第52話 詩人は燃ゆる
翌朝、私はセバスチャンに依頼し、さっそくリュカを屋敷に招いてもらった。
爽やかな朝日の差し込む応接室で、私はセバスチャンに淹れてもらった紅茶を嗜みながら、リュカの訪れを待っていた。
リュカを屋敷に招いた目的はひとつ、今日開催される晩餐会に参加してもらい、存分に暴れてもらうため働きかけることだ。
(昨日の反応を見るに、リュカはシャルロットに惚れ込んでいるはず。なら、少しだけ背中を押してあげれば、きっと……)
ふと、扉がノックされる。品のある響きを持つ音。それだけで、相手が誰なのか察せられた。「どうぞ」と声をかけると、案の定、扉の向こうからリュカが姿を現す。朝の光を背に受けたその立ち姿は、まるで舞台に降り立った俳優のようだった。
「リュカ、よく来てくれたわね」
「レティシア様のお召しとあれば」
リュカは軽く片膝をつくと、まるで劇の一幕のように優雅な所作で私の手に唇を寄せた。その仕草には計算された美しさがありながらも、不思議といやらしさを感じさせない。彼は生まれながらにして人を魅了する術を心得ているのだろう。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
私が椅子に座るよう促すと、リュカはまるで風のように軽やかな動きで腰を下ろした。しなやかに足を組み、余裕を湛えた微笑みを浮かべる。
「リュカ……実はあなたに聞いて欲しい悩みがあって」
「ほう、恋の悩みでしょうか?」
「残念ながら、恋の話では無いかしら」
「私でよければなんでも聞きます。さあ、語って下さい」
リュカは流れるような動作で手を差し伸べ、続きを促した。その仕草にはどこか遊び心がありながらも、相手を思いやる優しさが滲んでいる。
「私の友人の方が、ある高貴なお方と婚約をしたんですけれどね」
「それはおめでたい話ですね」
「けれど……その相手の方が非常に厳しい方なんです。王都に馴染めるはずはないから、さっさと故郷へ帰った方が良いと仰ったり、他の方もいる前で婚約を認めたことは無い、言い出したり……」
私は言葉を選びながら、今までのレオンのシャルロットに対する発言を伝えた。ただし、ほんの少し脚色を加えて。リュカの心に火をつけるには、若干の演出が必要だ。
「おや、それは穏やかではないですね」
先ほどまでの軽妙な調子は影を潜め、彼の声には鋼のような硬質な響きが加わった。一方、私は針に喰いつきそうな獲物を眺めるような心地で、彼の様子を伺いながら、続ける。
「身分の高い方ですから、女性に求めるものが多いというのは当然のことだとは思いますけれど、その友人の方が可哀そうで……どうやったら力になってあげられるかしら?」
「難しいですが……お茶を一緒に召し上がったりして、お気持ちをほぐしてあげるのがよろしいではないでしょうか? レティシア様のお心遣いが伝われば、その方の心も安らぐでしょう」
私はここだが仕掛ける時だと確信する。
「あら、お茶? お茶にはつい先日お誘いしたばかりなのよね。ほら、リュカも一緒に挨拶したでしょ……私が相談したかったのは、シャルロット様のことよ」
その名前を聞いた瞬間、リュカの表情が一変する。
「……シャルロット様、ですって?」
彼の瞳に鋭い光が宿る。冗談めいた余裕は完全に消え、まるで戦場に立つ騎士のような気迫が滲む。
「レティシア様、それは本当ですか?」
「ええ、本当よ。彼女がレオン様と婚約していることは知っているでしょう?」
「それは存じております。しかし……まさか彼女が、そんな仕打ちを受けているとは……」
彼は拳を固く握りしめると、短く息を吐いた。その横顔は、まるで怒りをこらえるように見えた。
「紅き光の君……彼女はまるで夕映えの空のように柔らかく、穏やかで……そして儚い。そんな彼女に、故郷に帰れと? 婚約を否定し、公の場で心を傷つける? それは剣よりも鋭く、心を抉る暴力だ……!」
その言葉に、私はこっそり笑みを深める。よしよし、想定通りの反応だ。この流れで晩餐会でその憤りを晴らしてもらえば……きっとまた、面白いものが見られるだろう。
「わたしも心を痛めているの。だからこそ、彼女を心を守るために、リュカ。貴方の力を貸してくれない?」
「勿論です!」
リュカは力強く言い放った。普段は優雅で遊び心のある彼が、ここまで険しい表情を見せるのは珍しい。原作でもなかなか見ない表情だ。
「シャルロット様を茨の檻が苦しめているのなら……私は彼女のために、自由の歌を奏でましょう」
まるで決闘に臨む騎士さながらの気迫で、リュカは宣言した。
えーと、つまりレオンがシャルロットをいじめるなら、俺がさらってやるぜってこと……だろうか? 私はそれならば、とリュカに提案する。
「それでは、今晩の晩餐会に一緒に参加して下さらない? レオン様とシャルロット様もいらっしゃるの。レオン様にリュカの想いを伝えてみてはどうかしら」
リュカは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「ええ、全力でお伝えしますとも。貴女の友人が、望まぬ未来を押し付けられないように」
私の胸の奥に、密やかな勝利の感触が広がった。
(これでリュカはきっとまた大暴れしてくれるはず……!)
晩餐会の舞台は整った。今晩の晩餐会が、俄然楽しみになってきた。




