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第42話 福音

これにてアントワーヌ編は終了です。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

次の話も読んで頂けたらとても嬉しいです。


※もしよろしければ評価やリアクションなど、ぽちっとしてくださると励みになります!

「この世界の神様……? どういうことですか?」


 私はシャルロット——いや、彼女だった存在を凝視した。

 色調が反転し、静止した舞踏会の空間。影のように立ち尽くす貴族たちの間で、シャルロットだけが異質な輝きを放っているようにも見えた。


「どうもこうも、その名の通り。このきらカレ世界を創った張本人、それが私。今はシャルロットの姿を借りているけどね」


 口調も、表情も、これまでのシャルロットとはまるで違う。唇は皮肉げに歪み、瞳には冷たい光が浮かんでいる。


(……これは、シャルロットじゃない。シャルロットの身体を使って、別の存在が話している……?)


 彼女は口元に笑みを浮かべながら、まるで世間話をするようにさらりと言う。


「レティシア……いえ、吉田汐里よしだ しおりさん」


 この世界では呼ばれることのない、本当の名前。私の、現実世界の名前。その名を知っているということはやはり、今のシャルロットは『神』なのだろう。


「貴女は今までの参加者のなかで、最も私たちを楽しませてくれているわ」

「……私たち?」


 聞き返す私をよそに、神は優雅に笑う。


「裏切者の誘惑にも負けず、今回もレティシアを演じ切ってくれて、ありがとう」


 神が手を振り上げ、ひとつ指をならす。すると――


「ダフネ!?」


 視界の端、ギロチン台に囚われたダフネの姿が現れた。黒いシャンデリアの下、舞踏会のホールの中央に。彼女は手足を拘束され、歯を食いしばってこちらを睨んでいる。


「くっ……」


 ダフネ――いや、金谷さんは何も言わないまま、微笑む神を睨みつける。その顔には、怒りとも悔しさともつかない複雑な色が滲んでいた。


「それでは、裏切者はクビにしてしまいましょう」


 ギロチンの刃が音もなく持ち上がる。


「や、止めて!」


 これから訪れる凄惨な光景に恐怖し、反射的に私は叫んだ。だが、その声も虚しく、ギロチンの刃は無慈悲にダフネの首めがけて落ちていく。


 ……けれど、ダフネの身体が血を流すことはなかった。刃がその首を落とす寸前で、彼女も、ギロチン台も、音もなく霧散する。まるで最初からそこには存在しなかったかのように。


「あはは。私もスプラッタは嫌いなの。気が合うわね」


 意表を突かれて目を丸くする私を見て、神は無邪気に笑った。私は背中を嫌な汗が伝うのを感じながら、ようやく言葉を絞り出す。


「一体、何の目的でこんなことを……」

「貴女と、これからのこの舞台……いえ、『副業』のことを話したかったの」


 彼女はゆっくりと歩を進め、私の前で足を止める。


「貴方のライバルであるダフネはもう使えないわ。でも、新しい候補者を探すのも時間がかかる……」


 頬に手を当て、わざとらしく考え込むようなジェスチャーをして、神はそこで一旦言葉を切った。


「そこで、いいことを思いついたの。私が貴女の相手をしたらどうかって。きっと面白くなるわ」

「神様が、私の相手を……?」


 私が眉をひそめると、神は愉快そうに頷いた。その顔はどこか悪戯っぽく、けれど確信めいていた。


「次の周回、私の演じるシャルロットと競って、レオンを攻略しなさい。成功したら約束の特別報酬ボーナスをあげるわ」

「もし、攻略できなかったら?」

「攻略できなかったら、そこでこの副業は終わり。攻略できても終わりにしようと思ってるけど」


 副業が、あと一周で終わる?


「つ、つまりそれって……」


 私の脳裏に、一つの重大な問題が浮かぶ。


「それってつまり、副業の期間が短くなるってことですよね?!」


 神を前にしていることも忘れ、思わず声を張り上げてしまう。神は一瞬きょとんとした顔をした。


「え、ええまあ……そうかも?」

「ってことはつまり、もらえるお給料も想定より減っちゃうってことですか?」

「そう……かしら?」

「困ります!! それ、すごい困ります! こっちは借金返すために本気で副業やってるんです!」


 私は思わず拳を握りしめた。世界の神? きらカレ世界の創造主? そんなことは一旦どうでもいい。いや、むしろ今さら驚くほどのことじゃない! そんなことより副業の収入が減ることの方が問題だ。


「わ、わかったわ。じゃあ特別報酬ボーナスの額を2倍にしてあげる。ならいいでしょ?」

「ボーナスが2倍?!」


 つまり……それって……。


「レオンの攻略に成功すれば1000万円が、手に入るってこと……?」

「どう? それでいいかしら?」

「1000万円……」


 私は呆然とした心地で、こくん、と一つ頷いてしまう。


「それじゃまた来週。いつも通り土曜日の朝に出勤して頂戴。それじゃ」


 神がそういうや否や、世界は速やかに暗転した。不気味なダンスホールも、怪しく光るシャンデリアも、最早どこにもない。そして、どこからか盛大な拍手が聞こえ、暗闇の果てから緞帳が下りてくる。


 こうして、私の悪役令嬢三周目は、波乱の予感のなかで幕を閉じた。

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