第20話 予算は無制限、ただし
「レティシア・アルジェントです。お時間を頂きありがとうございます。今日は貴女の研究に協力したくお時間を頂きました」
私は今回の攻略目標であるアントワーヌに優しく微笑みかけ、手を差し出した。しかし、私が差し出した手を、彼はじっと睨みつけたまま動かない。その瞳には、強い警戒心と少しの好奇心が混じり合っているように見える。まるで未知の訪問者を警戒する猫のようだ。
「貴族のご令嬢が研究へ協力? 何故ですか」
アントワーヌの疑問は当然だ。きらカレ世界における魔科学は、一部の魔法使いしか扱うことが出来ない『魔法』という現象を誰でも安定的に扱えるようにする学問だ。そこらの令嬢が興味を持つようなものではない。
けれど、私はアントワーヌの研究が何か、その成果を生かしてどんな世界を目指しているかを知っている。彼の研究への興味を示し、その有用性を語ることで彼の警戒心を崩せるはずだ。
「貴方の火を伴わずに物を温める研究、この研究の実用化に非常に期待しているからですわ」
「……なぜ、期待しているんです?」
私が彼の研究の内容を言い当てると、アントワーヌは意外そうな顔をして、さらに問いかけてきた。彼の表情には驚きと警戒が混在している。だが、その声の端には、どこか興味の色が滲んでいた。
「逆に、期待しない理由を考える方が難しいですわ。この国では火を起こすときには一般的に火打石や火打ち金を使っています。ですが、ご存じの通りなかなか手間です。例えば、炊事のときにで火を使わず鍋を温められる道具が発明されれば、欲しいという人はいくらでもいるでしょうね」
原作で予習した内容をもとに研究の有用性をすらすらと述べると、アントワーヌの私の見る目は明らかに変わった。平日の夜、眠い目をこすって予習をした甲斐があったというもの。調子に乗った私はさらに言葉を重ねる。
「さらに、この王都にあっても庶民の住宅は木造であることが多い。ひとたび火事が起きれば大きな災害になることは想像に難くありません。例えば家庭の台所から火をなくすことが出来れば、その危険を遠ざけることができる」
アントワーヌは幼い頃火事で家族を喪っている。そして、その経験が彼を研究に駆り立てているという設定だ。火災防止は単なる研究の目的ではなく、彼の切実な願い。そういうわけで、私がこの技術を火事の防止に役立てることを考えていると伝えればきっと……。
(好感度を爆上げすることが出来る!)
そんなことを考えながらアントワーヌの様子を伺う。鋭かった視線がわずかに柔らかくなったのを感じる。
「なるほど……一応、僕の研究のことをきちんと調べて来たみたいですね」
彼の呟きが漏れる。猫が前足を揃えながら、こちらをじっと伺う様子が頭に浮かぶ。彼の中で疑念と興味が綱引きをしているのかもしれない。
「この国の発展を願う者として、有望な研究に注目するのは当然のことですわ。改めてお伺いします。アントワーヌ様、あなたの研究に協力させて頂けますか?」
再び、私はアントワーヌに手を差し伸べる。アントワーヌは私の手を見つめ、何事かを考え込む。そして数分の間のあと、やがてアントワーヌはそろそろと椅子から腰を浮かし、ようやく差し出した私の手へと手を伸ばした。
「……まあ、あえてアルジェント候のご令嬢の申し出を断る理由もありません。よろしくお願いいたします」
その言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。手に触れる感触は軽いが、確かに温かい。一歩前進だ!
「ちなみに、どのような手段で研究に協力するつもりなんですか?」
「基本的には、研究資材の提供を中心にと考えていますわ」
アントワーヌの問いに、私は予定通りに研究物資の提供を申し出る。
「資金提供も可能ではありますが、ご存じの通りアルジェント家は商人ギルドに深いパイプがあります。研究に必要なものをお教えいただいて、物資として提供させて頂くのが効率的かと考えていますわ」
「それでは、煌軌石も用意して頂けるのでしょうか。この石があれば研究は大きく進められるはずなんです」
煌軌石はアントワーヌの研究の鍵になる材料だ。原作ではシャルロットの形見の指輪になっている宝石で、シャルロットは研究のため形見の指輪をアントワーヌに託す。
この石の入手を依頼されるのは想定内だ。私のスキルを使えば、なんでも買うことが出来る……らしいので、問題はないだろう。私は笑顔でアントワーヌの依頼を受ける。
「ええ、もちろん用意致しますわ! その他細々したものも含め、あとで私の屋敷に送って下さい。早ければ明日にでもご用意させて頂きますわ」
「そんなに早く……ですか。わかりました。今日中に一度リストをまとめてご連絡します」
アントワーヌは疑い半分、期待半分の顔でこちらを見ている。まあ、そんな貴重な石をすぐ用意すると言われて、素直に信じることことはできないだろう。けれど私のスキルでその不可能を可能にすれば、アントワーヌの好感度はうなぎのぼりに違いない!
そんなことを妄想していると、セバスチャンがそろそろ王城に向かう時間であること教えてくれる。アントワーヌに会い、研究への協力を取り付けることができた。初日の成果としては十分だろう。私はアントワーヌと再度握手を交わし、意気揚々と研究所を後にした。
* * *
二週目同様、王城でシャルロットを迎えるイベントを経て、夜。私は私室に戻り鏡台で天使のお姉さんを呼び出していた。
「レティシアさんお疲れ様です! 何か私に用ですか?」
「今回はスキルの使用方法が知りたくて、呼び出させてもらいました」
王城から屋敷に帰ると、アントワーヌから研究に使用する機材や材料のリストがたんまり届いていた。試しにスキルで頼まれた物を買ってみようとしたときにはたと気が付いたのだ。スキルの使い方がわからないということに……。
「色々スキルを使って買いたいものがあるんですけど、スキルの使い方がわからなくて。教えて頂けますか?」
「スキルの使い方ですね! 全く難しいことはなくて、単に実際にお買い物に行っていただくだけですよ。対面でお買い物をする限り、ご予算は無限大! それが、【国家予算級のお小遣い】なんです!」
「……え? スキル名を唱えるとかはなく?」
「はい。お小遣いが無尽蔵なだけなので!」
「あ、そうなんですね……」
私のスキルは思っていたより地味なものらしい。アントワーヌへの研究資材の提供も、スキルですぐに解決! と考えていたがそう簡単にはいかないらしい。明日、セバスチャンに頼んで街に買い付けに行かないと……。と、そこまで考えてこのスキルの重大な欠点に気が付く。
「……てことは、お店とかで売っているものにしか、このスキル使えないんですか?!」
「そうなりますね」
天使のお姉さんはいつも通りのにこやかな笑顔であっさりと答える。だが、私にはその返答が雷のように頭を打ちつけた。
脳裏に浮かぶのは、煌軌石のことだ。この石は北の辺境でしか採取できず、原作での明確な所有者はシャルロットただ一人。つまり――。
「シャルロットに、形見の指輪を売ってもらわなきゃいけないってことですか?!」




