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とある警察署内シリーズ

詐欺師とお茶

作者: 千子

「あの、事件の相談とかってこちらでいいんでしょうか?」

無害そうな青年がこちらを窺いながら室内に入ってきた。

「大丈夫ですよ!」

ちょうど山崎のお茶を淹れていた川口が青年の分もお茶を用意し差し出すと、青年は会釈をする。

山崎は川口の袖を引っ張って隠れるようにこそりと話をした。

「おい、特殊詐欺の事件が詰まっているのになんの相談かもわからないものを入れてくるんじゃねぇ」

「でも、警察官は市民の味方ですよ。それに、話を聞いてから担当部署に引き渡せばいいじゃないですか」

「そうだけどよぉ」

山崎が頭を掻いている間に川口は相談者の元へ行き話を聞き出す。

「それで、本日はどういったご用でしょう?」

相談者の青年は不安そうに川口と山崎を見遣った。

「大丈夫ですよ。山崎先輩はちょっと顔が怖いけどいい人です…いたっ」

川口の余計な一言に山崎が背中を叩いた。

「あのですね、弟が特殊詐欺に加担しているようなんです」

「それは大変じゃないですか!どこのグループですか?役割は?」

川口がテーブルから身を乗り出して聞こうとするのを山崎が制した。

「まずはあなたと弟さんの氏名とご連絡先、なぜ弟さんが特殊詐欺に加担していると思ったのかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「は、はい」

