第24話 真夜中の共同作業
「さて、まず考えるべきは最終的なイメージですね」
アントワーヌは散らかったテーブルに視線を落とすと、少しの間ため息をついて、迷いのない動きで書類をまとめ始めた。片付いた卓上には、まっさらな紙が広げられる。アントワーヌは紙に発言の要点を記しながら、淡々とした口調で話し始める。
「今回我々が欲しいのは指輪についた煌軌石です。月並みですが、煌軌石に見た目が似た石を加工して、挿げ替えるということは可能です」
私は少し考え込んだ。確かにそれが最も手っ取り早い方法だ。けれど……。
「それではシャルロット様は納得しないでしょう。それに、この王立魔科学研究所の将来性をアピールすることも出来ません」
私が思い切ってそう言うと、アントワーヌは意外そうに目を見開いた。
「研究所の将来性をアピールする、ですか? それは……何故?」
「ええ。シャルロット様は純粋で素直な方です。魔科学の将来性やアントワーヌ様の研究目的をしっかり伝えられれば、きっと気持ちは動くはずです」
私の言葉に、アントワーヌはしばし考え込み、目を伏せた。そして何かを思いついたかのように、机の下の鞄からひとつの手鏡を取り出す。
「これをご覧ください」
彼が手鏡を開いた瞬間、鏡面が淡い光を帯び、その光がふわりと宙に広がる。次の瞬間、光の粒が集まって、ネジのような物体が立体的に浮かび上がった。
「光魔法を制御し、物体の姿を立体的に記録し、投影する技術です。実験段階なので、小さいものを短時間しか投影できませんが」
どこか近未来的な光景に、私は思わず目を見張る。
(ホログラム……みたいなものかしら?)
「この技術を使って、形見の指輪の姿かたちを記録してはどうでしょうか? これなら目新しさもあるでしょう」
「なるほど。確かにこれならシャルロット様も驚くでしょうね」
私は思わず頷いた。これを見れば、シャルロットも魔科学に可能性を感じてくれるに違いない。
「細かい仕様は作業しながら詰めていきましょう。時間がありません。僕は開発中の魔法陣を、今回の代用品向けに組み直します。レティシア様は媒体を用意してくれますか?」
「媒体……ですか?」
「魔法陣を刻む物ですよ。板でも箱でもなんでも構いません。手のひら程度の大きさがあれば。僕の研究室にあるものを使っても機能的には問題ないですが……ご令嬢にお渡しできるような素材はあいにく取り揃えていないので」
アントワーヌの言葉に、私は小さく頷いた。何かシャルロットに気に入ってもらえるような品を見つけなくては。
「わかりました。私が責任を持って、用意してまいりますわ」
* * *
アントワーヌから依頼された媒体を用意すべく、私は再び商人ギルドを訪れた。通された応接室は、息を呑むほど豪奢な空間だった。重厚なシャンデリアが天井から燦々と光を放ち、壁に掛けられた油絵や金細工の飾り額が温かな光に照らされている。心地よく手入れされたクッション椅子に腰かけながら、私は並べられた品々を吟味する。
目の前のテーブルには、見事な品々がずらりと並んでいる。煌びやかな指輪やネックレス、繊細な細工が施されたアクセサリーボックスや手鏡――そのすべてが、とんでもなく高級なものであると、ひと目で分かる。
(スキルのおかげで今は値段を気にせずにいられるけど……。現実世界で買おうと思ったら、一体いくらするんだろう……)
その中で、ひとつの品に目が留まる。
「この小箱はなにかしら?」
「こちらは、小物が収納できるオルゴールでございます」
商人が蓋を開けると、柔らかな旋律が流れた。どこか懐かしい、でも優しい音色。私は思わず目を閉じ、その旋律に耳を傾ける。そしてふと、シャルロットがオルゴールを開き、その音色に聞き入りながら形見の指輪に思いを馳せる――そんな光景が頭に浮かんだ。
「素晴らしい品ね。こちらを頂きますわ」
「ありがとうございます」
商人が一礼し、静かに部屋を後にする。急に静まり返った部屋の中で、私はほっと息を吐いた。
何気なく窓の外を見ると、いつの間にか夜の帳がすっかり降りていた。ガラス越しに見える街の光景は、昼間の忙しなさとは打って変わって、どこか温かな賑わいに満ちている。
商人ギルドのあるこの一帯は、王都の中でも最も活気のある場所だ。夜になっても通りは暗くなく、屋台の明かりや行き交う人々の灯すランタンが通りを彩っている。屋台からは、焼き立てのパンや肉の香ばしい匂いが漂ってきて、空腹でないはずなのに、つい胃が刺激されてしまう。
(アントワーヌは今も、研究室で頑張っているのかしら……)
