第49話 神は見通し
扉が開かれた瞬間、室内の空気が張り詰める。悠然とした足取りで部屋に踏み入れたのは、紅い瞳の少女、シャルロット――いや、『神』だった。
神の力で時間が凍りついた世界では、瞬きすら許されない。ルージュの息遣いも、微かに聞こえていた木々のざわめきも、一瞬で掻き消え、異様な静寂が広がる。その中で、私は神と再び対峙していた。
「な、なんでここに……?」
自分でも情けないほど動揺が声に滲む。まさか、この場に彼女が現れるとは想定外だった。神は私の狼狽する姿を楽しむかのように、くすりと笑う。
「何度も言うけど、この世界を創ったのは私なのよ。貴女がコソコソと行く場所なんて、いくらでも想像がつくわ」
まるで小動物を追い詰める捕食者のように、神はゆっくりと室内を見渡す。そして、窓辺に佇むルージュの姿を認めると、興味深げに瞳を細めた。
「怪盗ルージュね。ふーん……」
紅い瞳が、獲物を見極めるかのように彼を見つめる。一方、ルージュは何事かを発言しようとした姿のまま、まるで彫像のように完全に静止していた。
「貴女の考えはおおかた想像がつくわ。レオンと仲良くなるためにルージュに騒動を起こさせようとしてるんでしょ」
「な、なんでそれを……?!」
ピタリと核心を突かれ、私は肩を震わせる。
「なかなかいい作戦じゃない。褒めてあげるわ」
しかし、予想外の神の言葉に、私は拍子抜けしてしまう。
「確かに、レオン様と仲良くなる機会を作るならルージュを利用するのが一番よね。ルージュは一番、レオン様と因縁のあるキャラだし。原作でのレオン様とルージュとシャルロットの三角関係ルート、ほんと至高だし……」
「は、はあ……」
「正直これからどんな展開になるか、ちょっと楽しみだわ。レティシアが絡むのがややシチュエーション的に不安だけど……」
神は妄想を巡らせているのか、遠い目をしながらうっとりと微笑んでいる。な、何だろうこの状況。呆れるべきなのか、警戒すべきなのか……どう反応すべきか分からず、私は思わず口を引き結ぶ。
「しかも私とリュカを引き合わせるとは、よく考えたわね。リュカは原作で一番好感度が上がりやすいキャラクターだから、シャルロットのレオン攻略を邪魔するにはベストな選択と言っていいわ」
「あ、どうも……」
駄目押しに再び褒められ、気の抜けた返事をしてしまう。神は私の返事にうんうんと満足げに頷く。
「でも、私に勝つのはやっぱり無理でしょうね。 私が原作でレオン様を何回攻略したと思ってるの? 私はDVD-ROMが擦り切れるまで原作をやり込んでるんだから。リュカの妨害があったとしても、余裕でエンディングまで一直線よ!」
急なオタク自慢に、私は思わず「いや、知らんがな……」と心の中でツッコむ。今の神の姿はさながら好きな作品について興奮しながら語るオタク。いや、そのまんまか。そんな私の困惑など意に介さず、神はぺらぺらと喋り続ける。
「それじゃ、知ってると思うけど、この後レオン様とシャルロットが偶然ばったり廊下で出会うイベントがあるから、もう行くわ」
「あ、ちょっと!」
「もしよかったら、貴女も見に来る? ……新解釈のレオンルートを披露してあげる」
呼び止める間もなく、神はどこか妖しく微笑むと、颯爽と踵を返し、部屋から立ち去ってしまった。神が部屋から姿を消した瞬間、木々のざわめきが窓の外から微かに聞こえてくる。どうやら、時間が再び動き出したようだ。
私はすぐに神を追おうとするが、ルージュの低い声に足を止める。
「今日の夜。この部屋で、また」
ルージュは何事もなかったかのように、先ほどの会話を続ける。彼の様子を見る限り、やはり時間が止まっていた間の出来事を何も認識していないようだ。
「あ、はい。また後ほど!」
二つの作戦が軌道に乗り始めたという余韻に浸る間もなく、私は屋敷の廊下へと駆け出す。
レオンと神、二人の再会を見届けるために。