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第6話 シャルロット、お前もか!

 二周目初日開始から数刻。私は近衛騎士団長ジュリアンを丸め込み、これから始まる7日間、攻略目標のジュリアンに護衛してもらう約束を取り付けることに成功した。我ながらなかなかの成果に内心ほくそ笑む。


「お嬢様、よろしいでしょうか」


 そんな私に、ジュリアンと話を終えた執事のセバスチャンが声をかける。


「あらセバスチャン、何か?」


 いかにも悪役令嬢レティシアらしくスカートを翻して振り返り、私はセバスチャンの呼びかけに応えた。ジュリアンの件が上手くいったので、私はもうノリノリだ。今は自分が借金のある31歳であることは忘れてしまおう。


「シャルロット様が到着されるお時間でございます。そろそろ王城に向かわれるべきかと」

「あらもうそんな時間なのね。ジュリアン様、それでは私は用がありますので一旦失礼いたしますわ。また後程お会いしましょう」


 私はジュリアンに微笑みかけてみる。そんな私を、ジュリアンはややあきれた表情で私を見返していた。


(一応美女設定の令嬢に微笑みかけられて、そんな顔するなよ……)


 こんな状態から、ここから7日間でちゃんと仲が深まるのか……? と不安が顔を覗かせるが、ここは乙女ゲームの世界。ひと昔前ではあるが一度攻略したキャラクターだし、何とかなるに違いない! 今はそう信じよう。そんなことを考えながら私は、セバスチャンに先導されて王城に向かった。



 * * *



 王城に到着すると、早速シャルロットを迎えるための接見室に通される。レティシアの屋敷の応接室も大概に立派だと思ったが、それとは別格の豪華さだ。高くそびえる天井には細かな装飾が施され、煌めくシャンデリアが柔らかな光を辺りに落としている。

 接見の間にはメインヒーローのレオンと、その父のヴァレンティス公、レティシアの父のアルジェント侯がすでに到着していた。乙女ゲームの中の登場人物だから当然と言えば当然だが、三者三様にカッコイイ。とくにレオンは金髪碧眼の高身長イケメンで、典型的な王子様ルックで、非の打ちどころのない麗しさだ。


「おお、レティシア。ようやく到着したか」

「はい、お父様」


 私が入室したのに気が付くと、アルジェント侯は笑顔で私を迎えてくれた。本来の父はいつもくたびれた服を着ている普通のオッサンなので、いかにも貴族らしい立派な服を着た初対面のイケオジを父って呼ぶって、ものすごい違和感だ。


「ヴァレンティス公とレオン様に挨拶をしなさい」

「ヴァレンティス公、レオン様、ご機嫌よう。シャルロット様をお迎えする場に招いていただき、ありがとうございます」


 いつか見たように、令嬢らしくドレスの端をつまんでお辞儀をしてみる。慣れていない動作のはずなのに、思いのほか体はスムーズに動いた。そういえばドレスで動いたりするときにも、特に不便に感じることはなかったな。レティシアに変身するときに、令嬢らしい動作が取りやすいような魔法? でもかかっているのかもしれない。


「レティシア嬢、よく来てくれた。これから迎える、シャルロット嬢とは歳が同じと聞いている。彼女は王都に来るのが初めてだから分からないことも多いと思う。何かの縁と思って教えてやってほしい」

「もちろんですわ。サロンに新しいお友達が増えるのを、とても楽しみにしていましたの」


 ヴァレンティス公は笑顔で私の挨拶に応えてくれたが、レオンは軽く会釈をするのみ。過去攻略したときの記憶の通り不愛想なヤツだ。そんなことを考えていると、ヴァレンティス家のメイドらしい女性が、シャルロット到着を私たちに告げる。


「ほう、ようやく到着したか。通してくれ」


 ヴァレンティス公が言うと、部屋の扉が恭しく開かれる。扉の向こうには、長くつややかなプラチナブロンドと大きな紅く輝く瞳を持つ少女が立っていた。主人公・シャルロットだ。


