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第84話 勝負の行方は

「レオン様……」

「君とまた、話せてよかった。けれど、今、これ以上君と踊ることは出来ない」


 攻略失敗……その事実が私に重くのしかかる。その場に崩れ落ちそうになるのを、私は必死で堪える。何とか返事をしようと口を開きかけるが、ここまではっきり拒絶されて、何と返せばいいのか……言葉が見つからなかった。


 その場で固まる私に、レオンは手を伸ばしかける。しかし、そのまま拳を握り、私に背を向けた。……私はただ、その背中を眺め続けることしかできなかった。




 ふと、指を鳴らす音が響いた。その瞬間、周りの貴族たちの動きも、目の前のレオンも、ぴたりと止まる。――神だ。


「残念でした。これであなたの負けは確定ね」


 私の背後から現れた神は、美しい顔を皮肉気にゆがめて、私にそう言い放つ。しかし今の私は、真正面から言い返す気力はない。


「……いつから、聞いていたの?」

「貴女が情けなくも2曲目のダンスを断られたところから」


 神は満足そうに微笑む。


「ふふ、でもよく頑張ったじゃない。努力は認めてあげる。だから――最後に、完璧なエンディングを見せてあげるわ。しっかり見届けなさい」


 そこで神は再び指を鳴らす。すると世界は何事もなかったかのように、再び動き始める。



 神はさもたった今駆け寄ってきたような様子で、レオンに話しかける。


「レオン様、もしよかったらまた私と、踊って下さいませんか? 次の曲、大好きな曲なんです」

「いや、今日はもういいだろう。帰ろう」

「え……? ああ……お疲れなんですね。分かりました、一緒に帰りましょう」


 どうやら神はレオンと踊るつもりだったらしい。私にその姿を見せつけようとでも考えていたのか……しかし、その目論見はレオンにあっさりと打ち砕かれてしまったようだ。


 それでも、去り際に神は私にだけしか見えないように、にやりと微笑む。勝利宣言……そんな言葉が似合う、嫌な笑みだった。


 そして、二人は人ごみの中へと消えていった。



 ……さて、私はレオンにふられ、ボーナス1000万円も失った。神の慈悲とやらでまだこの世界にいるが、特にやりたいことも、行く当てもない。


 それなら……レオンとシャルロットの結末を、この世界の終焉を、この目で見届けたい。今日でこの副業は終わり。この世界ともお別れなのだから。



 * * *



 二人の後を追っていくと、テラスに出た。月明かりが優しくレオンとシャルロットを照らしている。二人は中庭の見える踊り場で、会話しているようだった。私は柱に身を隠し、耳を傍立てる。

 しかし、最初に耳に飛び込んできた言葉は、完全に予想外のものだった。


「婚約破棄、なんて……そんな……嘘、ですよね?」


神の震える声が夜の静寂を裂く。


(まさか……まさかの婚約破棄?!)


「少し前から考えていた……私は、王宮を出てしばらくヴァレンティス領に戻るつもりだ。君が王都に来る前に、決断しておくべきだった……申し訳ない」


 レオンは神に、頭を下げる。神はレオンの姿を信じがたいものを見るような目で見ていた。


(普通にショックを受けてるだけだろうけど、今までのことがあるから、「そんな設定、知らない……!」って顔に見えるわね……)


「そんな……でも、婚約破棄する必要なんて……。私は待ちます! レオン様のことを、いつまでも……」

「申し訳ない」


 レオンの言葉は穏やかだったが、その奥に強い拒絶の色があった。神はその事実を噛みしめるように、しばらく口を引き結んでいた。


「それでも、絶対嫌です……私、レオン様のことがこんなに好きなのに……」


 神は潤んだ瞳で訴えた。その切実な響きに、さすがのレオンも思わず息を呑む。


「君が王宮に来ると知って……私は、不安だった。この王宮が、貴族の枠組みが、君を苦しめてしまうのではないかと」

「でも、私平気です! レオン様に相応しい婚約者になるために、私、頑張って……」


 神のその言葉を聞き、レオンは悲しそうに眉根を寄せる。


「やはり、私の婚約者という立場が、君を変えてしまったんだな」


 神は……レオンの婚約者に相応しいシャルロットになるために、原作のシャルロットを上回る立ち回りをした。しかしその結果、彼女は『レオンが恋するシャルロット』の枠から外れてしまったのだろう。


「王宮の外で、貴族として……為政者としての在り方を見つめ直したい。今の私のまま、誰かを伴侶として迎えることはできない……すまない」

「レオン様……! 考え直してください! 何か間違っていたなら、直しますから!」


 追いすがる神を振り切って、レオンはテラスを後にし、会場とは逆の方向へ去っていった。


「……どうして、こんなことに……?」


 レオンに置き去りにされた神は、力なくテラスにもたれかかり、ぽつりと呟いた。

けれど、その問いに応える者は誰もいない。彼女はただ、呆然と月を見つめている。その頬を伝う涙は、拭われることなく、ただ零れ落ちていく。


(推しに真正面から振られる気持ちって……どんなもんなんだろ……。推しがサ終で消える気持ちに似てるのかな……)



 ……あまりにもその姿が不憫で、気づけば私は涙を流す神のもとへ歩み寄り、そっと肩に触れていた。


「私たち、振られちゃいましたね……」


 神は私を振り返らず、涙声で「……うるさい」と小さく呟いた。


 やがて世界はゆるやかに暗くなり、ついには完全な闇に包まれた。優しい月影も、月明かりが差し込むテラスも、もはやどこにもない。私とシャルロットの姿をした神だけが、真っ暗な空間に取り残されていた。そして、どこからか盛大な拍手が聞こえ、暗闇の果てから緞帳が下りてくる。



 ――私と神とのゲームは、『引き分け』という形で幕を下ろした。

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