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約束

1万回会いに来て


  約束

 太郎は草原にいた。白くて中心だけ黄色い小さな花が一面に咲き誇っていて、雲ひとつない青空とのコントラストがとても綺麗だった。少し離れたところに白いフワッとした服を着た少女がいた。自分と同じくらいか少し年上って感じの、多分10歳くらいの子だった。近づいてみると、振り向いてニコって笑った。色白の、何となく犬っぽい雰囲気のある可愛らしい子だった。

「誰?」

「あ‥‥太郎。お花積んでるの?」

「うん。髪飾りを作ろうと思って」

「え‥‥と、名前は?」

「ミカ」

 僕たちの最初の出会いだった。2人で花を摘んで、ティアラのように丸く編んだ。頭に載せてあげると、とても似合っていた。笑顔が可愛らしかった。

「朝食の時間ですよ。まだ寝てたかな?」

 胸の中でグルグルっと子犬のような暖かい生き物が回って遊んだような感覚があったと思ったら、この声で目が覚めた。そうだった。ここは病院、僕はまた入院していたのだった。自律神経失調症で、側から見れば大した病気でもないようだが、自分的には気持ちが悪くて、食べても吐いてしまうし、とても辛いものだった。でもまあ、4日ほどの点滴を終えてお粥の食事が出るようになったので、もう2〜3日で退院の運びとなるらしい。自分的には朝はパンを食べてみたいのだが、常食を食べられるようになったらその日のうちに退院という流れなので、週に1度しか提供されない朝食のパンにありつける確率は、とても低かった。今回もダメそうだ。

「全部食べられるといいね」

「うん」

 体の調子は戻ってきていたが、全部食べるにはもう1つの難題があった。全体に薄味で美味しくないのだ。カレーライスとか、ウインナーとかなら美味しく食べられるのに、そんなものはまあ、出なかった。たまに出る旨煮のさつま揚げくらいが救いだった。

 2日後、めでたく退院して家に戻った。体調が戻ったとはいえ、1週間もベッドに横になっていると体力は衰えるもので、その日は早々に床に着いた。5分ほど経っただろうか、また、グルグルっという感覚があった。あの子が来てくれたのかなって、直感的に分かった。そうそう、あの草原だ。今日もあの白い花が一面に咲いていた。‥‥と、誰かが手を繋いできた。見えなかったが、あの子だと思った。手を引かれて進んでいくと、コンクリートの古い建物が見えてきた。窓はもはや無くて穴だけ空いており、崩れかかた階段が建物の左端に見えていた。次の瞬間、とても暗いところにいた。まだ、手は繋いでいた。

「行くよ」

 ミカはそう言うと、扉を開いた。眩しいと思うと同時に屋上から空へ飛び上がっていた。草原の周りには森が広がっていて、そこ此処に湖があった。遠くにはクリーム色と赤茶色に染まった街が見え、その向こうには海が見えた。とても綺麗だった。

「元気になったね。ご褒美よ」

「ありがとう。すごいよ。すごい」

 これまでみた中で一番綺麗な風景だった。天国というところは、もしかしたらこんな所なのだろうか。

「ミカー」

 遠くで声がした。優しい感じの声だった。

「おっと。もう帰らなきゃ。またね」

 目が覚めた。また会えるといいなと太郎は思った。

 太郎は学校生活に戻った。それなりに勉強はできたし、少しくらい授業から離れていたとしても、まあまあ追いついていくことが出来た。しかし、病がちな太郎にはこれといった友達もなく、毎日が楽しいというものでもなかった。早く帰って、またミカに会いたいと思う毎日だった。ミカは2〜3月に1度会いに来てくれた。自分からあの草原に行ってみようと幾度かチャレンジしたけれど、毎度失敗した。ミカを探しに行こうと眠りについたのに、夢の中で探しているのはいつもトイレだった。世の中そんなに甘くないんだなあと思うのであった。

 ミカがまた来てくれた。これで8回目くらいになるだろうか。今日はミカが何だか真剣そうな感じだ。

「どうしたの?」

「太郎、あたし、これからも、ずっと太郎と一緒にいたい。太郎は?」

 ドキドキした。びっくりもしたけれど、即答していた。

「僕も。ミカと一緒にいたい」

「嬉しい。こっち来て」

 ミカは僕の手を引いてあの建物の方にずんずんと進んでいった。また真っ暗なところに入った。蝋燭の光の方へ目を向けると、威厳のある感じの男の人がこっちを向いて立っていた。

「パパよ」

 恐ろしい形相にも見えたが、目の奥に優しさを感じた」

「君が太郎くんかい?」

「はい」

「君は、ミカのことが好きかい?」

「はい」

「此処は人間界と神界の間にある『中つ界』と言ってね、神界へ導いて良いものか、神々が見極めるところなんだ。ミカはこれから神界に進んでいって、永遠に幸せに生きていけるってところなのだけれど、どうしても、君と一緒にいたいと言うのだよ。もし君がミカを幸せにしてくれるのなら、ミカを人間界へ送ってあげてもいいかなと思っているんだ。どうかな。幸せにしてくれるかな」

「はい。それはもちろん」

「ミカを人間界に送るとね、今とは全く違う姿形になってしまうのだけれど、君はちゃんとミカを探し出してくれるかい?」

「一生懸命探しますが、何か手がかりはあるのですか?会えると信じていれば、必ず目の前に現れてくれるのでしょうか」

「強い心でミカを愛し、探してくれれば、必ず会える。その時君は、グルグルっていうあの感覚を覚えるだろう。君は、それを逃してはならない。チャンスは1度だけだ。もし探し出すことができれば、君たちは人間界で思いどおりに幸せに暮らし、寿命を迎えたら神界へと導かれる。しかし、万一逃してしまうと、ミカは人間界から追い出され、神界へも行けず、永遠に中つ界を彷徨うことになってしまう。そして君は、罰として地獄に落ちることになる。それでも君はミカを探し出して幸せになると約束してくれるかい?」

「はい。きっと探し出して、ミカと幸せになると約束します」

「よく言ってくれた。ありがとう」


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