第68話 作戦失敗?
祠から『天使の鏡』が入った木箱が運び出される。傭兵たちが荷台に慎重にそれを搭載する間、レオンは真剣な面持ちで作業を見守っていた。その鋭い眼差しには、少しの変化も見逃さないという覚悟が滲んでいるようだった。
周囲の傭兵たちも荷馬車に集中している。その時——
「敵襲だ!」
後方から突如として鬨の声が上がった。続いて、混乱する傭兵たちの怒声、そして鋼がぶつかり合う甲高い音が響く。
私は反射的にルージュへ視線を向けた。彼は唇の端を持ち上げるように微かに笑う。——ついに、ルージュが動いたのだ!
「敵襲か?! すぐに状況を確認しろ!」
レオンが鋭く命じると、周囲の傭兵が即座に対応に走る。
「後方部隊が謎の武装集団に襲われています! 恐らく、怪盗ルージュの手勢かと!」
「やはり……」
レオンは険しい表情で指揮を執る。
「後方部隊は持ちこたえろ! 前方部隊・中央隊は『天使の鏡』を死守しつつ、挟撃に備えろ!」
「荷馬車を開けた場所へ移動し、精鋭で周囲を固めろ!」
「ノワール、君の部隊も荷馬車の周辺で警戒を!」
「承知した」
ルージュは短く返事をし、即座に動き出す。
「私は怪盗ルージュ、『天使の鏡』を頂きに参上した!」
晩餐会で耳にした偽ルージュの挑発的な声が響き、同時に煙幕弾が放り込まれる。瞬く間に白煙が広がり、視界が遮られた。
「煙幕だ! 警戒しろ!」
兵たちの怒声が飛び交う。私はとっさに身を低くする。煙の中から閃光が走り、護衛兵の一人が背後から蹴り倒された。敵は混乱を利用し、瞬く間に馬車へと迫る。
「鏡を狙え! 取り囲め!」
レオンの鋭い声が響く。兵たちはすぐさま反応し、馬車を守るように陣形を組む。しかし、その隙を突き、偽ルージュが兵の間をすり抜け、馬車の荷台へ飛び乗った。
「遅いな、諸君!」
手慣れた仕草で木箱の蓋に手をかける——その瞬間、鋭い金属音が響いた。
「ここは通さん!」
レオンの剣が偽ルージュの手を払う。舌打ちしながら偽ルージュは後方へ跳躍するが、レオンはすかさず追撃の一閃を繰り出した。
「ぐっ……!」
ギリギリでかわした偽ルージュは馬車の上から飛び降りる。だが、その瞬間、黒装束の男がレオンの背後に忍び寄っていた。恐らく、ルージュの仲間だ。
(まずい! このままだとレオンが……!)
考える暇もない。私は馬車の荷台にあったランタンを掴み、全力で刺客の顔めがけて投げつけた。
ガシャン!
「ぐあっ……!」
砕けたガラスと油が飛び散り、黒装束の男はとっさに目を覆う。男がよろめく隙に、私は馬車から飛び降り、地面に転がる補強用の金属棒を拾い上げた。
(ごめんなさい……!)
レオンを見捨てることは出来ず、心の中で謝りながら、私はそのまま男の足元に向けて棒を振るう。
「……くっ!」
バランスを崩した刺客が倒れかけたその瞬間——。
「動くな」
冷たい声が響き、ルージュの短剣が、男の喉元ギリギリで止まった。黒装束の男は凍り付き、息を呑む。
「退け。これ以上やるなら容赦はしない」
ルージュが低く囁くと、刺客は剣を引いた。もともとルージュの部下である彼らは、彼の「退け」の一言を合図に動きを止める。
(助かった……!)
しかし、次の刺客がこちらへ向かってくる。私はとっさに馬車の側面にあった木箱の蓋を外し、即席の盾代わりに構えた。
「無茶をするな!」
レオンの声が聞こえる。振り返ると、彼はすでに駆け寄り、私と刺客の間に割って入っていた。鋭い一閃が走り、刺客の剣が弾かれる。
「……大丈夫か?」
剣を構えたまま、レオンがちらりとこちらを見た。
「え、ええ……なんとか……」
今になって、心臓がうるさいくらいに脈打つのを感じる。冷や汗が頬を伝った。
「……助かった」
レオンが短く呟いた。その声は、今まで聞いたことがないほど、優しかった。感動に言葉が出ないまま、私はただ、こくりと頷いた。
「隊長! 鏡は無事です!」
護衛兵が急ぎ荷馬車を確認する。木箱の蓋はしっかりと閉じられ、中の鏡も動かされていないようだった。
(ちょっとちょっと、『天使の鏡』盗むの失敗しちゃったの?! ……つまり、オルディス侯爵の悪事を暴けないってこと……?!)
私は安堵の息をつくふりをしながら、ルージュの方を向き、口の動きだけで訴えかける。しかし、黙って目を逸らされてしまい、それきり。答えは無かった……。
こうして、怪盗ルージュはレオンに撃退され、『天使の鏡』の奪取は失敗に終わってしまった—―。




