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【第一部 - 第一章「紅の復讐者」】

二年前、全てを奪われた──


燃え上がる村、焼け落ちる家、響き渡る悲鳴。悪魔族の襲撃により、ファルサロスは家族も、故郷も、何もかもを失った。


それ以来、彼の歩みは復讐という名の剣に突き動かされている。


---------------------------------------------


街の名はプリームス。ギルドが設置された、周辺地域では比較的栄えた街だ。その街の中央、冒険者ギルド「蒼月の剣」の扉が静かに開く。


黒衣をまとい、手入れの行き届いていない片手剣を腰に下げた男──ファルサロスがそこにいた。


「……講習を受けたい」


ギルドの建物内は昼下がりの喧騒に包まれていた。依頼を探す冒険者たち、受け付け嬢との会話、報酬の清算。その中を、無言のまま歩くファルサロスの姿は異様に映った。


ギルド受付のカウンターに近づくと、長い栗色の髪を三つ編みにした女性受付嬢が顔を上げた。


「あ、はい……初心者講習ですね? 登録はお済みですか?」


「……まだだ」


彼は短く答えると、受付の女性に促されるまま紙に記入を始めた。名前、生年月日、得意な武器。全てを淡々と書き込み、最後に捺印する手は一分の迷いもなかった。


登録が済むと、訓練講師と呼ばれる男──筋骨隆々で日焼けした肌を持つ初老の剣士が現れる。


「お前が新人か。講習を受けたいってのは本気か?」


「……ああ」


ファルサロスは頷いた。無表情で、声に温度もない。


訓練講師は片眉を上げたが、それ以上は何も言わずに案内を始めた。


講習場はギルド裏手に設けられた訓練場。稽古用の木剣、魔法練習用の標的人形、基礎訓練の模擬壁などが並ぶ。


「ここでやるのは基本だ。剣の構え、魔法の詠唱、薬の調合、生活魔法の使い方──戦場に出る前に最低限身に着けとけ」


ファルサロスは木剣を手に取る。


「この木剣は……軽すぎる」


「新人が本物の剣振り回したら死人が出るだろうが。いいから素振り百回だ」


講習は淡々と進む。だが、講師の目は徐々に驚きに変わっていった。


ファルサロスの剣筋には、素人とは思えない鋭さがあった。型を覚えるごとに吸収し、何度も反復しながら形を磨いていく。


「……お前、剣の心得はあるな?」


「独学だ。……昔、戦う理由ができた」


講師は何も言わなかった。ただその目に宿った敬意を、ファルサロスは見ようとはしなかった。


その日、彼は最低限の手続きと講習を終え、剣の手入れもせず、血の匂いが染みついた衣のまま、依頼掲示板の前に立つ。


──討伐依頼、それだけを選び続けた。その日から討伐依頼ばかりを選び、毎日のように血に塗れる任務に出向いた。


誰よりも早く剣を振るい、誰よりも冷徹に魔物の命を刈り取る。返り血を浴びようが、泥にまみれようが構わない。どうせ、あの炎よりは綺麗なものだ。


生きる為に殺す。弱いから奪われる。


ギルド受付のヴィルは言う。「あの人、毎日来てますよ……まるで何かに憑かれてるみたい」


冒険者登録から一か月、平均では一年近くかかるとされる八級に昇格した。恐るべきスピード。その執念に、周囲の冒険者たちは次第にあだ名を囁き始めた。


──紅の復讐者。


誰よりも早く剣を振るい、誰よりも冷徹に魔物の命を刈り取る──そうした彼の姿に、やがて街の住人たちも噂を立て始めた。


「最近、毎日ギルドで名前を見るな……あの黒衣の男、気味が悪いくらい静かに依頼を片づけていく」