「シャルロット・ノルドリースでございます。あの、この度は王都にお招きいただき、ありがとうございます。至らないことも多いかと思いますが、これからよろしくお願いいたします」


 シャルロットはヴァレンティス公にぎこちなくお辞儀をする。相当に緊張しているようだ。無理もない。シャルロットは生まれてこの方北方の辺境領でのんびり過ごしてきた箱入り娘。急に王都に招かれてお偉いさんに挨拶させられてるのだから。現代風に言うと、就職を機に地方から上京してきた娘が内定初日に社長に挨拶するようなものだろうか?


「王都へようこそ。辺境伯から聞いていると思うが、王都では私が貴女の後見人となる。こちらは息子のレオン。それと、本日は王都でも顔の広いアルジェント侯爵とそのご令嬢であるレティシアにも来てもらっている。レティシア嬢は君と歳がおなじらしくてね、王城のことを色々と教えてもらうといい」


 紹介されて、アルジェント侯とともにシャルロットに軽く会釈をする。


「肖像画では拝見していたが、なんと美しい少女だろうか。我が息子レオンも喜んでいるだろう。どうかな、レオン?」

「……私は、お前を婚約者として認めたことはない」


 原作を実際にプレイしていた時には「嫌な奴!」と素直に思えたが、社会人になって冷静に見ると、「コミュ障か?」とツッコミたくなるような反応だ。一方、純粋なシャルロットは普通にショックを受けている。


「レオン! いい加減にしないか。……シャルロット嬢、レオンにはよく言い聞かせておくので、どうか気を悪くしないで欲しい。北方からの長旅で疲れたろう、我が屋敷に部屋を用意しているのでゆっくり身体を休めてほしい」

「……は、はい。公爵様。それでは……」


 声を震わせ、シャルロットは退出しようとする。が、旅の疲れか足がもつれて振り返ったときに転んでしまう。原作のレティシアはここでシャルロットの粗相を冷たく笑い飛ばすのだが……。そこまでするのは良心が痛むので、とりあえず静観する。本来であれば手くらい差し伸べてあげたかったが、攻略に必要ない(と思われる個所を)原作から筋書きを変えてしまって良いものか迷い、ぐっとこらえる。結果、シャルロットは自力で立ち上がり、接見の間を出て行った。


(……ん? なんか嫌な予感がする……)


 シャルロットの後姿を見送りながら、私は唐突に思い出す。そういえばこの後、ジュリアンルートに入るかどうかの分岐があるはず! 廊下で涙ぐむシャルロットにジュリアンが声をかけて、シャルロットがジュリアンが落としたハンカチを拾ってしまったらルートに入ってしまう……!


(ダフネもいるのに、シャルロットまでライバルになったら攻略難度が上がってしまう! せっかくここまでうまくいっていたのに……!)


 私は慌てて接見の間を飛び出す。アルジェント侯が何か言っていたが、今はそんな場合ではないので無視をした。セバスチャンに案内させてイベントが起こっているであろう王宮の中庭に全速力で向かう。


(いた! シャルロットとジュリアン……!)


 どうやらジュリアンがシャルロットをひとしきり慰め終わったところのようだ。ジュリアンがシャルロットに別れを告げて中庭を後にする。良かった! まだギリギリルートには入っていない。が、王宮の中庭を出たジュリアンはなんともわかりやすく、シャルロットの真横にハンカチを落としていく。


(やめて! そんなわかりやすいところに落とさないで……!)


 しかしシャルロットはハンカチに気付かないまま立ち上がる。そして、ジュリアンが出て行ったのと逆の出口に向かおうとし……足元に落ちていたハンカチの方を見た。ヤメテ……ヤメテ……。


「これ、ジュリアン様の……? お返ししないと」


 ―――シャルロットのジュリアンルート入りが決まった瞬間であった。

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