黒髪はシンプルに束ねてあるだけ。スタイルも幼児体型で、ローラちゃんとは天と地ほどの差がある。
「なになにー? ローラが悩み聞いちゃうよ☆ ほらぁ、こんなにお耳もダンボ! ウフフ☆」
ローラちゃんは眩しいほどの笑顔を浮かべながら言った。友美はあまりのルックスの違いに、劣等感を覚えることもあるが、ローラちゃんは社交的で性格まで美人で可愛いのだ。外見も中身もローラちゃんには敵わない。もはや比べる事自体がナンセンスだと諦めていた。
「困ったの。友達から猥褻なメール送られたの……」
「えぇー! ワイセツ? エロいの! ウフフ☆ ともちんヤリマンになったのー? もうガバガバー?」
「ち、違うよ! そんなこと大きな声で言わないで!」
友美は周囲を気にしながら、携帯電話を取り出した。
「国吉くんとメールしてたの。そしたら国吉くん、朝にいきなり猥褻なメールを送ってきたの……。もうビックリしちゃって」
ローラちゃんは両手の拳を頭に当てて言った。
「ぷんぷん☆ あの国吉ねー。ウフフ☆ ローラも変態だと思ってたよー。ウフフ☆ 社会的に抹殺しちゃおうよ!」
「や、やめて。きっと何かワケがあると思うの」
「クラスメイトの女の子にエッチなメール送るなんて、超きもーい! ウフフ☆ でもエロいってのは大事なことだよー。コウノトリさんだって、セックスしないと来てくれないんだよー。ウフフ☆ どんなメールなの?」
「こ、コレなの。何か意味があるのかな?」
友美は携帯電話を差し出した。そこには国吉からのメールが受信されていた。
[件名:なし]
[本文:今日クンニするよ! ありがと!]
ローラちゃんはガタンと席を立ち上がって怒鳴った。
「オラァァァ! 国吉の変態のクソバカー! ウフフ☆ 今からローラちゃんが社会的に抹殺してあげるー☆ チンポもいでやる! 変態でてこーい! ウフフ☆」
残念ながら国吉はまだ登校していなかった。ローラちゃんは舌打ちしながら国吉の机を蹴り上げ、友美のところに戻った。
「ともちん。それはないよ、うん、それはない。どう考えてもない。ウフフ☆ だって、ともちんと国吉の変態は付き合ってないでしょ?」
「うん。付き合ってない。私だって付き合いたくないよ」
「だよねー! 国吉キモいもん。うげぇ、やだなぁー」
ローラちゃんは改めて国吉からのメールを見つめた。心底ふざけた内容だ。「クンニする」と交際していない女の子に猥褻な宣言をした上に、「ありがと!」なんてお礼を言っている。明らかな変態だ。
「何で国吉がこんなの送ってきたのー? ウフフ☆ 誰かに間違えて送ったのかなぁ?」
「ううん。それは無いと思うの」
「どしてー?」
「だってこれが来るまで、国吉くんとは普通にメールのやり取りをしてたの。それがいきなり、これなんだもん……」
友美は恥ずかしそうに顔を伏せた。まだクンニどころか男と付き合ったこともない。クンニがどんな行為でクンニがどんな体勢で行われてクンニがどのような役割を果たすのか、クンニのことは知っているがクンニなんて夢のまたクンニだ。
「ふーん。これはあれだね。ウフフ☆ ローラちゃんの名探偵としてのカンが冴えてきたよ! ウフフ☆ 真実はいつもひとつ! ウフフ☆」
友美は不安げにローラちゃんを見つめた。ローラちゃんとは中学からの付き合いだが、ちょっと変わった癖があり、たまにこんなことを言い始める。ローラちゃんは名探偵コナンが大好きで、鳥取県にある「青山剛昌ふるさと館」にも行ったことがあるほどのコナン好きなのだ。
名探偵ローラちゃんは顎に手をやると、友美に尋ねてみた。
「ともちん、ちょっとその前のメールのやり取り教えて☆ ウフフ☆」
「うん。国吉くんは野球部で、チャンスの場面に打てないことを気にしてたの」