不愛想だけど真面目で一途な彼が、あの研究室で黙々と作業を続けている姿が自然と頭に浮かぶ。
「セバスチャン、何かつまめるものを買ってきて下さる? アントワーヌ様に差し入れたいの」
私の言葉に、隣で控えていたセバスチャンが穏やかな笑みを浮かべて一礼し、部屋を出て行く。その後ろ姿を見送ってから、手元のオルゴールにそっと視線を落とす。材料は手に入った。あとはこれに魔科学を施せば、きっと望む品が完成するに違いない。セバスチャンが戻るのを待って、私は期待を胸に研究所に戻った。
***
「アントワーヌ様! 戻りました」
私は両手にオルゴールの包みと差し入れを抱え、静まり返った研究室の扉を開けた。
「ああ……レティシア様ですか」
研究室の扉を開けると、アントワーヌは黙々と魔法陣の調整を続けていた。少し疲れが見えるものの、その表情は真剣そのものだ。
「これ、差し入れですわ。よかったら召し上がって下さい」
包みを広げると、焼きたてのパンの香ばしい香りがふわりと広がった。アントワーヌはパンを一つ手に取り、ぱくりとかぶりつく。
「ありがとうございます」
「いいえ、ついでですから。……それで、進捗は如何です?」
「先ほど魔法陣の調整が終わったところです。媒介があればテストできます」
アントワーヌはそう言うと、差し入れの包みを片手に、作業机の一角を少し片付け始めた。
「流石、仕事が早いですわね。私も媒介を用意してきました」
私はオルゴールを取り出し、テーブルの上にそっと置く。包まれていた布を外すと、金細工の装飾が輝き、ランプの光を反射して美しい影を床に落とした。アントワーヌはオルゴールを興味深げに手に取り、じっと見つめる。
「オルゴールですか。サイズは問題ないですね」
「こう、開いたときに指輪が出てくる感じにできますか?」
「やってみましょう」
オルゴールを受け取ると、アントワーヌは早速魔法陣を刻む作業を始めた。魔法陣を刻印し終わると光がオルゴールを包み、しばらくしてその光がふっと収まる。それを確認してから、アントワーヌがゆっくりとオルゴールを開けると、懐かしい音楽が流れるのと同時に、虚空に指輪が浮かび上がった。
「成功です」
安心したように微笑むアントワーヌ。でも――
「本当に、できるもんですね。ただ……」
「ただ?」
私はオルゴールの蓋をそっと閉じながら、もう一つ浮かんでいた考えを口にする。
「もう少し、味付けできそうですわね」
「味付け……?」
「指輪を投影する場所を、こう……オルゴールを開いた人の指にできませんか?」
その提案に、アントワーヌは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに目を細めて考え込む。作業台に肘をつき、ぶつぶつと呟きながら目の前のオルゴールを睨みつける。
「起動と同時に使用者の指へ動的に投影場所を変える……理論的には、できないこともないが……」
「ただ指輪が出てくるのと、指に嵌ったかんじになるのでは、全然感じ方が違うと思うんですが……どうでしょう、できますか?」
私の言葉に、アントワーヌはふっと顔を上げる。そして、決意に満ちた表情で言った。
「まあ、なんとかなるでしょう。調整します」
「ありがとうございます!」
彼の頼もしい一言に、私は思わず笑顔になる。
「それではこれから取り掛かりますので、明日の朝に」
「……朝?! そんなにかかるんですか?! だったら無理には……」
その言葉に思わず目を丸くする。まさかここから徹夜作業をするつもりなのだろうか?
「折角のいいアイディアですから。実現したいんです」
そう言って、アントワーヌが不意に柔らかく笑う。彼らしくないその表情に、不覚にも胸がどきっと跳ねる。ジュリアンの時も思ったが、やっぱり三次元になったきらカレキャラは心臓に悪い……。
「それではもう遅いので、レティシア様はお帰り下さい」
「そ、そうですね。わかりました……」
立ち去ろうとして、私はふと振り返る。
「あの! 明日も差し入れに何か持ってきます! リクエストはありますか?」
「それじゃあ卵のサンドイッチを。片手で食べられるので、好きなんです」
答えるアントワーヌの視線は既に机の上に戻っていたが、その声は優しい。
「わかりましたわ。楽しみにしていて下さい」
扉を閉じると、廊下はひんやりと静まり返っていた。それでも胸の中には、どこか温かな感覚が残っている――それが彼への信頼なのか、期待なのかは、まだ自分でもよくわからなかった。