青年は乾いた喉を潤すためにお茶を一口飲む。

「あ、美味しいですね」

「そうでしょう!真由美ちゃんにも褒められたんですよ!」

川口は得意気に急須を手に持った。

「真由美ちゃん…?」

「こいつのことは放っておいていいんで、お話をお願いします」

山崎は川口の頭を軽く小突くと調書を開始した。

「わかりました。」

青年は頷くと、もう一度お茶を飲んだ。


青年の名前は山田一郎、弟は二郎という。

今時そんな氏名の者がいるかと思ったが出された免許証には確かに山田一郎と明記されていた。

「なんというか、教科書によく載りそうなお名前ですね」

「そんなことはどうでもいいんだよ。それで、弟さんがテレビで報道されていたグループの一人と会っていたことがあるのを思い出したということでよろしいですね?」

「はい、そうなんです。あいつ、働いていない筈なのに妙に金回りもいいしなにか良くないことをしてお金を得ているんじゃないかと思って」

青年は脱いだ上着を握り締めた。

「それで、弟さんは?」

「それが、この数日帰ってこないんです。やばい仕事でやばいことになっているんじゃないかと思って不安で不安で…!お願いです!弟を助けてください!」

青年は頭を下げて懇願した。

川口は大きく頷いて青年の肩に手を置いて励ました。

「大丈夫です!そのための警察です!」

「弟さんが特殊詐欺に関与していた場合は罪に問われるかと思いますが、ご理解ください」

山崎も声を掛ける。

青年は顔を上げると、ありがとうございますと呟いて帰って行った。


「よし、さっそく調べるぞ」

「はい!まずは二郎くんのことを調べましょう!」

山田二郎は確かに無職の割に金払いが良く、クラブやギャンブルに享楽していた。

その金の出所を調べても銀行は経由していない。

「怪しいですねぇ」

「同一の複数人と定期的に会っているのもなぁ」

「通話履歴を調べても、その方々と頻繁に連絡のやり取りをしているみたいですし」

山崎と川口は唸った。

怪しい。

どう考えても怪しいと二人は二郎の言動を事細かに調べ上げた。

結果、特殊詐欺をしている前提で捜査し始め、上司にも相談して特殊詐欺捜査グループとも連携して慎重にことを進めた。


「でも、この二郎くん下っ端っぽいですよねぇ」

「ああ。上の奴らを捕まえないとどうにもなんねぇ」

調べ上げた容疑者グループの一人につき二人が張り付き、二郎を山崎と川口が張り込んで数日経つが目立った活動はない。

しばらくは詐欺をしないのか、その日が来ないことを願いながら捕まえるために詐欺の証拠を探しては二郎に注目する日々が続いた。

そしてその日が訪れた。


「あ、二郎くん。なんだかそわそわしていますね」

「今日やる気か?」

捜査班で連絡を取り合うと詐欺グループが全員一堂に会するとの情報を得た。

「作戦会議か。やる気か」

「ああ、一郎くんには申し訳ないことになりますね」

一軒のアパートの一室に集まった集団を離れて見守る警察班。

「この部屋の所有者は?」

「あ、はい。二郎くんのご両親のようです」

「てことは兄貴の一郎も知っているんじゃないのか?いいのか?」

「だからこそ弟が特殊詐欺に関してると察したのかも」

「ううん」

山崎は車のドリンクホルダーに置いてあったおしるこを一口飲んだ。

「そうかねぇ」

「どういうことでしょう?」

「まだ分からん」

「そうですか」

二人は指示があるまで停めていた車の中で時折話をしながら二郎の自宅を眺めていた。


事件が起きたのは集会から三日後だった。

二郎を追跡して行ったら一軒の豪華な家に入って行った。

外から様子を伺うと、どうにも言動が受け子のものだった。

家主がお金は用意してありますと告げ二郎に大きな鞄を渡したところで追跡は始まった。

他のメンバーを追っていた捜査班と途中で合流し情報を交換していくと、二郎が戻ったのはやはり一郎と二郎の家だった。

捜査班は全員が家に入るのを待つと最後の一人が入る前に声を掛けた。

「警察です」

「事情は分かりますよね。詳しく聞かせてくださいね〜」

突如現れた捜査班に最後の一人がぽかんと口を開いたまま硬直した。

そのまま捜査班が雪崩れ込み、大捕物になった。


それから一人の青年がアパートを解約して引っ越す日。

晴れやかな顔はこれからの新生活に向けて輝いていたが、山崎と川口を目にして驚き固まったがすぐに口を開いた。

「あの!ご連絡をいただいて、二郎が捕まったって聞いたんですが!」

青年…一郎が山崎と川口に駆け寄る。

「ああ、一郎さん。そうなんですよ。とりあえずその件でお話があるので署に来てください」

山崎と川口は一郎を署に連れていくとに応接セットに座るようにしお茶を出した。

「一郎さん。この度はとんだことで」

署に戻ると課長と話をしていた山崎が応接セットにひょっこり顔を出した。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

汗を拭いて答える一郎の前に山崎と川口が座った。

「それで、二郎とは会えるんですか?どこまで捜査は進んでいるんですか?二郎の刑罰はどういったものになるんでしょうか。他のグループの連中は?」

身を乗り出し一郎は山崎と川口に詰め寄る。

「まあ、落ち着いてください。それでですね、詐欺グループを捕まえたのはいいんですがボスが誰だかみんな知らないと言うんですよ」

「誰だかわからない?」

「ええ。みんな闇バイトで雇われた無関係な集団が何度か顔を合わせるうちに自分達でやろうってことになったみたいです」

「その闇バイトの首謀者を探しているんですがね、一郎さんご存じありませんかね」

四つの瞳が一郎を真っ直ぐ見詰める。

「なんでそんなことをお尋ねになるんですか?」

一郎が再び汗を拭う。

手にしていた缶入りのおしるこを一口飲んだ山崎が口を開いた。

「二郎を調べると兄なんていないことが分かったんだよ」

「あなたが彼の実兄ではないことは、二郎くんの経歴を調べた時に分かっていました」

「弟ではない人物を弟と偽って探す、お前は何者なんだ?」

「まあ、正体は分かっていますが」

交互に喋って一郎は双方を見遣って自分が浅はかだったことを理解した。

「二郎くんの兄なんて設定にしなければ分からなかったのに」

「他人が捜索願を出すより受け付けてくれやすいと思って」

一郎は項垂れた。

もう全部分かっているんだろう。

言葉にしなくてもそういう態度だった。

「金を持ち逃げされたんですよ。それでついカッとなって」

「捕まるように仕向けたというわけか」

山崎がおしるこをもう一口飲んだ。

「詐欺は頭が冴えていたが元仲間を探すのは杜撰だったな」

「いや、でも名前も偽名で連絡先も全部でたらめだったんですよ!?どうやって調べたんですか!?」

一郎は立ち上がり叫んだ。

「そこは僕の真由美ちゃんが頑張りました!」

ドヤっと胸を張る川口を小突いて山崎が答える。

「お前、交通違反しただろ。だめだろ、一時不停止は。しっかり履歴に残ってんだよ」

「一時不停止…ああ、去年の夏に捕まりましたね、そういえば」

すとんと座り、今回の逮捕が詐欺とは何も関係のないところから始まっていたのを知った一郎は脱力した。

「弟さんということで、もしもの時のために差し出したお茶のカップから指紋を取らせていただいて正解でしたね」

「ああ。最初はお二人の指紋を区別するために取らせていただこうと思ったがあんた早々に帰っちまったからなぁ」

「このお茶で…」

一郎の虚な目が緑色の液体で濁る。

「まあ、そういうわけだ。交通違反より重たいが罪に重いも軽いもない。今回も反省しろよ」

山崎はそう言い切るとおしるこを飲み干して手続きのために席を立った。

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