第4話 攻略開始!近衛騎士団長ジュリアン
初めて悪役令嬢を演じた土曜日からあっという間に1週間が経ち、私はまた例のマンションのエントランスに来ていた。年を取るとやたらに時の流れが速くなって困る。よし、今日も日給2万円のために、そしてボーナス500万円のために頑張って悪役令嬢しますか!
「707」の部屋番号を押して呼び出しボタンを押す。
「あ、汐里さん、どうぞ!」
天使のお姉さんの弾んだ声に迎えられ、エントランスの扉がひらく。真っ直ぐ707号室を目指しそのドアノブに手をかける。ドアノブを回し部屋に入ると、お決まりの真っ白な空間に転移した。
「お疲れ様です汐里さん! 今日もバッチリ時間通りですね!」
早速、天使のお姉さんがテンション高く私を迎えてくれる。さて、今日も副業の始まりだ。
「お疲れ様です。今日も前回みたいに、すぐきらカレの世界に送られるような流れなんでしょうか?」
「はい。神は汐里さんのレティシアを待っていますからね!」
と、言うやいなや、指さし棒を虚空にかざしてあっという間に私をレティシアの姿に変えてしまった。さっきまで身に着けていたくたびれたセーターは姿を消し、豪奢なドレスが白い肌を包んでいる。なお、前回あった変身演出は省略された。初回限定のサービスだったのかもしれない。ちょっとだけ残念だ。
「今日も完璧なレティシアです! さて、そういうわけで汐里さん、もといレティシアさんさえよければ早速きらカレ世界に行っていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
正直気になることや不安なことはいろいろあるが……、まあ当たって砕けろだ。今回ジュリアンを攻略するための作戦はいくつか考えてきた。きらカレ世界で実際に試してみたい。
「とりあえずは、大丈夫です。行けます」
「素晴らしい! それではまた何かあったらあちらの世界で呼んでくださいね」
天使のお姉さんが指さし棒を軽快に振り下ろすと、前と同じように目の前が一度暗くなる。そして、これまた前回同様に深紅の緞帳が下り、万雷の拍手が聞こえてくる。
きらカレ世界二周目の幕が開ける。
* * *
幕が上がり、私は一週間ぶりにレティシアの私室に戻ってきた。相変わらず、観光地か二次元の世界でしか見たことがないような、絵にかいたような中世ヨーロッパ風の洋館の一室だ。そういえばこの壁紙の模様、ちゃんと原作再現されているな……神様はなかなかのオタクらしい。
さて、今回は私がすべきことは2つある。ジュリアンを攻略することと、ダフネのスキルを明らかにすることだ。加えて優先度はやや下がるが、どこかで【国家予算級のお小遣い】の使い心地が試せればなお良い。ダフネとのボーナスを巡る戦いでは、この強力な(はずの)スキルを有効活用することが必要になってくるだろうから。
(それと、単純に飽きるほどお金使ってみたいしな……っていやいや、そんなことしてる暇はないって!)
質素な生活で限界まで膨らんだ欲望が頭を覗かせるが、なんとか気合で押し込める。やるべきことはジュリアンの攻略! そして危険なダフネのスキルの解明!
「あなた、少し聞いてもよいかしら?」
我ながらレティシアっぽく部屋の隅に控えていたメイドの一人に声をかける。
「今日は確か、シャルロット様をお迎えする日でしたわよね」
きらカレの初日にはシャルロットが初めて王城にやってくる。シャルロットが婚約者のメインヒーロー・レオンやその父ヴァレンティス侯に挨拶する場に、ヴァレンティス侯と懇意にしているレティシアの父とレティシア自身も招かれていた。が、そのイベントが起こるまでのんびりしているのは時間の無駄だということは一周目で痛いほど思い知った。
「はい、その予定でございます」
「その前に近衛騎士団長のジュリアン様とお会いしたいのだけど」
乙女ゲー攻略の心得その1! 狙ったキャラクターには会って会って会いまくれ! 好感度を上げるためにはそのキャラクターに会ってイベントを起こさなきゃ始まらない。なので、この二周目ではことあるごとにジュリアンに会ってみようと考えている。
メイドは「畏まりました。取り急ぎ執事長にお伝えします」と言って頭を下げ、足早に部屋を出ていった。ほどなくして、ロマンスグレーの髪をオールバックにして、燕尾服を身にまとった壮年の男性が現れた。確か彼は……。
「セバスチャン!」
原作でも出てきたレティシアの執事、セバスチャンだ。確か物腰柔らかだがものすごく有能で、レティシアの我がままを涼し気な顔でいつもさらっと叶えてしまう、そんなキャラクターだったはず。強力な味方になりそうだ。
「レティシアお嬢様お待たせしました。ジュリアン様を応接室にお呼びしてございます。すぐお会いになられますか?」
「え?」
「シャルロット様をお迎えするお時間が迫っておりますので、ジュリアン様には早めにご準備をいただきました」
忙しい近衛騎士団長を即座に呼びつけてしまうとは想像以上の有能さだ。あまりに早すぎて若干心の準備ができていないが、時間ももったいないし、勇気をだして会ってみよう。
「あ、会います。案内して頂戴」
「は、畏まりました」
セバスチャンは優雅な身のこなしで、私を先導してくれる。私は密かにこぶしをぎゅっと握り、気合を入れる。待ってろジュリアン! 待ってろボーナス!!