「返り血を浴びたまま、何事もなかったように帰ってくるんだぜ。まるで……血に呪われてるみたいだ」


ギルドの掲示板の前では、受付嬢たちが囁き合っていた。


「……また来ましたよ、あの人」

「紅の……復讐者?」


その異名は、やがて街全体に広がり、伝説のように一人歩きを始める。


そんな中、ギルド内の事務室では受付のヴィルが資料をめくりながら、講習会後の記録を確認していた。


「一か月で八級昇格……ふむ、記録更新だな。あの男……ただものじゃない」


──だが、それでもファルサロスは振り返らない。ただ前だけを見据えて剣を握る。その執念の炎が、彼を動かしていた。


ギルドでの講習を終えたファルサロスは、受付に戻ると、受付嬢が微笑みながら話しかけてきた。


「お疲れさまでした、ファルサロスさん。これからギルド周辺の施設についても簡単に案内しておきますね。まず、宿屋は『月影亭』って名前で、ギルドの斜め向かいです。ご飯も美味しいし、女将さんも優しくて評判がいいですよ」


「……わかった」


「それから、道具屋はこの通りを北に進んで右手。『サルベンの店』って看板が出てます。薬草や保存食なんかも置いてるので、依頼の前に立ち寄る人が多いです」


「……了解した」


「あと武器屋は、道具屋のもう少し奥。『グランス鍛冶工房』ってとこで、ちょっと頑固な店主さんだけど腕は確かです。武器の手入れは忘れずに、ですよ?」


受付嬢の笑顔に一瞬戸惑うように目を細めたが、ファルサロスは短く頷いてギルドを後にした。


---------------------------------------------


まず向かったのは、宿屋「月影亭」。木造二階建ての建物で、外壁には花の鉢植えが並んでおり、柔らかな灯が窓から漏れている。


扉を開けると、厨房のほうから丸々とした体型の女将が現れた。目尻に優しい皺を刻んだ、包み込むような微笑みを浮かべている。


「いらっしゃい。……って、あらあら、あんた初めて見る顔だね。もしかして冒険者さんかい?」


「……ああ」


「そうかいそうかい。なら、お泊まりかな? 一泊二食付きで大銅貨八枚、朝食だけなら大銅貨七枚。どうするい?」


「……二食付きで」


「了解したよ。部屋は二階の一番奥、風通しがいいと評判なんだ。鍵はここ。夜はなるべく早く戻ってくるんだよ。物騒な世の中だからねぇ」


「……気をつける」


「ふふ、真面目な子だね。うちの息子もあんたくらいの年頃だったけど……戦争でね」


その言葉に、ファルサロスは一瞬だけ目を伏せた。言葉はなかった。


「ま、そんな話は置いといて……お夕飯は七時だからね。しっかり食べて、明日に備えるんだよ」


「……ああ」


初めて見る天然木の柱や、廊下にかかる風鈴の音。ファルサロスは、どこか懐かしいような空気に包まれながら、自室に向かった。


--------------------------------------------


その翌朝、ファルサロスは装備を整え、初の討伐依頼へと向かった。森の外れに巣食う獣魔の駆除。三人の冒険者と合流したが、彼はほとんど口を開かず、最小限の連携のみで敵を仕留めていく。


その後も連日、討伐依頼をこなす。返り血を浴びたまま街に戻り、報酬を受け取っては再び森へと向かう。その繰り返しだった。


ある日の午後、彼は武器屋『グランス鍛冶工房』を訪れた。店内には鉄の焼けた匂いが充満し、壁には大小様々な武器が並ぶ。カウンターの奥では、白髪交じりの老鍛冶師が火花を散らしながら金属を打っていた。


