悪役令嬢、辺境の地に飛ばされるもなんか変だぞ?
アナベル・カロル・ベルナデット。
ターフェルルンデ帝国筆頭公爵家の娘で、皇太子の婚約者だった美しく優秀なお姫様。
しかし彼女は、辺境の地に飛ばされた。
理由は…皇太子の、そして皇室の手酷い裏切りである。
それというのも、異世界から現れた不思議な力を持つ少女が発端であった。
ミズキと名乗った少女は、手から光を翳しどんな病気も怪我も生きてさえいれば治して見せたのだ。
たとえ、手足や目や耳を欠損してもそれを治す。
まさに奇跡の力。
ミズキの力は持て囃され、聖女として祭り上げられた。
皇室はそんなミズキに目をつけて、皇太子の妃にしたのだ。
元々の婚約者であるアナベルを悪者にして。
アナベルに、聖女であるミズキを虐めた『悪役令嬢』なのだと濡れ衣を着せ婚約破棄したのだ。
公爵家一門はこれに憤慨した。
アナベルは優しく可愛らしいお姫様であったので、分家の者からも慕われていたためみんなで反乱を起こそうとする動きになった…が、それを止めたのは他でもないアナベルであった。
「わたくしは大丈夫です、皆様。どうか思いとどまって。わたくしの幸せは全ての国民たちの幸せ。反乱はわたくしの望むところではありません。むしろ、国を…国民を、これからも守ってあげて」
アナベルのこの言葉で反乱の話は無くなり、むしろ嫌々ながら公爵家一門はより国に尽くす方に動くことにした。
ただし、国のために尽くすだけで皇室には圧をかけまくるが。
公爵家一門のあまりの圧に、皇室はやり過ぎたかと後悔し始めたが…もう遅い。
公爵家一門の動きに気を遣いながらの舵取りをこれから先、せざるを得ないことになった。
そんな裏まで知らされないアナベルはそれに微笑んだ。
さて、辺境の地…エドウィージュという土地に送られたアナベル。
しかし、当初予想していたほど酷い扱いは受けなかった。
というか、むしろ…。
「お姫様ー!来てくれてありがとー!」
「お姫様、なにかあったらすぐに言ってくだせぇ!俺ら、なんでもしますんで!」
「お姫様かわい〜!」
「ほっほっほ。この老骨も、いつでもお姫様のために頑張りますんでなぁ」
「なにか困ったらお婆ちゃんに言ってねぇ、お姫様。私らは本当にお姫様に感謝してるんだよぉ」
歓迎されていた。
というのも。
このエドウィージュ村はギリギリターフェルルンデ帝国に入ってこそいるが、他の村とやりとりするのに吊り橋を渡って行かなくてはいけないほどの辺境の地。
それをアナベルの兄が「妹にこんな吊り橋渡らせられるか!」とブチギレ、アナベルが移送される前に私財を投じて新しく頑丈で美しい橋をかけたのだ。
橋はエドウィージュ村の村民も自由に使えるようにしてもらえたため、村民はアナベルやその家族に感謝しかない。
それだけではない。
アナベルの母が私財を投じてアナベルが住むための屋敷を建てた。
美しく、清潔で、頑丈で、素晴らしい屋敷。
屋敷の建設のために、そして橋の建設のために多くの建築に携わる人々が村を訪れた。
そのおかげで貧困に喘いでいたエドウィージュ村の人々に多くのお金が落とされることになった。
明日食べるものに困らない生活。
それどころか、しばらく分の生活費も貯蓄できた。
みんな、アナベルの移住に本当に感謝した。
さらにさらに、それだけではない。
村の若い女たちはみんな新たな働き口として、アナベルの暮らすことになる屋敷で働けることになったのだ。
アナベルの父がアナベルの生活費を援助している結果である。
皇室は『悪役令嬢』として断罪したアナベルに、公爵家がそこまでするのをなんとかしたかったが出来なかったのだ。
公爵家一門の怒りをそれ以上買いたくなかったから。
村の若い男たちも、屋敷の周りの警備に当てられることになった。
女たちの教育や男たちの訓練は、アナベルが移送されるまでの間にアナベルの父の援助で済まされている。
一人だけ屋敷のまとめ役として働く男も選ばれたが、その男の教育と訓練もばっちりである。
その男はなんにしろ、優秀だったから。
さすがアナベルの父のお眼鏡にかなっただけはある。
ともかくここまでくるともう、アナベルを悪く言う者はエドウィージュ村にはいなかった。
みんな一生懸命にアナベルに尽くす。
みんな一生懸命にアナベルを慕う。
アナベルは、人の優しさで包まれた。
アナベルは辺境の地で、思わぬ幸せを手に入れたのだ。
「…なんてことがあったわね」
アナベルが移送されて一年。
エドウィージュ村での生活にも慣れた。
故郷の家族とも手紙でやりとりしているし、たまに顔を見に来てくれるから寂しくない。
村民たちにも、本当に良くしてもらっている。
「本当に幸せだわ」
幸せ過ぎて。
今アナベルは、恋煩いをしている。