「国吉らしい肝っ玉の小さい悩みだね☆ ウフフ☆ チャンスに打てなくなるなんて、どこかの球団のサードのあの人みたいだね! ウフフ☆ あっ、思い出したよー。村田だ!」
「それで私がマルクスの名言を送ってあげたの」
「マルクス? それってなに? エロいの? ウフフ☆ やだー! それって新しいセックス? ともちんってば、やっぱりヤリマンだね! ガバガバ☆」
「ち、違うよ! お願いだから教室で大声で人をヤリマン呼ばわりしないで!」
友美は慌ててローラの口を塞ぎ、必死に言った。
「万物は変化しつつある。君自身も絶えざる変化の中にあり、ある意味で分解しつつある。然り、宇宙全体がそうなのである、って送ったの」
ローラは友美の手を振り払い、驚いたように友美を見つめた。
「ともちん。何言ってるの? 大丈夫? 変な宗教にハマってない? そんなメール送る女子高生なんか、この世に存在しないよー☆」
「この間、授業で習ったでしょ! それを送っただけ! チャンスの場面だって宇宙全体の一コマって考えれば、小さな問題に思えるかなぁ、と思って適当にコピペしたの」
「やだぁ、ともちんこわーい☆ ウフフ☆ そんな小難しいこと言われても、うーんとね、ローラよくわかんない! ゴメンネ! ウフフ☆ ローラは変なツボなんて買わないよ!」
「宗教じゃないってば! そのメールの返信が、コレだったの……」
友美は恥ずかしそうに「クンニ」宣言したメールを取り出した。おぼこの友美には「クンニ」なんて恥ずかしくて口に出せない。
「ふーん。国吉もともちんも、両方きもーい! ウフフ☆ 朝からそんなメールやりとりしてるなんて、本当に変態のヤリマ……」
「ま、待って言わないで! 変なレッテルを貼らないで!」
ローラちゃんは再び、友美の手を振り払い、納得したように頷いた。
「ウフフ☆ なんだ。そういうことか。わかったよ! 名探偵ローラちゃんが、この謎を解決しちゃった☆ ウフフ☆」
「えっ、ローラちゃん、何がわかったの?」
「もちろん国吉が何でそんなメールを送ったか、だよー☆ あの国吉、いや、もう面倒だから、アイツは今日から『クンニ吉』にしようよ。ウフフ☆ クンニ吉はね、違うことをともちんに伝えたかったんだよ☆ ウフフ☆」
「そ、そうなの?」
「うんうん。あ、クンニ吉がきたー!」
教室に国吉が入って来た。友美は不安そうにローラちゃんと国吉を見つめ、ローラちゃんはゆっくりと国吉に近づいた。
(解答編)
国吉はいつものように野球部の朝練を終えて、教室に入って来た。国吉も平均的な坊主頭の少年で、将来はプロ野球選手になりたいなぁ、でも今の10倍の練習量が必要だなぁ、それは嫌だから公務員になりたいなぁ、と考えている男だ。
「ハーイ! クンニ吉! おはよー☆」
クラスの人気者であるローラちゃんがやって来た。国吉は何か自分の名前がひどく猥褻な気がしたが、気のせいだと思って言った。
「ローラちゃん、おはよ……」
すぐにローラちゃんに変化が訪れた。ローラちゃんの髪が静電気でふわふわと浮かび上がり、目が肉食獣のような殺気に満ちている。その可愛らしい口から重苦しい言葉が溢れ始めた。
「……我はブラフマンであり、唯一のアートマンである。捨てるべきものも、取るべきものも、我にはない。なぜなら我は不変であり、つねに解脱しており、清浄であり、つねに悟っており、属性なく、不二である。精神を集中して、一切万有をアートマンとして知るべき……」
クラスメイトたちは仰天してローラちゃんから飛び退いた。
「お、おい! 国吉! お前ローラちゃんに何したんだ!」
「わ、わかんない! いきなりなんだよ!」
「ローラちゃんが『インド六派哲学モード』になってるじゃんか! に、逃げろ!」