「……刀の切れ味が落ちた」


老鍛冶師は顔も上げずに唸った。


「……あたりめえだ。お前、さては武器の手入れなんざしてねぇな?」


「返り血を浴びた後は、毎回振って落としている」


「ふんっ! 血を振っただけで落ちるかよ。血はな、錆びの元だ。切れ味が落ちるのは当然だろうが」


老鍛冶師は鍛造台に剣を置かせると、細かく刃を検めた。


「……ふむ。刃こぼれも酷い。こりゃ、戦い方が荒いな」


「……弱ければ、奪われる。速さと力が全てだ」


「そんなもんは、よく研いだ刃でも同じこった。鍛冶師を舐めるなよ、坊主」


「……すまない」


「ま、いいさ。気に入った。直してやるから明後日取りに来な。あと、次からは毎日拭け。油ぐらい塗っとけ。でなきゃ俺の手間も倍になる」


「……心得た」


店の外へ出たファルサロスの背に、老鍛冶師のぼやきが聞こえた。


「……ったく、血に染まった目してやがる。だが、剣に心はある。あの剣が、泣いてたぜ」


その言葉にファルサロスは一瞬、足を止めた。


何かを感じたように、空を仰いだ。


だがすぐに歩き出す。


まだ、終わっていない。


-------------------------------------------


ファルサロスは武器屋を後にし、再びギルドへと足を運んだ。依頼掲示板を眺めていると、受付嬢のヴィルがこちらに声をかけてきた。


「ファルサロスさん、そろそろ階級を上げるには護衛系の依頼も受けていただかないと……」


彼は黙って頷いた。殺すだけでは上に行けない。組織のルールというものに、否応なく従う必要があるのだ。


「それと、依頼の準備をするなら道具屋に寄るといいですよ。薬草や携帯食料、それに緊急用の煙玉なんかも置いてあります」


言われるまま、街の通りを抜けて道具屋へと足を運ぶ。道具屋はギルドの近くにあり、年季の入った木造の建物だった。


軋む扉を開けると、陽の差し込む店内に、整然と商品が並んでいる。


「おお、また来たか。……って、あんた、その顔、まさかオークでも斬ったのか?」


「……そうだ」


「あー、なるほどな。そりゃ顔も引きつるわ。で、今日は何が要る?」


ファルサロスは戸棚を一瞥した後、簡素に答えた。


「携帯食、三日分。傷薬。煙玉……と、これは?」


彼の視線の先にあったのは、手のひらほどの小瓶に詰められた銀色の粉だった。


「ああ、それは『眠り砂』っていってな、撒くと一定範囲内の魔物が眠ることがある。効くかどうかは種族次第だけどな。割と便利だぞ」


「……効率は?」


「確率五割。でもうまくいけば、大型の魔物相手にも使える。ただし高ぇぞ、五銀貨」


ファルサロスは一瞬考えたが、黙って五枚の銀貨を差し出した。


「まいど。ま、これで少しは命拾いするかもしれねぇしな」


品物を受け取った後、彼は礼も言わずに店を出ようとしたが、おっちゃんが不意に呼び止めた。


「おい、ちょっと待ちな」


振り返ると、おっちゃんは真剣な目で彼を見つめていた。


「お前さん、最近“紅の復讐者”なんてあだ名で噂になってる。……でもな、どれだけ速く、どれだけ上手くやっても、人間は人間だ。心まで壊れたら、もう戻れねぇぞ」


ファルサロスは一瞬、言葉を返しかけたが──口を閉ざし、そのまま扉を出た。


夕焼けが街を染めていた。


宿屋に戻ると、いつものように鍵を受け取り、無言で階段を上がる。

だがその夜、初めておばちゃんが声をかけてきた。


「……ねえ、お兄さん。最近ちょっと痩せたんじゃないかい? 頬、こけてるよ」


「……食ってる」


「そうじゃなくてさ、心配って言ってるの。私ね、色んな冒険者を見てきたけど……あんたみたいに、自分を壊して突っ走る人も、何人も見てきたよ」


ファルサロスは黙って立ち尽くした。


「ごめんね、余計なお世話だったね。でもさ、ここは帰ってくる場所だから。泥だらけでも、血まみれでも、いつでも風呂を沸かして待ってるから」


その言葉は、焼けた村の記憶を、わずかに薄める何かだった。


「……ありがたい」


彼はそれだけを言い、部屋へと戻った。


翌朝。ギルドの掲示板には、新たな依頼が貼り出されていた──


【ランク昇格試験:採集護衛任務 プリームス南西の森林地帯 隊商護衛】


ファルサロスがギルドの掲示板前で依頼票を眺めていると、受付嬢のリシアが静かに声をかけてきた。


