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第38話 勝負の行方、決する時

 砕け散ったバリケードの瓦礫を踏み越え、倒れた兵士たちの間を縫って進む。そして、ようやく私はダフネの目前にたどり着いた。背後には、大勢の騎士団。対する傭兵隊は、すでに壊滅状態だった。私のそばに立っているのは、ここまで付き添ってくれた隊長ただ一人。


「やってくれたわね、ダフネ」

「レティシア……」


 ダフネが無言で剣を向けた瞬間、頬をかすめるように風が吹いた。髪がひと房、ふわりと宙を舞い、地に落ちる。隊長が息を呑み、剣を抜きかけるのが見えた。だが、私はすかさず手でそれを制す。


「観念してアントワーヌを渡しなさい。次は外さない」

「どうぞ、やれるものならやってみなさい」


 ダフネの剣が再び振るわれると、ドレスの胸元が裂け、その布片がふわりと宙を舞った。背後の騎士団から、ざわめきが漏れる。


「あら、どうしたの? 次は外さない、と聞こえたけど」


 しかし、私の身体には傷ひとつなかった。やはり、予想通りだ。ダフネのスキルでは、私を傷つけることはできない。もしそれが可能なら、ゲームが始まるたびに私を殺せば済む話だ。そうすれば、こんな回りくどい手を使わずとも、永遠にゲームを続けるという彼女の望みは叶えられるはずだ。


「お前たち、レティシア様を捕らえなさい! 彼女はアントワーヌに騙されている」


 ダフネの号令に、騎士たちははっと息をのむ。そして、私の前へと歩み出し、じわじわと距離を詰めてきた。


(ここが正念場……!)


 私は冷静に周囲を見渡した。隊長は身構えているが、相手は数十人の騎士団。まともにやり合っては勝ち目はない。


「騎士団の皆さん、あなたたちの『副団長』は、私的な目的のために勝手な行動を取っているのよ」


 騎士たちの足が、一瞬止まる。


 彼らが忠誠を誓っているのはダフネ個人ではなく、騎士団そのものだ。そして、ダフネの振る舞いが騎士団の理念に反していることを、私は知っている。


「どういうことだ?」


 一人の騎士が戸惑った声を上げる。その隙を逃さず、私は畳みかけた。


「彼女の罪は近いうちに明るみに出る。あなたたちも本心では彼女の命令に違和感を感じているのではないかしら?」


 私の言葉が効いたのか、騎士たちの間に動揺が広がる。


(時間は十分稼げたはず。今なら……!)


 私は後ろの隊長に小さく合図を送る。彼はすぐに察し、素早く剣を振りかざした。

ダフネがわずかに注意を向けた、その瞬間——


「今よ、アントワーヌ!」


 私の叫びと同時に、空気が震えた。


 ゴォォォォォッ——!


 黒い霧が一気に広がり、ダフネの足元から渦を巻くように立ち上る。


「っ……!」


 ダフネが剣を振り上げ、霧を払おうとする。だが、無駄だった。この霧はただの霧ではない。『霧の檻』が、彼女を閉じ込めるための檻を形作っていく。


「これは……!」


 霧は渦巻きながら、彼女の体を包み込み、足元からゆっくりと締め上げるように範囲を狭めていく。


「くっ……!」


 ダフネは霧の渦から逃れようとあがくが、もはや逃れることはできなかった。やがて、霧の檻は完全に閉ざされてしまう。

 霧の向こうで、ダフネは膝をついたまま動かない。その姿は、ゆっくりと霧の中へと沈んでいった。


 ——ダフネは、計画通り『霧の檻』に閉じ込められた。


「やった……!」


 安堵した瞬間、全身の力が抜け、私はその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。


「レティシア様!」

「大丈夫でしたか? ……私、何も出来なくて……!」


 そんな私にシャルロットが駆け寄り、涙声で抱きついてくる。私は彼女の背をそっとさすった。


「全然平気です。少しドレスが破れたくらい」


 私は軽く笑ってみせたが、シャルロットの震えは止まらなかった。


「ドレスが?! ひどい……怪我はないんですか……?」

「ええ、傷ひとつありません」


 そう言うと、シャルロットは少し安心したようだった。


「レティシア様」


 振り返ると、アントワーヌがこちらへと歩み寄ってくる。その表情はいつも通り冷静——なはずなのに、どこかピリピリとした空気を纏っていた。


「……反省してください」


 彼は立ち止まり、心なしか厳しいまなざしで私を見る。


「作戦は成功しました。しかし、もし失敗していたら——取り返しのつかないことになっていた」

「で、でも……そのおかげで『霧の檻』が……」

「結果論です」


 アントワーヌは私の言葉をぴしゃりと遮る。


「あなたの行動はあまりにも危険でした。もっと安全な手段があったはずです」


 普段なら冷静に物事を判断する彼が、こうして私を叱責する。それはきっと理屈では割り切れない何かがあったから。つまり……。


「……私のこと、心配してくれたんですか?」


 アントワーヌの眉が、わずかに動く。


「それは当然のことでしょう。あなたがここで命を落とせば、ヴァレンティス公への申し開きにも影響が出ます」


 アントワーヌはいつも通り、理論的に私を心配する理由を述べる。けれど、それが全てではないことは、私にも分かっていた。


「次からは、もっと慎重に動いてください」

「わかったわ。次は、もう少し考えて行動します」


 アントワーヌは小さく頷き、最後に一言だけ、付け加えた。


「……何があっても、無茶はしないこと。それだけは約束してください」

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