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第46話 神の御業

「ていうか顔がいい……視力が回復する……。我ながら完璧な原作再現……」


 あっけにとられる私を他所に、神はうっとりとした表情でレオンを凝視し、じわりじわりと距離を詰めていく。


(ちょっと、そんなことしたらレオン、絶対怒るってば……!)


 焦った私はレオンの表情を窺う。だが、その瞬間、妙な違和感に気づいた。レオンの顔はまるで彫像のように固まったまま、微動だにしない。いや、それどころか――瞬きすらしていない。


 何かおかしい。


 不審に思い、視線を周囲へと巡らせる。ヴァレンティス公も、アルジェント侯も、侍女たちも――全員がその場で静止していた。優雅な所作のままピタリと動きを止め、まるで凍りついたかのように、誰一人動かない。


「これは……?」


 思わず漏らした私の言葉に、神が振り返る。そして、うっとりした表情でレオンの頬に手を添えながら言った。


「時間を止めたの。名シーンのレオン様を間近で見たかったから」

「時間を止めた……?」

「私はこの世界の神。だから何でもできて当然でしょう?」


 神だからなんでも出来て当然? つまり、神はこれから時間停止級のチート能力を乱用するつもり?!


「いや、そんなのズルすぎるでしょ!」


 私が思わずツッコむと、神はくすくすと微笑んだ。


「なんて、ね。なんでもできたら競争にならないでしょ。私がこの世界で扱える能力スキルは時間を止めることだけ。貴女にもスキル、使わせてあげてるでしょう?」

「いやでも……時間を止める力なんて強すぎるわよ!」

「その辺は観客の興を削がない程度に調整してるから大丈夫。その証拠にほら、貴女は動いてるじゃない」

「そ、そういえば……」


 試しに腕を動かしてみる。問題なく動く。足も動かせるし、呼吸もできる。


(時間の停止の対象に、ライバルである私は含められない……ってこと?)


 情報を整理している間に、神はレオンの顔をもう一度名残惜しそうに見つめ、ゆっくりと離れ、元立っていた場所に戻る。



「ほら、そろそろ時間が動き出すわよ」


 神はそう言って、ひとつ指を鳴らした。


 それを合図に、まるで何事もなかったかのように、アルジェント侯がレオンを叱責する。


「レオン! いい加減にしないか」


 レオンは少し驚いたように瞬きをし、表情を引き締める。一方の神は、さっきまでレオンを拝んでいたくせに、しおらしい顔を作って俯いていた。


(……うわ、演技派……)


 まるで原作通りのシャルロットのように、しゅんと肩を落とし、儚げな表情を浮かべている。


「……シャルロット嬢、レオンにはよく言い聞かせておくので、どうか気を悪くしないで欲しい。北方からの長旅で疲れたろう、我が屋敷に部屋を用意しているのでゆっくり身体を休めてほしい」

「……は、はい。公爵様。それでは……」


 震える声で一言告げた後、神は退出しようとする。しかし、振り返った瞬間――見事に転んだ。原作通りの動きだ。

 ここで、レティシアはここでシャルロットの粗相を冷たく笑い飛ばすのだが……私はそうせず、神に手を差し伸べる。


「シャルロット様、大丈夫ですか?」


 私の行動に、レオンやアルジェント候は意外そうな顔をする。そして神は、私の手をじっと見つめ――やがて、微笑みながらその手を取った。


「レティシア様、ありがとうございます。旅の疲れで足がもつれてしまって……」


 そう言って微笑む顔は、まさしくヒロインのそれ。しかし、その瞳の奥には、こちらの意図を探るような光が見え隠れしている。


「よろしければこの後、私の屋敷でお茶でもどうかしら? 辺境のお話を色々と聞かせて頂きたくて」


 神は一瞬、視線を伏せて小さく唇を噛んだ。何か計算を巡らせているのか、それとも別の意図があるのか。


「ぜひ! よろしければ私も王都のこと、色々教えていただきたいです」


 しかし、次の瞬間には花が綻ぶ様に可憐に微笑む。申し出を快諾する神を横目に、私はアルジェント侯へと視線を向ける。


「よろしいですわね? お父様」

「ああ、もちろん。粗相のないようにな」

「ご心配には及びません。……それではシャルロット様、外に馬車を待たせてありますので、ご案内しますわ」

「ありがとうございます!」


 私の屋敷にはセバスチャンに頼んで、ある『秘策』を用意している。未だに神の能力は底が知れないが……期限は7日間。怯んでいる暇はない。


 さあ、神との本当の戦いが始まる。先手を取るのは――私だ。

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