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第27話 紅茶をコーヒーに変えて

 きらカレ世界でダフネから伝えられた電話番号、それは、会社の直属の上司、金谷さんの電話番号だった。


(金谷さんがダフネ?! いや……そんなまさか)


 スマートフォンを握りしめたまま、ディスプレイを半ば呆然として見つめる。金谷さんがダフネだなんて信じられない。真面目な人だし、私のようにお金に困っている様子もない。そもそも、金谷さんは男性だ。悪役令嬢を演じるなんて、そんな副業をする理由が思い浮かばない。


(……ってことは電話番号、間違えて覚えてきたのかな)


 きらカレ世界で手に入れたものは、現実世界に持ってくることはできない。だから、ダフネから伝えられた番号は私が記憶してきたものだ。当然、記憶違いの可能性はある。けれど、それを確かめる術は、今の私にはない。


 しばらく悩んだ末、私は意を決して通話ボタンをタップした。呼び出し音が1回鳴ったところで、すぐに切る。画面に残った履歴を見つめながら、冷や汗がにじむような気がした。

 数秒後、スマートフォンが振動する。ディスプレイに表示されたのは、一通のショートメッセージだった。


『これから1時間後、会社近くの喫茶店で待っています』



 * * *



 休日のオフィス街は静まり返っていた。普段はスーツ姿の人々で賑わう道も、今日はひっそりとしている。冷たい風が吹き抜け、歩道に積もった落ち葉がカサカサと音を立てている。


 指定された喫茶店の扉を押し開けると、チリン、と小さなベルが耳に響く。中は昼時のチェーン店にしては閑散としており、客の姿もまばらだ。その中で、窓際の席に座る金谷さんをすぐに見つけた。


 ふと視線を上げた金谷さんが私に気付き、軽く手を挙げて合図を送ってきた。その仕草に特に不自然なところはない。私はぎこちなく、それに軽い会釈で応えた。

 席に着く前にカウンターで一番安いコーヒーを注文する。その間も金谷さんがスマートフォンを操作する様子が視界の端に入る。その落ち着いた態度が、かえって私の緊張を増幅させた。


 コーヒーを受け取ると、私は手の中のカップの熱さを感じながら、金谷さんの席へと向かった。


「……お疲れ様です」

「お疲れ様。休日に呼び出してしまって、すみません」


 挨拶を交わし、金谷さんの向かいに腰を下ろす。テーブルには、私が注文したのと同じ安いコーヒーが置かれていた。

 金谷さんは相変わらず落ち着いた様子で、何気なくコーヒーを口にする。私もそれに倣って、コーヒーを口に含む。しかし、次の瞬間――。


「ダフネの正体は俺です」


 突然の告白に、私は危うくコーヒーを吹き出しそうになる。慌ててカップを置き直し、なんとか堪えたものの、頭の中は真っ白だ。


「はぇ……は、はい?」

「吉田さん、あなたも副業でレティシアを演じている。そうですよね」


 その口調は確信に満ちていた。私は何も答えられず、頭の中で言い訳を考える。しかし、目の前の金谷さんの表情を見ていると、もう隠し通せないと悟った。


「……はい……」


 私が潔く認めると、金谷さんはほっと息をつく。


「よかった。勘違いだったら俺、完全にヤバい奴ですからね」

「あはは……」


 微妙な冗談に笑っていいのか分からない。とりあえず愛想笑いを返すが、すぐに気まずい沈黙が流れる。一拍おいて、金谷さんは表情を引き締め、言った。


「さて、時間がもったいないので早速本題に入りましょう」


 一気に空気が張り詰める。


「吉田さん。一緒に神様を騙してもらえませんか? この美味しい副業を、永遠に続けるために」

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