第40話 そしてまた舞踏会へ
怒涛の六日間を走り抜けた私が今いるのは——私室の鏡台の前だった。映るのは、どこか疲れた顔の自分。
「なんでこんな大切な時に寝ちゃったんだと思います? ほんと、馬鹿ですよね?!」
思わずぼやくと、鏡に映った『私』がふわりと微笑む。——天使のお姉さんだ。
「まあまあ、そんなに自分を卑下しなくても……」
彼女はいつも通り穏やかに慰めてくれるが、私の落ち込みは深刻だった。ヴァレンティス公への直訴を終えた直後、極限まで張り詰めていた糸が切れたのか、私は倒れるように眠り込んでしまった。
そして——目が覚めたのは、七日目の朝。
そう、今日は舞踏会の日。つまり、三週目の攻略結果が明らかになる日。
ギリギリまでアントワーヌの好感度を稼ぐチャンスだったはずなのに、そんな大切な時間をただの睡眠に費やしてしまったのだ。ぐうの音も出ないほどの痛恨のミス。あぁ、私の馬鹿……!
「こんなに頑張ったのに……」
思わずうつむく私を見て、天使のお姉さんが力強く頷く。
「レティシアさん、すごく頑張ってましたよ! 神も本当に感心されていました。だから、そんなに落ち込まないで。まだ希望はあります!」
「……本当に、そう思います?」
「はい、もちろん!」
そう言って、お姉さんはにこりと微笑む。その笑顔に、少しだけ心が軽くなる。しかし、次の言葉に私は肩を強張らせた。
「よかったら、アントワーヌさんの好感度、確認します?」
知りたいという気持ちと、知りたくないという気持ちの間で心が揺れる。
確認して、もし目標の好感度に届いていなかったら? もし、今までの努力が足りなかったのだと突きつけられたら? けれど、どんなものであろうと、結果はすでに決まっている。ならば――
「いえ、今回も……好感度、確認しないでいいです」
「え? 本当にいいんですか?」
「ええ。今知ったところで、結果は変わらないですから」
それを知るのは、舞踏会のあとでいい。そう言い切ったとき、部屋の扉がノックされた。
「レティシア様、よろしいでしょうか」
聞き慣れた、穏やかで落ち着いた声。
「セバスチャン?!」
思わず振り向くと、扉の向こうには見慣れた執事の姿があった。以前と変わらぬ品のある佇まい。だが、その顔色は、ダフネに斬られて倒れたあの時よりも、はるかに良くなっていた。
「もう具合はいいの?」
問いかけると、セバスチャンはひとつ頷き、優雅な所作で部屋へと入る。
「大変な時にお手伝いできず、申し訳ありませんでした。お休みを頂いたおかげで、傷はすっかり癒えました」
「そう……よかった……」
私はほっと息をつく。今まで何かと支えてくれた彼が回復してくれたことが、何よりも嬉しい。
「そういえば、何か用かしら?」
「こちらの手紙をお届けに参りました」
「手紙?」
私は眉をひそめながら、セバスチャンから一通の封書を受け取る。滑らかな紙の手触り。丁寧に施された封蝋。その差出人を確認し——心臓が跳ねた。
差出人はアントワーヌだった。
意を決して封を解くと、アントワーヌらしい整然とした筆跡が目に飛び込んできた。文面には、疑いを晴らしてくれたことへの感謝と、ヴァレンティス公からの研究援助が正式に決定したという報告が記されている。
そして、手紙の最後には——
『ヴァレンティス公から、紹介したい人がいるからということで、明日の舞踏会に呼ばれることになりました。舞踏会にはレティシア様も参加されると聞きました。もし、都合がつくなら一目お会いできませんか?』
私はゆっくりと手紙を閉じ、静かに息を吸い込んだ。
——ついに、この時が来た。