第19話 攻略開始!魔科学研究者アントワーヌ
「さて、始まったわね」
707号室から「きらカレ」の世界に飛ばされ、私の勤務は開始した。開始地点はいつも通りのレティシアの私室。冴えない31歳の身体から悪役令嬢レティシアの身体に変身するのも、3度目となると慣れたものだ。
今回私が攻略するのは、魔科学研究者アントワーヌ。王城近くにある王立魔科学研究所で働く、王国最年少の天才研究者だ。
三週目の初日である今日、私がまずやるべきことはアントワーヌと会い、彼の研究への協力を申し出ること。今日はシャルロットとの顔合わせイベントがあるから、出来ればその前にアントワーヌに会ってしまいたい。そうと決まれば早速行動だ。
「そこのあなた。一つ頼まれて下さる? セバスチャンに王立魔科学研究所のアントワーヌ様とすぐにでもお会いしたいと伝えて」
困ったときのセバスチャン。二週目同様、部屋の隅に控えているメイドの一人に声をかけ、アントワーヌとの面会をセバスチャンに依頼してもらう。すると、ほどなくして頼れるロマンスグレーが姿を現した。セバスチャンは優雅な所作で一礼をし、口を開く。
「レティシアお嬢様お待たせしました。アントワーヌ様から研究所でなら面会できると仰っています。このあとすぐお会いになられますか?」
「ありがとうセバスチャン。すぐに行くわ」
やはりセバスチャンは仕事が早い。満面の笑みでセバスチャンにお礼を言い、私は部屋を後にする。こうして、私はセバスチャンと共に王立魔科学研究所に向かうこととなった。
* * *
「ここが、王立魔科学研究所……」
セバスチャンに連れられて、私は王立魔科学研究所の前までやってきた。白亜の石造りの外壁に細部まで彫刻や装飾が施された建物は、研究所というよりは優美な貴族の城館を思わせる。けれど、その屋根には優美とは程遠い武骨な煙突が何本か立ち並び、灰色の煙を吐き出して、あたりに金属の香りを漂わせていた。このなんともアンバランスな見た目の建物の中で、魔法と科学を融合させた危険な実験が日夜行われているわけだ。
(にしても、相変わらず再現度半端ないわね)
原作では背景画像としてしか登場しなかったこの研究所だが、原作の面影を残しつつ、忠実に立体化されているように感じる。神様はよほどきらカレがお好きらしい。
入り口の扉の前に立つと、金属製のドアノッカーが目に入る。私はそれを掴み、二度、力強く叩いた。辺りにカン、カン、と甲高い音が響く。すると、入り口の扉が自動ドアのようにひとりでに開く。流石魔科学研究所、というわけだ。
「いらっしゃいませ。……レティシア・アルジェント様ですね」
扉の向こうには白衣を着た鋭い目つきの初老の男が立っていた。セバスチャンがこっそり彼がこの研究所の所長だと教えてくれる。
「はい、アルジェント侯爵家のレティシアです。ブレイユ研究員にお目通りをお願いしたく参りました」
私は令嬢らしく、品よく顎を引きながら名乗る。初老の男は私に見定めるような視線を送ったあと、「こちらへ」と短くいって背中を向け、歩き出した。ついてこいという事だろう。私とセバスチャンは男に導かれ、研究所へ入っていた。研究所内の壁や床には魔法陣が描かれ、近くを通るたびに淡く光を放つ。まるで通る者を監視しているかのようだ。
案内されるまま通路を抜け、小ざっぱりとした応接室に通される。若手研究員らしい男性から差し出された紅茶は妙に濃い。施設長とあたりさわりのない会話をしながらしばらく待っていると、軽快なノックのあと、白衣を着た少年が部屋に入ってきた。
ややあどけなさを残しつつも、どこか冷徹で知的な雰囲気を漂わせた彼は、今回の攻略ターゲットであるアントワーヌに間違いなかった。肩までの黒髪は無造作に流されているが、まるで漆を塗り込めたように艶やかだ。アイスブルーの瞳は見つめるものを射抜くような鋭さを感じさせる。
「アントワーヌ・ブレイユです」
アントワーヌはぶっきらぼうに言って、こちらを一瞥もせずに椅子に腰かける。言葉を選ばずに言うと、原作同様のクソガキっぷりである。まあ、懐けば可愛くなることを知っているため、今は許そう。
「レティシア・アルジェントです。お時間を頂きありがとうございます。今日は貴女の研究に協力したくお時間を頂きました」
私は彼に優しく微笑みかけ、手を差し出す。さあ、新たな戦いの幕開けだ。