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第18話 思い出と交通費は懐へ

 気が付くと、真っ白な空間にいた。あの煌びやかな舞踏会の光景は泡沫のように消え、目の前には天使のお姉さんだけが立っている。


「ジュリアンさん攻略、おめでとうございまーす! これでボーナス500万円にむけて一歩前進、ですね!」


 お姉さんはテンション高く私に飛びついてくる。けれど、私はされるがままにそれを受け止めることしかできなかった。まだきらカレの世界が終わってしまったという事実に、感覚がついて来ない。


「あの、汐里しおりさん……? お疲れでしょうか?」

「……はい、少し疲れちゃったかもしれません」


 私の反応の薄さに気付いた天使のお姉さんは、私から体を離し、心配そうに声をかけてくれる。私は鈍い頭を何とか働かせ、なんとかその言葉に応える。


「まあ、無理もないですよね……怒涛の7日間でしたから」


 天使のお姉さんはそう言って、どこかから指さし棒を取り出し振りかざす。すると、何か小さな袋が虚空から現れ、私の手の中に落ちてきた。


「おすすめの入浴剤です! おうちに帰ったらお風呂に入って、ゆっくりしてくださいね」

「ど、どうも……」


『天界の湯』と書かれたその袋を見て、お姉さんは得意げな笑顔を浮かべている。けれど、私は思わず内心で苦笑する。実は節約のため、長らくシャワー派だ。曖昧に笑顔を返すと、お姉さんは満足げにうんうんと頷いた。


「さて、それではとっても頑張って下さった汐里さんに報酬のお支払いです!」


 天使のお姉さんが再び指さし棒を振りあげると、先週と同じく『給料袋』と書かれた茶色の封筒が空からひらひらと舞い落ちてきた。


「ありがとうございます」


 中身を早速確認すると、日給の2万円が顔を覗かせる。ありがたく封筒をさすっていると、いくらかの小銭が入っていることに気が付く。


「あの、2万円より多いみたいなんですが……」

「あ、今回は申請に基づいて交通費も支給してます! 金額、確認しておいてくださいね!」


 私の疑問に、天使のお姉さんはウィンクをしながら答えてくれた。そういえば前回の副業の終わりに色々書類をもらって来たので、記入して持ってきたのを思い出す。提出した覚えはないが……恐らく、レティシアに変身したときに自動的に回収されたんだろう。

 お金の話をして、ようやくゲームの世界から現実に感覚が引き戻されてきた。そこで、一つ疑問が浮かぶ。


「あの、質問してもいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「ダフネは今回、結局誰も攻略できなかったんでしょうか?」


 二週目初日にダフネの好感度を確認したが、その時ダフネはどの攻略キャラクターとも仲を深めていなかった。その後も私の邪魔をするばかりで、とても誰かと仲を深めていたとは思えない。


「はい、そう聞いています。なので、ボーナスに向けては汐里さんが一歩リード、というわけです!」


 天使のお姉さんの答えは、私の予想を裏付けるものだった。ダフネはやはり、二週目では誰も攻略することができなかった。


(もしくは、()()()()()()()か……)


 ダフネと二人きりに会ったとき、彼女は『ジュリアンを攻略するのはやめたほうがいい』と私に言った。さらに『何が一番自分の得になるのか考えろ』とも……。ダフネには何らかの考えがあって、攻略キャラクターと仲を深めないつもりなのかも知れない。


(自分の得を考えるなら、ボーナスのためにじゃんじゃん攻略しまくるのが正解だと思うけど……)


 まあ、答えが出ないことをずっと考えていても仕方ない。今は日給2万円を手にした喜びを胸に、退勤しよう。


「ダフネの状況、教えて下さってありがとうございます。それじゃあ、今日の勤務はここまでですか?」

「はい。今日はここまでです。あっ今週も土曜日だけの出勤になりますので、来週また、同じ時間に来てくださいね!」


 どうやら先週同様、今週も土曜日だけの勤務らしい。お金のことを考えると少し残念な気もする。けれど、仮想的にでも7日間働いたことを考えれば、一週間のインターバルがあるのはありがたいかも知れない。


(7日間……長かったような、短かったような)


 ふと、二週目として過ごした7日間が蘇ってくる。昔、ゲームで攻略したジュリアンを、悪役令嬢・レティシアに成り代わって攻略しなおした数日。画面越しではなく生身の人間として触れ合ったジュリアンは、面倒見が良くてレティシアの我がままになんだかんだ言って付き合ってくれる、優しい騎士だった。


「あの……次またきらカレの世界に行ったら、ジュリアンやシャルロットは……二周目のことは忘れているんでしょうか?」

「はい。乙女ゲームきらカレの世界は、次の周回に進むたびリセットされ最初の日にの状態に戻ります。登場人物たちの関係性も記憶も、全て」

「そう……ですよね」


 世界がリセットされることは知っていた。それでも、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚が残る。ジュリアンとの思い出は私だけのものになってしまうのだ。


(考えてみると31歳独身には、ちょっと刺激的な体験だったのかもしれないな……)


 思い出に耽る私に、天使のお姉さんが私の顔色を伺いながら声をかける。


「汐里さん、他に気になることはありますか?」

「いえ、大丈夫です」

「それではおつかれさまでし」


 そして、いつもと同じように、真っ白な空間から唐突に現実に戻された。姿はレティシアから吉田汐里に戻り、呼び出されたマンションのエントランスに立っている。握りしめた給料袋の感触が、現実に戻ったことを教えてくれる。

 私はジュリアンを攻略できた達成感と少しの寂しさ、そして日給と交通費を胸に、4駅ほど歩いて家まで帰った。

これにてジュリアン編は終了です。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

次の話も読んで頂けたらとても嬉しいです。


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