「ファルサロスさん、最近の活躍はギルド内でも話題になってますよ。ただ……そろそろ階級昇格には、護衛系の依頼も受けてもらわないと難しいんです」


ファルサロスは無言のまま、掲示板に視線を戻した。そこには「薬草採取団の護衛依頼」と書かれた紙が貼られている。


「これか……」


「はい、それです。日数は一泊二日、場所は街の東に広がるグリムの森。薬師たちが採取に入るので、その間の護衛です。報酬は銀貨三枚と、大銅貨五枚相当になります」


「……受ける」


「ありがとうございます! あ、それと……今回の依頼、パーティを組んで対応してもらう必要があります」


ファルサロスの眉がわずかに動いた。「一人では、駄目なのか」


「この依頼、途中にオークの巣がある可能性が高くて……個人での受諾は、ギルドとしては非推奨です」


それは彼にとって最も苦手とする状況――集団行動。


だが、昇格には避けては通れぬ道。


「わかった。誰と組めばいい」


「ちょうど良かった! ファルサロスさんと同じタイミングでこの依頼を申し込んだ方がいて……ユーストゥスさんです」


護衛依頼が始まった。


-----------------------------------------------


その日の夕方、ファルサロスは道具屋へと立ち寄った。


「おっ、兄ちゃん。今日はいつもより装備品多めか?」


「護衛依頼だ」


「ほう、ついに仲間付きの任務かい。じゃあ、荷物持ち用の大きなバッグと、予備の包帯や保存食、それから……護身用の閃光玉も持っていきな」


「必要分だけでいい」


「無駄に思えるもんが、命を分けることもある。持ってけ」


ファルサロスは何も言わず、それらを受け取った。


「……礼は言わないぞ」


「構わんよ。その代わり、生きて戻ってこい」


頷き、店を出る。


夜、宿屋に戻ると、おばちゃんが声をかけてきた。


「明日は護衛依頼だって? 無理しちゃいけないよ。あんたみたいな子が、生き急ぐのは見てられない」


「……生きるために、必要なだけだ」


「せめて、朝ごはんはしっかり食べな。おにぎりと、あったかいスープを用意しておくから」


「……ありがとう」


ファルサロスはその言葉だけは、素直に口にした。


夜更け、月が窓から差し込む中、彼はベッドの上で静かに剣の手入れを始める。


明日、何が起きてもおかしくはない。


だが、彼の心は少しだけ、穏やかだった。


そして、朝が来る。


----------------------------------------


 翌朝、陽光が街の石畳を照らす頃、ファルサロスは静かに宿を後にした。

 革の装備の隙間からは、昨日道具屋で新調した小型のポーションケースがちらりと覗いている。


 ギルドの門をくぐると、既に今日の護衛依頼に参加する面々が集まっていた。

 農夫風の商人、薬草採取の依頼人、そして三人の若い冒険者たち。中でもひときわ目を引いたのは、筋肉質で屈託のない笑みを浮かべた若者だった。


 「おい、そこの君!あんたが紅の復讐者ってやつか?」


 声をかけてきたのは、その若者──ユーストゥスだった。

 その明るい声に、周囲がざわめいた。


 ファルサロスは無言で彼を見る。


 「怖い顔すんなって。俺はユーストゥス。拳で戦う冒険者だ。よろしくな」


 差し出された手を、ファルサロスは一瞬見つめた後、無言で握った。

 それだけで、周囲の空気がわずかに和らぐ。が、彼の目は変わらない。敵か味方か、それすらも気にしていないような目だった。


 出発準備が整い、一行は街を出発した。

 護衛対象は、森の奥でしか採れない薬草を集めるために向かう一団だった。


 始めは何事もなく、森の中を進む。

 だが、昼を過ぎた頃。

 獣道の先に、何かの気配が立った。


 「……止まれ」ファルサロスが低く言った。


 全員が足を止めると、茂みの奥から、唸るような声とともに巨体が現れた。

 それは、二メートルを超える筋骨隆々のオークだった。


 「なんてタイミングだ……!」ユーストゥスが叫ぶ。


 オークは吠え、躊躇なく突進してきた。前衛の一人が反応しきれずに吹き飛ばされる。

 ユーストゥスが前に出て構えるが、オークの力は圧倒的だった。


