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第64話 正義と愛

 突然の出来事に思考が追いつかない。だが、その答えはすぐに目の前に現れた。


 ――隣の部屋から、何かが倒れる鈍い音。


 ルージュは迷うことなく部屋の外へ飛び出した。


「ちょ、待って!」


 慌てて私もその後を追う。扉が開かれた隣室には―― ルージュに押し倒され、床に組み伏せられたリュカの姿 があった。


「……リュカ! なんでここに?!」

「レティシア様……」


 床に伏せたまま、リュカはバツが悪そうに視線を逸らした。


「ル……ノワール! リュカが苦しそうだわ!」

「はいはい、お嬢様の仰せの通りに」


 ルージュは苦笑しながらも素早く動き、倒れていた椅子を立て直すと、そのままリュカを座らせる。しかし、ルージュはそれだけでは終わらせなかった。彼はそのままリュカの腕を背もたれに回し、動けないように拘束する。


「これでどうだ? 盗み聞きしてたんだ。これくらいの罰は当然だろう」

「……ま、まあ仕方ないわね……」


 私は一度息をつき、リュカの様子を確かめるように視線を向けた。


「リュカ、正直に答えて。私たちの話を聞いていたの?」

「……はい」


 答えは予想通り。だが、問題はここからだ。


「それは何故?」


 私は眉をひそめる。リュカがこんな真似をする理由に思い当たる節はない。ルージュはすぐに私の疑問に答えるように、リュカの長い髪をぐいと掴んだ。


「どうせシャルロットに言われてここに来たんだろ?!」

「はあ?!!」


 そういえばアイツ、「贈り物」とか言ってたっけ? 意趣返しでリュカをスパイとして差し向けてきたってわけ?! アイツ、本当に良い性格してる!!!


 私が愕然としている間にも、ルージュは淡々と続ける。


「晩餐会の帰り、あの女に何か吹き込まれたんだろ? 今朝からずっとつけてきてたもんな?」

「吹き込まれたなんてとんでもない!」


 ルージュの勢いに負けじと、リュカは声を張る。その瞳は真っ直ぐだった。


「彼女は……私の紅き炎はやはり、真実を教えてくれていた! 彼女は貴方たちの陰謀に勘づいている! 彼女は……碧い貴公子のために、それが事実か確かめようとした。それを私が勝手に手伝おうとしただけだ!」


(碧い貴公子……って、レオンのことよね)


 なるほど。神はレオンのために私たちの陰謀の裏取りをリュカにさせようとしたわけか。


「そんな……陰謀だなんて……」


 否定しようとしたが、リュカに改めて言われると、確かにその通りだ。怪盗と結託して宝物を盗むなんて、陰謀以外の何なのだろうか?


 まぁ、それは一旦置いておいて……今は、まずリュカを説得しなくちゃ。もし彼がレオンにこのことを告発しようものなら、私は確実に ゲームオーバー 。1000万がパーだ。


「リュカ、落ち着いて。私たちは 正義と愛 のために動いているの」

「正義と……愛ですって?」


 理解できない、と言わんばかりに私を見るリュカ。


「どこまで聞いていたか分からないけれど――この前の晩餐会の主催、オルディス侯爵は外国の貴族と組んで、この国を害する魔道具を密輸しているの。彼を告発するためには、ルージュと組んで宝物を“借りる”必要があるのよ」


 ――そして、その騒動を通じてレオンに近づこうとしているのよ。……とは、流石に言えなかった。


「それなら、正面からレオン様や紅き炎に相談すればよろしいでしょう!」


(……確かにそうね。でも私はあと4日でこの世界からいなくなるのよ。だからのんびりレオンに相談してる暇はないの!)


 もちろん、そんなこと言えるわけがない。だから、それっぽい言葉で取り繕う。


「貴族の社会はそんなに単純ではないの。分かるでしょう?」


 リュカは沈黙した。ルージュはしばらくリュカを睨みつけた後、ようやく彼の髪を放し、私に向き直った。


「こいつ、どうする? 始末するか?」

「ちょ、ちょっとそんな物騒なことは止めて!」


 一周目でシャルロットがダフネに殺されたことを思い出す。あの時、直接見たわけではないけれど、過去好きだった作品のキャラクターが死んでしまうのは素直に悲しかった。

 しかも 今、リュカは生きた人間として私の目の前にいる。たとえ、いずれリセットされる世界 だとしても、血なまぐさいのはごめんだ。


「なら、公開の場が開かれ、事態が収束するまで俺が捕らえておこう。……それ以上は譲歩できない」

「丁重に扱ってくれるなら……仕方ないわ」


 確か、に明日の場でオルディス侯爵の罪が暴かれるまで……特に 明日の移送作戦の前に 私とルージュが繋がっていることが公になれば、計画は破綻する。


 ―― リュカが私を見つめる。その金色の瞳には迷いが浮かんでいるように見えた。


「どうして、私をかばうのですか?」

「貴方に恨みはないし、縁あって知り合った仲でしょう? 逆に、巻き込んでしまってごめんなさい」


 リュカの瞳が戸惑いに揺れる。唇がわずかに動きかけたが、ルージュの大げさなため息が、その言葉をかき消した。


「さて、あとは俺がやっておく。あんたは屋敷に帰って、例の『公開の場』の手配を進めてくれ」

「……わかったわ。決して彼を傷つけないで」

「善処する」


 神妙な面持ちで俯くリュカを横目で見て、私はレストランを後にした。


 リュカを巻き込んでしまったのは私だ。彼は、愛する人のために歌い、正義のために剣を取った。それだけのこと。彼のことは気がかりだけれど……後悔している暇はない。今日はあと半日しか残っていない 。


 明日の 天使の鏡移送作戦に備えつつ、ルージュの望む『公開の場』の準備を進めなければならないのだから――。

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