第1章:灰に眠る日常
人は、生まれた瞬間から「死」に向かって歩いている。
ならば、その限られた時間に、何を守り、何を信じて生きるのか。
この物語は、ある男の「喪失」から始まる。
突然家族を奪われ、絶望の中でもがき、
それでも立ち上がり、真実を追い続けた公安警察官の物語だ。
「正義」とは何か。
「国家」とは何か。
そして「生きる」とは、どんな意味を持つのか。
現代の日本社会に潜む矛盾と、
その中で消えそうになりながらも灯り続けた、ひとつの“灯火”。
あなたがこの物語を読み終えたとき、
その灯火が、あなたの胸にも小さく灯ってくれることを願って。
プロローグ
静かな朝だった。
快晴。風もない。妻の笑い声と、娘の小さな手が朝の食卓を彩っていた。
篠原透、28歳。警察官。交番勤務。
「ただの普通の朝」──だったはずだった。
その数分後。
東京・中野駅前にて、大規模爆破テロが発生。
死者23名、負傷者50名以上。
その中に、妻・篠原 咲と、5歳の娘・篠原 美咲の名前があった。
透は、たまたま当直明けで現場に駆けつけた。
瓦礫の下で、娘が握りしめていたのは、彼が買ってやったキーホルダーだった。
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3年後 ── 現在
公安警察庁・第零課
テロ対策室特別班所属:篠原透(30)
無精髭。寝不足の目。
デスクの隅に、写真立て。笑っている3人家族の姿。
「篠原、お前…またあの事件、掘り返してんのか?」
同僚の神崎亮が声をかける。
「情報があった。今度の犯人グループ、“灰の手”──手口が、あの時と同じだ」
神崎はため息をつきながらも、手元のデータに目を通す。
「マジでやる気か?あの時のやつら、公安の上層部が“もう終わったこと”って扱ってる」
「だから、俺が終わらせる」
透の声は静かだったが、炎のような怒りがこもっていた。
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潜入捜査
“灰の手”と呼ばれる新興過激派組織が、東京都内の複数の施設に対し爆破予告を出していた。
透は、過去の容疑者に繋がる一人に接触する任務を志願する。
彼の偽名は「タカハシ ユウト」。過去に思想犯として拘留歴があると偽装され、
新たな爆弾製造グループに潜入する。
そこで出会ったのが、**ミナミ(仮名)**という謎の女性。
痩せた顔。澄んだ瞳。
だが、どこかに「復讐」を抱えていることが、透にはすぐにわかった。
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夜の対話
ミナミは、かつて地方都市で起きた「治安維持の名の下に行われた警察による不当弾圧」で家族を失っていた。
「正義って何?…あんたたちは、守るために殺すのよね」
「それでも、守らなきゃならないものがある」
透はそう答えるしかなかった。
2人の間には、互いの喪失が壁にもなり、橋にもなった。