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第34話 反撃への道標

 隠し通路に逃げ込んでから、私たちはしばらくの間走り続けた。けれど、研究員と令嬢二人では体力が尽きるのも早い。やがて、誰からともなく足を止め、壁にもたれるように座り込んだ。

 通路の空気はひんやりとして湿り気を帯び、鼻をつく苔の匂いが漂っている。壁面には薄暗い中で青白く光る苔が張り付き、足元には小さな水たまりがいくつも点在していた。どこからか水滴が落ちる音が響き、そのリズムに合わせるように私たちの荒い息遣いが反響している。


「も、もう……限界、ですわ……」


 へたり込む私を尻目に、シャルロットは息を整え、アントワーヌの方を真っ直ぐ見つめる。


「アントワーヌ様……本当に、危険な研究などしていないのですよね?」


 その問いにアントワーヌは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつも通りの表情に戻り、きっぱりと答える。


「どんな技術にも、危険性は必ず伴うものです。でも、僕の研究はその危険を管理し、安全に活用するためのものです。王国に害を及ぼすつもりなんて、これっぽっちもありません」


 シャルロットはその答えを聞いて、ほっとしたように胸に手を置いた。私はアントワーヌを最初から疑っていなかったけれど、かつてダフネを信じていたシャルロットからすれば、確認しておきたいことだったのだろう。


「あと……先ほどは煌軌石オルビオライトを守ってくださって、ありがとうございました。手元からは離れてしまいましたけど……騎士団には押収されずに済んで、安心しました」

「ああ、煌軌石オルビオライトなら回収してきました」


 予想外の発言に、私もシャルロットも目を丸くする。あの混乱の中、まさか煌軌石オルビオライトを回収していたなんて……。肝が据わっているというか、なんというか。

 驚く私たちに、アントワーヌは静かに白衣の胸ポケットに手を伸ばし、慎重にハンカチを取り出した。彼がそれを広げると、煌軌石オルビオライトの欠片が淡い光を放ちながら姿を現した。その輝きに、私とシャルロットは思わず息を呑む。


「この欠片は今後の研究にどうしても必要でしたからね。この通り、持ち出すことができてよかったです」

「ああ、煌軌石オルビオライトが……! 本当に、よかった……」


 シャルロットは涙を浮かべながらアントワーヌの手を取り、感謝の言葉を口にする。その瞬間、二人の間に暖かな空気が流れたような気がして、私は慌ててその間に割り込む。


「すごいですね! アントワーヌ様、あの混乱の中でこんなものを持ち出していたなんて! 全然気がつきませんでした!」

「え? あ、ああ……どうも」


 慌ててアントワーヌを褒めちぎる私を見て、アントワーヌはなぜか目を逸らし、ぎこちなく半歩後ずさる。そして、不自然にせき込んで話題を変えた。


「とにかく。これからどうするか考えましょう。まず、どうして煌軌石オルビオライトが砕かれたのか教えてもらえますか?」


 そういえば煌軌石オルビオライトが砕けてしまったことを報告するのに精一杯で、どういう経緯でこんなことになってしまったのか、アントワーヌに説明していなかったことを思い出す。

 私はアントワーヌの研究所に案内するためシャルロットの元へ訪問したところ、突然ダフネがシャルロットに斬りかかり、煌軌石オルビオライトが砕けたことを伝えた。


「ありがとうございます。ちなみに、ダフネが煌軌石オルビオライトを砕いた動機について、思い当たることはありますか?」


 アントワーヌの問いに、ぎくりとしてしまう。私はその答えを知っている。ダフネ、もとい金谷さんは私の攻略を邪魔したいのだ。けれどそれを伝えたとしても、アントワーヌとシャルロットを困惑させてしまうだけだと考え、私は口をつぐむ。


「いえ……。何も、思い当たることが無くて……」


 私が何も言わず黙っていると、シャルロットが代わりに答えてくれた。


「分かりました。それではダフネの狙いは、僕の研究を邪魔することだと仮定して、研究を続けるための方法を考えましょう」


 アントワーヌの導き出したダフネの狙いは当たらずとも遠からずというところだったので、若干の申し訳なさを感じつつ、私は黙ってその意見に同意する。


「研究を続けるためには、僕にかかった疑いを晴らすしかありません。地位のある方に、申し開きができるといいのですが……」

「シャルロット様、ヴァレンティス公に協力をお願いできないかしら?」

「ヴァレンティス公……父の親友であるあの方に、ですか?」


 私の提案に、シャルロットが目を丸くする。


「ええ。ヴァレンティス公が力を貸してくだされば、きっと疑いを晴らして下さいます」


 シャルロットはしばらく考えるように目を伏せた後、小さく頷いた。


「わかりました。ここから出たあとすぐ、ヴァレンティス公にお話を聞いてくださるよう、お願いしてみます」

「少し待ってください」


 アントワーヌが低い声で私たちの会話を遮る。彼は手元の煌軌石オルビオライトの欠片を取り出し、その断面に指を滑らせる。


「やはり……」

「どうかしましたか?」


 シャルロットが不安そうに問いかけると、アントワーヌは小さく眉を寄せ、真剣な表情で答えた。


「この断面、見てください。ただ砕けたにしては綺麗すぎます。まるで刃物か、何らかの魔術で正確に切断されたようです」


 私はその言葉で、煌軌石オルビオライトが砕かれた時のことを思い出す。煌軌石オルビオライトは直接ダフネの剣で貫かれたわけではなかった。

 ダフネの剣は間違いなく煌軌石オルビオライトには触れていなかった。それなのに、剣が空を切ると同時に煌軌石オルビオライトが薄い光を放ち、ひとりでに砕けたように見えた。


「魔術……? でもダフネさんは剣の使い手ですよね?」


 シャルロットが首をかしげる。アントワーヌはそれを否定するように首を振った。


「この断面……どう見ても普通に砕けたものじゃありません。まるで何かで正確に切り裂かれたような……剣術というよりは、特殊な力が関与しているとしか思えない」


 アントワーヌの考察に、私は二週目のダフネの不自然な行動を思い返した。ジュリアンを攻略した二週目、私はダフネの妨害を封じるために、ダフネを柱に縛り付けたうえで部屋に閉じ込めたことがあった。けれど、見張りがわずかに目を離した隙に縄と扉を粉々に破壊し、脱出したと聞いている。


「確かに……彼女の力はただの剣術では説明がつきません。そう考えると、何の準備もなくヴァレンティス公の元へ行くのは危険です」


 私の言葉に、アントワーヌも同調する。


「視界を遮ったとき、ダフネは反撃してこなかった。つまり、彼女の能力には何らかの制約があるのかもしれません。それを突けば、対策が取れるはずです。ただし……ここではそのための機材が揃いません」

「だったら、商人ギルドに協力をお願いしてみましょう。商人ギルドなら、資材も機材も豊富に揃っています。それに、私が依頼すれば、きっとすぐに動いてくれるはずです。ダフネの能力を封じる手段だって、きっと実現できます!」


 アントワーヌは口元に手を当てしばらく考え込んでいたが、やがて私の方を見てひとつ頷いた。


「確かに、今は商人ギルドの力を借りるのがいいかもしれません」

「これで決まりですね。しっかり準備を整えて、ヴァレンティス公の元へ向かいましょう。そして、アントワーヌ様の疑いを必ず晴らしましょう!」

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