第65話 『天使の鏡』移送計画、始動!
私は怒涛の3日目を終え、私室の鏡台につっぷしていた。鏡に映った自分と目が合う。鏡の向こうでは、天使のお姉さんが気づかわしげにこちらを見ていた。
「そういうわけで、レティシアさんは『天使の鏡』の護衛だけでなく、レオンさんを助けるために公開の場を用意することになったと……」
「はい……」
「そのせいでクタクタになっちゃったと……」
「はい……過去最高に力入れて調整しました……」
私はぐったりと肩を落とす。ルージュと別れた後、すぐにアルジェント侯爵に『天使の鏡』移送作戦の翌日に開催される貴族評議会への参加を願い出た。侯爵は多少の疑問を抱きつつも、私の意志を尊重して了承してくれた。
さらに、商人ギルドを通じて貴族評議会の会場管理を担当する宮廷技師を紹介してもらい、ルージュの仲間を「見習い」として潜り込ませることにも成功した。これで、評議会の場であの手段を使う準備は整った。
……改めて考えると、よくもまあ、ここまで動いたものだ。天使のお姉さんは、変わらぬ笑顔で私をねぎらう。
「そんなにお疲れなのに、わざわざ私に声をかけてくださって感謝です!」
「いや、一応、レオンの好感度を確認したくて……」
「あっ、そういうことですね! それっ!」
天使が指さし棒を振ると、鏡の中に好感度の数字が浮かび上がった。
「好感度……10……まあ、そんなもんか……」
溜め息が漏れる。やっぱり全然上がってない。テコ入れが必要なのは明白だった。
「あ、それから……今日の話、神には内緒でお願いします」
「もちろんです! 神はきらカレと公正を愛する方ですから!」
(きらカレを、愛するねえ……)
「神様って、ほんときらカレオタクですよねぇ……」
「ええ。もう、死ぬほどやり込んでいます。最初はこの舞台を作るためにゲームをやり始めたみたいなんですが、いつの間にかハマってしまったようで……。以来、きらカレの話をしだすと止まらないんですよねぇ……」
1日目にレオンを拝むように見ていた神の姿が頭をよぎる。あの熱のこもった語りは、まさにオタクそのものだった。
「天使の皆さんも苦労してるんですね……」
「……うふふ」
天使のお姉さんは詳しく語らず、しかしどこか遠い目をして微笑んだ。
「さて、レティシアさん。明日は『天使の鏡』の移送計画ですね! 頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」
真正面からの応援が、なんだか素直に嬉しい。私はベッドに倒れ込むと、重い瞼を閉じた——。
* * *
翌朝、移送計画に参加するため、私はオルディス家の一室にいた。室内には屈強な男たち、ノワール、そしてレオンの姿。私はドレスではなく、動きやすい騎装に身を包んでいた。
「まさか、君も参加するのか?」
レオンの碧眼には驚きと戸惑い、そして私の真意を探るような色が浮かんでいた。
「ええ。ノワールを監督するために同行いたします。乗馬は得意ですから、お邪魔にはなりませんわ」
原作では、どちらかというとどんくさいシャルロットに対し、レティシアは運動神経抜群という設定だ。その設定が、今になって役立つとは思わなかった。
レオンは何か言いたげに、私の背後に控えるノワールに目を向けた。ノワールは一つため息をつき、「私はレティシア様に雇われている身ですので」とだけ答える。
やや張り詰めた空気を断ち切るように、指揮官が咳払いを一つ。
「それでは、これより『天使の鏡』移送計画を始動する!」




