第75話 告白
議場に控える騎士団が彼を取り押さえようと構えたが、レオンがそれを制した。
「動くな! そこにあるのが本物の『天使の鏡』だとしたら、うかつに手出しはできない!」
「賢明な判断だな。その通り、私を捕らえようとすれば、この鏡はこの場で破壊させてもらう」
オルディス侯爵が信じられない様子で叫ぶ。
「そ、そんな『天使の鏡』は怪盗ルージュから守り切ったはず……!」
「あの襲撃はブラフさ。間抜けな魔術師たちが術をかけたあと、隙を見てすり替えた。あんたの屋敷にあるのは、ただの飾りにすぎない」
「そ、そんな馬鹿な……!」
オルディス侯爵の顔が紙のように白くなる。レオンが発言席の前へ進み出る。その姿は天使の鏡に映り込んでいる。ルージュは芝居がかった仕草でレオンへと向き直り、問いかける。
「おや、これはヴァレンティス家の嫡男、レオンハルト様じゃないか。お前も禁制品の密輸に関わっていたのか?」
「ヴァレンティス家は、この国の利益を害することには一切手を貸していない!」
レオンの声は鋭く響き、場の空気を切り裂いた。天使の鏡はレオンの姿をそのまま映すのみ。これで『天使の鏡』だと証明さえできれば、ヴァレンティス家の無実も証明できる……!
「ほう……『天使の鏡』が反応しないということは、どうやら本当のようだな」
ルージュはひとつ鼻を鳴らしてから言った。
「ま、待て! そこにある鏡は偽物だ……! 本物であるはずがない!」
オルディス侯爵は血相を変えて叫ぶが、その声は先ほどよりもかすかに揺らいでいた。議席に座る貴族の何人かが「怪盗の言葉など信じられるのか?」と疑問を呈する。もっともな意見だ。
当初の計画では、『天使の鏡』が本物であると証明することで、自らの潔白を示せるレオンにその証明を委ねる予定だった。しかし……このまま流れに任せれば、神は必ず私とルージュが結託して『天使の鏡』を盗んだと告発するはずだ。
(どうせ、明らかになるのなら……!)
私は意を決して立ち上がる。
私が立ち上がると、傍聴席からどよめきが起こり、それが波紋のように広がっていく。場の空気は一気に張り詰めた。
一瞬、紅い瞳の神と視線が絡む。その唇はわずかに綻び、まるで舞台の幕が上がる瞬間を楽しむ観客のようだ。
議場に降りると、ふと、レオンの視線を感じた。驚いているのか、困惑しているのか……彼の碧い瞳が揺れた気がした。
私は深く息を吸い、まるで宣誓をするかのように、はっきりとした声で言葉を紡いだ。
「ヴァレンティス公爵、どうか発言をお許しいただけないでしょうか」
レオンも、ルージュも、オルディス侯爵も、そして議場の貴族たちも、次々と私へと視線を向ける。
ヴァレンティス公爵はわずかに目を細め、じっと私を見据えた。しばしの沈黙が流れ――やがて、低く『よかろう』と告げる。
私はレオンやオルディス侯爵と対峙する形で、発言者席へ歩を進めた。『天使の鏡』は会場のざわめきとは対照的に、静かに私を映していた。
「私、レティシア・アルジェントは――怪盗ルージュと結託し、オルディス家が所蔵していた『天使の鏡』を盗んだことをここに告白致します」