村長の息子、いずれ村長になる男であるヤン。
彼は今、アナベルの執事として働いてくれているのだが…真摯に自分に尽くしてくれる紳士な彼に、惚れ込んでしまった。
身分違いといえばそうなのだが、今のアナベルは一応皇室から『罪人扱い』を受けている。
結婚に障害はそう多くない。
家族もアナベルの幸せをなにより優先するため、応援してくれるだろうことはわかりきっていた。
村長もその妻も喜ぶだろう。
あとの問題はそう。
「ヤンは、私を受け入れてくれるかしら」
ヤンは優しい。
屋敷のまとめ役をしながら、アナベルをいつも気にかけてくれる。
アナベルのことを常に考え、アナベルの笑顔を大事にしてくれる。
でも、それは仕事だからかもしれない。
勝手に一人で、アナベルが舞い上がっているだけではないか。
アナベルはそう思い悩み、なかなか想いを告げられずにいた。
「…お嬢様、今よろしいでしょうか」
「ヤン?いいわよ」
「失礼致します」
そこに、ヤンが来た。
「どうしたの?ヤン」
「いえ…お嬢様が最近、ふとした時に憂げな表情を浮かべていらっしゃったので。何かお悩みですか」
ほら。
この男はすぐに、アナベルの変化に気づく。
その上で、優しい言葉をくれた。
惚れない方が、無理だった。
「…好きな人が、できたの」
「………好きな、人」
その時、ヤンが絶望したような表情を浮かべたのをアナベルは見逃さなかった。
しかしヤンはすぐに表情を取り繕う。
「どのような方でしょう?きっとお嬢様ならすぐにでも嫁に欲しいと言われるでしょうね」
「…あの、貴方さっき悲しげな顔をしなかった?」
「いえ、お嬢様が幸せになるのなら私はそれが一番です」
笑顔でそう言うその男は、なにかを我慢しているようにしか見えなくて。
ひょっとして、もしかしたら、同じ想いなのではないかと察したアナベルは言った。
「貴方が好き」
「え」
「貴方が好きなの」
アナベルの言葉を理解した瞬間、ヤンは真っ赤になった。
その表情に、アナベルは勝ちを確信した。
「い、いけませんお嬢様、私などでは…とても…」
「身分差なら気にしないで、私は罪人。本来なら既に貴族として扱われる立場ではないの。貴族籍を抜くのだけは、お父様たちが反抗してさせなかったけど」
「罪人と言っても、どうせ濡れ衣でしょう」
「あら、知っていたの?」
「お嬢様のお人柄を知れば、自ずとわかります」
アナベルはその言葉に笑みを深めた。
「そんなことを言ってくれる貴方だから好きなの。結婚して」
「結婚っ…したい、したいですがいけません!高貴なお嬢様に、たかだか村長の息子である私などでは…」
冷静なヤンにしては珍しく、結婚したいと口走ったのを聞きさらにアナベルは喜んだ。
「障害は全てわたくしがなんとかします。わたくしの幸せは貴方の隣にあるの。お願い」
「…お嬢様」
アナベルの言葉に、ヤンは跪いた。
「………愛しております、お嬢様。結婚、してくださいますか」
「ええ、もちろん!」
こうして二人は結ばれた。
その後、お互いの家族への説明、お互いの家族の挨拶、エドウィージュ村を管轄する伯爵にヤンを養子にさせて結婚する手筈を整えたり、色々忙しかったものの無事結婚に漕ぎつけた。
そして結婚式。
「美しいです、お嬢様…」
「ヤンこそ、かっこいいわ」
美しいウェディングドレスに身を包むアナベルに、ヤンは本当に目に涙を溜めていた。
「お嬢様、幸せにします」
「わたくしも、ヤンを幸せにするわ」
二人はそっとキスをする。
「愛しております」
「私もよ」
こうして辺境に移送された罪人…ということにされた悪役令嬢は、誰よりも幸せになったのだった。
一方その頃、帝国では。
「皇帝陛下、これも国のためですので」
「わ、わかった」
皇室は、自分たちの思う政をできなくなった。
国の筆頭公爵家、その一門が「国のために」と次々と持ってくる政策を承認するしか能がなくなった。
こいつらに反乱されたら終わりだと、その圧に折れたのだ。
こんなことならアナベルを妃するんだった。
そう思っても、皇后はすでに聖女であるミズキがなっているしどうしようもない。
父と母は既に隠居済み。
悩むのは自分ばかり。
ミズキは『聖女』の仕事は真面目にこなすが、皇后としては無能で…だからこそ実際公爵家に助けられてもいるし今更反抗もできない。
そんな皇帝は、今日も窮屈さにため息をつく。
優しい人を裏切った結果は、手痛いしっぺ返しだった。
ということでいかがでしたでしょうか。
ご都合主義が過ぎるのはいつものことですが、お見逃しください。
やはり優しい人は周りに恵まれますね。
幸せになって欲しいカップルでした。
皇帝は…まあ、頑張れ。
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