ミカと太郎
ミカという子
病院の窓から男の子が悲しそうな目でこっちを見ていた。優しそうな目だった。いつもお腹が空いていて、悲しみに暮れていたミカにとっては唯一の癒しであり、希望だった。とっても優しそうなあの子と一緒に暮らせたら、どんなに幸せだろうか。
その日、ミカはいつものように病院の方を見ていた。
「あ、あの子だ」
病院から出てきた。こっちに向かって来る。ミカは嬉しくて嬉しくて、なんだか元気が湧いてきた。ドキドキ、ワクワクしていると、なんと目の前まで来てくれて、パンをくれました。
「僕、太郎って言うんだ。これ食べて元気出してね」
「美味しいー」
何日ぶりの食事だか。ミカは泣きながら食べた。尻尾を精一杯振って、ありがとうを伝えた。
ミカが太郎を見たのはこれが最後だった。数日後、まだ子犬のミカは飼い主の虐待に耐えきれず、命を落としてしまったのだった。
ミカは白いお花がいっぱい咲いた草原にいた。
「ミカ。苦しかったね。辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。パパが天国に連れて行ってあげるよ」
「パパ!ありがとう」
「最後にミカ、何か思い残したことはないかな」
「あぁ、パパ。ミカは太郎と一緒に暮らしたい」
「あの優しい子だね。素の心で行動する良い子だからパパも好きだな‥‥では、ミカ、太郎くんに会いに行って、2人でパパのところにおいで」
「あぁ、それと、太郎くんと暮らすなら、人間としての方が良いかな。ミカが望むなら、そうしてあげるよ」
「もちろんそうしてほしいけど、そんなことできちゃうの?」
「そりゃまあ、神様だからね。ほらね」
太郎という子
太郎は中学生になっていた。学校の廊下を歩いていると、何だかトイレのほうが騒々しいことに気づいた。
「ぎゃー」
女の子の悲鳴が聞こえた。行ってみると5〜6人の男女がその子を取り囲んでいじめていた。ホースで水を浴びせ、モップで叩いてと、とても見ていられないほどの惨状だった。何人もの生徒が取り囲むように見ていたけれど、誰も助けようとしないのが信じられなかった。気づいた時には、太郎はその子を抱き上げて出口に向かって走っていた。1人の男子がモップを手に立ちはだかったが、体当たりしてその場から逃れた。左手がモップに当たってとても痛かったが、とにかく走って、保健室に駆け込んだ。秋子先生がその子のケアをしてくれた。
太郎は、これからは自分がいじめの対象となるんだろうなと思ったが、そうでもなかった。秋子先生が他の教員と情報を共有し、しっかり監視してくれるようになったらしい。けれども、いじめに関わっていた連中の太郎に対する視線はとても冷たくなっていた。
太郎はまた孤立した。別に、人を虐めるような奴やそれを傍観するだけの奴等と仲良くしたいとも思わないし、孤立上等と思った。
「あ‥‥そうだ。ミカちゃん」
なんと、太郎はすっかりミカのことを忘れていた。約束したのに。寂しい思いをしてやっと思い出したのだった。ああ、そういえば、あのいじめられていた子はミカではなかったようだ。グルグルっという感覚は無かった。ああ、ミカに会いたいと太郎は思った。