第35話 霧の檻計画、始動!
隠し通路を抜けた先は王都の裏路地だった。地上に出るとすでに日は落ち、静かな夜の帳が辺りを包んでいた。人目を避けるため、私たちは古びた建物の影を縫うように歩き続け、商人ギルドを目指す。
商人ギルドの周辺は、今日も屋台に群がる人たちで賑わっていた。人目につかないように賑わう大通りを避け、商人ギルドの裏門へとようやく辿り着いく。門番は私の顔を見るなりすぐに応接室に通してくれた。
応接室に入ると、すぐに温かい紅茶が出てきた。セバスチャンの淹れてくれる紅茶と比べて香りは少し劣るけれど、素朴な温かさがありがたい。アントワーヌとシャルロットも出された紅茶を飲んで、少し緊張がほぐれたようだった。
(セバスチャン、無事だといいけれど……)
アルジェント公の屋敷でダフネに斬られ、倒れたセバスチャン。あの時は慌てていて、傷の深さを十分に確認しないまま別れてしまった。彼には原作でもこの副業でもたくさん助けられてきたから、回復していてほしい。
そんなことを考えていると、応接室に何度か応対してくれていた責任者らしい初老の商人が現れた。
「レティシア様。こんな夜更けにどのようなご用件でしょうか」
「単刀直入に言います。人目につかない小屋を用意して、これから依頼する研究資材をなるべく早く搬入してください」
「いつにも増して急なご依頼ですね。……かしこまりました。出来る限り協力します」
怪しい内容にも関わらず、商人ギルドは驚くほどあっさりと依頼を引き受けてくれた。
「……何も聞かずに、協力して下さるのですか?」
「レティシア様が我々の働きに報いて下さる方だと知っていますので」
つまり、私の支払い能力について信頼しているので深く事情は探らない、ということらしい。ここ数日、散々買い物をしてきた成果だろうか。地味だと思っていた私のスキルも、なかなかどうして役に立つものだ。
私はアントワーヌに頼んで、必要な研究資材を商人に伝えてもらった。
「……ふむ。この内容でしたら在庫があるはずなのですぐに運ばせます。搬入先の小屋についても、ギルドが管理している郊外の物件をご案内しましょう」
「ありがとうございます! 助かりますわ」
「護衛も必要でしょう。我々が信頼できる者を手配できます」
「ぜひ、お願いいたしますわ」
諸々の準備があるということで、初老の商人は一度奥へ下がった。私は緊張して乾いた喉を潤すために、再び紅茶を口に運ぶ。
「レティシアさん、本当にかっこよかったです!」
「え、いえ。まあそれほどでも……」
そんな私を、シャルロットが輝く瞳で見つめていた。真正面から美少女に褒められると、流石に照れてしまう。
「僕も驚きました。世の中にはいろんなご令嬢がいるんですね」
アントワーヌの表情も心なしか明るい気がする。思わぬポイントで好感度が稼げたかもしれない。余裕があれば天使のお姉さんに今の好感度を確認したいところだけど……果たしてそんな余裕が出来るかどうか。
「ええ、大人っぽくて私と同年代とは思えません!」
「……はは」
そりゃ中身は30代のOL、アラサーですから。ゲームのロード中に画面が暗くなって、自分の顔がディスプレイに映ったときのような、不意に現実を突き付けられた気がして、苦笑いが漏れる。
そんなことを話していると先ほどとは違う、若い商人が入ってきて馬車に乗るよう促した。今は一刻だって時間が惜しい。私たちは早速席を立ち、商人ギルドの裏手から馬車に乗り、商人ギルドが用意した新しい拠点へ向かった。
* * *
小屋に到着すると、所狭しと並べられた資材が目に飛び込んできた。錬金術用の器具、魔力制御装置、さまざまな鉱石――素人目にも必要十分な準備が整っているのがわかる。
「こんな短期間で素晴らしい……これなら、ダフネを封じるための装置を開発できる」
アントワーヌが目を輝かせながら道具を確認する。
「アントワーヌ様。よろしければどのようにダフネを捕らえようとしているか教えて頂けますか?」
私が問いかけると、アントワーヌは用意された研究資材の中から一枚の紙を取り出す。そして、その上にペンを走らせながら説明を始めた。
「ダフネは視界に入ったものしか破壊できない可能性があります。そこで、黒い霧を発生させて彼女の視界を完全に遮り、その中に閉じ込める装置を作成します。これなら、彼女の技を封じられるはずです」
アントワーヌのスケッチには、霧を発生させるための魔法装置と、それを維持するための魔力の循環機構が描かれていた。
「なるほど、素晴らしい作戦ですわ!」
私は思わず声を上げる。今までダフネは身の回りのものをスキルで破壊してきた。しかし、流石のダフネも霧は破壊できないだろう。シャルロットも賛同するように頷いた。
「その作戦ならダフネさんもあまり傷つけなくて済みそうです」
「それでは僕はすぐに作業に取り掛かります。レティシア様、シャルロット様、資材の配置を手伝っていただけますか?」
私とシャルロットは頷き、彼の指示に従って動き始めた。