第43話 悪役令嬢は1000万の夢を見る
気が付くと、私は真っ白な空間にいた。不気味な舞踏会の光景は幻のように消え、目の前には困った顔の天使のお姉さんだけが立っている。
「アントワーヌさん攻略、おめでとう……ございまーす!」
「あの、神、出てきたんですけど……」
「……出てきましたね……」
お姉さんは気まずそうに視線を逸らした。天使のお姉さんにとっても先ほど起こったあの出来事は想定していないことだったのだろうか。
「あの……質問してもいいですか?」
「はい! ……私で答えられることなら」
「ダフネは……金谷さんは、どうなったんですか?」
お姉さんははっと顔をあげ、それから眉をしゅんと下げた。
「神も仰っておりましたが、ダフネさんの中の人は、この副業をクビになりました。あ、でも肉体的には一切傷ついていませんので、その点はご安心を! あれは神のパフォーマンスというやつです!」
「そうですか、よかった……」
ダフネがギロチン台に囚われた姿が脳裏に蘇り、再び背筋に冷たい汗が伝う。あの時はどうなることかと思ったけど、金谷さんが無事でよかった。
「ただ、現実世界でちょっとした追加のお仕置きがあるかもしれませんが……」
「え?」
「ま、まあ。そんなことは置いといて! 汐里さん、来週は神と戦うことになってしまいましたね!」
神の言葉を思い出し、私は頭を抱えた。
「神は天界随一のきらカレマニアです。なので、来週に備えて是非、しっかり準備をされることをお勧めします!」
「ああ……」
確かに、あの世界を先ほど出会った『神』が創ったとするなら、相当なきらカレオタクに違いない。金谷さん以上に、キャラクターの性格や本来のシナリオを踏まえてレオンを攻略しようとしてくるだろう。
その上、神はシャルロットを演じてレオンを攻略すると言った。シャルロットはきらカレ世界の主人公だ。一方、私は悪役令嬢。次の周回では、今までよりもいっそう厳しい戦いが繰り広げられるに違いない。
「そうですね、準備してきます」
とはいえ、くよくよしても仕方ない。今までと同じように、Wikiで復習して作戦を練って臨もう。
「目指せ特別報酬! 目指せ1000万円ですね!」
「はい! 頑張ります!」
『1000万円』という言葉に、思わず胸が躍る。そうだ、越えなければならないハードルは高いが、越えれば1000万円ゲットなのだ!
「素晴らしい! そんな前向きな汐里さんに、ご褒美タイムです!」
天使のお姉さんが指さし棒を振りあげると、いつもと同じように『給料袋』と書かれた茶色の封筒が空からひらひらと舞い落ちてきた。
「ありがとうございます!!」
封筒の中身を早速確認すると、日給の2万円と交通費が顔を覗かせる。やっぱりこの瞬間が一番うれしい。しかも今週は土日どちらも働いたから、一週間で4万円も稼げたことになる。ありがたい……。
(今回の7日間も……色々あったな)
三週目で体験した色々な思い出が、不意に蘇ってくる。生身の人間として出会ったアントワーヌは、ゲームで攻略したときと同じ、理屈っぽいけど真っ直ぐな研究者だった。そんなアントワーヌと協力し、数々の苦難を乗り越えた日々は大変だったけど、達成感に満ちていた。
(でも、アントワーヌとの日々も次の周回になったら、なかったことになっちゃうんだよね……)
天使のお姉さんによると、きらカレの世界は次の周回に進むたびリセットされ、最初の日の状態に戻ってしまう。登場人物たちの関係性も記憶も、すべて。
(ゲームだからそういうものなのかも知れないけど、やっぱり寂しいな)
そんなことを考えていると、天使のお姉さんが優しく声をかける。
「汐里さん、何か気になることがありますか?」
「……いえ、大丈夫です」
「分かりました。それじゃ、最後にこれをどうぞ」
天使のお姉さんが私の手をとり、手のひらを指さし棒で一つ叩く。すると、何もなかった私の手のひらに、『天使の里のおまんじゅう』と書かれた、いかにもさびれた温泉宿に売っていそうなお菓子の箱が現れた。
「知り合いが作っているお菓子です! よかったらどう」
「ぞ」の音が聞こえる前に、いつもの如くテレビのチャンネルが切り替わるように、唐突に私は現実に戻された。私は妙にずっしりとしたお菓子の箱を抱えながら、今日も4駅ほど歩いて家まで帰った。