その間もローラちゃんの口から呪いのような言葉が溢れる。いつものカン高い声ではなく、重厚なバリトンボイスだ。
「……我は我を自覚するアートマンであり無明、別異と不異、一と多、認識対象と認識主体、行動と行動主体、という区別は誤って想定されている。我こそは唯一無二のブラフマンであり、統覚機能にのぼった一切のものは、全ての場合に、常に我によってみられる。それゆえに、我は最高のブラフマンである。我は全知者であり、一切に偏在している……」
ローラちゃんが口から呪いのように言葉を吐き出す。ローラちゃんは可愛い美人の読モなのだが、いくつかの困った点がある。それがローラちゃんの怒りが最高潮に達すると、『インド六派哲学モード』になってしまう、という点だ。この時のローラちゃんは完全にキレている。
「ローラちゃん! どうしたの!」
友美も慌ててローラちゃんの体にしがみついた。
「……知ったこと、クンニ吉を処刑。輪廻の中にクンニ吉を放り込み、永遠に無明という名の地獄に陥れるまで……」
ローラちゃんの手がゆらゆらと動き出した。国吉はガタガタ震えながら逃げ出そうと必死だ。ここから繰り出される技は、ローラちゃんがこのモードにある時のみ発動する『千手観音・ローラちゃん貫手』だ。この残虐な必殺技を繰り出す前に、ローラちゃんは『インド六派哲学モード』になってしまうのだ。
「く、国吉くんは何か間違ったメールを送ったのよ! ローラちゃんやめて! またクラスメイトを病院送りにしちゃうよ!」
国吉は震えながら友美に尋ねた。
「ど、どういうこと! 橋野さんとのメールが原因なの?」
友美は顔を真っ赤にさせながらも言った。
「ローラちゃんはそれで怒ってるの! だって、国吉くんが、私にクククククククククククククククク……」
「ククク? はぁ? 何言ってるのさ!」
「クンニ」なんて、おぼこの友美には恥ずかしくて口に出せない。それでもローラちゃんがまた『千手観音・ローラちゃん貫手』でクラスメイトを病院送りにして停学になってしまう。クンニ吉のことなんてどうでも良かったが、友美はローラちゃんを守るために大声で叫んだ。
「あなたが私に「クンニする」なんてメールを送るからよ! だからローラちゃんは怒ってるの!」
国吉は青褪めて周囲を見回した。クラスメイトは「うわ、国吉きもーい」「そりゃローラちゃんの貫手を食らって当然だわ」「アイツ今日からクンニ吉って呼ぼうぜ」と、冷たい目で国吉を見ている。
「何それ! そんなこと送ってないよ! ありがと、ってメール送っただけじゃん!」
「その前にクンニがついてた! どういうことなの!」
「ウ、ウソォ!」
国吉は慌てて自分の携帯を取り出し、送信ボックスを調べてみた。そしてその顔が絶望に染まった。
「うぎゃあああ! お、送ってるぅぅぅぅ! ち、違う! クンニじゃない! これは誤解だよ!」
ローラちゃんの手がゆらゆらと回転し、その動きがピタリ、と止まった。
「……六派哲学の裁きを受けろ……全てはブラフマンの天啓聖典なり!」
ズバババババババババババババッ
「うぎゃ! ひげ! おぎゃ! ぐへぇ! ひでぇ! ごぶぅ! ぐはぁ!」
マシンガンのようなローラちゃんの『千手観音・ローラちゃん貫手』が、国吉の体を滅多打ちにする。目にも止まらぬ速度で貫手が的確に国吉の急所を打ち抜き、国吉の生命器官に致命的なダメージを与え、ダウンさせることも許さない。ローラちゃんの貫手は、国吉の急所を破壊し続ける。ローラちゃんは最後に心臓への貫手を放ち、『千手観音・ローラちゃん貫手』を終了させた。
「ひでぶっ!」
国吉は鼻血を流しながら地面に崩れ落ち、涙目で友美とローラちゃんを見上げた。
「ご、誤解なのに……ひ、ひどいよ……」
ローラちゃんは静かに国吉を見下している。