 「くそっ……!」


 拳を叩きつけても、オークは一歩も退かない。逆に振るわれた棍棒の一撃で、ユーストゥスは地面に叩きつけられる。

 彼の肩が不自然に曲がった。


 「立てるか?」


 ファルサロスの声が飛ぶ。目は、既にオークに向いていた。


 「……あぁ」


 傷を押さえながら、ユーストゥスがうなずく。


 「俺が顔を斬る。お前は魔法を叩き込め。いいな?」


 「無茶だ……だが、それしかないか」


 ファルサロスは無言で駆け出した。森の地面を蹴り、一直線にオークへと迫る。

 オークが唸り、棍棒を振りかぶるその瞬間。

 鋭く、斜めに振るわれた剣が、オークの頬を切り裂いた。


 怒り狂った咆哮が上がる。視線は完全にファルサロスへ。


 「今だユーストゥス!」


 ファルサロスの声に応えるように、熱が集中した気配が生まれた。


 「《焔弾》!」


 ユーストゥスの拳から火球が放たれ、オークの胴に直撃する。

 焼ける臭いと共に、オークがひるんだ。

 その隙に、ファルサロスが剣を深々と叩き込む。


 そして、オークは巨体を崩して倒れた。


 静寂。

 緊張の糸が解け、皆が一斉に息を吐いた。


 ユーストゥスはファルサロスを見つめたまま呟いた。

 「……誰よりも、諦めが悪い奴だな、お前は」


 ファルサロスは答えない。ただ、剣を鞘に戻す音だけが静かに響いた。


 ------------------------------------------------


オークの巨体が崩れ落ちると同時に、あたりを包んでいた緊張が一気に弾け飛んだ。ユーストゥスは地面に膝をつきながらも、肩で大きく息をしていた。口の端には血が滲んでいるが、それでも彼は微かに笑みを浮かべた。


「……勝ったのか、俺たち……」


ファルサロスは無言で頷いた。彼の片手には返り血を浴びた剣が握られており、その刃先からは赤黒い血が滴っていた。オークの巨体は今なお微かに痙攣しているが、完全に動きを失っていた。


ユーストゥスは、苦しげに立ち上がりながらファルサロスに声をかける。


「お前……名前は?」


「ファルサロス。」


「ファルサロス、か……。俺はユーストゥス。見ての通り、頼りない護衛だが……さっきは、ありがとな」


ファルサロスは何も返さず、血まみれの剣を地面に突き立てた。


「……剣の切れ味が落ちてきた。あのじいさんのところに寄っておくか」


「え、今!? このタイミングでそれ!?」とユーストゥスが驚きの声をあげたが、ファルサロスは気にする様子もなく、血で濡れた手を拭いながら振り返った。


「護衛依頼は成功だ。あとはギルドに報告すればいい」


数時間後、ギルドに戻った彼らは依頼達成の報告を済ませた。受付嬢は二人を見て目を丸くする。


「オークが出たって話、本当だったんですか? 無事で良かった……お二人とも、すごいです」


「まあな」とユーストゥスは笑ったが、ファルサロスは無言のまま報告書に目を通していた。


その日の夜、二人は再び宿屋へ戻っていた。宿屋の女将が笑顔で迎えてくれる。


「お帰り、坊やたち。随分と遅かったじゃないの。怪我はないかい?」


「少し手こずりましたが、大丈夫です」とユーストゥスが応えた。


ファルサロスは部屋の鍵を受け取りながら一言。


「一泊二食付き、大銅貨八枚でいいな」


「そうそう、覚えててくれて嬉しいねぇ」


部屋に戻ると、ユーストゥスはベッドに倒れ込み、天井を見つめながら呟いた。


「なあ、ファルサロス。お前さ、いつもそんな風に一人で突っ走ってきたのか?」


ファルサロスはベッドの脇に剣を立てかけながら、僅かに肩を揺らした。


「……他人に背を預ける余裕はなかった。それだけだ」


ユーストゥスはしばらく沈黙したが、やがて静かに笑った。


「それでもさ。今日、俺は助けられた。だから……明日も一緒に行こうぜ」


ファルサロスは黙っていたが、そのまま窓の外を見つめる眼差しは、どこか遠い場所を見ていた。


夜が更け、二人の静かな時間が流れていった。まだ道のりは始まったばかりだが、確かに一歩が刻まれた。

不定期になり申し訳ございません

また続きが出来次第、ちまちま載せていきます。

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