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第59話 炎影に揺れる思惑

 突然現れた偽物の怪盗ルージュが捕らえられ、晩餐会は混乱の余韻を残したままお開きとなった。貴族たちはざわめきながらホールを後にし、レオンとシャルロットの姿もいつの間にか見えなくなっていた。


 私はホールの隅でルージュを問い詰めずにはいられなかった。


「どういうこと?! 予告状を出してとは言ったけど、まさか怪盗ルージュが直接持ってくるなんて思ってなかったわよ! しかも晩餐会の最中に」

「こっそり差し出すとも言ってなかったろ?」

「それはそうだけど……! そ、それに怪盗ルージュの正体は貴方じゃないの?」


 原作ゲームでは怪盗ルージュの正体が目の前の男であることは分かっている。しかし、さっきの光景を説明してもらわなければ納得できなかった。


「怪盗ルージュの正体は、あんたが考える通り間違いなく俺だよ。さっきの男は俺の仲間だ。あんたがオルディス侯爵に俺を紹介しやすくなるよう、一芝居打ったまでさ」


 何でもないことのようにルージュは肩をすくめて言った。


「えっ……? そうだったの?」

「『天使の鏡』はずっと狙ってきた獲物だからな。あんたに任せっぱなしっていうのも性に合わないし」

「でも、事前に相談してくれたって……」

「それは悪かったよ。ただ、時間もなかったからな」


 あっさりと言われて、私は文句を飲み込んだ。確かに、今日の騒動は彼にとっても大きな賭けだったのだろう。


 そのとき、背後から低く落ち着いた声が響いた。


「レティシア様。本日はこのようなことになり、申し訳ありませんでした」

「いえ、オルディス侯爵様のせいではございませんので、お気になさらず」


 振り向くと、オルディス侯爵が少し疲れた様子で立っていた。彼の視線がルージュへと移る。


「夜分に申し訳ありませんが、この後少しお時間を頂けますか? 『天使の鏡』の件でご相談したいのです」

「……! もちろん。お力になれることがあれば」


 思わぬ機会に胸が高鳴る。私はルージュと共に侯爵に案内され、応接室へと向かった。リュカには少し待っているように頼んでおく。リュカは少し寂しそうにしていたが、彼に話をややこしくされても困るので仕方ない。


 応接室は品の良い装飾でまとめられていたが、調度品は最小限でどこか殺風景な印象を受けた。室内の暖炉では火が静かに燃え、微かな薪の匂いが漂っている。


 応接室の椅子にはレオンが座っていた。暖炉の炎が影を作り、彫刻のような横顔に静かな威圧感を与えている。


「レオン様! ……なぜ、ここに?」

「『天使の鏡』の件について話をすると聞いたからだ」


 要領を得ない私に、レオンは一つため息をつき、落ち着いた声で説明を始めた。


「侯爵からは君に『天使の鏡』の護衛について相談すると聞いている。オルディス家が管理する『天使の鏡』は、我がヴァレンティス家が建国の王から賜ったものだ。私が同席するのも筋だろう」


 ヴァレンティス家とオルディス家は本家と分家の関係にある。その言葉に私は頷きかけたが、ふと気づく。


「そういえば、シャルロット様は?」

「先に帰らせた」


(神抜きでレオンと話せるなんて……超チャンスじゃない!)


 心の中で小さく拳を握る。しかし、同時に疑問も浮かぶ。神はなぜ、この場に現れなかったのだろうか。


 ルージュがオルディス侯爵に予告状を突き付ける展開は、原作にはない。となれば、この騒動を仕掛けたのが私だと察するのは容易いはずだ。ならば、その内情を探ろうとしてもおかしくはない。たとえレオンに帰るよう促されても、あの神なら何か理由をつけて残ろうとしただろう。


(それでも、神は姿を見せなかった……)


 ほかに優先すべき用事があったのか。それとも——。


「それでは、早速ですが、2日後の『天使の鏡』移送計画についてご相談させていただきます」


 オルディス侯爵の咳払いで、私ははっと意識を現実に引き戻した。

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