「我、全ての理を超越している。クンニ吉よ、そなたの行動は全て輪廻の中にあり、我は全てを知覚している。そなたは『マルクス』が『まるごとセックス』の略だと思い込み、童貞という輪廻から解き放たれることを悟った。セックス、そなたはそれだけが頭にあり、自分が取るべき行動はクンニだと、誤ったブラフマンから天命を受けたのだ。まさに真の変態。クンニ吉よ、アートマンは全てを知覚している。我はアートマン。我の前では全ての真理が明らかになるのだ」
クラスメイトはローラちゃんの言葉に頷き、変態の国吉を「ローラちゃんが怒るのも当然」と思いながら見下している。国吉は泣きながら言った。
「ち、違うよ。ぼ、僕はクンニじゃなくて、『教訓にするよ』って送ったんだ。練習で急いでたから、それを『今日クンニするよ』って、誤変換しちゃったんだ」
ローラちゃんと友美の顔が不思議そうに歪み、思わず尋ねた。
「きょうくんにするよ?」
「そ、そうだよ」
ローラちゃんと友美は携帯の画面を見て、何度か変換してみる。「きょうくんにするよ」、「教訓にするよ」、「今日クンニするよ」。なんと、国吉は変態ではなかった。ローラちゃんが輝くような笑顔を浮かべて舌をぺろりと出した。
「てへぺろ☆ 今日クンニするよ、教訓にするよ……アハハ☆ なんだぁ! ウフフ☆ そうだったんだー☆ ローラってば勘違いしちゃった! ウフフ☆」
ローラちゃんが照れくさそうに笑みを浮かべると、教室はどっと沸いた。
「あははっ、ローラちゃんてばドジだなー。そこもきゃわたん!」
「ウフフ☆ ローラってば勘違いしちゃった! ウフフ☆ もう、いけないローラ! めっ! ぺしぺし☆」
ローラちゃんがコミカルに自分の頭をぺしぺし叩くと、クラスメイトたちはその愛くるしさに、すぐにローラちゃんの味方になった。
「いやぁ、クンニ吉が悪いんだよ、謝れよ、クンニ吉」
「そうだよ、クンニ吉、ローラちゃんと、ともちんに謝れよ」
「全てはクンニ吉が変なメールを送るせいだ。謝れ」
「クンニ吉! ジャンピング土下座!」
「クンニ吉、それローラちゃんにやられた、って言うなよ」
「そうだよ。お前が誤変換するから悪いんだ」
「クンニ吉がATOKの入った東芝の携帯を持っていればよかったんだ」
「ローラちゃんは正義なんだから、停学なんかにさせるなよ」
「クンニ吉のせいでローラちゃんが停学になるなんて許さないぞ」
国吉は何だか釈然としなかった。何せ貫手でボコボコに殴られたのだ。しかもローラちゃんの勘違いだ。そして体中が痛い。鼻骨も鎖骨も肋骨も折れている。それでも友美に「クンニ」と送った事実は間違いない。クラスメイトの女子に「クンニするよ!」なんて送ったら、変態のレッテルを貼られて当然だ。仕方なく土下座した。
「ご、ごめんね。ともちんに、ローラちゃん……」
さすがに友美も同情して言った。
「いいの。最初は驚いたけど、納得できた。気にしないで」
「ひっぐ、ありがとう……」
「そんなに謝らないで。ほら、クンニ吉くんも立って」
「ク、クンニ吉は継続なんだ! ひ、酷くない!」
国吉は一人泣きわめいていたが、みんなローラちゃんの勇気ある行動に拍手を送っていた。友人に変態メールを送った男を処刑したのだ。とにかく、カワイイが正義だ。
「ウフフ☆ ローラのこと許してくれて、とってもうれしー! アリガト! ウフフ☆ これからも名探偵ローラを宜しくね!」
ローラちゃんを中心に教室は盛り上がっていた。困ったことがあれば名探偵ローラちゃんに相談してみよう。ただローラちゃんが『インド六派哲学モード』になったら命の危険を感じたほうがいい。ローラちゃんの貫手は骨を粉砕するほど痛いのだ。みんなもメールを送る時は気をつけよう。是非とも、この物語を今日クン二して頂ければ幸いだ。
(おしまい)