第66話 馬上は寒し
そして『天使の鏡』の移送計画が開始された。目的地は王都の北にある祠。午前中には到着し、魔術師たちによる儀式が行われる予定だ。その場にはオルディス侯爵も立ち会うらしい。そして儀式が終わり次第、再びオルディス家へと鏡を運ぶ手筈になっている。
(ルージュは儀式が終わった直後、移送が再開されるタイミングを狙うつもりらしいけど……どうやって盗み出すのかまでは教えてくれなかったのよね)
気にならないといえば嘘になるが、今はルージュを信じるしかない。
(それよりも、今日は絶対にレオンとの距離を縮めてみせるんだから!)
私は馬上のレオンを横目で盗み見た。私とルージュは、レオンが率いる中央隊の側面を守る役割だ。
乗馬が得意だとはいえ、所詮は令嬢の習い事レベル。ノワールは気を利かせて、私を最も危険が少ない場所——つまり、レオンのすぐそばで自身の目が届く位置に配置してくれた。私の隣を走る馬車は『天使の鏡』を収めた木箱を乗せているらしい。馬車の外観は頑丈そうで、いかにも大切なものを乗せていそうだ。
「レオン様、天気が良くて幸いでしたね。これならルージュが襲撃に来ても気づきやすいですし」
「……そうだな」
せっかくの機会だと思い、レオンに話しかけてみたが、返ってきたのはそっけない一言だけ。……けれど、ようやく掴んだチャンスだ。こんなことでめげていられない。
「ノワールが役に立てるといいのですが」
「ああ」
「そういえば、シャルロット様とはどんなお話をされるんですか?」
レオンの手綱を持つ指が一瞬だけ強張った。
「……君、作戦中だ。世間話は控えてくれないか」
「……はい」
あっさりと会話を切られ、肩を落とす私。すると、背後からルージュの咳払いが聞こえた。ちらりと振り返れば、口元を隠して笑いをこらえている。こいつ……!
その後、一行は沈黙のまま進み、馬の蹄の音だけが静かに響いていた。やがて目的地である祠に到着する。古びた石造りの建物の苔むした壁が長い歴史を物語っていた。
「中央隊、警戒を解かずに周囲を固めろ」
レオンの号令に傭兵たちが素早く応じる。先行隊が周囲の安全を確認すると、中央隊の傭兵たちが馬車の荷台から『天使の鏡』の入った木箱を慎重に担ぎ上げ、祠へと運び込んだ。
木箱には精緻な金細工が施され、蓋の中央には天使が刻まれた紋章が輝いている。長い年月を経たにもかかわらず、その装飾には不思議と曇りがなく、まるで今この瞬間も見えざる力が宿っているかのようだった。
やがて祠の奥からオルディス侯爵と数名のローブ姿の魔術師が姿を現す。侯爵が木箱に手を翳して呪文を唱えると、箱はふわりと浮かび上がり、ゆっくりと彼の後ろを追うように動き出した。魔術師たちがそれに続き、祠の奥へと消えていく。
「儀式が終わるまで、ここで待機だ。しかし、いつ襲撃があるかわからない。全員、作戦通りの布陣を維持しろ」
レオンの言葉に、兵士たちの緊張が一層高まる。その中で私は思わずルージュを見やった。彼は無言で私の視線を受け止め、目だけで小さく笑ってみせた——まるで「見ていろ」とでも言うように。




